「共に生きる」とは、同じ場所にいることなのか
― 相模原障害者殺傷事件から10年の講演会を聴いて ―
障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。
先日、副代表理事の宮澤範生さん、会員の蓬生さつきさんと3人で旭川市まで出かけ「相模原障害者殺傷事件から10年」をテーマとした講演会に参加してきました。
僕がこの講演会を知って「旭川まで行ってでも聴いておきたい」と思った理由は、とても単純なものでした。2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件から、まもなく10年。障害者福祉に関わる活動を行なっている障害当事者団体ベクトルズとしても、この事件について改めて振り返り、学んでおくことには大きな意味があるだろう。そんな期待を抱いて参加しました。
ところが、実際に講演を聴き始めると、
「ん?」
「んん?」
「……そういう話なのか?」
僕らの頭の中には、いくつもの「?」が浮かび始めました。
「分離教育」が差別を生み出す?
今回の講演会を主催したのは、「障害児も地域の普通学級へ・道北ネット」という団体です。団体名からも分かるように、障害のある子どもを特別支援学校や特別支援学級へ分けるのではなく、地域の普通学級で障害のない子どもたちと共に学ぶ「インクルーシブ教育」を重視しています。
講演では、特別支援学校や特別支援学級へ障害児を分ける教育を「分離教育」と捉え、それによって障害のない子どもたちが障害者と接する機会を失うという趣旨の主張がありました。障害者と共に学んだ経験がないまま大人になる。すると障害者を「自分とは関係のない人」「自分とは違う世界の人」として認識するようになる。
そうした社会のあり方が障害者への差別的な価値観を生み、相模原障害者殺傷事件の植松死刑囚が持っていたような優生思想にも繋がっていく…。

僕らはここで大きく引っかかりました。「分離教育が、相模原事件のような優生思想を生み出す」そこまで因果関係を繋げてしまってよいのだろうか?
もちろん、障害のある子と障害のない子が子どもの頃から関わることには、大きな意味があると思います。実際に同じ教室で勉強したり・遊んだり・喧嘩したり・仲直りしたりする。その経験によって、「障害者」という抽象的な存在ではなく、一人のクラスメイトとして障害のある人を知ることができます。
その価値を少なくとも僕は完全否定はしません。
しかしながら…、「共に学ぶことには価値がある」という話と「特別支援教育によって分けることが、障害者差別や優生思想を生み出す」という話は、僕の中では同じではありません。後者まで主張するのであれば、そこには相応の根拠が必要だと思います。
増加している統計を並べれば「関連している」と言えるのか?講演では、この10年間における教育現場の様々な統計についても触れられていました。
特別支援学級を選択する児童生徒が増えている。
不登校の児童生徒が増えている。
教師によるいじめの認知件数も増えている。
児童生徒の自殺者数も増えている。
精神疾患によって離職する教員も増えている。
そして、それらは関連しているという趣旨の説明でした。
ここにも僕は「?」を感じました。複数の数字が同じ時期に増加していることと、それぞれに因果関係があることは別問題だからです。もちろん、教育現場で起きている様々な問題が完全に独立しているとも思いません。複数の問題が影響し合っている可能性はあるでしょう。
だからといって、
「特別支援学級が増えている」
「不登校も増えている」
「自殺も増えている」
「教員の精神疾患も増えている」
という複数の事実を並べるだけで、「分離教育が進んでいる社会の結果である」と結論づけることには、僕は慎重でありたいと思いました。
「普通学級で一緒に学べばいい」で、本当に済むのだろうか?そして講演を聴きながら、僕自身の中学生時代を思い出しました。僕が通っていた中学校には特別支援学級がありました。僕と同じクラス(普通学級)には、僕より重たい知的障害のあるクラスメイトがいました。会話による意思疎通にも難しさがあり、授業についていくことも困難そうに見えました。僕自身はクラスメイトとして一応仲良くしていましたが…。
いま当時の彼や周りの生徒たちとの環境を振り返ってみても、「彼は特別支援学級のほうが、自分に合った勉強ができるんじゃないかな?」と思っています。彼の家で何回か遊んだ際に聞いたところでは、普通学級に在籍していたのは両親の方針だったそうです。
もちろん、これは一人の事例に過ぎません。
ところが講演会が終わり、札幌へ戻る車内で3人で感想を話していると、宮澤さんや蓬生さんからも、それぞれの中学・高校時代の経験が出てきました。
普通学級に障害のある生徒がいて、教師から「君に任せる!お世話してね」と言われた経験。障害のあるクラスメイトの移動を手伝っていたため、自分まで次の授業に遅れてしまう。ところが教師からは事情を理解してもらえず「言い訳するな!」と叱られる。
それはあまりにも理不尽です。
そして、ここにはインクルーシブ教育を考えるうえで、とても大切な問題が隠れているように思います。クラスメイトは「支援者」や「介護者」ではないということです。
僕は、障害児を普通学級へ入れることそのものが絶対悪だとまでは思っていません。必要な合理的配慮や人的支援があれば、普通学級で楽しく学べる子どもも当然いるでしょう。本人自身が「みんなと同じクラスで学びたい」と望むことだってあります。
しかし、そのために必要な支援を「面倒見のいいクラスメイト」へ背負わせてはいけないと思うのです。クラスメイトは福祉職ではありません。学校の支援員でもありません。ましてや、その子自身も教育を受けるために学校へ通っている一人の児童・生徒です。
障害のある子どもを普通学級へ入れた結果、その子を支える役割を周囲の子どもへ押しつける。それによって「一緒に学ぶ」ことが成立しているのであれば、僕はそれを理想的なインクルーシブ教育とは呼びたくありません。
むしろ場合によっては、「障害のある子と同じクラスになると、自分が面倒を見なければならなくなる」という負の経験を、障害のない子どもへ与えてしまいます。障害への理解を深めるための教育が、やり方を間違えれば逆方向へ働いてしまう可能性だってあるわけです。だからこそ、「無理にでも学校や教育委員会を説得してでも普通学級へ入れること」だけをゴールにしてはいけないと僕は思います。
特別支援教育は、本当に「分離」という一言で片づけてよいのか…?僕たち3人が帰りの車内で話していて、共通していた考えがあります。
その子に特別支援学校や特別支援学級という選択肢が用意されていて、本人にとってその環境のほうが学びやすいのであれば、素直に利用してよいのではないか?ということです。
特別支援教育は、障害のある子ども一人ひとりの教育的ニーズに応じた教育を行うために存在しています。普通学級で、ほとんど理解できない授業を毎日受け続けること。自分のペースでは学べないこと。周囲のクラスメイトにも過剰な負担がかかること…など。それよりも、本人の特性や理解度に合わせた教育を受けることができるのであれば、それもまた本人に保障されるべき選択肢ではないでしょうか。
僕たちは、
普通学級=良い教育
特別支援学級=悪い教育
という白黒主義のような二択にはしたくありません。もちろん、その逆にもしたくありません。
入所施設についても同じことを感じました。今回の講演では、学校教育だけでなく、障害者の入所施設についても批判的な話がありました。「施設の中だけで暮らし続けることによって地域社会から障害者が隔離・隔絶されてしまう。重度障害者であっても、ヘルパーなど必要な福祉制度を利用しながら地域で生活できる社会をつくらなければならない!」
この問題意識については、僕にも理解できる部分があります。
本人が地域で暮らしたいと願っているのに「重度障害だから施設しかありません」と選択肢を奪われてしまう社会は変えていくべきでしょう。
しかし、僕はここでも同じ疑問を持ちます。地域で暮らせるようにすることと、入所施設という選択肢そのものをなくすことは、同じなのでしょうか。
地域で一人暮らしをしたい人もいる
家族と暮らしたい人もいる
グループホームが合う人もいる
そして、常時必要な支援を受けられる環境に安心を感じる人もいるでしょう?
「重度障害者だから施設へ行きなさい」と社会が一方的に決めることに問題があるのなら「施設は隔離だから地域で暮らしなさい」と思想によって一方的に決めることにも、僕は同じような危うさを感じます。
障害者は「十人十色」である。ここで、障害当事者団体ベクトルズとしての考え方に戻ります。僕たちは日頃から「障害者は十人十色」と発信しています。あっ、健常者も十人十色であることは大前提なのでわざわざ発信していないだけです。
同じ知的障害という診断名でも「できること」も「苦手なこと」も「必要な支援」も違います。発達障害も精神障害も身体障害も同じです。そして当然ながら本人が望む人生も違います。
だから僕たちは、「普通学級か特別支援学級か」という場所を”先に決める考え方”には立ちません。
普通学級で学びたい!うん、いいでしょう。
特別支援学級のほうが安心して学べる!それもいいでしょう。
特別支援学校を選びたい!はい、それも一つの選択です。
大切なのは、どの制度を選んだかによって、その人の人生の価値が決まるわけではないということです。本人の障害特性・能力・希望・環境・必要な支援などを踏まえて、その人に合った選択肢を考える。そして、一度選んだら絶対に変えてはいけないのではなく、本人の成長や環境の変化に応じて考え直すこともできる。僕たちは、そんな柔軟な社会のほうを望みます。
「共に生きる」は、同じ場所へ集めることだけではない。僕は今回の講演を聴いて「共生社会って何だろう?」と改めて考えました。障害のある子どもと障害のない子どもを同じ教室へ入れること。障害者を施設から地域へ移すこと。それによって物理的には「一緒」になります。しかし、僕は同じ場所にいることだけが「共に生きる」ことではないと思っています。
特別支援学級で学んでいる子と普通学級で学んでいる子が、学校行事・部活動。地域活動などを通じて友達になることだってできる。入所施設で生活する障害者が、地域住民と交流したり、地域活動へ参加したりすることだってできる。
逆に同じ教室、同じ地域にいても、互いに無関心であれば「共生」と呼べるのだろうか。僕にとって大切なのは、物理的に同じ場所に配置することより、違いを持った人間同士が互いの存在を知り、それぞれに合った方法で社会と繋がれることです。
期待していた内容とは違った。でも、行ってよかった。正直に書きます。札幌から旭川まで向かったとき、僕が期待していた講演内容とはかなり違いました(笑)相模原障害者殺傷事件そのものを振り返り、事件から10年を迎える今、障害者差別や優生思想について学ぶ講演だと思っていたからです。
ところが実際には、主催団体が長年取り組んできたインクルーシブ教育や脱施設化という思想が強く反映された内容でした。だから講演中、僕の頭の中には何度も「ん?」「そこ?」「本当にそうなのかな?」という疑問が浮かびました。
でも、だからといって「旭川まで行った意味がなかった」とは全く思っていません。むしろ逆です。異なる考え方を持つ人たちの話を直接聴いた。札幌へ帰る車の中で、3人それぞれが自分の学生時代の経験を話した。そして「じゃあ、ベクトルズとしてはどう考える?」を語り合った。
自分と同じ意見を聞いて安心することだけが学びではありません。違う思想に触れて、「僕はなぜそこに違和感を覚えるのだろう??」と考えることもまた、大きな学びです。今回の旭川遠征を通して、障害当事者団体ベクトルズとして大切にしたい考え方が、また一つ明確になりました。
障害者は十人十色。
だからこそ、一つの思想によってすべての障害者の生き方を決めたくない。選択肢を減らすのではなく、増やしたい。そして、その中から本人が自分に合った道を選べる社会であってほしい。
普通学級であってもいい。
特別支援学級であってもいい。
特別支援学校であってもいい。
地域で一人暮らしをしてもいい。
グループホームでもいい。
必要な人なら入所施設という選択肢があってもいい。
「みんな同じ場所へ行こう」が共生なのではなく、「それぞれ違う道を選んでも、同じ社会を生きている」と互いに認め合えること。障害当事者団体ベクトルズは、そんな社会のほうを目指したいと思っています。
以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
challenged.vectors@gmail.com