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2010年08月16日(Mon)

コートジボワールの岡村大使のブログ
ワールドカップが終わって1カ月がたちました


ワールドカップでは、日本は大活躍をして、とっても楽しい思いをしましたが、みんなが喜ぶたびに、「ちょっと、あの話、忘れてんじゃないの??」と言いたくなっていました。


「あの話」とは、ワールドカップ直前のコートジボワールとの親善試合で、トゥーリオ選手が、コ
ートジボワールのドログバ選手と接触し、ドログバが腕を骨折した話。


このブログでも書きました


ドログバ骨折


ドログバは、ワールドカップで不死身のように復活しましたが、本調子にはほど遠く、コートジボワールは、組合せの不運もあって、1次リーグであっさり敗退してしまいました


日本戦では日本を圧倒していましたし、今でも私は、1次リーグさえ突破していれば、コートジボワールは相当いいところまでいったのではないか、と思っているので、とっても残念で、コートジボワールの人の無念さを思うと、日本が活躍して喜ぶ気がおきませんでした


そんなときに、在コートジボワールの岡村大使が、この件について、書かれたブログを見つけました。とってもいい話で、私は感動したので、そのままの形でご紹介したいと思います


ドログバ選手と老婦人



私がその事故のことを知ったのは、アビジャンを出てパリに着いた夜、休暇で日本に帰る途上だった。


サッカーのワールドカップに、日本もコートジボワールも出場を果たした。そして、南アフリカでの本番を前に、日本とコートジボワールの両チームが、6月4日にスイスで練習試合を行った。両国がお互いに知り合う、たいへん素晴らしい親善の機会であった。


ところが、その試合中に、日本の闘莉王選手が、コートジボワールのドログバ選手と接触し、ドログバ選手は転倒して、何と手の骨を折ってしまった。



ドログバ選手といえば、コートジボワールの英雄である。普段はイングランドのチェルシーで活躍し、欧州のプロ・リーグの試合では、得点王に輝いている。コートジボワールはただでさえ、サッカーに国をあげて熱狂する国民性にある。今回、ワールドカップへの出場権を得て、ナショナル・チームへの期待は大いに高まっていた。


ところが、本番の試合を前にして、大黒柱のドログバ選手が故障してしまった。いよいよという時に、本戦への出場は難しくなる。コートジボワールの大多数の人たちが、天を仰いで悲鳴を上げたであろう。そして、その原因は日本との試合にある。



事故のことを聞いて、私は咄嗟に、コートジボワール国内で、日本に対する怨嗟がまき起こるかもしれない、と恐れた。スポーツにはつきものの事故だといっても、心情からはとても受け入れられる説明ではないだろう。


私の大使館は、私の留守にかかわらず、機転を利かせて、すぐに「たいへん残念なことになった、ドログバ選手の早期の回復を祈る」という声明を出していた。しかし、それで人々に納得してもらえるとは思えない。


映像では、闘莉王選手の側から、かなり激しく衝突している。練習試合なのだから、そこまで真剣にやり合わなくてもよかったのに。この映像を見ると、ますますコートジボワールのサッカー・ファンたちの怒りが募るだろうと思った。



東京に着いてから、日本の報道を見たけれども、日本のチームが快進撃で、予選リーグを突破したことに熱狂する記事ばかりであった。ワールドカップが始まる前に、日本のチームがコートジボワールのチームに、決定的な手傷を負わせてしまったことは、日本ではとっくに忘れ去られているようであった。


そして、日本は予選リーグを突破し、その一方で、コートジボワールは予選落ちしてしまった。


もちろん、コートジボワールの同じ予選枠に、強豪のブラジルやポルトガルがいたという不運はあろう。しかし、ドログバ選手には最良な状態で存分に闘ってほしかった、とコートジボワールの人々はみな思ったはずだ。ドログバ選手の故障を抱えての敗退は、やはり国民感情として、割り切れないものがあったに違いない。



だから、東京に滞在している間に、在京コートジボワール大使のボア大使(女性)から、昼食に招待されたとき、私はまずこの件を取り上げた。


コートジボワールの人々が、どんなに落胆したか思うに余りあります。スポーツに不可避な事故であったとはいえ、このことで、日本に対するコートジボワールの国民感情が害されることを、私は懸念します。



そうボア大使に申し上げた。そうしたら、ボア大使の返答である。


「そうね、とても残念な事故だったわ。でもね、私には、とても胸を打つことでもあったのですよ。」


胸を打ったとは、どういうことですか。


「あの事故以来、日本の全国から、在京のコートジボワール大使館に対して、ものすごい量の手紙やメールが来たのです。残念なことになった、申し訳ない、ドログバ選手の早い回復を祈る、コートジボワールの人々との親善が傷付くことのないように、と。」



そして、ボア大使は付け加えた。


「私たちは、日本の人々の心に大変感動しました。それで、決めたのです。届いた手紙やメールを、できるだけたくさん、日本語からフランス語に翻訳して、本国の大統領のもとに送りました。これだけの反響がある、だから、本国政府では決して日本のことを悪く言わないように、と。」


そうだったのか。私は報道だけを見て、日本の人々が、コートジボワールのことを軽く考えていると誤解していた。


「ちょうど、横浜で講演会があって、私がコートジボワール大使として出席したのです。そうしたら、講演会が終わってから、一人の老婦人が私のところにやってきて、私の手を取って、ただ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と。」


ボア大使は、心なしか声を詰まらせていた。老婦人も、両国の友好を救ってくれた。それは、私など外交官には決してできないことであった。


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コメント
お笑い共産党.隔離闘争.自民党宝塚支部
の掲示板を見ても氷山の一角しか解らない筈です。

小石川養生所跡地以降の事、
=焚書=の事も解らない筈です。
Posted by: 環境大学新聞  at 2011年09月30日(Fri) 16:57