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  「わわわだいがくん」
ガンディーの地産地消論。 [2021年09月22日(Wed)]
(137)
 生産と消費とがそれぞれの地域内で行われるようになれば、生産のスピードを上げたいという誘惑は金輪際起こらなくなるでしょう。
 現代の経済システムには様々な困難や問題があって、それらが解決されることは永遠にないのではないかとさえ思えます。しかし、それぞれの地域で生産されたものをまさにその地域で消費するようになれば、それらの問題もきっと解消されることになるでしょう。
 ・・・
 


 ガンディーのグローバリズム批判(135)の続きです。彼が考えている具体的なイメージは、上に書かれているように「それぞれの地域で生産されたものを、その地域で消費する」というものです。つまり、最近の日本で言われる「地産地消」です。インドでは、「スワデシ」と言っていたそうです。(58)

 もちろん、地産地消ということになれば、地域間の競争はなくなってしまいます。スケールメリットと呼ぶべきものも、なくなります。だから、生産の効率は悪くなるし、イノベーションは起こりにくくなると言えるでしょう。しかし、ガンディーの考えでは、「それでいい」のです。スピードの追求こそが、悪なのですから。
 効率やスピードを追求することで、様々な問題が生じるのだと彼は言います。だから、競争の不在は停滞や非能率や不合理をもたらすのではなくて、人間的な経済にとって不可欠な条件であると考えるのです。
 そして、さらに続けてガンディーは・・・
9月定例学問会の報告(4)スポーツは、誰のためのもの? [2021年09月22日(Wed)]
 9月12日の定例学問会の報告の続きです。
 
●オリンピックは、どうしてこんなにおかしくなっのか?
●スポーツの政治利用と商業利用。
●近代オリンピックの理念には、大いに反している。
●1964年の東京オリンピックでは、国家主導の強化合宿でさえ意見が分かれる問題だった。
●スポーツそのものも、オリンピックのために変質しているのでは?
●スポーツの本来あるべき姿とは?

 そして・・・
                (つづく)
第205回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(3)権力者の子どもは、将来が約束されている。 [2021年09月22日(Wed)]
 8日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。

●古代の日本では、一位、二位、三位という位階があった。
●偉い人の子どもは、スタートから高い位をもらえる(蔭位の制)。
●下位の役人の子であれば、スタートの地位も低く、出世の望みも限られている。
●藤原道長の長男、頼通は、12歳で正五位、15歳で従三位(公卿)。
●22歳で権大納言、26歳で内大臣、さらに摂政となる。

 そして・・・

                 (つづく)
ガンディーのローカリゼーション論 [2021年09月21日(Tue)]
(136)
 これに対して、もしも世界の各地域がどこでも自らの必要を満たすだけの生産の場と流通機構の両方を持っていたとしたら、どうでしょう。
 そうすれば、人々への分配は地域の中で自ずと調整されるようになるでしょう。
 そして、その過程の中で誰かが詐欺的な手段を使って不当な利益を得る機会は少なくなるはずです。また、人々の生活必需品の流通が投機の対象にされてしまう可能性もなくなるでしょう。
 ・・・


 
 ガンディーのグローバリズム批判(135)の続きです。そうなると、当然の帰結として、彼の主張は現代のローカリゼーション運動に類似したものになってきます。
 すなわち、「各地域で必要とされているものを、原則としてはその地域において生産し、地域内の小規模な流通機構を通じて分配する」ということです。
 必然的に、生産主体は大企業ではなく、個人または家族、そうでなければ小規模な組織ということになるでしょう。生産者と消費者の間の距離は非常に小さくなり、市場を通さずに直接コミュニケーションを図ることも大いに可能になるでしょう。市場が介在するにしても、ニーズ把握や生産現場の状況の理解も容易になるはずです。だから、「必要な人に、必要なモノやサービスを届ける」という分配も、巨大市場にも本当にあるのかどうか大いに疑わしい「見えざる手」に期待せずとも可能になるのです。
 また、相互理解と信頼に基づく経済になるわけですから、詐欺的・投機的・搾取的・寄生的なやり方で不当な利益を上げるような現象も起こりにくくなるだろうとガンディーは言うのです。
 そして、さらに続けて・・・
しもかわ読書会9月例会の報告(1)ガダルカナル [2021年09月21日(Tue)]
 昨日は、西町キャンパスで「しもかわ読書会」9月例会を行いました。
 敬老の日だったので、お年寄りの生きてきた時代を理解し、先人の想いを誠実に受け止めるようにしようということで、今回は戦争について学ぶ本を取り上げました。1冊目は、「ガダルカナル」(五味川純平)です。ガダルカナル島は、とても悲惨な戦いがあった場所です。
 残念ながら、この本は下川町町民会館図書室にはありません。先月除籍になってしまったので、ぼくがもらって来ました。
 これは、是非とも後世に残すべき本だと思うのですが・・・

                             (つづく)
9月定例学問会の報告(3)選挙とオリンピック。 [2021年09月21日(Tue)]
 9月12日の定例学問会の報告の続きです。
 
●選挙は、勝ち負けの問題じゃないんだけど・・・。
●どうして、そうなっちゃうのかな?
●オリンピックも、なぜか勝ち負けが大事な問題になってしまう。
●金メダルを取ることが一番大切なことではない。
●国別のメダル数を競うのは、オリンピックの理念に反している。

 そして・・・
                (つづく)
ガンディーのグローバリズム批判。 [2021年09月20日(Mon)]
(135)
 仮に、人間が必要とするすべての物が機械によって供給されるようになるとしましょう。ただし、それらの生産地は特定のいくつかの場所に集中していたとします。
 そうなると、それらの品物を必要としている人々の手にすべてきんちんと行き渡らせるためには、あちらに持って行ったりこちらへ持って来たり、随分面倒なことになってしまうのではないでしょうか。
 ・・・



 ここから、新しい記事になります。これも、ガンディーの反グローバリズム論です。この時代は、恐らくグローバリズムという言葉は一般的でなかったと思いますが、彼は産業化・機械化の行き着く先として、ほとんど21世紀の状況を予見していたようです。
 さて、お金の上での効率性・合理性のみを重視する思考を進めていけば、「輸送コストを考慮に入れてもなお安く生産し供給できるのであれば、生産地が特定の場所に集中していても良い」「どんなに遠距離でも、国境を超えていても、まったく問題はない」ということになるでしょう。つまり、国際分業は経済発展の結果であり、そしてさらなる発展をもたらすものとして肯定的に評価されるべきものだと考えられるでしょう。
 しかし、ガンディーは、これと正反対の意見を述べるのです。
 (81)では「グローバリズムは農村の搾取につながる」という点を強調していたガンディーですが、ここでは特定の場所から世界各地に品物を分配することの不合理性を指摘しています。
 まず、お金で測れない不合理性、不経済が考えられます。燃料資源の消費と有限性、環境負荷などです。また、災害など想定外の事態に陥った場合の適応性・復元力も考慮されるべきでしょう。
 それから、生産者と消費者の関係性の断絶、市場独占の弊害、過剰生産と廃棄物の増加、またその一方で、必要としている人に必要としている物が届かないという現象も多く見られることになるでしょう。
 では、一体どうすればよいと彼は言うのでしょうか?
 ・・・
  
しもかわ読書会8月例会の報告(10)医療、治水、農業。 [2021年09月20日(Mon)]
 「しもかわ読書会」8月例会の報告の最終回です。

 ●中村さんは、はじめはペシャワールの難民キャンプでハンセン病の治療に当たった。
 ●しかし、ほかの病気で苦しんでいる人もいる、アフガニスタンで困っている人もいる。
 ●アフガニスタンでも、医療サービスを開始。
 ●大干ばつで苦しむ人たちを見て、井戸掘りを決意。
 ●さらに、用水路の建設へ。
 ●水があると、こんなにも風景が変わるのか。


 「しもかわ読書会」9月例会は、今日、20日(日)です。
しもかわ読書会8月例会の報告(9)独善に陥ることの危険。 [2021年09月20日(Mon)]
 「しもかわ読書会」8月例会の報告の続きです。
 
●女性解放や人権意識といった外からの価値観。
●現地の人々は、反感を持って受け止めている。
●学校教育だけが教育なのではない。
●日本人は、アメリカの占領政策を受け入れたが・・・。
●どこの国の人もそうするわけではない。

 それから・・・
                       (つづく)
もう一つの産業化。 [2021年09月19日(Sun)]
(134)
 そこで、私はずっと大きな事業に取り組むこともできます。しかし、私はその仕事よりもこの村における活動の方を意図的に選んだのです。
 しかし、村を助けるために都市での活動を断念したというわけではありません。それは、「都市で働いてはいけない」という自らの心の声に従ったからなのです。
 現在、日々続けられている国民からの収奪、このような経済には断固として加担するわけにはいきません。だから、私はこうして村に来て、別のやり方での産業化を目指しているのです。

       (「ハリジャン」1937年2月27日)



 「もし自然の経済を復活させることができないなら、私はむしろ都市へ帰って行くべきでしょう(133)」と述べた後、ガンディーはこのように続けます。
 この時期、インドはまだイギリスからの独立を勝ち取ってはいません。インド独立運動の指導者であったガンディーには、「多くの人々が集まる都市で、運動の先頭に立ってほしい」という要望もきっとたくさん寄せられていたのではないかと思います。
 しかし、彼は村での活動を選んだのです。決して、インド独立への情熱や使命感を失ったからではありません。そのような村における実践活動、すなわち自立的な生産活動を再興し、共同体の機能を再生することこそが、真のインド独立につながる道であると彼は確信していたのだと思います。
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