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目的を木にたとえるならば、その手段は種である。 [2020年01月03日(Fri)]
(692)
 私たちの目指すべき目標を木にたとえるとするならば、その手段とは種のようなものです。
 どんな種からどんな木が育つのか、そこには密接なつながりがあります。この法則を破ることは誰にもできません。手段と目的の関係も、これとまったく同じなのです。



 「手段と目的は無関係ではない(687)」という話の続きです。
 ここでまた、ガンディーはたとえを用います。今度は、「目標」を木に、「手段」をその種にたとえています。
 聖書にある「悪い実のなる良い木はないし、また良い実のなる悪い木もない。木はそれぞれ、その実でわかる(ルカによる福音書6章)」に似ていますが、趣旨は違うようです。
 また、日本の諺には「瓜の蔓に茄子はならぬ」というのがあります。「平凡な親から非凡な子は生まれないこと」または「原因のないところに結果は生じないこと」のたとえです。これは、「原因と結果」を「手段と目的」に読み替えれば、その密接な関係を主張しているという意味では似ていると言えるでしょう。
 とにかくガンディーは、「正しい目標を達成しようと思うなら、その手段も正しくなければならない」とこのように強調するのです。
 そして・・・
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