支配者が自国民であれば、国民は幸せなのか? [2019年11月10日(Sun)]
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そして、その結果は果たしてどうだったでしょうか? イタリア人がイタリアを統治しているのだから、イタリア国民は幸せだ。 もしもそのように信じているのなら、あなたはまさに闇の中で手探りしているような状態です。 イタリア統一の三傑のうちの1人、カヴールの現実主義的な政策に対して、ガンディーは否定的な評価を下します。(637) もちろん、オーストリアとフランスという大国に挟まれ、さらにローマ教皇の存在という難しい条件の中で、それまで分裂状態だったイタリアの統一を実現するということが容易であったはずはありません。それはカヴールの卓越した政治的手腕があったからこそ成し遂げられたのだと考えることもできるでしょう。 しかし、ガンディーにとって、「民族国家の樹立」は決して究極の目的ではないのです。確かに異民族支配は誰にとっても望ましいものではないでしょう。けれども、同じ民族が支配者であれば、それで国民は幸せと言えるのか? たとえ同じ民族であっても、不当な支配はやはり耐え難いのではないか。社会が様々な社会的矛盾や束縛に満ちていれば、その国民は幸福でも自由でもないのではないか。このようにガンディーは若者に問うのです。 そして・・・ |