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夏の終わり [2026年08月31日(Mon)]
みなさんこんばんは、お元気ですか?
障害当事者団体ベクトルズの蓬生さつきです。
(ペンネーム:すもも)

8月も今日で終わりですね
北海道は札幌市、カラッとした天気で、風がもう秋の雰囲気を醸し出しています。

夏の始まりと共にしばらくの間、
彼との逢瀬がないと分かり私の夏は始まったと同時に終わったと思っていたのですが、
過ぎてみれば、あっという間でした。
これからまた、いつも通りに再逢出来ます。

というか、まだお墓入りはおろかお骨も納めていないので、
まだ、蓬生家の夏は終わりませんが、、、。

あ、3日坊主で心配していたジム通いですが、
4日目を過ぎることが出来ました🤗きらきら
やっぱ30分という集中型というのと、
コーチの方々の声掛けがモチベーションを上げてくれるということが、
やる気を出してくれますきらきら

今日は、時間ギリギリに行ったんだけど、
マシン1周半使うことができ、トレーニング出来ましたきらきら

目標は一ヶ月後にはお腹周り、ちょっとでいいからすっっきりできてたらいいなぁ。
っていうか、太ってても、健康でいればいいから、健康でいたい!

最近は、朝食べて寝ることはしなくなった。
食べたあと、
片付けしたり髪洗ったりして何かしら動いて寝ないようにしている。
寝たら牛になっちゃうからね( ̄▽ ̄;)(これで太ったから)

兎に角痩せないとヤバいんだってw
彼の前ではいつでも綺麗でいたい。
っていってももう25年の付き合いなもんで
最大級のデブの私も最大級のガリガリの私も全部見せてるから、
今更って感じでもないんですがあせあせ(飛び散る汗)
健康にならないと。約束が果たせないんです。

去年の今頃は、喉を痛めて酷い目に遭ったから
健康にならないと!
だから、٩( ・ω・)و頑張ります!

さぁ明日から9月。
今週は、江差でゲートキーパー養成講習です。
私は補助的な役割をしますが、何かと緊張します。

これが私にとってSPbyMDとしての、最後の仕事となります。
行くからには楽しみたいと思います(*´ω`*)きらきら

以上
障害当事者団体ベクトルズ
蓬生さつき
恵庭を誇りに思う。 [2026年08月27日(Thu)]
みなさんこんばんは、お元気ですか?
障害当事者団体ベクトルズの蓬生さつきです。
(ペンネーム:すもも)

今日は定期的な薬を貰いに、婦人科に行きました。
前回のがん検査の結果も出ましたが、どれも異常なしで健康でした\( 'ω')/
安心した蓬生でした𓈒𓏸

先日、お母さんと大学の話題になりました。

母「読書も苦手なのにどうして文系になんか行ったの?」
私「5教科の中でたまたま国語がよかっただけあせあせ(飛び散る汗)
私「今思えば、答えがひとつしかない数学とか化学とかの方が好きだったかも顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗)‪‪」
母「それでよく国語の先生目指してたねあせあせ(飛び散る汗)
私「誰れも応援してくれなかったけどね顔3(かなしいカオ)
母「みんな見抜いてたんだよ。」
私「。。。涙ぽろり

学校なんか大嫌いだー!(*」´□`)」

でも、
先日ファイターズの二軍本拠地が「恵庭」に決まったじゃないですか(*ˊ˘ˋ*)
なので1週間しか行けてなかったけど、恵庭の大学に行ったって、
なんか誇らしくて、今は恥を承知で一応1週間大学には行けていたことを開示してます(笑)

さすがにイジメられた専門学校の名前はもう忘れたいから開示しませんが、
大学は罪は無いです。
ただ怖かった。広さが、人が。

多分こんな人、他にいないでしょうねあせあせ(飛び散る汗)
大学が広くて人が沢山いるところなんて馬鹿でも分かるのに(笑)
それでも怖かったんよあせあせ(飛び散る汗)
Σ(゚Д゚;≡;゚д゚

今は、夫の出た大学に乗っかって
私も夫の大学を出てるかのようにさえ思えてきてます(笑)
今年は同窓会行けるかな?
楽しみです\( 'ω')/

以上
障害当事者団体ベクトルズ
蓬生さつき
障害を持って生きる人生にも魂のシナリオがある [2026年08月26日(Wed)]
― 「なぜ自分が」と思う人生を、霊的な視点から考える ―

障害当事者団体ベクトルズの尾侍酔助です。
とても久しぶりのコラム記事になります。

今回は「障害と人生」を大きなテーマとして、私が長年学んできたスピリチュアリズムの視点から考えてみたいと思います。

現代医学では、人間がどのような肉体を持って生まれ、どのような体つきや性質を持つのかについて、遺伝子、つまりDNAの中に多くの情報が組み込まれていると説明されます。確かに、肉体という側面だけを見るなら、DNAは一種の設計図と呼べるものなのでしょう。

しかし、私が考える人間は、それだけではありません。肉体の中には「魂」が宿っています。外から見える肉体と、その中に宿る魂は同じものではありません。たとえば、生まれつき身体のさまざまな部分に不自由がある人がいたとしても、その人の魂そのものまで不自由なわけではありません。

この世に生まれてくる前、霊的世界にいた魂は、肉体に障害のある人も、ない人も、同じように一つの人格を持った霊的存在です。今回の人生では声を出すことが難しい人であっても、魂としては言葉を交わしていた存在かもしれません。耳が聞こえない肉体に生まれた人も、魂そのものが聞く力を失っているわけではありません。

肉体上の制約と、魂の本質とは別のものなのです。

人生の「設定」は、偶然だけで決まるのではありません。もちろん、すべての障害や病気を単純に「生まれる前から決まっていた」と言い切ることはできません。出産時の事故や、人生の途中で起こる事故、病気など、この世で生きる中でさまざまな出来事があります。

しかし、もっと大きな霊的視点から人生を見ると、私たちがどの時代に、どの国に、どの家庭に、どのような肉体を持って生まれてくるのかについて、ある程度の大まかな人生計画が存在していると私は考えています。

この世に、まったく同じ人間ばかりが生まれてきても、魂の学びにはなりません。男性として生まれる人がいて、女性として生まれる人がいる。背の高い人もいれば、低い人もいる。丈夫な身体に生まれる人もいれば、生まれつき病気や障害を持つ人もいる。得意なことも、苦手なことも違います。

そして成長する中で、それぞれの能力や適性、性格、生活環境によって、進む道も変わっていきます。人間が皆まったく同じではないこと自体に、意味があるのだと思います。

思い描いていた人生と違っていても、それも一つの人生です。たとえば、自分が親になる前には「子どもが生まれたら、こんなところへ旅行したい」「こんなことを一緒にしてみたい」「できるだけ自由で活発な家庭にしたい」と、さまざまな人生像を思い描く人がいるでしょう。

ところが、実際に子どもが生まれてみると、先天性の障害がある場合があります。あるいは、成長する過程で病気や障害を抱えることもあります。すると、想像していたよりもずっと大きな責任や負担を背負いながら生活することになるかもしれません。「こんなはずではなかった」「なぜ自分の家庭だけが」そう思うこともあるでしょう。

しかし私は、それもまた「あり得る人生の一つ」なのだと思っています。軽々しく「受け入れなさい」と言いたいわけではありません。現実の介護や支援、経済的な負担、将来への不安は、とても重たいものです。それでも、霊的な視点から見れば、その人生にもまた、その人たちにしか経験できない学びがある。そう考える余地はあるのではないでしょうか。

「人生は一度きり」は、半分正しく、半分違うことについて。よく、アニメでもドラマでも日常生活でも「人生は一度きり」という言葉を耳にします。私は、この言葉はある意味では正しいと思っています。今回の人生は、本当に今回限りだからです。

2026年という時代の日本に生まれ、今の家族や友人と出会い、今の社会制度の中で生活する人生は、一度しかありません。まったく同じ条件の人生を、もう一度やり直すことはできません。しかし、魂という視点から見れば、「人生そのものが一度きり」というわけではありません。私たちはこれまでにも、数多くの人生を経験してきた。そして今回の人生が終わった後も、魂の歩みは続いていきます。

同じ魂であっても、次に生まれる時代も違えば、国も違うかもしれません。仕事のあり方も時代によって様変わりします。社会制度も、価値観も、医学も変わります。だからこそ、まったく同じ人生というものは存在しません。魂は何度も人生を経験しますが、一つ一つの人生はすべて一度きりなのです。

今回は、この肉体で生きてみる。今回の人生で、男性として生まれる人。女性として生まれる人。健康な肉体を持つ人。先天性の障害を持つ人。重い病気を抱えて生まれる人。人生の途中で事故や病気によって身体に大きな変化が起こる人。本当にさまざまです。

私はそれを「この100年ほどの人生では、一度こういう条件で生きてみなさい」と、神仏から与えられた一つのシナリオのように捉えています。もちろん、生まれてきた本人には、その意味が最初から分かるわけではありません。むしろ「どうして自分だけが」「なぜこんな身体なのか」「なぜこの病気になったのか」と思うほうが自然でしょう。

私たちは、生まれる前に霊的世界で立てた人生計画を、ほとんど覚えていないからです。だからこそ、この世で苦しみながら意味を探すことになります。スピリチュアリズムを学んでいくと、人生の見え方が少し変わってきます。「なぜ自分だけがこんな目に遭うのか」という問いだけではなく「この人生を通して、自分は何を学ぶのだろう」という問いが生まれてきます。

生まれる前の霊的世界において、自分がこれまでどのような人生を歩んできたのか。今回、どのような両親のもとに生まれるのか。どのような環境の中で、何を経験するのか。そうした大きな流れまで含めて人生を考えると「これは魂修行として、今の自分に必要な課題なのかもしれない」と感じられるようになることがあります。

もちろん、そこまで納得するには長い年月が必要な人もいるでしょう。障害や病気を抱えた直後に
「これは魂の勉強です」などと言われても、到底受け入れられない人がいるのは当然です。苦しみの最中にいる人へ、霊的な価値観を押しつけるべきではありません。本人が人生を歩みながら、自分自身で意味を見つけていくものだと思います。

そして他人と比較しすぎなくてもいいという価値観も大切です。特に若い人ほど、他人との違いを強く意識することがあります。「あの人にはできるのに、自分にはできない」「あの人は普通に働けている」「あの人は恋愛も結婚もできている」「あの人は健康なのに」…。比べれば比べるほど、自分の足りない部分ばかりが見えてしまいます。

しかし、そもそも人生のシナリオが一人ひとり違うのであれば、他人とまったく同じ人生を送る必要はありません。「十人十色」という障害当事者団体ベクトルズでも頻繁に使う言葉があります。私は、人間は違っているからこそよいのだと思います。

能力が違う。身体が違う。得意不得意が違う。生きる速度が違う。背負っている課題も違う。それでも、一人ひとりの魂が持つ尊さに上下はありません。私は、その「尊さ」において人間は平等なのだと思っています。さらには、障害があるというだけで、その人間の価値が下がるわけではありません。肉体に制約があることと、魂の価値は別です。

できることが少ないから魂の価値も低い、などということはありません。むしろ、その人にしか経験できない人生があります。障害を持つ本人が学ぶこともあれば、その人と一緒に生きる家族が学ぶこともあります。友人や職場の仲間、支援者が、その人との関係を通じて学ぶこともあります。

一人の人生は、その本人だけで完結しているわけではありません。周囲の人の人生とも交差しながら、多くの魂が一緒に学んでいます。そう考えると、障害を持つ人がこの世に生まれてくること自体にも、大きな意味があるのではないでしょうか。

私は「人生にはシナリオがある」と考えています。しかし、それは何から何まで決まっていて、人間には自由がないという意味ではありません。どのような肉体に生まれるか。どの時代に生まれるか。どのような家庭環境から人生を始めるか。そうした大枠は決まっていたとしても、その中で何を考え、何を選び、どう行動するかは本人に委ねられています。

同じ障害を持っていても、歩む人生は一人ひとり違います。同じ苦しみに直面しても、そこから何を学ぶかは違います。だからこそ魂修行になるのでしょう。シナリオがあるから人生が決まっているのではありません。与えられたシナリオを自分がどう生きるか?そこに自由意志があり、魂の成長があるのだと思います。

まとめにひと言

障害や病気を抱えていると「なぜ自分が」という問いから逃れられなくなる時があります。しかし、霊的な視点から人生を眺めると、その問いを少しだけ変えることができます。「なぜ自分が」ではなく「この人生だからこそ、私は何を経験し、何を学ぶのだろう」と。

今回の人生は、一度きりです。この肉体も、この時代も、この家族も、この環境も、今回限りです。だからこそ、他人の人生を羨んで終わるのではなく、自分に与えられた人生を、自分なりに生きてみる。

障害があってもいい。病気があってもいい。人よりできないことがあってもいい。それらは魂の価値を下げるものではありません。私たちは皆、それぞれ違うシナリオを持って、この世に生まれてきました。そして、その違いの中で経験を積みながら、少しずつ魂を成長させていく。

私は、障害を持って生きる人生もまた、その長い魂の旅路の中にある、かけがえのない一つの人生なのだと思っています。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
障害当事者会員 尾侍酔助
自分にとって「生きやすい場所」で生きていけばいい [2026年08月23日(Sun)]
みなさんこんばんは、お元気ですか?
障害当事者団体ベクトルズの蓬生さつきです。
(ペンネーム:すもも)

昨日、「相模原障がい者施設殺傷事件から10年―私たちに『今』問われているのは何か―」という講演会に行ってきました。第1部は、疲労のためうまく聞くことができませんでしたあせあせ(飛び散る汗)第2部の問題提起は非常に聴きやすく、いろいろと考えさせられる内容でした。

2016年は、障害者差別解消法が施行された年です。

それまでは、「障害のある子どもは、特別支援学校や特別支援学級に通うのが当たり前」とされていたのが、「子どもや親の意見を大切にしなければならない」と変わり、「障害のある子どもとない子どもが一緒に勉強できるようにする」とも決まりました。

しかし、その数百日もしないうちに、あの事件は起きました。相模原事件です。

法律が変わったことで、普通学級に通う障害のある子が増えるかと思いきや、その逆で、特別支援学級に通う子は10年で2倍、特別支援学校に通う子は1.3倍に増えたそうです。今、学校に行きたくない不登校の子どもも増えてきています。小学校ではクラスに1〜2人、中学校では2〜3人いるのが当たり前という時代です。いじめについても、年々増えているとのことでした。

ここで、私たちのところにもつい先日、10代の自殺の現状について取材依頼が来るほど問題視されている「10代の自殺」についても、グラフが紹介されていました。そして2012年には、それまで「ゆとり」とされていた教育から、成績を重視する学習指導要領が始まりました。

登壇者の竹村さんは、「成績」にこだわり、「できる」「できない」で子どもたちに順番をつける今の学校と、相模原事件の犯人による「障害者は生きる値打ちがない」という考え方は、どこかで繋がっているのではないか?と考えたそうです。

特別支援学級・特別支援学校に通う子どもが増えているとしたら、それは親が望んだことなのでしょうか?本人が望んで選んだことなのでしょうか?

話を聞くと、

親御さんは「本当は普通学級に一緒に通うのがいいと思う。でも、今の普通学級では通わせたいとは思えない」と言います。そのためには、「成績」や「順番」ばかりを大切にしている今の学校を見直さなければならない。普通学級が、「どの子も安心して通える場」「共に学び、共に育ちあう場」に変わることが大事なのではないか?

そのようなお話でした。

インクルーシブ教育の「インクルーシブ」とは、風呂敷のように「包み込む」という意味です。昔の学校はスーツケース型で、きちんと折りたたまれて収まる子どもが良いとされていました。一方、風呂敷型の学校は、丸でも三角でも、尖っていても歪でも、そのままの子どもを包み込みます。それによって問題が起きたとしても、その都度みんなで一緒に考えていくことができれば、世の中はもっと良くなっていくのではないでしょうか、というお話でした。

ここからは、あくまで私個人の意見になります。

私は、特別支援学級は必要な場所だと思っています。無理に普通学級へ通うことで本人や周りに負担がかかるのであれば、特別支援学級を選んだほうが、本人にとっても楽しいのではないかと思うからです。私は、教育は楽しいものだと思っています。

楽しくなければ何も始まらないので、まずは入口を広くしてあげることが、大人のすべきことなのではないかと思っています。

大人の世界でもそうです。中途半端に精神科にかかって薬をもらいつつ、闇雲に一般就労するよりも、しっかり「障害」という認定を受け、就労継続支援B型・A型や就労移行支援を利用しながら就労していくほうが、安全かつ安心して働くことができると私は思っています。

遠回りするかもしれないけれど、それが一番生きやすいと思っています。でも私は、障害者だからといって驕りもしませんし、引け目も感じていません。私は私なのですから。

自分にとって「生きやすい場所」で生きていけばいいのです。

ここで、私の中学校時代の話をします。

私は中学2年生のとき、保健室登校をしていました。不登校から抜け出してからの一歩でした。不登校の最終地点は、元のクラスに戻ること。そのため、親は一日でも早くクラスに戻れることを期待していましたが、私は保健室登校のまま中学校を終わらせても良いと思っていました。

ですが、「高校受験」という目標ができたので、それに伴って勉強や出席日数も気になるところ。めっちゃ頑張ってクラスに戻ったのに、いじめに遭って散々な中学校生活でした。今思えば、そんなに頑張らなくたって、勉強できたし、高校にも入れたし、卒業もできた。

なんであんなに、クラスに戻ることばかり考えていたんだろう。無理してクラスに戻って、いじめで死んじゃう人もいるのに。私も、担任が私のことをちゃんと見てくれる人じゃなかったら、死んでいたかもしれない。

無理に普通になる必要なんかない。
抜け道に逃げることは、悪いことなんかじゃない。
楽に生きることは、恥ずかしいことじゃない。

障害者だろうが、不登校だろうが、いじめられっ子だろうが、大切なのは「自分らしく生きること」。これが大事なんじゃないかと、私は思います。

今回は会場が旭川だったので、行き帰りに道の駅へ寄り、たくさんお土産やお供え物を買って帰りました(´ω`)お昼に食べた旭川ラーメンも美味しかったです(o^^o)

以上

障害当事者団体ベクトルズ
障害当事者会員 蓬生さつき
「共に生きる」とは、同じ場所にいることなのか [2026年08月23日(Sun)]
「共に生きる」とは、同じ場所にいることなのか
― 相模原障害者殺傷事件から10年の講演会を聴いて ―

障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。

先日、副代表理事の宮澤範生さん、会員の蓬生さつきさんと3人で旭川市まで出かけ「相模原障害者殺傷事件から10年」をテーマとした講演会に参加してきました。

僕がこの講演会を知って「旭川まで行ってでも聴いておきたい」と思った理由は、とても単純なものでした。2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件から、まもなく10年。障害者福祉に関わる活動を行なっている障害当事者団体ベクトルズとしても、この事件について改めて振り返り、学んでおくことには大きな意味があるだろう。そんな期待を抱いて参加しました。

ところが、実際に講演を聴き始めると、

「ん?」
「んん?」
「……そういう話なのか?」

僕らの頭の中には、いくつもの「?」が浮かび始めました。

「分離教育」が差別を生み出す?

今回の講演会を主催したのは、「障害児も地域の普通学級へ・道北ネット」という団体です。団体名からも分かるように、障害のある子どもを特別支援学校や特別支援学級へ分けるのではなく、地域の普通学級で障害のない子どもたちと共に学ぶ「インクルーシブ教育」を重視しています。

講演では、特別支援学校や特別支援学級へ障害児を分ける教育を「分離教育」と捉え、それによって障害のない子どもたちが障害者と接する機会を失うという趣旨の主張がありました。障害者と共に学んだ経験がないまま大人になる。すると障害者を「自分とは関係のない人」「自分とは違う世界の人」として認識するようになる。

そうした社会のあり方が障害者への差別的な価値観を生み、相模原障害者殺傷事件の植松死刑囚が持っていたような優生思想にも繋がっていく…。

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僕らはここで大きく引っかかりました。「分離教育が、相模原事件のような優生思想を生み出す」そこまで因果関係を繋げてしまってよいのだろうか?

もちろん、障害のある子と障害のない子が子どもの頃から関わることには、大きな意味があると思います。実際に同じ教室で勉強したり・遊んだり・喧嘩したり・仲直りしたりする。その経験によって、「障害者」という抽象的な存在ではなく、一人のクラスメイトとして障害のある人を知ることができます。

その価値を少なくとも僕は完全否定はしません。

しかしながら…、「共に学ぶことには価値がある」という話と「特別支援教育によって分けることが、障害者差別や優生思想を生み出す」という話は、僕の中では同じではありません。後者まで主張するのであれば、そこには相応の根拠が必要だと思います。

増加している統計を並べれば「関連している」と言えるのか?講演では、この10年間における教育現場の様々な統計についても触れられていました。

特別支援学級を選択する児童生徒が増えている。
不登校の児童生徒が増えている。
教師によるいじめの認知件数も増えている。
児童生徒の自殺者数も増えている。
精神疾患によって離職する教員も増えている。

そして、それらは関連しているという趣旨の説明でした。

ここにも僕は「?」を感じました。複数の数字が同じ時期に増加していることと、それぞれに因果関係があることは別問題だからです。もちろん、教育現場で起きている様々な問題が完全に独立しているとも思いません。複数の問題が影響し合っている可能性はあるでしょう。

だからといって、

「特別支援学級が増えている」
「不登校も増えている」
「自殺も増えている」
「教員の精神疾患も増えている」

という複数の事実を並べるだけで、「分離教育が進んでいる社会の結果である」と結論づけることには、僕は慎重でありたいと思いました。

「普通学級で一緒に学べばいい」で、本当に済むのだろうか?そして講演を聴きながら、僕自身の中学生時代を思い出しました。僕が通っていた中学校には特別支援学級がありました。僕と同じクラス(普通学級)には、僕より重たい知的障害のあるクラスメイトがいました。会話による意思疎通にも難しさがあり、授業についていくことも困難そうに見えました。僕自身はクラスメイトとして一応仲良くしていましたが…。

いま当時の彼や周りの生徒たちとの環境を振り返ってみても、「彼は特別支援学級のほうが、自分に合った勉強ができるんじゃないかな?」と思っています。彼の家で何回か遊んだ際に聞いたところでは、普通学級に在籍していたのは両親の方針だったそうです。

もちろん、これは一人の事例に過ぎません。

ところが講演会が終わり、札幌へ戻る車内で3人で感想を話していると、宮澤さんや蓬生さんからも、それぞれの中学・高校時代の経験が出てきました。

普通学級に障害のある生徒がいて、教師から「君に任せる!お世話してね」と言われた経験。障害のあるクラスメイトの移動を手伝っていたため、自分まで次の授業に遅れてしまう。ところが教師からは事情を理解してもらえず「言い訳するな!」と叱られる。

それはあまりにも理不尽です。

そして、ここにはインクルーシブ教育を考えるうえで、とても大切な問題が隠れているように思います。クラスメイトは「支援者」や「介護者」ではないということです。

僕は、障害児を普通学級へ入れることそのものが絶対悪だとまでは思っていません。必要な合理的配慮や人的支援があれば、普通学級で楽しく学べる子どもも当然いるでしょう。本人自身が「みんなと同じクラスで学びたい」と望むことだってあります。

しかし、そのために必要な支援を「面倒見のいいクラスメイト」へ背負わせてはいけないと思うのです。クラスメイトは福祉職ではありません。学校の支援員でもありません。ましてや、その子自身も教育を受けるために学校へ通っている一人の児童・生徒です。

障害のある子どもを普通学級へ入れた結果、その子を支える役割を周囲の子どもへ押しつける。それによって「一緒に学ぶ」ことが成立しているのであれば、僕はそれを理想的なインクルーシブ教育とは呼びたくありません。

むしろ場合によっては、「障害のある子と同じクラスになると、自分が面倒を見なければならなくなる」という負の経験を、障害のない子どもへ与えてしまいます。障害への理解を深めるための教育が、やり方を間違えれば逆方向へ働いてしまう可能性だってあるわけです。だからこそ、「無理にでも学校や教育委員会を説得してでも普通学級へ入れること」だけをゴールにしてはいけないと僕は思います。

特別支援教育は、本当に「分離」という一言で片づけてよいのか…?僕たち3人が帰りの車内で話していて、共通していた考えがあります。

その子に特別支援学校や特別支援学級という選択肢が用意されていて、本人にとってその環境のほうが学びやすいのであれば、素直に利用してよいのではないか?ということです。

特別支援教育は、障害のある子ども一人ひとりの教育的ニーズに応じた教育を行うために存在しています。普通学級で、ほとんど理解できない授業を毎日受け続けること。自分のペースでは学べないこと。周囲のクラスメイトにも過剰な負担がかかること…など。それよりも、本人の特性や理解度に合わせた教育を受けることができるのであれば、それもまた本人に保障されるべき選択肢ではないでしょうか。

僕たちは、

普通学級=良い教育
特別支援学級=悪い教育

という白黒主義のような二択にはしたくありません。もちろん、その逆にもしたくありません。

入所施設についても同じことを感じました。今回の講演では、学校教育だけでなく、障害者の入所施設についても批判的な話がありました。「施設の中だけで暮らし続けることによって地域社会から障害者が隔離・隔絶されてしまう。重度障害者であっても、ヘルパーなど必要な福祉制度を利用しながら地域で生活できる社会をつくらなければならない!」

この問題意識については、僕にも理解できる部分があります。

本人が地域で暮らしたいと願っているのに「重度障害だから施設しかありません」と選択肢を奪われてしまう社会は変えていくべきでしょう。

しかし、僕はここでも同じ疑問を持ちます。地域で暮らせるようにすることと、入所施設という選択肢そのものをなくすことは、同じなのでしょうか。

地域で一人暮らしをしたい人もいる
家族と暮らしたい人もいる
グループホームが合う人もいる
そして、常時必要な支援を受けられる環境に安心を感じる人もいるでしょう?

「重度障害者だから施設へ行きなさい」と社会が一方的に決めることに問題があるのなら「施設は隔離だから地域で暮らしなさい」と思想によって一方的に決めることにも、僕は同じような危うさを感じます。

障害者は「十人十色」である。ここで、障害当事者団体ベクトルズとしての考え方に戻ります。僕たちは日頃から「障害者は十人十色」と発信しています。あっ、健常者も十人十色であることは大前提なのでわざわざ発信していないだけです。

同じ知的障害という診断名でも「できること」も「苦手なこと」も「必要な支援」も違います。発達障害も精神障害も身体障害も同じです。そして当然ながら本人が望む人生も違います。

だから僕たちは、「普通学級か特別支援学級か」という場所を”先に決める考え方”には立ちません。

普通学級で学びたい!うん、いいでしょう。
特別支援学級のほうが安心して学べる!それもいいでしょう。
特別支援学校を選びたい!はい、それも一つの選択です。

大切なのは、どの制度を選んだかによって、その人の人生の価値が決まるわけではないということです。本人の障害特性・能力・希望・環境・必要な支援などを踏まえて、その人に合った選択肢を考える。そして、一度選んだら絶対に変えてはいけないのではなく、本人の成長や環境の変化に応じて考え直すこともできる。僕たちは、そんな柔軟な社会のほうを望みます。

「共に生きる」は、同じ場所へ集めることだけではない。僕は今回の講演を聴いて「共生社会って何だろう?」と改めて考えました。障害のある子どもと障害のない子どもを同じ教室へ入れること。障害者を施設から地域へ移すこと。それによって物理的には「一緒」になります。しかし、僕は同じ場所にいることだけが「共に生きる」ことではないと思っています。

特別支援学級で学んでいる子と普通学級で学んでいる子が、学校行事・部活動。地域活動などを通じて友達になることだってできる。入所施設で生活する障害者が、地域住民と交流したり、地域活動へ参加したりすることだってできる。

逆に同じ教室、同じ地域にいても、互いに無関心であれば「共生」と呼べるのだろうか。僕にとって大切なのは、物理的に同じ場所に配置することより、違いを持った人間同士が互いの存在を知り、それぞれに合った方法で社会と繋がれることです。

期待していた内容とは違った。でも、行ってよかった。正直に書きます。札幌から旭川まで向かったとき、僕が期待していた講演内容とはかなり違いました(笑)相模原障害者殺傷事件そのものを振り返り、事件から10年を迎える今、障害者差別や優生思想について学ぶ講演だと思っていたからです。

ところが実際には、主催団体が長年取り組んできたインクルーシブ教育や脱施設化という思想が強く反映された内容でした。だから講演中、僕の頭の中には何度も「ん?」「そこ?」「本当にそうなのかな?」という疑問が浮かびました。

でも、だからといって「旭川まで行った意味がなかった」とは全く思っていません。むしろ逆です。異なる考え方を持つ人たちの話を直接聴いた。札幌へ帰る車の中で、3人それぞれが自分の学生時代の経験を話した。そして「じゃあ、ベクトルズとしてはどう考える?」を語り合った。

自分と同じ意見を聞いて安心することだけが学びではありません。違う思想に触れて、「僕はなぜそこに違和感を覚えるのだろう??」と考えることもまた、大きな学びです。今回の旭川遠征を通して、障害当事者団体ベクトルズとして大切にしたい考え方が、また一つ明確になりました。

障害者は十人十色。

だからこそ、一つの思想によってすべての障害者の生き方を決めたくない。選択肢を減らすのではなく、増やしたい。そして、その中から本人が自分に合った道を選べる社会であってほしい。

普通学級であってもいい。
特別支援学級であってもいい。
特別支援学校であってもいい。
地域で一人暮らしをしてもいい。
グループホームでもいい。
必要な人なら入所施設という選択肢があってもいい。

「みんな同じ場所へ行こう」が共生なのではなく、「それぞれ違う道を選んでも、同じ社会を生きている」と互いに認め合えること。障害当事者団体ベクトルズは、そんな社会のほうを目指したいと思っています。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
challenged.vectors@gmail.com
しみさぽマルシェinチカホに参戦してきました [2026年08月20日(Thu)]
みなさんこんばんは、お元気ですか?
障害当事者団体ベクトルズの蓬生さつきです。
(ペンネーム:すもも)

昨日は、しみさぽマルシェinチカホに参戦してきました。
チカホって、札幌駅ー大通駅間を地下で繋がっているので、結構な人が通るのです。
しかも昨日は雨だったので、余計に人が来ると予想をしており、
やる気満々で挑んだんだけれど、、、、

LINE_ALBUM_'26.8.19 マルシェ_260820_55.jpg

全く人が来ない、、。
見てもくれない、、、(´;ω;`)
チラ見もしてくれない(´;ω;`)

ほんとみんな「通路」として活用して、サクサクと通り過ぎる人ばかり、、、。
かなり呼び込みもしたんだけどな、、、。

11:00−13:30まで営業して
結局10人くらいしか見て購入して貰えなかった( ; ; )
でも、あきらめて片付けた途端に数人まとめて来てくださり
ちょっと盛り上がりました☆。.:*・゜
ギリギリの出来事で嬉しかったです(*´ω`*)

LINE_ALBUM_'26.8.19 マルシェ_260820_26.jpg

売上は予想より程遠かったけど、
マルシェのいい所は、横の(同じ出品者同士)の繋がりがうまれることです。

今回は、ハリーとAllyの会さんのハリーさんと仲良くなりました☆。.:*・゜
私たちの商品も買ってくれたし、
私もハリーさんのとこの ハーブティーを買わせて頂きました(*´ω`*)

家に帰り、お母さんと早速飲んでみましたきらきら
美味しかったです。

あとは、Englishでスピーチする団体さんと知り合いになりました。
名刺が全て英語でかっこよかったー( * ॑꒳ ॑*)

隣の「男性のがん」の団体の方は、ティッシュで売り込んでいました。
やっぱ無料のティッシュの威力は、強いですねw
結構な人が足を止めて貰っていました。

帰ってから、どうしたらもっと、
足を止めて見てくれる人が多くなるか私なりに考えてみまして。
部屋中にある、籠とかケースとか、ボードとか、
見せる工夫に使えるものを探してみました。

許可を得れるなら、次回から使えるものは使っていきたいと思います。

でも、今回の収穫は、
 ・ハリーさんと知り合えたこと
 ・チカホは、人が「通る」だけで「見て」はくれないということ
 ・お釣りの小銭は前もって用意しておくこと
 ・見せ方に工夫をすること
などなど。

このことを踏まえて更なる成功に向けて次回チャレンジしていきましょう!!

2026y08m20d_011540826.png

帰りに、疲れた体を癒すため、びっくりドンキーで
ちょっと遅いお昼を食べました☆。.:*・゜
ハンバーグとお酒も少々飲んで、美味しかったです(*´ω`*)

P.S
B型こころworkのスタッフさんに、
きのこのピアスをリクエストしたので、出来上がりが楽しみです(*´ω`*)♪♪



以上
障害当事者団体ベクトルズ
蓬生さつき
第24号ニューズレター [2026年08月17日(Mon)]
障害当事者団体ベクトルズ「第24号ニューズレター」を発行します。

★前号発行2026年7月19日から本日までの活動報告

1)就労継続支援B型運営サポート事業
7/23(木)札幌市北区民センターにて「B型こころのものづくりバザー」が開催され、代表理事の内田と会員の蓬生が販売係および設営等のお手伝いを行いました。

8/11(火)B型こころworkの社長とサビ管とのミーティングを行いました。明後日、札幌市地下歩行空間にて開催される「しみさぽマルシェ」ブース出展に関して、集合時間・販売用ワゴンの寸法・ブースの位置など、もろもろ打ち合わせを完了。…と、共に、今後の「ものづくりバザー」でも使用可能な看板2つを納品しました。

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さらには、障害当事者団体ベクトルズとご縁のある愛知県のB型関係者から贈っていただいた「スイカジュース」を差し入れし、こころworkの利用者の皆さんに配布して夏の気分を味わってもらいました♪札幌市内のコンビニやスーパーでは見かけない商品で、Twitterでそのスイカジュースについて投稿していたフォロワーに『美味しそうですね!札幌で見かけませんが見かけたら即購入したいです♪』とリプしたところ、わざわざ購入して発送してもらえまして。嬉しいです。

返礼品はまだ購入できていませんが、愛知県ではなかなか入手困難なドリンクの候補リストはできています。実際に購入して発送するのは今月末になりそうです。

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2)当事者視点講演会事業
ずいぶん前に申請していた「神戸ワークショップ」に関する兵庫県の名義後援、本日ついに承認を受けました。これでチラシを完成させることができます。開催は12月なのでチラシの印刷会社発注は来月を予定しています。Facebook広告は10月から配信予定です♪


3)ベクトルズの気まぐれラジオ事業
8/9(日)とっても久しぶりに、「ベクトルズの気まぐれラジオ」を収録・編集・公開しました。第25回「放デイでもフリースクールでもない形〜学校でも福祉でもない、子どもの居場所を考える〜」というタイトルで、「学校でも福祉でもない、子どもたちと関わる活動もやってみたい」という話から、障害当事者団体ベクトルズの三本柱である「居場所・チャレンジ・社会還元」を子どもたちとの活動に活かしたら、どんな場所ができるだろう?とそう遠くない将来構想を語ってみました。



4)ベクトルズのお悩みアドバイス事業
こちらも毎日ではありませんが継続しています。Yahoo!知恵袋には「GoogleでAI検索すればすぐわかるじゃん…」と思えるような些末な質問も多いのですが、経験したことのある当事者にしか回答できない質問もありまして、障害当事者団体ベクトルズが間接支援としてアドバイスさせてもらっています。


5)その他
代表理事の内田が、納品した例の看板を描き仕上げるまでの長尺動画を撮影して公開してみました(笑)オモテでは見えないようなこういう作業をしているのですよ…という紹介です(^^)



★本日から次号(9月中旬頃)までの活動予定

・8/19(水)しみさぽマルシェin札幌市地下歩行空間 ブース出展
 B型こころwork『こころのものづくりバザー』
 ベクトルズ『描いて脳トレ無料体験コーナー』
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・8/22(土)相模原障害者施設殺傷事件から10年講演会in旭川 拝聴
 代表理事の内田・副代表理事の宮澤・会員の蓬生、3名で行く
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・9/1(火)ベクトルズ創立2周年&出版記念トークイベント
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・9/5(土)ゲートキーパー養成講習in江差 協働登壇
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★編集後記
こんばんは、障害当事者団体ベクトルズ 代表理事の内田貴之です。今回のニューズレターでは画像添付・YouTube埋込などが多々あるため自分で執筆しました。まずは明後日の「しみさぽマルシェ」を成功させることに意気込んでいます。障害当事者団体ベクトルズが実施する「描いて脳トレ無料体験コーナー」のほうは集客なくても構いません。

「B型こころのものづくりバザー」のほうが本命でして。いつもはB型こころwork主催の区民センターで行うバザーをお手伝いしているだけですが、業務委託させていただいているぶん、他の大きなバザーイベントへの出展について色々と模索していた中、たまたまメルマガで知った「しみさぽマルシェ」。おお!これだ!と思いましたね。販売係も障害当事者団体ベクトルズが担当させていただくので、頑張りましょう!

以上
障害当事者団体ベクトルズ
お盆休み [2026年08月16日(Sun)]
みなさんこんばんは、お元気ですか?
障害当事者団体ベクトルズの蓬生さつきです。
(ペンネーム:すもも)

あの日あの時あの場所で君に会えなかったら
僕らはいつまでも見知らぬふたりのまま

連休も今日で終わりの方が多いでしょうねあせあせ(飛び散る汗)
私も今日で終わりです。

今年は、お父さんも亡くなり、本当は納骨もしなきゃいけないのですが、
納骨もお墓参りもせず、
ただ、ちいかわと一緒に討伐して草むしりして遊んでいたら、
連休が終わってしまいました( ´A` )

夢にお墓が出てきたり予兆はあるのですが、
お母さんが行きたがらないのでなんとも、、、、、。

なんだかんだでお父さんが亡くなって半年が経ちました。
甘いものが好きだったので、毎日お供えのお菓子は欠かさず供えています。

以前にも言ったかもしれませんが、まだ故人と認識していない自分がどこかにいます。
2階でテレビを見ているお父さんをふと感じます。
今もまだお父さんところにかけてあるタオルが洗えません。

何が言いたいかと言いうと、やっぱり寂しいのです。
会いたくて会いにいくっていう感覚はないんだけど、
ただいつもの場所にいて欲しいっていう感覚ですね。
ってかいつもの定位置はもう、
片付けていない漫画で埋め尽くされてますが、、(*´ω`*)

綺麗好きなお父さんがいなくなってから、うちは
散らかり放題、食べ放題、太り放題ですw
とどまることを知らない蓬生家大ピンチですw

大ピンチと言いながらも、
また、ちいかわグッズに見とれて、討伐と草むしり検定と遊んでいます\( 'ω')/

以上
障害当事者団体ベクトルズ
蓬生さつき
23年後のお前は、卒アルに描いたグラフをIllustratorで作り直して遊んでるぞ(笑) [2026年08月13日(Thu)]
障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。実家帰省してきまして、小学校の卒アルを発掘しました。そこには小学6年生だった僕が書いた文章やイラスト。

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懐かしいなぁ〜と思いながら眺めていたのですが、よく見ると「ぼくの勉強 すき・きらい」というグラフが。。。「あれ? 今の自分が想像していた当時の好き嫌いと、ずいぶん違うぞ?」と驚きました(笑)23年も経つと、当時の自分についての記憶も、現在の自分から逆算して作られている部分があるのかもしれません。

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そこで面白くなって、Illustratorを使って「23年後版」を作ってみました!ただし、これは小学6年生当時を記憶から再現したものではありません。「あれから23年が経った現在の僕が、今あらためて小学校の各科目を評価するとどうなるか?」というグラフです。そして今回は、「好き・嫌い」だけではなく「得意・不得意」も別のグラフにしました。

ぼくの好き嫌い「小学校科目」.png

なぜなら、大人になった今では「好きだから得意」とは限らないし「不得意だから嫌い」とも限らないということが、よく分かるからです。

たとえば図工は今でもかなり好き。でも「得意か?」と聞かれると、好きの度合いほど高くは自己評価していません。逆に家庭は「好き」という気持ちは中くらいなのに、「得意・不得意」で考えるとかなり得意な側。国語も今では大好きな分野ですが、「大好き=ものすごく得意」とまでは思っていなかったりします。

そして体育だけは……
嫌い!不得意!

23年経っても、ここはブレなかった(笑)

それにしても、小学生の自分が実際に残したグラフと、36歳になった現在の自分が作ったグラフを並べてみると面白い。人間の興味や得意分野は年月とともに変わるし、「昔の自分はこうだった」という自分自身の記憶さえ、実際に残っている記録と比べると意外と違っている。卒業アルバムって、写真を懐かしむだけじゃなくて、こういう意味でもタイムカプセルなんだなぁと思いました。

─ 23年前の僕へ

23年後のお前は、卒アルに描いたグラフをIllustratorで作り直して遊んでるぞ(笑)

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
B型に通う意味とベクトルズ(蓬生の場合) [2026年08月09日(Sun)]
B型に通う意味とベクトルズ(蓬生の場合)

みなさんこんばんは、お元気ですか?
障害当事者団体ベクトルズの蓬生さつきです。
(ペンネーム:すもも)

私はB型作業所にお世話になってトータル8年くらい経とうとしていますが、
今の作業所に通い始めてから5ヶ月経とうとしてます。

最初は、生産活動を希望していて、
それがないと分かってからちょっと通う意味を失った時期もありましたが、
今はIllustratorでデザインを勉強して、
A型→一般就労に繋げていけたらと思い、頑張っている次第です。

将来の展望としては、
私はいくら時間かかってもいいから
いつか放課後デイサービスで働けたらと思います。

やっぱり誰れかに教える仕事がしたいです。
私が、数々の恩師に教えられたことを、受け継ぎたいと思ったからです。

具体的に「国語ができる!」とか「数学が教えるのが上手!」とかはないですがあせあせ(飛び散る汗)
寄り添えることはできると思います。

Illustratorは、ベクトルズや私が会長を務めている
自殺未遂当事者の会-芯-で色々と使えるので、
日々腕を磨いています!

国語や数学だけじゃなく、
PCやデザインも今の時代、必要なスキルですからねあせあせ(飛び散る汗)
教えられるくらいになってないと!

夢を語る上で将来ベクトルズで、
「フリースクール事業をやりたいね」ということを話していて、
更に夢がどんどん濃くなっていく感覚があります。
その夢を夫と叶えられたら、もっといいかなって思います。

最近、夫と一緒に作業所に行ける日が多くて楽しいです(*´ω`*)
正直、プライベートとベクトルズの活動とは区別する必要はあるものの
うまく両立して楽しく取り組めたらいいと思います。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
蓬生さつき
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