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権利を主張する人ばかりいて、義務について考える人はいない。 [2020年01月09日(Thu)]
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 だから、イギリスではみんなが各自の権利を要求したり主張したりして、お互いに力をぶつけ合っている姿しか見られません。自分がなすべき義務について考えている人は、誰もいないのです。



 「権利と義務」についての話の続きです。
 「権利だけを求めた結果得られるものは、本当の権利ではない。権利に到達するためには、義務を果たそうとすることから始めなければならない」とガンディーは言います。
 さて、これとほぼ同じことをイタリアのマッツィーニも述べています。
 「君たち(労働者階級の人たちのこと)はこれらの変化を求め、獲得するべきです。だが、それは目的ではなく手段として求めるべきものです。単なる権利ではなく義務感から、物質的に豊かになるためではなく人間として向上するために求めるべきものなのです。そうでない所では、君たちも暴君と大差なくなってしまいます。暴君が暴君たる所以は、豊かな生活や享楽や権力しか眼中にない点にあるのですから」(「人間の義務について」第1章)
 このように、それを得られていない人々が自分たちの権利の獲得や回復を主張し、物質的な豊かさを求めるのは正当であるが、それは決して究極の目的ではなく、人間としての義務を果たすための手段として求めなければならないとマッツィーニは言います。恐らく、ガンディーもこれと同意見なのだと思われます。
 そして・・・
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