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お勉強 (05/11)
村の産業が死んでしまえば、村も死んでしまう。 [2024年05月04日(Sat)]
(1078)
 ですから、我が国に関して言えば、村の産業の復活はまさに村人たちが命を得ることと同義であり、その破滅は彼らが命を失うことと同義です。それは、この国の村々を巡ってみれば分かることです。
 機械の時代が何をもたらすかは分かりませんが、それによって大衆の雇用の場が増えるということは決してないでしょう。動力機械の大規模な導入は、大衆の仕事を奪うに違いないからです。

             (「ハリジャン」1935年1月4日)  



 村の産業についてのガンディーの話の続きです。
 村の産業というのは、村で行われていた伝統的な小規模の手工業のことです。(1077)では、「手紡ぎの布、手すきの紙、人の手で精米した米、各家庭で作られるパンやジャム」がその具体例として挙げられていました。
 「これらの村の産業が衰退すれば、村も死んでしまう。だから、機械化を進めようとするべきではない」と彼は言っています。
 この主張は、時代遅れのように聞こえるかもしれません。しかし、機械化・工業化は日本の農村に何をもたらしているでしょうか? 機械によって仕事を奪われたとは感じていなくても、実際、農村部では働く場が減り、地域産業の衰退、利便性の低下、そして人口減少が進行しているのは事実ではありませんか?
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