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協働の新たなステージ 7月のケース会議 [2012年06月29日(Fri)]
■協働事業の評価 どうやって目的を共有するか?

日 時 2012年7月17日(火)19:00〜21:00
場 所 横浜開港記念館7号室(みなとみらい線「日本大通り」下車徒歩1分)

問題提起:NPOサポートちがさき、びーのびーの、鎌倉市市民活動支援センター運営会議
ゲスト:小山紳一郎氏(公益財団法人かながわ国際交流財団 湘南国際村学術研究センター)

■障害者就労支援分野の社会起業家事例
 〜社会イノベーションが産みだした目に見えない価値とその評価〜

最近、社会起業家と言われる人たちが元気です。社会的な課題を事業の力で解決しようとする人たちで、横浜では寿町のホステルビレッジを運営しているコトラボ合同会社、あるいは児童養護施設出身者の就労支援を行うフェアスタート株式会社などの活躍が有名です。法人格は違いますが、社会的な課題を解決しようという点では、NPOと目指すところは一緒です。
 彼らは営利追求の法人格である「会社」を選択しているだけに「社会起業家」として「社会的な価値をどれだけ生み出したか?」が問われます。そこで、社会的な価値を測定し、表現していくことについては、熱心に取り組んでいます。
 今回、講師としてお招きする露木さんは、社会起業家と社会イノベーションに関する研究を専門として、障害者就労分野を中心とした事例研究をしています。また、株式会社公共経営・社会戦略研究所での仕事では、事業や活動から産みだされるインパクトなどの目に見えない価値を測り、評価しようとする第三者評価にも携わっています。これはNPOの評価の上でも非常に重要な視点なので、社会的価値を測るにはどのおような方法があるのかについても伺いたいと思います。

日 時 2012年7月24日(火)18:30〜20:30
場 所 かながわ県民活動サポートセンター305号室(横浜駅徒歩5分)
講 師 露木真也子氏 株式会社公共経営・社会戦略研究所 主任研究員

市民セクターの価値を高めるために、意思決定過程への参画を制度化すること [2012年06月28日(Thu)]
2012年6月26日に横浜で開催された、イギリスの協働の最新動向をテーマとしたセミナーに参加した感想の続きです。

イギリスのNPO(“チャリティ”と呼ぶのが英式ですが、この記事ではNPOで統一します)の財源は民間からの寄付が大きいのかと思っていました。確かに、寄付の占める比率は高いのですが、公的資金の比率もかなり高いのです。もともとイギリスには「公共サービスは行政の役割。市民セクターは行政の代わりをしているのだから、行政が資金を出すのは当たり前」という考え方があるからだそうです。

中でも特徴的なことは、アンブレラ組織※に対しても資金を提供していることです。アンブレラ組織の大きな役割は「リプレゼンテーション=代表」。参加団体の利害を調整し、意見を集約して行政機関等との交渉にあたる組織です。「NPOの意見を集約する」機能を持つNPOは、日本には存在しにくいのですが、イギリスでは重要な役割を担っているのです。何かことがあると市民セクターの代表と議論し、意思決定しなければならないという制度があるためです。この制度に実効性のあるものとするためには、リプレゼンテーション機能を持つ中間支援組織が必要だということなのでしょう。

同じような仕組みがドイツにもあると聞いたことがあります。環境保護団体で一定の条件をクリアした者は、連邦政府か州政府がパートナーとして認証します。パートナーに認証された団体は、法制度に係る重大な決定あるいは、事業計画の初期段階で資料の閲覧権と意見表明権が与えられるというものです。NPOが力を発揮するには、そのための仕組み・制度がセットになっていることが重要であることを物語っているように思います。

ところが、イギリスでも最近は、市民からの意見を聴取するときにNPOを介在させるのでなく、行政が直接公聴会的な集まりを持つことが増えてきた、とおっしゃっていました。その方が「効率的」だという理由だそうです。NPOが介在することのメリットは、効率ではありません。公聴会などの場で「一個人として」意見を表明できない人も大勢います。気の弱い人もいるでしょう。重い病気を抱えている人、障がいをもった人など、そのような場があっても出席さえできない人もいるはずです。そのような人たちの声を吸い上げ、意思決定過程に反映させることがNPOの役割のはずです。イギリスの市民参加が後退しているのではないか、という印象を持ちました。

(この項目はさらに続きます)

※「中間支援組織」の一形態。イギリスでは「中間支援組織」の役割は下のように整理されるという。
(1)代表(リプレゼンテーション)
(2)力量形成(キャパシティ・ビルディング)
(3)仲介(リエゾン)
(4)調査・研究(リサーチ)

リオ+20で評判の悪かった「グリーン経済」 [2012年06月27日(Wed)]
1992年6月に開催された「環境と開発に関する国連会議(リオサミット)」から20周年にあたる今年、再びブラジルで開催された会議(リオ+20)は、盛り上がりのないままに終わった感があります。

国連の会議史上最大と言われる5万人が参加したそうですが、オバマ大統領をはじめ、欧米の首脳は欠席(日本の野田総理大臣も)し、期待された成果が得られなかったとの見方が多いような気がします。もちろん『われわれの望む未来』の採択やSDGs(持続可能な開発目標)に向けた一歩を踏み出し、失望だけではなかったとは思います。

webで検索をかけると「グリーン経済」についての記述が大幅に後退したという記事がたくさんヒットします。「グリーン経済」は今回のサミットの大きなテーマだっただけに、数値目標もロードマップも示せなかったことを失望する人が多かったでしょう。

「環境と調和した経済を目指す」「そのためのプログラム、目標値、ロードマップを示す」単純に考えると、反対する理由はなさそうですが、貧困問題に悩む途上国にとって、持続可能性は「環境・経済・社会」の3つの柱で成り立つものであり、「環境と経済」にフォーカスすることによって「社会的公正」の視点が薄れるという疑いを持ったということかもしれません。あるいは「環境と経済の調和」が経済発展の障害になる可能性を感じたのかもしれません。

環境NGOや先住民の人権を扱うNGOにも受けが良くありませんでした。

例えば、エネルギー源をバイオマスに転換することは、化石燃料や原子力への依存を減らすことになり、新たな産業を興すことにつながります。けれども、木質バイオマスの生産が、従来型の「工業生産的効率性」を追求して行われるならば、森は一面の単一樹種となり、伐採されるときは数百ヘクタールにわたる皆伐。木が切られた後は泥だらけになり、気候の厳しいところでは回復までに長い年月を要するかもしれません。また、森を生活の場とする先住民の暮らしの基盤を奪うことにもなりかねません。今の「グリーン経済」がほんとうに「持続可能な生態系の利用」につながるのか、疑心暗鬼になっているのです。

その理由の一つは「グリーン経済」が明確に定義されて来なかったことにあるのかもしれません。このままでは、自然収奪型の経済・格差助長型の社会がさらに進むことになるかもしれない。少なくとも、そのようなものではないことを明確に示せなかったのかもしれません。トウモロコシでエタノールを作った結果、穀物相場が上がって食料価格が上がる、といったことが無いようにしなければなりません。
イギリスの協働を勉強しに行って来ました [2012年06月26日(Tue)]
イギリスというと、ビートルズ、大英博物館よりも「協働」という言葉が思い浮かぶのは職業病でしょうかねぇ。

辞書を引き引き、外国で出版された本を最初に読んだのはBritish Trust for Conservation Volunteers(BTCV)のボランティアリーダー養成のテキスト。横浜自然観察の森で自然保護レンジャーをしていたとき、自分でもこのような活動を始めてみたいと思ったのが動機でした。

まちづくり方面にも関心が向き始めると、グランドワークトラストとか、デベロップメントトラストという仕組みも少し勉強しました。

パートナーシップが本職になった頃に聞きかじったのが「強制競争入札」などのいわゆる「サッチャー改革」と呼ばれる一連の施策。そして、その反動とも言える「コンパクト」市民セクターと行政セクターとの関係を規定する基本ルール。あるいは、協働の極地まで突っ走ったかと思われた「地域戦略的パートナーシップ(LSP)」

そして、今夜は横浜でイギリスの協働についての最新の動向を勉強するセミナーがあるというので、行って来ました。講師は中島 智人氏(産業能率大学経営学部)。イギリスでのフィールドワークの経験に基づいた生々しいお話に引き込まれ、あっという間に時間が来てしまいました。

遅れて会場に入ったとき、政府と市民セクターとの関係が変わりつつあるとのお話の最中でした。政府と市民セクターの関係を規定する基本原則「ナショナル・コンパクト」が大幅に刷新されたそうです。これまでのコンパクトは「ビジョン・目的」の共有を重視した「未来志向(ビジョナリー)」なものであったと言われますが、改正版では「共有の原則」が削除され、代わって「成果、アウトカム」が強調され、より「実利的」な方向に舵を切っているとのこと。

その影響は、既に現れ始めていて、行政が市民セクターに仕事を発注するときの評価基準が「コストパフォーマンス、効率優先」になりつつあるようです。公共サービスであっても、より安く、大量に供給できる大企業が良いサービス提供者と評価されてしまうと不満を述べるNPO(イギリスでは“チャリティ”と呼びますが、とりあえずNPOに統一)の方もいらっしゃったそうです。

効率とコストに勝る大企業が公共サービスの提供者となることによって、行政のコストが下がるとの意図があるのでしょう。ただ、私たちはこれまで、市民セクターには固有の価値があり、企業とは異質のサービスを提供できると思って来ました。

行政機関や大企業による公共サービスは「供給者」と「消費者」の関係が固定化しがちです。一方、市民セクターでは、サービスの受け手と供給者の関係は変化し、互いに他を必要とする「共助のネットワーク」が生まれることで地域の人間関係が豊かになり、個別のニーズに合った質の高いサービスが提供できるようになりますし、お金で決済されるだけでない関係が生まれれば、結果として「質の高い・個別のニーズに合ったサービスが安価に提供できる=社会的コストが下がることを目指していたはずです。

また、地域戦略的パートナーシップ(LSP)でも、行政主導で立ち上げた取組は形骸化しやすく、政府の資金とともに消滅する事例も多いようです。理念と基礎となる制度は立派でも現場の担当者と実務の仕組みがおいついていかない現状も「日本と似ているなあ」と思ったところです。もちろん、基本的な考え方や大枠の制度自体は、日本より一歩も二歩も先んじていることは確かなのですが。
(この項目は続きます)

上田市のまちるき [2012年06月24日(Sun)]
ちょっと古いたたずまいの残る町を歩くのが好き。

6月23日(土)に小諸市で棚田の作業をした後は、うちの奥さんの希望で上田市に行くことになりました。小諸からすぐ近くです。そのスジでは著名なパン屋さんの店があるので、一度行ってみたいとのこと。でも、場所がわからないから駅の観光案内所に行きましたところ「市内のガイドマップ」を取り出して「この辺です」とすぐに教えてくださいました。

上田市の歴史のある町並み


パン屋さんのある小路は、造り酒屋の蔵など昔の風情の残る道。古い町並みを再生して町を元気にしようという試みは、私の生まれ故郷(新潟県村上市)でもあります。こういう取組がひろがると良いなあ、と思いました。

上田市の有名なパン屋さん


パン屋さんは、酒屋さんの建物をお借りして営業しているのだそうです。天然酵母を売り物にするその店のパンには酒蔵に居着いた酵母も活躍しているのかもしれません。

ツタの流れる壁面(上田市にて)


上の写真はおまけ。まちをぶらぶら歩いていたら、壁面にツタの怒濤のような流れをあしらった家がありました。窓のあたりのあしらいが見事です。
小諸市の棚田のお手伝い [2012年06月23日(Sat)]
小諸市に通い始めて2年目になります。
日本棚田100選にも選ばれた美しい棚田が残されている一方、耕作されなくなった田んぼも目立ちます。地主さんから田んぼをお借りして、ボランティアで耕作を続ける事業のお手伝いを去年から始めました。

小諸市の放棄された棚田の草刈


2012年6月23日(土)は、草刈と肥料を投入。エンジンカッターで草を使って、地元の方が草を刈り払います。

小諸市棚田復元


われわれ、素人集団は刈った草や田んぼに転がる小石を取り除きます。

草刈の終わった棚田に有機質肥料をたっぷり撒きます


草刈の後は、有機質肥料をたっぷりと投入。「米の精」と言って、精米した米の表面についている「肌ヌカ」を固めたもの。米のとぎ汁の主成分です。これが、土の中の微生物の食べ物となり、発酵が進むと、作物の生長に必要な栄養素が増えるだけでなく「善玉菌」が増殖することで病原菌の増殖を抑える効果があるのだそうです。

みんなで記念写真


作業後の記念写真。お疲れ様でした。

棚田でつかまえたアカガエル、サワガニを観察


田んぼの中で、アカガエルとサワガニを捕まえた5歳の二子ちゃんの姉妹。余談ですが、2月5日(双子の日)が誕生日なんだそうです。田んぼの中には、生きものもいっぱいいます。


松本大学は、地域に愛される大学だった [2012年06月22日(Fri)]
松本市で立ち上げた「いきものみっけファームin松本」は、市内の生産者、地元のサッカーチーム、市役所などなどたくさんの組織・人の力で支えられたものであることは言うまでもありませんが、地元のお米屋さん、中島屋降籏米穀の大活躍が無ければこの事業が始められなかったであろうことは、どんな人でも認めるところです。そして、協議会を支えたもう一つの支柱は松本大学です。

松本大学は、2学部4学科、学生数約1,500人、教員数約170人。単純に計算すると、1学科あたり100人/学年弱。規模の小さい大学ながら、地域に溶け込んでいる様子を目の当たりにして「すごいなあ」と思っていました。いつか、機会があればその秘密をお聞きしてみたい、と思っていましたが、なかなかじっくりとお話ができる機会がとれませんでした。

出会いというのは不思議なものです。おそらく10年ぶりくらいになるであろう旧知の方とお会いしました。そのときに「松本市で環境教育の事業をお手伝いしている。松本大学の地域貢献がすばらしい」という話をちょっとしたら、後日、1冊の本を送ってくださいました。『地域に愛される大学のすすめ』NPO法人オンデマンド授業流通フォーラム・大学イノベーション研究会編 三省堂2011年発行(1,600円+税)という本です。

帯のコピーにしびれました。

「断言します。地域にとってこれ以上お得なことはない。「学生を真ん中」において、地域とともに学生を教育する。学生は地域を愛するようになり、地域は「人を育てる地域」になり、「学び合う地域」になる。

ううむ。すごい。私が大学の教員をやっていたときにこの本が出ていれば、もう少しうまくできたかもしれない、と思いました。この本は、松本大学、共愛学園前橋国際大学、南大阪地域大学コンソーシアムという3つの事例を詳しく紹介しています。この「業界」では有名な事例らしいのですが、勉強不足の私は初めて聞く名前でした。

丁寧な取材をされたのでしょう。大学の教職員ならどきっとするようなキーワードや、「これは使える!」とうなずく実践のヒントがこれでもかというぐらいに詰め込んであります。詰め込み教育はいけませんが、こんなにてんこ盛りのヒントとアイデアは大歓迎。

これから、子どもの数が減るにつれ規模の小さな大学の生存競争がますます厳しくなることは容易に想像できます。それぞれの大学は、いろいろな特色を掲げて学生の獲得を試みています。地域連携をメニューの一つに掲げる大学も少なくありません。ただし、大学全体の戦略として明確に位置づけられているかどうかとなると話は別です。一部の教職員の熱意や努力でかろうじて動いているところもあると思います。そのような大学が次のステップに一歩踏み出すときに役立つ本です。

大学の教職員だけでなく地域活動をする人にもお勧めできます。大学を地域資源としてとらえ、活用するときに参考になります。ほろりとする感動のストーリーやにやりと笑える小話なども交えて、読みやすい文章になっているので、ほんとうに、いろんな立場の方々が読んだら面白いと思います。
考えよう協働-イギリスの経験に学ぶ 6月26日 [2012年06月21日(Thu)]
このセミナーは行かねばなりません。

考えよう協働-イギリスの経験に学ぶ
--協働という名の海原を進むコン パスはどこに...

イギリスはサッチャー時代に大幅な行政のスリム化を行い、公共サービスの民営化をすすめました。その後、労働党に政権が移っても、その流れは止まらず、担い手としての非営利セクターの役割が大きくなったと言われています。そのプロセスで、委託における上下関係や、事業の評価などの課題も多々生まれました。

そこで、民間による非営利セクターはネットワークを組み、自治体と非営利セクターの間に覚書「コンパクト」を締結するなどの環境整備を行ってきました。そこに付随して、監査のあり方なども、発注者とは自立した仕組みをもっていると言われています。協働という面では、日本よりも少し先行くイギリスの、そうした環境整備につい てぜひ学びたいと思います。

講師:中島 智人氏(産業能率大学経営学部)
日時:2012年6月26日(火)18:30−20:30(予定)
場所:横浜市市民活動支援センターセミナールーム1,2
参加費:無料

申し込み方法は、↓
http://new-kyodo.org/study2.html
電車に泣く [2012年06月19日(Tue)]
6月19日、朝の出勤で地下鉄都営新宿線が止まっていた。人身事故があったらしい。仕方なく、迂回して30分遅刻で出勤しました。
帰りは台風4号が関東直撃の時間にあたり「小田急線止まるなよ」との祈りが通じたのか、運休はしていなかったが、人身事故のため代々木上原で動かなくなった。復旧までに2時間くらいかかりそうとのことなので、東京メトロ千代田線で表参道へ。半蔵門線→田園都市線と迂回して自宅に着いた頃は、台風の影響でひどい雨と風。1日に2回人身事故に遭遇するというのは、運が悪いとしか言いようがありません。
ESDのコーディネーターってなんじゃ? [2012年06月17日(Sun)]
ESD-Jの全国ミーティングの2日目。今日は午前が分科会。午後にまとめの全体会でクロージングという流れ。分科会は「生物多様性」「学校」「復興」と3つのお題で「コーディネーション」を考えるというもの。それぞれに、事例報告があり、参加者がコーディネーターに必要なスキルや育成の方法を考えるというテーマで、結構難度が高い。少なくともESDそのものが良く理解できていないワタクシのような者にとっては難題と言っても良いものです。

私が参加した分科会は「生物多様性」。事例発表は、沖縄は山原の生きものを守る活動を続けていらっしゃる久高さん、福井県中池見湿地を開発から守った笹木さんというお二人。久高さんのお話をお聴きするのは2回目、中池見は情報としては良く知っていたのですが、直接お話をうかがうのは初めてです。

2つの事例をお聴きするだけで1時間超。それから「ESDコーディネーターとは?」というテーマを掘り下げていくわけですが、二人のお話をお聴きすると、超人的なご活躍に目を奪われ、そこからスキルのエッセンスを引き出して一般化するとか、後に続く人材を育成していくなどということができるのだろうかと途方に暮れてしまいます。

久高さんは「写真家」ではありますが、自らの写真を広める「仕事」は、山原の自然のすばらしさを伝え、理解者・賛同者を増やす「コーディネーション活動」の一つですし、写真を撮ることを通じて、地元の人とのコミュニケーションを図っています。つまり、生活のほとんどを山原の自然のために費やしているわけです。また、笹木さんは専業主婦とコーディネーターをうまくバランスしているとおっしゃいますが、中池見のために費やしている労力は相当なものであろうと想像できます。このお二人を「ESDコーディネーター」のモデルとして一般化をはかる、なんていうことができるのだろうか?? それが、私の疑問でした。

もやもやとした思いを抱えて、全体会。3つの分科会での議論の報告の後、3〜4人のグループ作業。3つの分科会の人が必ず一人以上含まれるようなグループを作り「ESDコーディネーターとは?」というお題を考えるディスカッション。これもまた難題ですが「まあ、考えるプロセスそのものに意味があるのだろう」と持ち前の「いい加減」さを発揮して議論に加わります。私のグループには「学校」から2人、「復興」から1人、そして私が「生物多様性」という4人の構成でした。

他の分科会に出られた方とお話をするうちに、気づいたことがあります。

笹木さんや久高さんの活動は、はるかに高い山の頂のように見えますが、ご本人は「楽しんでやっている」「悲壮感は無い」とおっしゃいます。方や、行政・大企業が進める大開発、方や複雑に利権が入り乱れ、米軍演習所までが絡む複雑なことこの上ない沖縄開発。絶望的とも思える状況を楽しみながら、運動を繰り広げることができるのは、お二人にとって、そこが「生活の場」であり、運動は「日常生活」そのものだからなのでしょう。私のように80年代「自然保護運動冬の時代」に自然保護を仕事としていた者の目から見ると、驚くばかりのことなのですが、そのような活動を「特別のこと」としない意識の大転換が必要なのだと気づきました。

「復興」分科会の方からのお話がとても刺激になりました。あたりまえのことですが、東日本大震災からの復興は1年や2年で終わるものではありません。数年、もしかすると10年の単位で考えなければならない問題です。どんなに大変なことであっても「日常化と継続」が必要です。

そのように息の長いプロセスを動かすには「超人的なコーディネーション能力」のある少数の人が頑張るのは無理です。もともとあった地域コミュニティは単純なものではありません。例えば、消防団、婦人会、宗教的な「講」、共同作業の「結い」など、多種多様なコミュニティが幾重にも重なり合い、関係し合っていました。そして、それぞれのコミュニティごとに「コーディネーター」がいたはずです。

ESDなどと難しい言葉を使っていても、結局は「日々の暮らしの立て直し」なのですから、崇高な目標設定や、一人のコーディネーターが超人的な能力を発揮するような形では、その活動自体が「持続不能」に陥ります。

平凡な結論ですが、ESDのコーディネーターの役割は「平凡な暮らしの維持」であり、そのために必要な資源(人的資源が重要)を把握し、関係を構築する能力が求められます。そして、コーディネーターの育成とは、一人ひとりが「地域との関わり」を紡ぎ直すことであるのかもしれません。

「コーディネーター」という役割の人を育てるのでなく、地域の誰もが「コーディネーター的役割」を担う地域コミュニティの再構築が必要なのでしょう。

私のように「職場」と「職場を通じた人間関係」が一番重要な「コミュニティ」になってしまっていると、笹木さんや久高さんの活動を「超人的」と思ってしまい「登頂不能な絶壁」と見えるのですが、地域に根ざして生きる「生活人」に戻りさえすれば「コーディネーター」の壁はそれほど高いものではないはずです。「世話焼きオバサン」とか「地域の野球チームのキャプテン」で十分なはずです。そのような事例は今までさんざん観て来たはずなのに、自分で自分の中に「壁」を作ってしまっていたのでした。

壁を取り払ってしまえば、笹木さんや久高さんに学ぶべき点を抽出し、広めていくことはできるはずです。そのことに気がついたのは、このミーティングが終わる20分前でした。さて、これから、自分は何ができるだろうか、明日から自問自答がまた始まります。

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