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スワデシというのはあくまでも究極的な最終目標である。 [2022年09月20日(Tue)]
(494)
 それだけではありません。「スワデシなど不可能だ」と言ってそれを思考の対象から排除してしまう人は、スワデシというのがあくまでも究極的な最終目標であることを忘れています。それは、我々が不断の努力を積み重ねていった上で最終的に到達すべき目標なのです。
 ・・・


 
 経済のスワデシに関するガンディーの意見の続きです。
 「それは理想論であって、現実的には無理だ(491)」という反論に対して、彼はまず、「それは、たとえ肉体的な安楽を犠牲にしてでも万難を排して遂行しなければならない宗教的な原則なのだ。国内で生産されていない機械製品に関しては、それらを必要としない暮らし方をするようにすれば良いのだ」と答えました。
 しかし、これに続けて、もっと柔軟な見解も示しています。つまり、「スワデシ(自給自足)というのは究極の目標であって、決してすぐに、個々人の生活の実情についての一切の考慮無しに、全面的・画一的に適用しなければいけないわけではない」ということでしょう。
 (418)でも述べられていたように、彼にとっての目標とは、継続的な努力に一定の方向性を与えるものなのです。すなわち、「着眼大局、着手小局」というようなことだと思います。
 そして・・・
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