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第3期教育振興基本計画のパブコメ募集中(10/2〜10/31) [2017年10月03日(Tue)]
中央環境審議会では「第3期教育振興基本計画」の策定に向けて議論が進んでいます。今年度中の閣議決定を目指して、今、これまでの審議経過に対するパブリックコメントを実施中です。
詳しくは文部科学省のウェブサイトをご覧ください。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/10/1396827.htm
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このパブコメの後、次期の教育振興基本計画の骨子がほぼ決まります。最終版に対するパブコメがあると思いますが、項目立てなどはこの機会でないと意見表明できません。締切は10月31日。ESDや環境教育についての記述が弱いような気がしています。気になる方は意見を提出しましょう。
ESDに必要な「批判的思考(クリティカルシンキング)」と「非難」の違い [2014年06月27日(Fri)]
「批判」と「非難」は全く違う。
「非難」は糾弾が目的だが、「批判」は相手の良いところを認め、悪いところを指摘して改善を求め、価値観や行動の変容を促す。
今日はうちの職場に「非難」のメールが舞い込んでいる。全て匿名。
ことの次第は、こういうことだ。
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うちの職場は「子どものエコ活動」を投稿するホームページを運営している。日本全国の子どもたちの環境教育のデータベースのようなものだ。
1年くらい前「この投稿は法律に違反する活動を紹介している。投稿を削除せよ」というメールが届いた。調べてみると、確かに法に抵触する。しかし、その活動は既に終了していて責任者に連絡がとれない。一方的に事務局が削除したら、この活動による学びを完全に否定することになる。
いろいろと考えた末の結論はこうだ。
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・投稿者が特定できないようにするが、投稿は残す。
・事務局から、その活動に対するコメントを付ける。
・コメントは「自分たちで調べながら、工夫して活動していること」を認めた上で「健康や環境に悪い影響があること」「法律で禁止されていること」を説明し、他の方法で目的を達成するよう助言するという内容だ。
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同様の活動を考えて、ウェブ検索でこの投稿に行き着いた人が、このコメントを読んだならば、危険性、違法性を理解し活動を止めることだろう。
批判のメールをくれた人も、この対応を認めた。
これで収まったかに見えた。
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ところが最近あるサイトに、この投稿を問題視する発言が書き込まれた。
その発言に触発されて、次々と書き込まれた発言は、子どもたちやリーダーに対する「非難」ばかり。相手をおびえ、困惑させるだろうが、学びと自己変容を促すにはほど遠いものだった。
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義憤に駆られ、たたくだけたたけば、たたいた人は溜飲を下げるのだろうか。
相手が受け取りやすい言葉で語りかけ、自ら過ちを改めるように誘導する方がよほど建設的ではないか。
私たちは、もっともっと学ばなければならない。
ESD提言フォーラムに参加 [2014年06月22日(Sun)]
2014年は、国連が定めた「持続可能な開発のための教育の10年」の最終年。日本が提案して実現し、2014年11月には岡山県と愛知県でまとめの会合を開催します。
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とは言えこの10年をふりかえると、地球や地域の「持続不可能性問題」はますます深刻化しています。「持続可能な開発のための教育(ESD)」に関わり続けて来た者として、まず、反省。
政府は相変わらずのタテワリのままで本気で取り組んでいない、学校教育の厚いカベがじゃまなどなど、阻害要因をあげるなら、いくらでも出てきますが、まずは、この10年間、何が変わったか(あるいは変わらなかったか)、自分のことも含めて、棚卸しの機会が必要です。
ESD-ws.jpg

6月21日(土)〜22日(日)に、国連の10年が終わった後、ESDをどう進めていくか、市民社会からの提言づくりを目的として、認定NPO法人持続可能な開発のための教育の10年推進会議が「ESD提言フォーラム」を開催しました。
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ESDに取り組む全国各地からの報告に続き、そこからテーマを拾い出し、テーマ&チームで、テーマ毎の現状・課題を話し合い、提言の素材を出すという流れでした。
ESD-ws02.jpg

10年をふりかえるのでなく、現時点での到達点を確認し、そこから課題と解決策を導き出すやり方をとったのは、時間の制約など、いろいろと理由があったのだとは思います。
ただ、一度は自分でこの20〜10年をふりかえる作業が必要です。
これから「市民社会からの提言」をまとめあげて行くわけですが、私自身は、ESDの日常化が不十分だったこと、草の根のレベルでの活動が広がりにくかったことなどを最大の課題としてとらえて行きたいと思っています。
浄土ヶ浜の海岸とハマギク [2012年09月19日(Wed)]
三陸ツアーの2日めは浄土ヶ浜から碁石海岸を回ります。ものすごい強行軍。

宮古市の浄土ヶ浜は、まるで極楽浄土のような岩と海岸のおりなす風景から名付けられたのだそうです。行って見るとほんとうにこの世離れした美しさを感じます。今日も、外海は台風のうねりで高い波が打ち寄せていますが、高い岩に守られた内湾はとても穏やかで、澄んだ水に飛び込みたくなります。
浄土ヶ浜の穏やかな海


ここでも、津波の被害は相当なものだったとお聞きしました。漁業施設、観光施設はほぼ全壊。それでも、美しい岩場はほとんど無傷で残りました。人間が作った堤防や鉄骨コンクリートの建物は無残に破壊されましたが、天然の岩は何事も無かったかのように、静かに今日も波に洗われていました。環境教育とか考えずに、じっとこの景色を眺め、人智の限界と自然の畏敬を感じるだけのプログラムとかできないものかなぁ〜、などと考えていました。2つ並んだ石碑は津波の記憶をとどめるためのものです。
津波の記憶をとどめるための石碑


宮澤賢治が尋ねたことを記念する石碑もありました。「うるはしの 海のビロード 昆布らは 寂光のはまに 敷かれ ひかりぬ」とあります。良い歌ですね。地質学にも明るかった賢治にとって、古い地層の見られる三陸の海岸は興味深かったのかもしれません。

宮澤賢治の歌碑


生まれて初めて「ハマギク」を見ました。遠目に見るとごく普通のアスターですが、近くで見ると、さすがに海岸性の植物らしく、じょうぶな茎と分厚い葉っぱを持っています。
ハマギク
岩手県田野畑村北山崎の絶景 [2012年09月18日(Tue)]
今日は、岩手県田野畑村北山崎という所に出張です。

陸中海岸国立公園の中でも美しい断崖の景色の見える所。観光なら景色を眺めて満足ですが、環境教育プログラムを作るための下見ですから、さてここで、どんなことができるかと考えながら歩きます。けれど、あまりに景色が美しすぎて、何も浮かびません。
せめて、ミサゴでも飛んでくれないかと空を見上げてみますが、ハクセキレイが2羽飛んだだけ。ちょうど、米軍の最新鋭の輸送機「オスプレイ(=ミサゴ)」が日本に配備されることが大きな問題になっていたので、ミサゴも出てくるのを控えたのでしょうか。

おりしも、強力な台風が日本に接近しつつあり、波が荒く、9月の半ばとは思えないような、湿った暑い風が吹きまくっていました。
岩手県田野畑村北山崎の絶景三陸
「グリーン経済」として木材利用が注目されていますが [2012年07月06日(Fri)]
6月29日(金)に開かれたシンポジウムは木質バイオマスが「グリーン経済」の主役として注目されているとの報告があり、今後、木材を活用するための方法や留意点を様々な視点から話し合われ、なかなかに刺激的なパネルディスカッションでした。

生産→加工→流通→消費 のあらゆる場面での「構造転換・意識転換」が必要だと強く感じました。

木で発電するにしても、大量な木材を集めるために大面積を皆伐したのでは逆効果。
公共の建築物を木で作ろうとすると難燃処理が不可欠で、薬剤や人工樹脂で加工した木材は、工業製品と化し、何のための木材利用かとも思いました。

さわってやわらかい・暖かみがある、良い香りがする、呼吸する(吸湿したり排湿する)などの特性は、木が多孔質であるからです。ただ、その特性は燃えやすいとか、反る・割れる・狂うなどの性質とも結びつきます。いくら木が良くても、狂ってしまってドアが閉まらなくなるとか、ひびが入ってすきま風が吹くのはやっぱり嫌でしょう。でも、ちょっとカンナをあてたり、漆喰で埋めれば良いと割り切れば、木材の利用は無限に広がります(ちょっと大げさ)。

でも、効率的に大量生産しようとすると、工業製品のように規格化されていないと扱いにくい。そもそも、昔の家のように、曲がった木材を利用して梁(はり)を作ったりできる職人的な大工がそんなにいるわけもないので、結局はまっすぐでツルツルでピカピカに加工された木材しか流通ルートに乗らない。流通ルートに乗らないから加工する人もいない、という循環が成り立つ。

私たちも、流通ルートに乗っているものだけを「買わされる」だけでなく、自分の美意識とか価値観で商品を選ぶことができれば、曲がった木で作った家に味があり、壁や床にひびが入っても、それを許容し、むしろ、そのような特性を大切にした家具を使い、家に住みたいと思うようになるのではないかと思いました。

それから、蛇足を加えるならば、木質バイオマスの利用も「地産地消」が良いなぁ、ということでしょうか。
ESDのコーディネーターってなんじゃ? [2012年06月17日(Sun)]
ESD-Jの全国ミーティングの2日目。今日は午前が分科会。午後にまとめの全体会でクロージングという流れ。分科会は「生物多様性」「学校」「復興」と3つのお題で「コーディネーション」を考えるというもの。それぞれに、事例報告があり、参加者がコーディネーターに必要なスキルや育成の方法を考えるというテーマで、結構難度が高い。少なくともESDそのものが良く理解できていないワタクシのような者にとっては難題と言っても良いものです。

私が参加した分科会は「生物多様性」。事例発表は、沖縄は山原の生きものを守る活動を続けていらっしゃる久高さん、福井県中池見湿地を開発から守った笹木さんというお二人。久高さんのお話をお聴きするのは2回目、中池見は情報としては良く知っていたのですが、直接お話をうかがうのは初めてです。

2つの事例をお聴きするだけで1時間超。それから「ESDコーディネーターとは?」というテーマを掘り下げていくわけですが、二人のお話をお聴きすると、超人的なご活躍に目を奪われ、そこからスキルのエッセンスを引き出して一般化するとか、後に続く人材を育成していくなどということができるのだろうかと途方に暮れてしまいます。

久高さんは「写真家」ではありますが、自らの写真を広める「仕事」は、山原の自然のすばらしさを伝え、理解者・賛同者を増やす「コーディネーション活動」の一つですし、写真を撮ることを通じて、地元の人とのコミュニケーションを図っています。つまり、生活のほとんどを山原の自然のために費やしているわけです。また、笹木さんは専業主婦とコーディネーターをうまくバランスしているとおっしゃいますが、中池見のために費やしている労力は相当なものであろうと想像できます。このお二人を「ESDコーディネーター」のモデルとして一般化をはかる、なんていうことができるのだろうか?? それが、私の疑問でした。

もやもやとした思いを抱えて、全体会。3つの分科会での議論の報告の後、3〜4人のグループ作業。3つの分科会の人が必ず一人以上含まれるようなグループを作り「ESDコーディネーターとは?」というお題を考えるディスカッション。これもまた難題ですが「まあ、考えるプロセスそのものに意味があるのだろう」と持ち前の「いい加減」さを発揮して議論に加わります。私のグループには「学校」から2人、「復興」から1人、そして私が「生物多様性」という4人の構成でした。

他の分科会に出られた方とお話をするうちに、気づいたことがあります。

笹木さんや久高さんの活動は、はるかに高い山の頂のように見えますが、ご本人は「楽しんでやっている」「悲壮感は無い」とおっしゃいます。方や、行政・大企業が進める大開発、方や複雑に利権が入り乱れ、米軍演習所までが絡む複雑なことこの上ない沖縄開発。絶望的とも思える状況を楽しみながら、運動を繰り広げることができるのは、お二人にとって、そこが「生活の場」であり、運動は「日常生活」そのものだからなのでしょう。私のように80年代「自然保護運動冬の時代」に自然保護を仕事としていた者の目から見ると、驚くばかりのことなのですが、そのような活動を「特別のこと」としない意識の大転換が必要なのだと気づきました。

「復興」分科会の方からのお話がとても刺激になりました。あたりまえのことですが、東日本大震災からの復興は1年や2年で終わるものではありません。数年、もしかすると10年の単位で考えなければならない問題です。どんなに大変なことであっても「日常化と継続」が必要です。

そのように息の長いプロセスを動かすには「超人的なコーディネーション能力」のある少数の人が頑張るのは無理です。もともとあった地域コミュニティは単純なものではありません。例えば、消防団、婦人会、宗教的な「講」、共同作業の「結い」など、多種多様なコミュニティが幾重にも重なり合い、関係し合っていました。そして、それぞれのコミュニティごとに「コーディネーター」がいたはずです。

ESDなどと難しい言葉を使っていても、結局は「日々の暮らしの立て直し」なのですから、崇高な目標設定や、一人のコーディネーターが超人的な能力を発揮するような形では、その活動自体が「持続不能」に陥ります。

平凡な結論ですが、ESDのコーディネーターの役割は「平凡な暮らしの維持」であり、そのために必要な資源(人的資源が重要)を把握し、関係を構築する能力が求められます。そして、コーディネーターの育成とは、一人ひとりが「地域との関わり」を紡ぎ直すことであるのかもしれません。

「コーディネーター」という役割の人を育てるのでなく、地域の誰もが「コーディネーター的役割」を担う地域コミュニティの再構築が必要なのでしょう。

私のように「職場」と「職場を通じた人間関係」が一番重要な「コミュニティ」になってしまっていると、笹木さんや久高さんの活動を「超人的」と思ってしまい「登頂不能な絶壁」と見えるのですが、地域に根ざして生きる「生活人」に戻りさえすれば「コーディネーター」の壁はそれほど高いものではないはずです。「世話焼きオバサン」とか「地域の野球チームのキャプテン」で十分なはずです。そのような事例は今までさんざん観て来たはずなのに、自分で自分の中に「壁」を作ってしまっていたのでした。

壁を取り払ってしまえば、笹木さんや久高さんに学ぶべき点を抽出し、広めていくことはできるはずです。そのことに気がついたのは、このミーティングが終わる20分前でした。さて、これから、自分は何ができるだろうか、明日から自問自答がまた始まります。

「茶の湯」は持続可能な開発に貢献できるのか? [2012年06月16日(Sat)]
2012年6月16日〜17日は、ESD-J(持続可能な開発のための教育の10年推進会議)の全国ミーティングが東京で開かれています。うちの団体も正会員になっているので、参加しています。久しぶりに会う方、しょっちゅうお会いしているのに、なかなかじっくり環境教育について話せない方、Facebookでは良く知っているのに、実際にお会いする機会の少ない方、メーリングリストでは旧知の中なのに、実際にお顔を合わせるのは初めての方などがあり、たまにはこういう会議も良いものだと思います。

難しいテーマについてのことは、いずれじっくり書くことにして、今日、初めてお会いして方でユニークなことを考えをお聴きしたので、ちょっとだけ書きます。

茶の湯は、日本が世界に発信できる「持続可能な開発」への道しるべになるのではないか、と言うのです。

なるほど。確かに、茶の湯は自然と人の営みが一体となった総合芸術の世界。しかも、千利休が目指したのは、待庵に見られるように、極小へと向かう物質消費、もちろん、エネルギー消費も最小限に抑えられます。ところが、そのような世界に魅せられたのが時の権力者たち。

「詫び」「寂び」の価値観が現代でも主流になれば、持続可能な開発も夢ではない.....はず。

考えて見れば、日本はマテリアル消費、エネルギー消費を抑えつつ、経済発展ができるモデルを世界に打ち出せる文化をたくさんもっています、例えば「アニメ」などもそうでしょう。最近は「AKB」のようなビジネスもそうかもしれません。でも、歴史をひもとけば伝統的な文化の中にヒントはいくらでもあります。茶の湯はその代表ではないでしょうか。

今、茶の湯は家元制度の中で形式や茶道具を売る「ビジネスモデル」となっていますが、ここに、茶の湯創世記の熱気と活力を取り戻すことができれば、日本は世界に誇る持続可能な開発のモデルを提供できる....かもしれません。でも、まあ面白い話だと思ってお聴きしました。

で、今夜は晩ご飯の後に久々に、抹茶をいただきました。

抹茶
マヤ人は人類滅亡を予言してはいません [2012年05月26日(Sat)]
「マヤ文明は天体観測から正確な暦を複数持っていたことで知られていますが、「長期暦」と呼ばれる暦が2012年12月で一周することが「世界の終わり」と解釈され、人類滅亡を予言しているとのうわさがあります。

いたずらに世間の不安を煽るような「風評被害」にはうんざりしていたので、考古学者は何をしているのかと思っていたら、最近、岩波新書の『マヤ文明―密林に栄えた石器文化』青山和夫著という本がありました。マヤ文明についての最新の知見を素人にもわかりやすく書いてある好著です。マヤ暦についての記述もあり「2012年に人類は滅亡しない」とはっきりと書いてあります。

そもそもマヤ人は、私たちが意識しているように、時間が過去から未来に続く直線としてはイメージしていなかったのです。太陽や月の運行のように、時間を無限に循環する環のように考えていました。日本や韓国、中国にも、十干と十二支を組み合わせて60年で一回りする「干支(えと)」があります。「壬申の乱」は672年に起きた日本の内乱で、「壬申倭乱」は1592年に豊臣秀吉が朝鮮にしかけた戦争を朝鮮側で言う呼び名。どちらも壬申(じんしん・みずのえさる)の年におきたことが名前の由来です。ちなみに、甲子園球場は1924年「甲子(こうし・きのえね)の年に完成したことを記念した名前だそうです。干支暦が一巡して原点に戻ったからめでたいということなのでしょう。

マヤ人は、周期の異なる何種類もの暦を使っており、その一番周期の長い暦が2012年で一巡することが人類滅亡説の根拠ですが、干支が60年ごとに繰り返すように長期暦も一周するとまた原点からやりなおしになるだけなのです。マヤ人は、長長期暦が一巡するとなったら、滅亡を心配するのでなく、新たな「世紀の始まり」を祝うことでしょう。さらに、驚いたことに、青山氏によればマヤ人は、さらにずっと長い周期の暦も持っていたらしいのです。一番長い周期の暦は地球の歴史よりも長いそうですから、驚くべきことです。

この本の中で青山氏は、マヤ文明の衰退についてもページを割いています。環境問題を考える身にとって興味深く、終末論よりもずっと深刻な問題を提起しています。

まず、一般的にマヤ文明が突然崩壊したというのは実態をとらえていないそうです。巨大なピラミッドや石碑を作るような都市文明は数世紀をかけて徐々に衰退しますが、都市を離れ、農耕を主体とするマヤの人たちの暮らしはスペインによる侵略の後も残っています。この部分を読んで宮崎駿のアニメ『天空の城ラピュタ』を連想しました。

マヤで都市が放棄された理由は、いくつかの要素が複合しているとの説が有力です。青山氏は「人口増加」「環境破壊」「戦争」が主な原因と考えています。車輪を持つ輸送機器や大型動物を使った運搬手段を持たなかったマヤ文明は、人口の増加が近辺の自然環境の悪化につながりやすく、環境問題を解決するために戦争が頻発したというのです。さらに、王や王族は自らの権威を維持するためにさらに巨大な建造物を作り、農民の疲弊や環境破壊をさらに進める結果となったと説いています。

今の人類の所業を考えると、繁栄を持続するために、環境を保全するのではなく都市化を進め、環境への負荷を増やしています。

青山氏は、石器が専門の考古学者ですが、考古学の研究から得た知見を、現代に生きる私たちに伝えることがだいじだと考えていらっしゃいます。好著にめぐりあえたと思います。
「環境教育等促進法」の基本方針と主務省令にパブリックコメントが出ています [2012年05月02日(Wed)]
2011年6月に改正された「環境教育等による環境保全の取組の促進に関する法律(環境教育等促進法)」に関する「基本方針」と「主務省令」がパブリックコメントを求めています。締め切りは5月31日とのことです。
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=15186
今、原文を読みながらどんな意見を提出しようかと考えています。この法律は、2012年10月に完全施行の予定。