韓国の子どもたちから南三陸町の皆さんへ[2022年10月13日(Thu)]
東日本大震災から11年が経ち、街並みもすっかり変わり、昔の記憶も薄れつつ。
2015年12月14日に町の復興シンボルとして本設復興再建させた「南三陸病院」(旧志津川病院)

(2011年8月志津川病院)
震災直後に、ふとした場所で出会った人が、当時の志津川病院の事務長さん。
多くの仲間を失いながらも、懸命に本設開院に漕ぎつけました。
2018年からは、韓国の子どもたちが、南三陸町を応援しようと復興応援横断幕を贈って、応援。
毎年、復興応援横断幕を贈る中で、皆さん元気かな?と言う気持ちが芽生え、絵の表現力を一杯勉強して、今年はもっと良い絵を贈ろうと日々、努力を重ねています。



昨今のコロナ禍で、コロナ当初よりワクチン接種などが始まり、病院は大忙し。
コロナが終わるまでは、一時中止を考えましたが、病院側から「震災からの継続は大切にしていきたい」との温かいお言葉を頂き、今年も3月に贈りました。
以前に展示していたコミュニティー広場は、臨時ワクチン接種会場となり、展示できず…
また、追加ワクチン接種の予定に、町唯一の大病院は、てんてこ舞い。
5月過ぎにようやく展示出来たと連絡を頂いていました。
現在の事務長さんとは、電話口やオンライン上でしかお会いしたことがなかったので、許可を頂き、病院を訪問してきました。



東日本大震災がきっかけだった当時は、復興応援横断幕として毎年送っていた絵画。
その間にコロナ感染症が広がり今年で5年が経ち、復興応援横断幕というより、「南三陸町の皆さん、今年もお元気ですか?」のお便りの絵に変わりつつあります。

2015年12月14日に町の復興シンボルとして本設復興再建させた「南三陸病院」(旧志津川病院)
(2011年8月志津川病院)
震災直後に、ふとした場所で出会った人が、当時の志津川病院の事務長さん。
多くの仲間を失いながらも、懸命に本設開院に漕ぎつけました。
2018年からは、韓国の子どもたちが、南三陸町を応援しようと復興応援横断幕を贈って、応援。
毎年、復興応援横断幕を贈る中で、皆さん元気かな?と言う気持ちが芽生え、絵の表現力を一杯勉強して、今年はもっと良い絵を贈ろうと日々、努力を重ねています。
昨今のコロナ禍で、コロナ当初よりワクチン接種などが始まり、病院は大忙し。
コロナが終わるまでは、一時中止を考えましたが、病院側から「震災からの継続は大切にしていきたい」との温かいお言葉を頂き、今年も3月に贈りました。
以前に展示していたコミュニティー広場は、臨時ワクチン接種会場となり、展示できず…
また、追加ワクチン接種の予定に、町唯一の大病院は、てんてこ舞い。
5月過ぎにようやく展示出来たと連絡を頂いていました。
現在の事務長さんとは、電話口やオンライン上でしかお会いしたことがなかったので、許可を頂き、病院を訪問してきました。
東日本大震災がきっかけだった当時は、復興応援横断幕として毎年送っていた絵画。
その間にコロナ感染症が広がり今年で5年が経ち、復興応援横断幕というより、「南三陸町の皆さん、今年もお元気ですか?」のお便りの絵に変わりつつあります。



