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12月定例学問会の報告(12)合意形成は、手続きの問題なのか? [2020年01月22日(Wed)]
 12月1日の定例学問会の報告の最終回です。
 
●合意形成の本質は?
●説明会や意見を聴く会を開くことではない。
●みんなの問題として考え、みんなで話し合って決定すること。
●やっぱり、コミュニティ(共同体)。
●共同性を実感できないのはなぜか?


 1月の定例学問会は、26日(日)を予定しています。
泥棒に入られたら、眠っているふりをしよう。 [2020年01月22日(Wed)]
(710)
 そしたまた、私はこんなふうにも思うのです。その泥棒が自分の父親であろうが、あるいは武装した強そうな男であろうが、いずれにしても、私は眠っているふりをするべきなのではないかと。
 


 「自分の家に泥棒が侵入したら、どんな方法で彼を追い出すべきかなど問題ではない。大事なのは、とにかく泥棒を追い出すことだ」と主張する若者に対するガンディーの反論の続きです。 
 さて、「相手が違えば、対処法も異なる(709)と言ったガンディーですが、その直後に別の見解も示しています。それは、「自分の家に忍び込んだ泥棒が自分自身の父親であろうが、あるいは武装した強そうな男であろうが、いずれにしても、私は眠っているふりをするべきだ」というものです。
 父親の場合は、「お互いに気まずくなるから」でしょうか、それとも、「父親と争ったり、父親を犯罪者にするのは道徳に反しているから」でしょうか?
 これに対して、武装した男の場合の理由は容易に想像できますね。恐らく、「どんな財産よりも自分の体や命の方が大事だ。戦って傷つけられたり殺されたりするよりも、眠ったふりをして盗まれるままにしておいた方がいい」ということではないでしょうか?
 ガンディーは続けて、その理由を述べるのですが・・・
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