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アルコール依存症の当事者として啓発週間に先立って伝えたいこと [2025年10月26日(Sun)]
こんにちは、
障害当事者団体ベクトルズ 代表補佐理事の尾侍酔助です。


11/10〜16は「アルコール関連問題啓発週間」です。一般社会の中では「自殺予防週間」や「過労死等防止啓発週間」と違ってまだまだ知られていないと思いますが、アルコール依存症の当事者会や自助グループそして専門科のある病院や支援機関では、積極的にこの啓発週間においてイベント等が開催されています。そのイベントは支援者向けの物もあれば一般市民向けの物もあります。


それでは、私自身の話も織り交ぜながら「アルコール依存症」についてこの機会に伝えたいことを綴りたいと思います。以下の文章は、当事者視点で綴っていて、一般市民向けでもあり患者の身近な周囲の人たち向けでもあり、また当事者向けでもあります。


第一点目・第二点目という見出しを付けて結構長文で書き綴っていますので、ある程度知識のある方々は、読書と同じ要領で、サーっとスクロールして見出しを眺めて、目に留まったところだけでも摘まみ読みしてくださればと思います。


★第一点目:アルコール依存症は結構身近な精神疾患


さて、障害当事者団体ベクトルズには、アルコール依存症の当事者である私や理事・当事者会員が複数名在籍しています。市販薬乱用による薬物依存症を除く、覚醒剤・大麻・法外薬物といった一般市民の皆さんがパッとイメージするであろう「薬物依存症」よりも、アルコール依存症のほうがより身近なものということをまず第一点目に認識していただきたいと思います。


私はこれまであまり公には語ってきませんでしたが、アルコール依存症の当事者でもあります。もう5年以上前に入院した際の治療プログラムで学んだのですが、アルコール依存症は医学的には精神疾患に分類され、統計や自殺者データなどの内訳では「物質関連障害」という区分に該当します。私は障害当事者団体ベクトルズだけでなく、自殺予防団体-SPbyMD-にも所属しているので、自殺対策白書などの資料を読む機会もあり、実際にこの区分が用いられていることも確認しています。


★第二点目:精神疾患の回復とは完治という意味ではない


精神疾患の多くは後天性(※何かをキッカケに発病)であり、適切な治療を受ければ「回復」が可能とされています。しかし、治療プログラムで教わった中では、この「回復」という言葉は「完治」とは必ずしも同じ意味ではなく、「回復≒寛解」と理解した方がよいと説明されました。さらに、より正確には「寛解とは、精神薬などの治療によって症状が発現しない状態を長期的かつ安定して維持できている状態」である、というのが、依存症をよく知らない方に説明する際に適切な表現だ、ということです。私自身、この説明を教わったとき、「なるほど、確かに分かりやすい」と納得しました。これが皆さんに知っておいていただきたいことの第二点目です。


そのため私は、自身のことを語るときには「アルコール依存症の寛解状態を、現在進行形で維持している」と表現しています。


第三点目:寛解したから終わりと周囲の人が捉えてしまうと大切な人を失う結果に繋がるリスクがある


皆さんに知っておいていただきたい第三のことは「寛解したから終わり♪」ではないということです。この感覚はアルコール依存症に限らず、多くの精神疾患に共通した特徴だと思います。例えば、私の学友にも統合失調症を長年患っている人がいますが、主治医から寛解と診断されていても、精神治療薬の服用は引き続き続けています。


このことを特に知っておいてほしいのは、患者本人というよりも「患者本人と日常的に接する周囲の人」です。例えばカップルの場合、「寛解=完治=普通に社会復帰できる状態」という捉え方をしてしまうと、誤解が生じます。そうした誤解が積み重なると、「なんでできないの?もう治ったんだよね?」というすれ違いから、口論や衝突に発展し、大切な人間関係を失うリスクすらあります。本人からすれば「理解してもらえない」という孤独感を生じやすいのです。


上記の例えはカップルの場合ですが、それは家族・夫婦・職場・学校など、ありとあらゆる環境で起こり得ます。


だからこそ私は当事者として「寛解とは “終わり” ではなく ”続いている状態” なのだ」ということを、身近な周囲の方々にも正しく理解していただきたいと啓発しているのです。アルコール依存症に限らずと前置きをしましたが、もちろんアルコール依存症も含んでいます。


★第四点目:アルコール依存症には十人十色の背景・キッカケがある


次に、まず私自身について自己紹介も兼ねて綴っておきます。私は幼少期から強迫性障害と社交不安障害を患っていて、強迫性障害については学生時代と比較するといくらか症状の過酷さはマイルドになってきているものの、依然としてどちらも症状は日常的に続いています。私が30歳になる前くらいの頃にアルコール依存症に陥りました。


第四点目としてお伝えしておきたいことというのは、「アルコール依存症に陥る人たちは十人十色で何らかの背景を持っていたり、キッカケがある」ということです。単純にお酒が好きで毎日飲んで楽しんでいるうちに依存になっていた、というわけではないという意味です。そして、アルコール依存症に陥るに至った背景やキッカケは十人十色ということも理解してほしいなと思います。


実例として、私自身のことを綴っている最中なので続けますと、私の場合は、強迫性障害と社交不安障害を長年患い続けているとお話しましたが、特に、強迫性障害のほうが日常的に自分の意思とは関係なく突発的に襲い掛かって苦しい思いを味わうのです。社交不安障害のほうは、症状が出る場面を作らない、あるいは行かないなどの自分の意思や行動によってコントロールすることができ、まだマシなのです。


私は二十歳になって飲酒できるようになってから日本酒が好きになりました。高校時代からの仲良い友人と様々な種類のお酒を飲んでみましたが、私は日本酒派だったということですね。それが専門学校を卒業して就職して以降、ある意味では「日本酒が好きで良かった」という好都合なことになるわけです。あとで書きます。


私の就職については「世界メンタルヘルスデー」および「強迫性障害啓発週間」に合わせて障害当事者団体ベクトルズから公開された私のミニ講演動画で語っている通りなので、ここではサラッと流します。


専門学校を卒業して就職した会社が、私の強迫性障害について全く理解をしてもらえない・説明しようとしても聞く耳をもってもらえない職場でした。自分の意思とは無関係かつ突発的に症状が発言するため、当然のことながら仕事中にも発現して職場の人たちから煙たがられる日々を過ごしていました。


当時の私は、強迫性障害の症状が発現しても「苦しい思いがマイルドになるように」という思いで日本酒に手を伸ばすことになりました。精神薬の中でも「苦しくなったら飲む」頓服薬と、朝昼晩と決まった時間帯に服用して「常時安定させる」薬とがありますね?私の場合の日本酒はこれを例にするならば後者です。精神薬の効果が途切れないように服用するのと同じように、酔いが途切れないように日本酒を飲み続ける日々が始まりました。酔いが途切れないようにする目的は「24時間ずっと精神が安定するように」です。私はミニ講演で語った通り、強迫性障害の症状を軽減させるための精神科治療は受けられずにいますから、精神薬の代わりとして日本酒を…ということになったのだろうと振り返ります。


先ほど、日本酒が好都合だったと書きましたね。よほど色味のある銘柄でない限り無色透明なものが多いです。ミネラルウォーターのペットボトルの中身を日本酒に移し替えて持ち歩いて飲んでいても、「あ!日本酒を飲んでいる!」とは気づかれないものです。よほど酔っぱらって顔を赤くしてヒックヒックと言っていない限りは。もしくは間近で会話しない限りは。これ以上、深く書かなくても「好都合だった…」という意味が伝わると思います。私の職場では防塵マスクにゴーグル・安全ヘルメットなどフル装備での仕事だったため、表情は見えませんし、間近で会話することも滅多になく、大声で叫んで伝え合う系でしたから余計に気づかれなかったのです。


ここまで私の実例を書きましたが、当事者の中にも私の背景と同じという方はそうそういないでしょう。ですが、私は言いたいことは何かというと「他の精神疾患の苦しい症状をお酒の酔いで誤魔化したい」という思いからアルコール依存症へのキッカケが生じてしまう方は、決して少なくないということです。


★第五点目:アルコールを断つ・減らす力は意志や根性ではなく「どこへ意識を向けるか」


さて、私は結局のところアクシデントを起こしてしまい仕事中の飲酒行為がバレてしまったわけです。もしバレていなければもしかしたら現在でも続けていた可能性はあるだろう…と思います。24時間365日お酒に浸かっている状態だった私は仕事中のアクシデントによって、搬送先で「アルコール依存症」と診断されたのですが、アクシデントそのものは結果的に私をお酒から隔離させることに繋がったので、もしかしたら霊的存在(※神・天使・守護霊等)から与えてもらった贈り物だったのかもしれないと振り返っています。


私の場合、退院後〜寛解に至るまでの期間は、その霊的存在に対する感謝を意識していました。アルコールを断つ・減らす力は意志や根性ではなく「どこへ意識を向けるか」ということです。「自分は霊的存在であり、神様に見守られている」この感覚が戻るたびに欲求を抑えられました。当然簡単ではありませんが。いま振り返ってみても依存の克服とは魂が再び「自分の高さ」に戻る作業なのかもしれないと思っています。


私のように信仰心を持っている方であれば、そのように意識を向けることで道を踏み外していた自分を変えていけると思います。宗教というのはそうした精神的バックボーンにもなるのです。もちろん、皆さん全員が宗教に入っている信仰者であるとは限りませんから、私はいつもコラム記事で「スピリチュアリズム」というものをお伝えしています。スピリチュアリズムは学問のようなもので、スピリチュアルとは意味が異なります。そして信仰対象(※例えば御本尊等)のある宗教ともまた異なります。宗教には関わりたくない方であっても、学問としてスピリチュアリズムを学ぶことによって、私と近い「意識の向け方」ができるようになると思います。


間違っても「根性で治す」ものではないということは、精神疾患共通の認識ですから覚えておいてほしいと思います。


★第六点目:アルコール依存症の治療手段として「入院」も良い


話しを少し戻します。私は当時の勤め先を辞めることとなり、そのまま入院したわけですが、それまで連休が滅多になく過酷な肉体労働で毎日疲労困憊だったこともあり、入院というのはそうした私の生活環境にとっては肉体的に休むことのできる絶好の機会でもありました。まあ、それまでアルコールが常に体内を巡っていた状態からの脱却ですから、精神的には過酷な戦いでもありましたが…。そもそも私が常時アルコール漬けになっていた動機は先述したように「強迫性障害の症状を酔いで誤魔化すこと」でしたから、酔いが抜けていくと待ち構えていたのは私が恐れていた症状の発現です。入院中は発現しても薬で多少は抑えることはできていましたが、それでも鮮明に蘇ってくる過去の嫌な光景を完全に封じ込めることはできませんでした。


いま振り返ってみますと、アルコール依存症の治療手段として「入院」も良いと私は思っています。自分だけで断酒しようと思ってもコンビニやスーパーへ行けばお酒は簡単に買えてしまいますし、現代ではスマホひとつで家に居ながらにしても買えてしまいます。そうした観点から自分だけでの断酒は、なかなか難しいと感じるのです。入院してしまえば物理的にも環境的にも断酒せざるを得ない期間が発生します。病院のナースコールでお酒を注文できませんから(苦笑)。


精神科でのアルコール依存症の入院治療がどういうものなのか、については検索すれば簡単に知ることができますので、ここでは敢えて触れません。障害当事者団体ベクトルズの会員から聞いた話(※私が直接聞いたわけではなく代表理事からの又聞きです)によれば、病院によって取り入れているプログラムには多少違いがあるようですね。


私が印象に残っている治療プログラムは「断酒会というアルコール依存症当事者の自助グループによる当事者講師の講座」です。ある程度、治療が進んで物事を考えたり学習したりできる精神状態になってからだったかと思います。内容で私が特に教わってありがたかったことは、アルコール依存症そのものの基礎知識・断酒会や自助グループの意義・退院後の生活についてです。


その講座は精神科医か看護師か保健師かは分かりませんが専門職の方が一緒にいて医学的な基礎知識の補足などは専門職から教わり、当事者講師の方からは当事者視点でのお話を聞きました。アルコール依存症の入院治療は退院できても繰り返し再入院する方も多いということや、薬物依存症とは異なって違法なものではないからアルコールそのものを禁止または飲酒者を取り締まることはできないといった社会問題から見たアルコール依存症についても教わりました。単に講座でお話を聞くだけではなく、教わったことについて個々人で考えてみるような時間もあり、私としては教わったことを自分に当てはめて考えるという行いは好きなので印象に残っているのだと思います。


全ての精神科病院がこうしたプログラムを取り入れているか、といえば決してそうではなく、病院の理念や方針によっても異なると教わりましたし、障害当事者団体ベクトルズの会員からお聞きした話でも、やはり病院によってやり方は異なるのだな…と分かりました。入院という手段も良いと見出しに書きました。それがお伝えしたい第六点目なのです。自らの足で入院するのであれば、事前にそうした要素も病院に聞いておくと良いかと思います。


第七点目:寛解状態を維持することは宗教的忍耐力も伴うと感じる


こういう見出しを付けますと「また宗教か」と読み飛ばす方もいらっしゃるだろうとは想定していますが、私の実体験を織り交ぜた私なりの啓発ですので、書かずにおくというのはどうかなと思いました。また障害当事者団体ベクトルズは宗教団体と繋がっている等という誤解を招きたくはありませんので、サラッとにしておきましょう。


アルコール依存症は「根性で治すものではない」「自分の意思次第で治せるものではない」ということはその通りです。私自身も実感しています。ただ「宗教的忍耐力は関係するか?」ということを考えてみたところ、私としては関係すると感じるのです。ただし「宗教的忍耐力で治せるものでもない」ことだけは先にお伝えしておきます。あくまでもアルコール依存症の寛解状態を維持し続けるために「必要」だと感じているのだ、ということを間違わないでいただきたいのです。


では、宗教的忍耐力とは何かというと、それは「苦しみを力ずくでねじ伏せる根性」ではなく、「魂の視点から今の自分を見つめ直し、再び神に心を向け直す力」のことです。依存衝動が生まれる瞬間、それに飲まれるか、それとも「自分は霊的存在である」という原点を思い出せるか。そのわずかな差が、寛解状態を維持し続けることができるかどうかを左右すると私は感じています。


もう少し嚙み砕いて宗教的忍耐力について説明します。「今この衝動(※お酒を購入しようという思い)に従うか?」ではなく「本来の自分(=魂)はこの選択を望んでいるか?」と、自分自身に問い直す力です。これは「禁酒を頑張る力」というよりも「魂の高さへ意識を戻す力」と言い換えることができます。


人間的な弱さや欲求は消えません。依存症の履歴も消えません。しかし、宗教的忍耐力があると「負けない自分」ではなく、「戻れる自分」でいられるのです。衝動に打ち勝つというより、「神様を思い出して帰還する」という感覚に近いのだと私は思います。


★締めくくりに


今回は11月にある「アルコール関連問題啓発週間」に先立って、私自身の実体験を織り交ぜながら、アルコール依存症について、この機会に伝えたいことを書き綴ってみました。障害当事者団体ベクトルズの公式見解というわけではなく、記事のカテゴリが「尾侍酔助コラム」になっている通り、私が当事者視点で一般市民に向けて&患者の身近な周囲の人たちに向けて&当事者に向けて伝えたいことを率直に書き出したものです。


ちなみに私の個人Twitterをご覧になっている方は「記事読んで寛解状態を維持し続けていると書いている割にたまに飲酒しているツイートをしているではありませんか?」と疑念を持つと思います。現在は、週1〜2回程度、仕事から帰宅して350mlの発泡酒を1缶だけ飲むに留めています。それは、単純に肉体労働での疲れを発泡酒でプハッ!と発散したいなと思ってのことです。私がアルコール依存症に至った背景である「強迫性障害の症状を酔いでマイルドにしたいと思った」という動機とは異なります。


飲み過ぎは禁物ですが、そのくらいのストレス発散としての軽い飲酒は許されて然るべき…かなと思いながら。。。最後までご精読いただきありがとうございました。


以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表補佐理事 尾侍酔助
報告:ロゴマークをリニューアルしました [2025年10月20日(Mon)]
おはようございます。
障害当事者団体ベクトルズ 事務局です。

本日、障害当事者団体ベクトルズの「ロゴマーク」をリニューアルしましたので報告いたします。設立から昨日までのロゴマークは「いらすとや」の素材を組み合わせ、内田貴之代表理事がIllustratorで矢印のカーブに合わせて団体名を入れておりました。

旧・ロゴマーク

しかしながら、設立時に急遽用意したロゴマークであり「いらすとや」の素材を組み合わせたものを長期的に使用するつもりは元々ありませんでした。

そこで、本日リニューアルに踏み切りました。「いらすとや」独特なデフォルトされた人物の画風を辞めて、少々リアル寄りの画風で、かつ髪型・眼鏡・服装・顔・体型もなるべくリアル寄りにいたしました。このような手描きイラストは尾侍酔助代表補佐理事も苦手なため、ChatGPTに細かく指示を出して素案を作成させたのち、内田貴之代表理事がPhotoshopで細部の加工を施し完成となりました。

新・ロゴマーク

このリニューアルした新ロゴマーク3名のモデルは、代表理事の内田貴之・理事兼事務局長の宮澤範生・当事者会員の蓬生さつきの「講演活動時のスタイル」となっております。実際の顔と似ているかどうかは置いても、全然的になかなか似ているでしょう。

それでは今後は、こちらのリニューアルした新ロゴマークを用いて活動を行なってまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

※追記※
ロゴマークに代表補佐理事の尾侍酔助も加えました。

新ロゴマークーの1024px_空白なし.png

※さらに追記※
宮澤理事から「もっとイケメンにしてほしい」とリクエストがあったので、Phothsopでロゴマークの顔を美容整形しました・

新ロゴマークーの1024px.png

以上
障害当事者団体ベクトルズ
事務局
Posted by 内田 at 04:26 | 活動報告 | この記事のURL | トラックバック(0)
第14号ニューズレター [2025年10月14日(Tue)]
おはようございます。
障害当事者団体ベクトルズ 事務局です。
「第14号ニューズレター」を発行します。


★近況報告
前回の「第13号ニューズレター」発行時点(※9/9)では開催前だった助成金事業の「無料福祉講演会in島牧村」を2025年9月13日(土)に無事開催してまいりました。札幌市から島牧村へのルートは「小樽経由で海岸線ルート」と「定山渓経由で山林ルート」の2つがあります。宿泊も伴うため交通費にあまり予算を使いたくないという理由から後者の山林ルートを選択したとのことです。宿泊は後泊、つまり講演会終了後に1泊して札幌市へ帰還するというスタイルとなりました。宿泊先を楽天トラベルなどで数ヶ月前から探していましたが、島牧村から札幌市のルート上には、ルスツやニセコなどの観光地が多く、宿はかなりの数あるものの料金が観光地価格…。日帰りの講演会を1回開けるレベルの価格で頭を抱えていた時、たまたまGoogle検索でヒットした「喜茂別町商工会の喜茂別簡易宿泊所」!これがかなりの破格で、こちらに決定したのです。

さて、島牧村開催にはかなり田舎なこともあり範囲を広げて集客活動に力を注ぎましたが、参加者は1名でした。この事業は支出は全て助成金であり参加料金は0円なので収入がありません。ですから、私たちとしては、自分の経験談を誰か1人にでも真剣に聴いてもらえれば成功!という意識を持っています。それは「無料福祉講演会in帯広市」のように大盛況であれば更に嬉しいという思いは講師各自では持っているとは思いますが。ということを踏まえて、「無料福祉講演会in島牧村」はその1名の参加者に真剣に講演を聴いてもらえた上に、参加者が多いとなかなか講師の宮澤理事が緊張してできない「質疑応答タイム」も濃く充実してできたとのことです。また、内田代表理事が講師を務めた「こころの通う〈対話法〉超入門編」もマンツーマン授業のように、じっくり時間をかけてできて参加者からも喜びの感想をいただきました。


★レクリエーション行事「焼肉食べ放題」
2025年9月下旬、宮澤理事から「10月に当事者会員も集まって焼肉食べ放題へ行くというレクリエーション行事をやりませんか」と提案があり、その料金は経費ではなく各自自己負担ということもあり、パパッと理事会承認決議され、10月1o日の世界メンタルヘルスデーに新札幌駅の横にある「安安」という焼肉食べ放題店へ行きました。集まったのは、内田代表理事・宮澤理事・会員の蓬生さんの3名という少人数でしたが、楽しく美味しくいただきました。


★10月の旭川市交渉遠征は中止
「無料福祉講演会」のチラシには10月は南幌町で開催する旨が記載されていますが、諸事情により中止となりました。その諸事情は前回のニューズレターで内田代表理事の愚痴が掲載されています。そこで、南幌町開催の代わりに12月以降のオンライン形式による無料福祉講演会に備えて「コラボ講演」をしてくれる可能性の高い、自殺問題にも強く関心を持っている旭川市在住の知人のところへコラボ講演の依頼・交渉のため理事2名で遠征しよう!という計画を立てていましたが、10月上旬の時点で、内田代表理事の睡眠障害悪化に伴う抑うつ症状が毎日強くて体力も気力もない…という事態に陥ったため、この旭川市交渉遠征も中止となりました。内田代表理事の知人であるという大前提があるため、代理人が交渉しに行っても初対面となるため厳しいだろうという判断でした。


★11月の「無料福祉講演会in月形町」が確定!
前回のニューズレターにて「共同主催を依頼中の月形町社会福祉協議会から、実はまだ会長から承諾印をもらえていないため保留」という現状発覚と掲載しましたが、それがようやく承諾印をいただけて無事に「無料福祉講演会in月形町」は月形町社会福祉協議会との共同主催が確定しました。本当に良かったです。共同主催ということで、社協が管理している「月形町交流センターつきあえ〜る」という施設の広い講堂を無償提供いただけることとなり、さらには集客活動も全面協力いただけるとのことで大変ありがたいです。この講演会は参加者に机は必要ないため、イスだけ並べると100名は余裕で収容可能という箱のサイズとのこと。

そして、共同主催の依頼をした相手は直接会長ではなく事務局長なのですが、私たちの団体理念や方針、この助成金事業の意義を交渉時に真剣に聴いてくださり、非常に前向きに検討姿勢を見せてくださったのです。感無量でした。

★直近の活動予定
直近の障害当事者団体ベクトルズの活動予定はこちら。
・10月12日〜18日:強迫性障害啓発週間に合わせた尾侍代表補佐理事によるミニ講演動画
・10月中旬〜:無料福祉講演会inオンラインのチラシ制作および郵送設置
・11月8日:無料福祉講演会in月形町
・12月1日:いのちの日に合わせた尾侍代表補佐理事によるミニ講演動画
・12月上旬〜3月下旬:無料福祉講演会inオンライン
・12月20日:レクリエーション行事 クリスマス会2025

当事者会員や理事からの発案で上記のほかにも事業やレクリエーション行事が増えていくと予想されています。


★編集後記
今年6月からスタートした助成金事業「無料福祉講演会」が初回の初山別村開催以外すべて成功を収めているため「助成金応募時の面接試験および他団体とのグループワーク演習試験を頑張った甲斐があった」と内田代表理事は述べています。だいぶ入念に準備・リハーサルを行い、本番ではかなり緊張したそうです。内田代表理事がそこまで緊張するシーンは滅多に見られませんので(※「規模の大きい講演や講習で講師慣れしていて登壇しても全く緊張しないんだよねぇ…。少しくらい緊張したほうが良いと思うんだけどね(笑)」と以前お話されていました)、この助成金応募試験には相当気合いを入れて臨んだのだろうなと想像できます。

ところで、非当事者会員の年度会費を5,000円に値上げとなりました。当事者会員の年度会費は1,000円ですので結構差があるわけですが、そもそも当事者会員の年度会費が安い理由は「障害年金+障害者雇用」「障害年金+就継A型」「障害年金+就継B型+生活保護」「就継B型+生活保護」「生活保護のみ」「実家暮らしでお小遣い制」といった生活スタイルの障害者が現実的に多く、団体に所属するための出費額は可能な限り抑えて負担を減らしたい、というものです。

当事者会員に比べて非当事者会員というのは、一切の障害や難病などを患っていない心身ともに健康な一般市民という定義があり、障害者と比べて金銭的に余裕があるという理由から、値上げに踏み切った形です。「年度会費が高いわりに議決権がなかったりと不公平だ」と感じる方も世の中にはいらっしゃるでしょう。しかしながら、そもそも障害当事者団体ベクトルズでは主役である当事者会員が障害や難病を患っている時点で、心身ともに健康な方から「不公平である」と言われる筋合いはありません。議決権はなくとも企画立案は可能なわけで、よほど予算が多額になるものでない限り承認されますので、活動にしっかり参加できているという実感は持てるはずです。

ということで、助成金事業が2026年3月末で終了したら、ほとんど自主財源がない状態の団体となり「やってみたいこと・行ってみたいところ」などの夢を実現させるための私たちの活動範囲が狭くなることは明らかです。そのため、当事者会員と非当事者会員を増やして自主財源を底上げすることが現在の課題そしてチャレンジなのです。どうぞこれからもよろしくお願いします!


以上
障害当事者団体ベクトルズ 事務局
記憶に蓋をして、それでも生きる ― 強迫性障害の当事者として [2025年10月14日(Tue)]
こんばんは、障害当事者団体ベクトルズ 代表補佐理事の尾侍酔助です。10月13日から「強迫性障害啓発週間」が始まりました。私が執筆した原稿をもとに、ミニ講演動画「記憶に蓋をして、それでも生きる ― 強迫性障害の当事者として」を代表理事の内田が動画制作・公開しました。このコラム記事にもYouTube動画を埋め込みます。
https://youtu.be/3A5Y2bLScLg


視覚情報や聴覚情報よりも、文章を読むほうが理解できる方向けに、原稿をそのまま以下に綴ります。

演題「記憶に蓋をして―強迫性障害と共に」(※原稿ママ)

皆さん、こんにちは。障害当事者団体ベクトルズ 代表補佐理事の尾侍酔助(オサムライ ヨウスケ)です。本日から週末までの「強迫性障害啓発週間」が始まりました。この啓発期間の目的は、強迫性障害について、社会全体の理解を深めることです。それは、単に「手を何度も洗う人の病気」といった表面的なイメージを超えて、この障害が当事者にどれほど深刻な苦痛をもたらし、どのように日常生活を左右しているかを、よりリアルに知ってもらうための週間でもあります。

障害当事者団体ベクトルズでは、「当事者の視点から対象物を捉え、当事者向けに情報発信を行うと共に、非当事者が目にした場合でも学びとなる内容にせよ」という方針を掲げています。今回の対象物は「強迫性障害」です。このミニ講演動画では、私自身の体験を交えながら、当事者として感じてきたことを、率直にお話しします。

はじめに、簡単に自己紹介させていただきます。尾侍酔助(オサムライ ヨウスケ)と申しますが本名ではなく、障害当事者団体ベクトルズで活動する上での「活動名義」です。確信していることではないのですが、私自身は前世は、戦国時代を生きた侍の一人であると思っています。Twitterの私のプロフィール画像は、前世の私の自画像を想像して自分で描いたものです。

さて、私は小学生の頃より精神障害である「強迫性障害」と「社交不安障害」を患い、35歳の現在でも継続中の身です。突発的な症状が現れた際は、自分自身の自己流の対処方法でコントロールできるようになってきて、昔ほど苦しい思いはせずに、林業と土木作業の仕事に邁進できております。「アルコール依存症」は精神科病院での入院治療により現在は寛解状態を維持することができております。

★強迫性障害とは何か、診断基準の概要

まず、医学的にどのように定義されているのかを簡単に触れておきます。強迫性障害は、「強迫観念」と「強迫行為」によって特徴づけられる精神疾患です。DSM-5(精神疾患の診断マニュアル)では、次のような基準が挙げられています。

◎繰り返し浮かんでくる不快な考え・イメージ・衝動(=強迫観念)があり、それを抑えようとする。
◎その不安を打ち消すために、何らかの行動や儀式的な手順(=強迫行為)を繰り返してしまう。
◎それらが、いちにち1時間以上を占める、もしくは日常生活に支障をきたしている。
◎その人自身が、「自分でもおかしいとわかっているのに、やめられない」と自覚している。

つまり、「理性では無意味だとわかっているのに、頭から離れず行動をやめられない」。この自己矛盾に苦しむ精神障害です。

★一般的な主な症状

一般的に見られる症状には、次のようなものがあります。

◎確認強迫:ドアの鍵、火の元などを何度も確認する。
◎洗浄強迫:汚れや菌への不安から、手洗いや掃除を何度も繰り返す。
◎加害・不道徳への恐怖 自分が他人を傷つけてしまうのではないかという強い不安。
◎対称・秩序へのこだわり 物の配置や数が「ちょうど」でないと落ち着かない。
◎思考の侵入 不快なイメージや言葉が何度も脳裏に浮かぶ。

私の場合は、特に最後の「思考の侵入」と「嫌な記憶の蘇り」に強く悩まされてきました。

★小学生の頃の診断と当時の状況

私は小学生の頃に、言動や様子がおかしいと心配した親に連れられて、精神科を受診しました。そこで「強迫性障害」と診断されました。ただ、当時の記憶はあまり残っていません。幼い頃の自分にとって、それは「病気」というより、「なぜか頭が勝手に動いてしまう」「嫌な映像が消えない」という得体の知れない現象だったように思います。

★高校時代の嫌な記憶が突然蘇る苦しみ

特に高校生の頃は、本当に苦しい時期でした。同学年に不良のような生徒が多く、私にとって嫌な相手の顔や、言われた悪口が、日常生活の中で、ふと脳裏に蘇ることが頻繁にありました。時と場所を選ばずに、嫌な相手の顔や言葉が頭の中で鮮明に再生されてしまうのです。そしてその瞬間、私の体は硬直したように動けなくなることがありました。周囲から見れば「突然フリーズしている」ように見えたと思います。

その硬直している時、私は、頭の中が嫌な記憶の蘇りでいっぱいになり、それをどうにか押し戻そうと、必死に「記憶に蓋をする」ように集中していました。1日に10回もそうした状態になることもあり、そういう日は精神的に消耗しきってしまい、本当に辛かったです。

★家族の偏見と治療の断絶

当時、私の親は、いわゆる「古い世代」によく見られる、精神医療への偏見を強く持っていました。精神科や精神薬は「恥ずかしいこと」、「甘え」だと考えていたのです。そのため、小学生の頃に精神科を2度受診し、「強迫性障害」と診断されたにもかかわらず、その後は通院も薬も一切ありませんでした。結果として、私は治療を受けられないまま、自己流で症状に対処するしかない日々を過ごしました。

★自己流の対処法「蓋を閉じて歩く」ルーティン

私の自己流の対処法は、次のようなものでした。嫌な記憶が蘇ってきたとき、まず頭の中で「蓋を閉じる」イメージを強く持ち集中します。そして、その集中を維持したまま、壁に片手をつけてぐるぐる歩き回る。

この行動的ルーティンを繰り返すことで、なんとか気持ちを落ち着け、嫌な記憶の波をやり過ごしていました。もちろん、これが正しい方法というわけではありませんが、当時の私にとっては「自分を守るための唯一の方法」でした。

★社会人になってからの変化

専門学校を卒業した後、私は、北海道斜里町へ移住し、林業系土木会社に就職しました。実家を離れたことで、偏見を持つ親から離れ、精神科に通う「環境的な自由」は得られました。しかし、現実的には通院は難しかったのです。

体力を使い果たすような肉体労働の仕事で、休日はぐったり寝て過ごすしかなかったのです。しかも、斜里町内には評判の良い精神科病院が存在せず、約1時間近く車を運転して網走市まで行く必要がありました。

ただでさえ、1週間の肉体労働で疲労困憊な状態のところ、往復2時間も運転することは無茶だったのです。そのため、通院を継続することは実質不可能で、結局はこれまでと同じように、自己流の対処でやり過ごす生活が続きました。

★現在の私の状態

高校を卒業してから約20年ほど経つ現在、当時のような嫌な記憶の蘇りは、ほとんどなくなりました。症状が突発的に現れる頻度も、昔と比べると格段に減っています。

とはいえ、強迫性障害という診断が「完全に治った」というわけではありません。むしろ、一生を通じて、共に生きていく相手のような感覚があります。「今日は少し波が来たな」と感じる日もありますが、昔のように深刻に恐れず、受け入れながら付き合うことができています。

★まとめとメッセージ

最後に、このミニ講演動画を見てくださった皆さんにお伝えしたいことがあります。

強迫性障害という診断名でも症状や治療法、改善手段などは十人十色なので、私の実体験を聴いてもご自身やご家族の参考にはならないと思います。しかしながら、診断名だけを見て、『強迫性障害とは何か』とか『強迫性障害の治療方法』といった一般書籍ばかり読んで、書籍の内容と比較して当てはまるか否かを判断するにとどまることは避けたほうが賢明です。

障害当事者団体ベクトルズを設立して活動してきたことで、ようやく私も理解してきたことなのですが、強迫性障害の当事者や、その家族だけが集う自助会や団体が身近に存在していれば、ぜひ参加して、十人十色であることを、まずは感覚的に理解することから始めてほしいと思います。

強迫性障害に限らず全ての障害に共通して言えることでもありますが、「同じ診断名」でも、「同じ苦しみ」とは限りません。だからこそ、当事者同士がつながり合い、共感し、互いに違いを認め合うことが何よりも大切だと思います。

強迫性障害啓発週間を通して、少しでも理解と関心が広がることを願っています。

これにて、私、障害当事者団体ベクトルズ 代表補佐理事の尾侍酔助(オサムライ ヨウスケ)によるミニ講演を終わります。ご清聴ありがとうございました。この講演内容は、もとは同じ原稿を用いて、あらかた同じ内容で、障害当事者団体ベクトルズの公式ブログ記事にもなっておりますので、文章で読むほうが理解しやすい方は、ブログ記事をおすすめいたします。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表補佐理事 尾侍酔助
当事者が語る「世界メンタルヘルスデー」―理想論ではなく、壊れた心に寄り添う3本柱― [2025年10月10日(Fri)]


おはようございます。障害当事者団体ベクトルズ 代表補佐理事の尾侍酔助です。毎年10月10日は「世界メンタルヘルスデー」。心の健康についての理解を深め、社会全体で支え合うことを目的に、世界中でさまざまな啓発活動が行われています。

私も精神障害者の一人として、この日に「当事者の視点から見たメンタルヘルス」について少し考えてみたいと思いました。そこで、当事者が語る「世界メンタルヘルスデー」―理想論ではなく、壊れた心に寄り添う3本柱―とタイトルを掲げてコラム記事を執筆させていただきます。

◆“教科書的な3本柱”は、もう立っていられない人には届かない
多くのメンタルヘルス講座では、よく次のような3本柱が紹介されます。

1)朝、太陽の光を浴びる
2)一日5分でも散歩をする
3)栄養バランスのとれた食事を心がける

これは確かに、心身の健康維持のために理想的な内容です。精神科医が市民向けに行う講演会などでも、必ずと言っていいほど取り上げられます。

しかし――。

実際に「メンタルヘルスを壊してしまった」人にとって、これらは理想論でしかありません。私たち当事者は、それを誰よりも知っています。布団から出てトイレへ行くだけで、体に鉛のような疲労感がのしかかる。そんな状態の中で「外に出よう」「太陽の光を浴びよう」と言われても、現実的ではないのです。

このことを、精神科医も本当は知っているはずです。だからこそ、彼らの言う“3本柱”の対象者には、すでにメンタルヘルスが故障している私たち「当事者」は含まれていないのです。つまり、あのアドバイスは、「壊れる前の人」に向けられたメッセージなのです。

◆壊れた心の現場から考える、「当事者のための3本柱」
では、すでに心が折れてしまっている人にとって、どうすれば“少しでも”心が回復へと向かうのでしょうか。ここで、私、尾侍酔助が当事者の1人として提案したい、メンタルヘルス改善への心得3本柱を掲げてみたいと思います。

【第一の柱】「できなかった自分を責めない」
抑うつ状態・うつ状態のときは「今日も何もできなかった」と自分を責めがちです。でも、責めるたびに心はさらに疲弊していきます。生き延びているだけで、もう十分に“働いている”のです。呼吸し、存在しているということ自体が、すでに努力の証です。当事者ならばこのように捉えて「今日も何もできなかった自分」をしっかりと肯定して良いのです。

【第二の柱】「誰かに“聞いてもらう”だけでも良い」
解決策を求めなくてもいい。アドバイスを受け入れられなくてもいい。ただ話を聞いてもらうだけで、人は少しずつ癒されていきます。信頼できる人、支援者、SNS上の優しい誰かでも構いません。「助けて」よりも先に「聞いて」と言える関係が、回復の第一歩です。「そんな関係の身近な人がいない…。」と思っている方は、私や障害当事者団体ベクトルズに声をかけてくださって構いません。

【第三の柱】「心の揺れを“魂の波”として受け入れる」
抑うつ症状・うつ症状は、ただの不具合ではありません。心が深く感じ取る器を持つからこそ、敏感に揺れ動くのです。あえて、いつもの私のようにスピリチュアルな感じに言うなら、それは魂が新しい段階へ進もうとしている“揺れ”なのかもしれません。「今は波の谷にいる」と思えば、やがて必ず穏やかな水面に戻る日が来ます。このように捉えて信じてみてください。

◆「壊れたままでも、生きていていい」
世界メンタルヘルスデーは、「心の健康を守る日」であると同時に、「心が壊れてしまった人の声に耳を傾ける日」でもあるべきだと、私は思っています。私たちは、“壊れた”からこそ見える世界を知っています。その痛みと静けさの中にこそ、他者への思いやりや、人間としての優しさが宿ることを知っています。

だからこそ私は勇気を出して、当事者の皆さんへのメッセージを考えました。「壊れたままでも、生きていていい」。それは敗北ではなく、次の魂の季節へと向かう準備期間なのです。あなたの「メンタルヘルスデー」は、どんな一日にしたいですか?焦らず、自分の心のペースを大切に。今日も生きているあなたに、静かな祝福を。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表補佐理事 尾侍酔助
Twitter @welfare_samurai
E-mail challenged.vectors@gmail.com
尾侍酔助にとってのベクトルズの存在価値 [2025年10月01日(Wed)]
おはようございます。障害当事者団体ベクトルズ 代表補佐理事の尾侍酔助です。本日から10月に入りまして気分的にも心機一転といった感じですが、私としても個人的に本日は早朝出勤があるため、現在3時すこし前という時間帯に久しぶりに起床しました。

さて、内田代表理事から「尾侍酔助にとってのベクトルズの存在価値」というテーマでコラム記事を書いてみてほしいと要請を受けたため筆を執っております。起床直後、まだ太陽も登っておらず、外も部屋も肌寒いスッキリとした気分の中、要請にしっかりと応えてみたいと思います。どうぞよろしく!

本題に入る前に余談で申し訳ございませんが、最近は内田代表理事も自分のコラム記事執筆に注力している様子です。内田は至って真面目でありながらも、どこか少し抜けていてユニークな性格をしておりますが、普段はコラム記事などの面倒くさい活動はほとんど私に一任されておりましたので、正直なところ意外で驚いております(苦笑)内田は抑うつモードになると何事も面倒くさく、どうでもよくなってしまう症状があると本人から聞いておりましたもので。

さ!本題です。

私、尾侍酔助にとっての障害当事者団体ベクトルズの存在価値、ということで、やはり真っ先に思い浮かんだことは、「札幌からかなり遠く離れた距離に住んでいる私であっても、私の得意分野のひとつでもある【ブログ執筆】に限定してでも活動に参加できている!」ということがありましょう。PC・スマホ・ネット環境さえあれば、朝から夜遅くまで仕事で忙しい私であっても、オンラインでブログ執筆という活動が可能なのです。

これがまず第一に思い浮かんだ私にとっての障害当事者団体ベクトルズの存在価値です。

次に「デジタル音声および動画編集技術があれば、顔見せも声出しも不可能な私であっても、障害当事者団体ベクトルズの講演会に登壇者として活動参加可能」という点です。私が、画面で表示するスライド内容をメモ書きで作成し、内田に送ると、内田が上手にリライトしてパワーポイントに仕上げてくれるのです。これは内田の得意分野が障害当事者団体ベクトルズで活かされている証でもありましょう!そして、読み上げる原稿については、内田がデジタル音声ソフトに音読させた上で動画編集を行なってくれます。あとは講演会の当日に私がその場におらずとも、VTRで講演が可能となります。

これが第二に思い浮かんだ私にとっての障害当事者団体ベクトルズの存在価値です。

私は社交不安障害および強迫性障害という精神疾患をもう30年近く患っている障害当事者のひとりです。私と内田は高校1年生のとき同じクラスとなって以来の親友であり、この活動もお互いに支え合って成り立たせております。

そう、第三に思い浮かんだ存在価値は、まさしく「私が障害当事者のひとりとしてベクトルズに存在しても良いのである」ということです。私自身の存在価値と近いところに今、障害当事者団体ベクトルズという存在があるのです。私の感想となりますが、嬉しくもあり喜びでもある。それが私ひとりだけではなく他の宮澤範生理事や会員の人たちとも共に分かち合えることが、何より、土木作業員という過酷な労働環境の中で肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまうような仕事に就いている私でも、そこに関わる・交わることが可能である!ということ。

早朝出勤前ということで、そろそろ身支度をしますので今回は短めのコラム記事になってしまいましたが、私、尾侍酔助にとっての障害当事者団体ベクトルズの存在価値というテーマはいかがだったでしょうか?感想は、どうやらこのブログには書き込めない設定になっているようなので、Twitterで「障害当事者団体ベクトルズ」もしくは「社交不安の尾侍酔助」とアカウントを検索していただいて、リプというスタイルで感想、あるいは質問でも構いません。お待ちしております。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表補佐理事 尾侍酔助