CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«第168回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(1)冬休みなので、特別に・・・。 | Main | しもかわ読書会12月例会の報告(9)いとも安易に戦争と平和を語り過ぎる»
最新コメント
最新記事
<< 2020年04月 >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
最新トラックバック
お勉強 (05/11)
権利と義務。 [2020年01月08日(Wed)]
(697)
 彼らは投票権を求めました。そして、暴力に訴えることによってそれを得ました。
 しかし、本当の権利とは自分たちの義務を果たした結果として獲得されるものです。彼らが得たのは、そのような真の権利ではありませんでした。


 
 「本当の権利とは自分たちの義務を果たした結果として獲得されるものである」とガンディーは言います。ここで注意してほしいのは、彼が言っている義務とは決して「国家に対する義務」ではないということです。
 「基本的人権というものが、国家から人民に対して与えられるものではない」というのは議論の余地のない真理です。だから、「国家に対する義務を果たさない者は、国家に対して権利を主張できない」という主張はまったく明らかな誤りです。基本的人権に対して、国家はいかなる条件を付けることも、制限を設けることも、その程度や資格を定めることもできません。
 しかし、「基本的人権が国家から与えられたものでないとすると、一体それは何に由来するものであるのか?」ということが問題になります。19世紀頃の人にとって、その答えはきっと、「人権は神(天)から与えられたものである」ということだったでしょう。「天賦人権」という言葉の通りです。
 ですから、ここでガンディーが言っているのは、「神に対する義務」なのです。人権が「人間として生きる権利」であるとするなら、当然その一方で、「人間が人間である以上、従うべき神の法、あるいは『人の道』(倫理)を実践する義務を果たさなければならない」と彼は言うわけです。
 この辺りは、まさしく前の章で登場したマッツィーニの主張とほぼ同じです。
 さらに・・・
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました

コメントする
コメント