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個人は共同体のために。では、共同体は・・・? [2025年11月01日(Sat)]
(1506)
 純粋な心を持っていれば、個人は家族のために自らの身を犠牲にするでしょう。
 同様に、家族は村のために、村は周りの地域のために、各地域は州のために、州は国家のために、そして国家は世界全体のために自らを捧げるのです。
 
                (「ヤングインディア」1925年9月17日)



 インド独立後のビジョンについてのガンディーの文章の続きです。
 「インドは、自発的かつ献身的に、より良い世界の創造に貢献すべきだ」と彼は言っていました。(1505)
 それは、「個人は家族のために尽くすべきだ」という共同体の倫理を拡大した必然的な結果なのです。
 同様のことは、(1500)でも述べられていましたね。
 ここで重要なのは、奉仕や貢献の対象が国家などで止まってしまってはいけないということです。そうなると、単に集団や組織が個人を犠牲にすることを正当化する欺瞞的な道徳になってしまいます。そうではなくて、その対象を限りなく世界全体にまで広げることが大切なのです。
 世界全体と言っても大き過ぎて漠然としていますが、世界を構成しているのはひとりひとりの個人なのですから、世界に奉仕するということは、つまり目の前にいる個人に奉仕するということなのです。
 すなわち、「一人は万人のために、万人は一人のために(One for all, all for one)」ということになるのだと思います。
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