CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«第170回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(10)ティワナクとワリ | Main | しもかわ読書会1月例会の報告(12)では、どうすればいいのか?»
最新コメント
最新記事
<< 2020年05月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
最新トラックバック
お勉強 (05/11)
正しい結果を生み出しうるのは・・・。 [2020年02月18日(Tue)]
(737)
 もちろん、すべての泥棒が必ずそうするだろうという結論を引き出そうとしているわけではありません。また、あなたのような愛と慈悲の心を万人が同じように持っていると断言したいわけでもありません。
 ただ、私が言いたいのは、正しい結果を生み出しうるのは正しい手段を用いた場合だけなのだということなのです。


 
 「もしも、あなた(この対話の相手、過激な民族主義者の若い読者のことです)の家に泥棒が入り、窃盗の被害にあったとしたら・・・」という設定から、ガンディーは2つのケースについて、それぞれの成り行きを語ってみせました。
 第1の場合は、「泥棒に怒りの感情を抱き、彼を懲らしめようと思った場合」でした。その場合は、最終的には終わりの見えない泥沼の戦争状態になってしまいました(726)
 そして、第2の場合は、「泥棒を哀れに思い、彼を改心させようとした場合」でした。この場合は、泥棒を更生に導くことができました(735)
 もちろん、これは1つのたとえ話であり、実際にすべての場合がその通りになるわけではありません。しかし、ガンディーが言いたいのはそういうことではないのです。
 こちらが正しい手段を用いれば相手も必ず正義に則った反応をしてくれるとは限りません。残念ながら、「恩を仇で返す」というようなことだってあるでしょう。
 けれども、こちらが悪意をもって対すれば、相手もそれ以上の悪意で対抗してくるのはほぼ確実で、こちらが憎悪の念を露わにして攻撃的な態度に出た場合に、相手が心から悔い改めて改心するということはほとんどあり得ないと言えるでしょう。
 だから、「正しい結果を生み出しうるのは正しい手段を用いた場合だけだ」とガンディーは断言するのです。
 そして、さらに・・・
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました

コメントする
コメント