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お勉強 (05/11)
我々は機械の奴隷になってしまう。 [2019年08月27日(Tue)]
(568)
 機械を発明する才覚が私たちになかったというわけではありません。しかし、私たちの父祖たちはこう見通していたのです。「機械によって便利さや効率を追求するようになれば、我々はやがて機械の奴隷になってしまうだろう。そして、我々の道徳心はすっかり失われてしまうだろう」と。


 
 「真の文明とは何か」についてのガンディーの話の続きです。機械というのは、もちろん近代文明の象徴です(202)。機械を使うことで工業生産の効率が飛躍的に高まり、しかも規模が大きくなった。それによって、便利で豊かな社会が実現したのだ。このように当時は考えられていました。ところが、そうではないと彼は言うのです。
 インド人が機械を発明しなかったのは、決してその能力がなかったからではない。機械は人間に幸せをもたらさないということを昔のインド人は既に見抜いていた。だから、新しい機械の発明や技術の改良などに敢えて関心を持たなかったのだとガンディーは言うのです。
 確かに、あれだけ哲学や数学を発達させてきたインドですから、科学技術を発展させる可能性がヨーロッパ人よりも少なかったわけではないような気もします。
 ガンディーが言うように、インド人が科学技術を発達させなかったのは思考能力が乏しかったからではなくて、反対にさらに高度な哲学的考察をなしえたからなのかもしれませんね。
 そして・・・
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