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当法人にとっての東日本大震災から10年が経ち…[2020年04月23日(Thu)]
10年前の4月23日(2011年)の南三陸町は冷たい雨でした。

当時のニュースでは、
東日本大震災の被災地では、24日(2011年)の明け方にかけて強い風を伴って、まとまった雨が降る見込みで、気象庁は巨大地震とその後の余震で地盤が緩んでいることから、土砂災害などに警戒するよう呼びかけていました。また、23日午前0時25分ごろには、福島県沖を震源とする地震で福島県広野町で震度5弱の強い揺れを観測しました。余震が起きている地域の外側でも各地で強い揺れを伴う地震が起きていて、気象庁は引き続き、広い範囲で地震に注意するよう呼びかけています。と記録が残っています。
2011年4月23日宮城県南三陸町(ヴィレッジネーション).JPG
(2011年4月23日 突然の余震で高台へ死ぬほど走りました)

当時のニュースでは、
(4月23日 4時)宮城県南三陸町では、役場が被災し、支援が必要な人の情報を把握しにくくなっています。中には、震災から40日間にわたって孤立に近い状態になった高齢者もいて、きめ細かな対応が求められています。
宮城県南三陸町では、役場が被災して福祉や医療に関するデータが多く失われ、支援が必要な人の情報を把握しにくくなっています。南三陸町志津川の岩崎惣一さん(69)は、妻のあや子さん(69)の目が不自由なために避難所には行かず、停電や断水が続く自宅で暮らしています。近所の人たちが避難したあと、自宅の周辺では食べ物や水の支給が行われず、2人は、震災からおよそ40日間、孤立に近い状態になりました。岩崎さんは、毎日2回、往復1時間近くかけて町内の避難所まで山道を歩き、2人分の食べ物などを受け取るほか、坂を登り降りして井戸水をくみ生活しているということです。今月中旬になって、仙台市のボランティア、及川博道さん(34)が訪れたことをきっかけに、ようやく数日に1度、野菜などが届くようになりました。及川さんは、2人のことを人づてに聞いたということで、「町内には、まだ孤立した人がいるかもしれない」と話し、仲間と巡回を行って情報の把握に努めています。
2011年4月23日宮城県南三陸町(ヴィレッジネーション) (2).JPG
(初めてお会いした岩崎さんご夫婦)

そんな中、当法人(旧任意団体ヴィレッジネーション)は、宮城県石巻市に3名で向かいました。
3.11震災後に3.15(富士宮地震)が起き、富士宮でも被害あり、東北支援に出遅れていました。
また4月23日は、石巻ボランティアセンターも雨の為、閉鎖。
朝の4時、NHKニュースから流れてきた「南三陸町で目の不自由な人が自宅で孤立している」との報道で居ても立っても居られず、石巻から約2時間かけて南三陸町を訪れることにしたのが今日でした。

初めて訪れる宮城県南三陸町は、冷たい雨が降り薄暗く、見るもの全てが灰色だったことを今でも覚えています。目立つのは3人で着ていった、オレンジ色や黄色のレインコートと色鮮やかなレインカバーで覆われた、リュックサックだけでした。
現地のボランティアをしている及川博道さんと連絡をとる為に、メディアに連絡し場所を教えてもらい半日かけ、歩いて岩崎さん宅を訪れました。出迎えてくれた岩崎さんは薄汚れた見知らぬ私達をそのままの格好で迎え入れてくれました。

あの日から9年が経ちました。岩崎さんとも今日で10年目のお付き合いに突入。
相変わらず、「何もないし、変わらない」が岩崎さんの口癖ですが、あの時の感謝は忘れないよと言われると何だか毎年、照れくさい。幼稚園児だった岩崎さんのお孫さんも、今年で高校生になっていた。
そして今更ながら、岩崎さんの旦那さんの誕生日と1日違いだったことに、笑い声が止まらなかった2020年4月23日でした。今年もあの時と同じように、桜が咲き、岩崎さんの頬に桜感じる南三陸町だと教えてくれました。
2012年岩崎さんのお孫さんが描いた絵.JPG
(2012年4月、岩崎さんのお孫さんが、桜が満開で学校に通う姿が描かれていました)

2019年3月9日宮城県南三陸町(ヴィレッジネーション).jpg
(2019年3月9日、東日本大震災の特別番組を見つめる岩崎さん)

そんな出会いから、2014年、福島県南相馬市の障害者施設へ支援を開始、同年、セウォル号転覆事故をきっかけに、韓国で防災教室を開始。
2019年3月には、在大韓民国日本国大使館主催の東日本大震災ドキュメンタリー映画にご招待頂き、駐大韓民国特命全権大使の長嶺安政大使にお会いすることが出来たのが懐かしいです。
今年は新型コロナウイルス(COVID-19 )の影響で、毎年訪れる3月の南三陸町訪問も延期、韓国の子どもたちが作った東日本大震災復興応援横断幕は延期で渡すことが出来ず、南三陸町にあるあさひ幼稚園さんとの友情こいのぼりプロジェクトも縮小中。
この先も、まだまだ先が見えない不安な世の中ですが、東北3県が絶望的に見舞われた東日本大震災の時に誰もが思った「心ひとつ」を信じ、大人がしっかりと子どもたちに手本を見せ、今出来る形で精いっぱい工夫する大切さを伝えていきたい。と思いました。
ヴィレッジネーションは、今でも何か一つを考えて行動しています。
心はひとつチャリティーリストバンド(ディズニーランド).jpg
(東日本大震災を受け、東京ディズニーリゾートで4月22日より販売されたチャリティーリストバンド)
Posted by NPO法人 ヴィレッジネーション at 19:48 | 日記 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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