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活動報告:室蘭講演 [2025年07月27日(Sun)]
こんにちは。
障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。

7/26(土)室蘭市中小企業センターにて開催した「無料福祉講演会in室蘭市」について活動報告をします。私たちは朝8時に札幌市を出発して12時に現地入りしました。少し遠回りなルートですが休憩ポイントの多い、定山渓→中山峠→伊達市→室蘭市を選びました。

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途中立ち寄った「道の駅あぷた」からの景色です。

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現地入りした私たちは会場へ向かうにはまだ時間があったので「道の駅むろらん」へ行き、名物のやきとり弁当で昼食タイムとしました。僕は2020年にも食べたことがあり、懐かしくて美味しいなあと感じました♪

そして会場設営の時間となり、中小企業センターへ。室蘭市内での集客活動や北海道室蘭保健所との橋渡し役など色々と協力していただいたNPO法人室蘭NPO支援センターの三木さんとお会いしました。僕は5年ぶりにお会いしたわけですが、元気そうでなによりでした。

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左側の人物がその三木さんです。右側はベクトルズ会員の蓬生さつきです。

既に机や椅子がセッティングされている部屋だったので、スクリーン・プロジェクタ・PC・拡声器・マイク・ビデオカメラと三脚などを準備し、ビデオカメラの画角に講師と参加者が映るよう調整したりですね。スクリーンに投影したスライドはビデオカメラの性質が低いので真っ白に白飛びでした(笑)

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講演は3つ行いました。まずは写真の2名(蓬生さつき会員&宮澤範生理事)が交代に解説しながらメインの『障害当事者が語り伝える自殺未遂経験談と欲しい優しい手』です。50分間。宮澤範生理事は社交不安障害の特性から人前に立つだけでも恐く、ましてや講演を行うことは恐怖感でいっぱいだったと思います。それでも自らの経験談を一生懸命にお話していました。

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次に代表理事の僕が『こころの通う〈対話法〉超入門編』を30分間講演し、短い時間枠の中でしたが〈対話法〉の確認型応答について重要なポイントを解説したり、一番前の座席の男性2名にも確認型応答を体験していただきました。自分のこの写真を見たとき「平べったい…ゲッソリ瘦せてしまったなあ」とドキッとしました…。

そして5分間のトイレ休憩を挟み、最後は、北海道室蘭保健所の佐藤保健師による講演『私たちが取り組む優しい手』を30分間。僕から依頼させていただいた「室蘭市保健センターとの違い」「振興局管轄の保健所の役割」なども、とても分かりやすく解説していただけました。講演依頼を快諾してくださりありがとうございました。

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それではここで、参加者に書いていただいたアンケートを講演ごとに分けてご紹介します。

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●講演1『障害当事者が語り伝える自殺未遂経験談と欲しい優しい手』
(講師:障害当事者団体ベクトルズ 宮澤範生理事&蓬生さつき会員)

・非常に勉強になりました。頭では理解していることを再認識させてもらいました。生業やボランティア活動で活かしていきたいと思います。信頼関係を築ける自分を目標に対応させて頂きたいと思います。

・暑い中ありがとうございました。現在も闘病中でありながら障害に対して理解してもらいたい気持ちで、色々正直にお話して下さってありがとうございました。とてもためになりました。私の周りにも、姉・義妹などが障害を抱えており、先日も傾聴したりしておりましたが、今回学ばせて頂いた言葉掛けを一部使用できていたことが分かり、これで良かったんだと少しホッとしました。今後も学んだことを元に考えていきたいと思います。

・当事者が欲しい優しい手とは「悩み相談とかではなく何気ない話を聞いてくれること」「病気を分かった上で接して障害をざっとで良いので理解すること」「私という人間を嫌いにならないでほしいこと」ポイントごとに当事者の講師の解説があり理解が深まりました。

・すこし遅れて到着してしまい最初のほうのお話を聴き逃してしまいました。話を聴く態度のポイントで「一般的な常套句を悩んでいる相手に並べたてるのではなく完全に聴く」というお話がありました。「話をそらさない・さえぎらない・否定しない」改めて学ばせて頂きました。宮澤さん・蓬生さんが汗をかきながら伝えてくれた言葉を大切に受け取りました。普段の業務で活用できたらと思いました。ありがとうございます。

・当事者による発表とても良かったです。ありがとうございました。

・オンラインではなく実際にお会いできて、おふたりのお話を聞かせていただけてありがとうございました。力をいただきました。

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●講演2『こころの通う〈対話法〉超入門編』
(講師:障害当事者団体ベクトルズ 内田貴之代表理事)

・日々の対応に今日教えて頂きました〈対話法〉を頭に入れながら活動したいと思います。本日は暑い中、本当に貴重なお話、講演会お疲れ様でした。ありがとうございました。

・確認型応答により、相手の言いたいこと・思いを引き出すことができるという事が分かり大事だと思いました。生活していて必要なことだと思いますので、講演で教えていただいた「日本対話法研究会」を調べてみたいと思います。体験型の講演で、とても分かりやすかったです。ありがとうございました。お疲れ様でした。

・確認型応答「〜なんですね?」をするとご本人の正しい思いを確認できる。その効果には、よく聞いていますよという相手への尊重が伝わる。お互いに安心できる。普通に質問だけだと引き出せない相手の方の思いが理解できるかもしれないと思うと「確認型応答」を意識していきたいです。

・確認型応答は動機付け面接の聞き返しに似ているなと思いました。勉強になりました。ありがとうございます。

・〈対話法〉参考になりました。ありがとうございました。

・「習うより慣れろ」という精神の元、確認型応答の体験型練習をさせていただけました。私も日々の業務に〈対話法〉を取り入れていきます!ありがとうございました。

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●講演3『私たちが取り組む優しい手』
(講師:北海道室蘭保健所 佐藤保健師)

・自殺に至る危機要因が多岐にわたっているので予防はとても難しいと感じますが、それぞれのケースに丁寧に関わって寄り添い、解決していくしかないのかもしれないと感じました。身近な方にも気にかけていきたいと思いました。分かりやすい説明をありがとうございました。

・色々な悩み事が複雑に重なることで深刻化して自殺に至っている。未遂者は自殺者の10〜20倍いると言われている。室蘭市が含まれる西胆振管内だけでも年間約300〜400人も未遂者がいる可能性あり。北海道室蘭保健所への相談の内訳として「自殺」に関する内容のものは昨年度39件あったことがわかった。すぐ解決できない悩みを背負っている方が多いという印象あり。「問題を抱えながら生きていくことに寄り添う」という言葉は本当にその通りだなと思った。

・佐藤さんありがとうございました。改めて保健所について学びました。

・行政の取り組みも自殺対策に欠かせない必要なものだなと思いました。

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以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
Posted by 内田 at 22:24 | 活動報告 | この記事のURL | トラックバック(0)
気候変動や地球温暖化についてアニミズム視点で考えたい私のコラム [2025年07月22日(Tue)]
障害当事者団体ベクトルズ 代表補佐理事です。北海道もまだ7月中旬というのに暑いですね。私の住んでいる地域では雷雨警報が発令していましたが、数日前は北海道で最も最高気温が高い日でした。学友ともDMで会話していた話題で「10年前の北海道と比べたら今ほど暑くは感じなかったかもしれない」と気候変動や地球温暖化の話になりました。

さて、そこで本日は「スピリチュアリズム視点」ではなく「アニミズム視点」で私なりの考えをコラム記事にしてみたいと思います。疲れが溜まっておりますので短めですがご容赦ください。

私は気候変動や地球温暖化は、科学的な現象であると同時に、神々すなわち自然界の精霊たちからの「意思表示」だと考えています。アニミズム的に見れば、大地・風・水・火・空…すべてが生きている存在です。

氷が溶ける。山が崩れる。海が怒る。空が泣き叫ぶ。これらはただの現象ではなく、私たち人間の生き方に対する「返答」。祈りや警告、時には嘆きです。私たちの過度な搾取、利便性優先の姿勢が神々のバランスを乱してきたと思います。温暖化とは「地球という生命体が発熱している状態」。

風の神は暴れ、海の神はうねり、雨の神は涙を流し、火の神は乾いた森を焼き尽くします。これは病んだ地球の、いわば「自己防衛反応」なのかもしれません。

現代人が失った「自然とともにある感覚」それをアニミズムの視点からもう一度取り戻す必要があります。科学も大切。でも、そこに霊性と畏れがなければ、私たちは再び同じ過ちを繰り返します。

「神々の怒り」ではなく「神々の声」に耳を澄ませる態度。私たちがいま向き合うべきは、自然を征服するのではなく、自然と対話することだと思います。それが未来への、本当のサステナビリティなのかもしれません。

ご愛読ありがとうございます。
以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表補佐理事 尾侍酔助
南幌町講演会は中止となります [2025年07月22日(Tue)]
こんばんは、
障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。

助成金事業「無料福祉講演会」(※正式名称:障害当事者が語り伝える自殺未遂経験談と欲しい優しい手)について続報をお知らせします。

タイトルの通りですが、2025年10月に南幌町で開催予定だった「無料福祉講演会」は中止となりました。最大の理由は、訪問して直々に協力依頼書および資料をお渡しして交渉させていただいていた社会福祉法人南幌福祉会から1ヶ月経過しても何の音沙汰がなく、改めてメールでご検討の進捗状況をお尋ねしても「無視」という大変失礼な態度を取られたことです。

南幌町については自治体および社会福祉協議会にも協力依頼を先にいたしましたが、難しいとのお返事をいただいておりました。

障害当事者団体ベクトルズとしては、地元の協力団体なしでも開催自体は可能ではありますが、講演会の方針として「自分たちの経験談だけお話するのではなく、地元の福祉的取り組みについて地元団体からお話をしていただき、お互いに学び合いたい」というものがございます。

社会福祉法人南幌福祉会は昭和の時代から地元で多岐にわたる福祉事業を展開され続けている大きな規模の団体です。そうしたところから、ぜひとも歴史と共に、どのような想いを持って日々福祉の業務に職員の方々が邁進されているのかお聞きしたかったのですが…。「無視」という態度は大変遺憾です。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
Posted by 内田 at 19:24 | 活動告知 | この記事のURL | トラックバック(0)
発達障害当事者協会の意見に対して一言 [2025年07月19日(Sat)]
障害当事者団体ベクトルズ 代表理事 内田貴之です。
「発達障害当事者協会の意見に対して一言」というテーマで短いコラム記事を書きます。

「発達障害当事者協会」の参政党に対する意見がTwitter上で話題になっています。協会を検索してこのコラム記事に辿り着いた方々向けに当団体について簡単に自己紹介しておきますと私たちは、札幌市内に拠点を置き、お互いの障害を理解し合い、会員ひとりひとりが「やってみたいこと」の実現化を目標としています。道内各地で当事者視点の経験談を語り伝える講演活動を通して福祉に関心と理解を1人でも多くの道民に深めていただくことにより、北海道における障害者福祉の促進を目指しています。

さて参政党の政策ガイドブックという書籍に「発達障害」に関して「そもそも発達障害など存在しません」と記述されていることから批判をしているのが発達障害当事者協会です。

参政党に限ったことではありませんが、どこの政党においても「え?それはおかしいだろ」と思う発言や政策は存在するものです。人も十人十色で考え方や価値観が異なるのと同じく、政党においても同様で、自分の考え方や価値観と100%全く完璧に同じという政党はありません。政党が掲げる政策の中には「自分も賛同できるもの」もあれば「自分は賛同しかねるもの」もあります。

参政党の「そもそも発達障害など存在しない」という公式発言にしても、その部分だけに固執して、あたかも「参政党の全てが悪い集団だ」と決めつけるような態度をとることは、いかがなものか?と障害当事者団体ベクトルズは疑問を抱きます。

では、障害当事者団体ベクトルズは参政党のこの発言に対してどう思うのか?ですが、正直に「発達障害を単なる性格や個々人の個性だと捉える考え方は当事者にとっては”生きづらさ”を重たくするものだ」と思います。だからといって、参政党の政策の中には賛同できるものも多々ありますので、政党そのものを悪と決めつけることはいたしません。

私たち一人ひとりが「賛同できる部分」と「受け入れがたい部分」の両面に目を向けながら、冷静に物事を判断することが、成熟した民主社会の一歩ではないでしょうか。発達障害に限らず、あらゆるマイノリティが「存在を否定されることなく」共に生きられる社会を、私たちは今後も目指していきます。

別の言い方をするならば、障害当事者団体ベクトルズは、政党や社会制度の「良し悪し」だけを論じるのではなく、当事者が声を上げ、対話を通じて共に社会を変えていく姿勢を大切にしています。発達障害という生きづらさが、誤解されることなく正しく伝わっていくことを、私たちはこれからも粘り強く願い、活動してまいります。

最後にこのコラムを読んでくださった皆さんへ。

政党や社会への批判にとどまらず、対話と理解を育てる力こそが、私たち市民に求められているのではないでしょうか。私たちベクトルズは、皆さんと共に歩み、語り、考えていく仲間であり続けたいと願っています。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
第11号ニューズレター [2025年07月12日(Sat)]
障害当事者団体ベクトルズ「第11号ニューズレター」をお届けします。

前号発行時からずいぶんと状況が変化し、助成金による無料福祉講演会の全開催日・会場が確定しました!地域づくりコーディネーターや知人の皆様にもご協力いただけたおかげです。

無料福祉講演会

★第1回目:初山別村
日時 2025年6月26日(木)12時半〜13時半
会場 初山別村自然交流センター「研修室」
定員 30名
主催 障害当事者団体ベクトルズ
協力 自殺未遂当事者の会-芯-
協力 日本対話法研究会
助成 認定NPO法人北海道NPOファンド

★第2回目:室蘭市
日時 2025年7月26日(土)14時〜16時
会場 室蘭市中小企業センター「中会議室A」
定員 50名
主催 障害当事者団体ベクトルズ
協力 自殺未遂当事者の会-芯-
協力 日本対話法研究会
協力 NPO法人室蘭NPO支援センター
協力 室蘭市相談支援センター
協力 北海道室蘭保健所
助成 認定NPO法人北海道NPOファンド

★第3回目:帯広市
日時 2025年8月16日(土)14時〜16時
会場 とかちプラザ「研修室307」
定員 40名
主催 障害当事者団体ベクトルズ
協力 自殺未遂当事者の会-芯-
協力 日本対話法研究会
協力 十勝圏内地域づくりコーディネーター
助成 認定NPO法人北海道NPOファンド

★第4回目:島牧村
日時 2025年9月13日(土)14時〜16時
会場 島牧村ふれあい交流センターおあしす「交流室」
定員 30名
主催 障害当事者団体ベクトルズ
協力 自殺未遂当事者の会-芯-
協力 日本対話法研究会
協力 後志圏内地域づくりコーディネーター
助成 認定NPO法人北海道NPOファンド

★第5回目:南幌町
日時 2025年10月11日(土)17時〜19時
会場 南幌町ふるさと物産館ビューロー「会議室2・3」
定員 40名
主催 障害当事者団体ベクトルズ
共催 社会福祉法人南幌福祉会(依頼中)
協力 自殺未遂当事者の会-芯-
協力 日本対話法研究会
助成 認定NPO法人北海道NPOファンド

★第6回目:月形町
日時 2025年11月8日(土)13時半〜15時半
会場 月形町交流センターつきあえ〜る「講堂」
定員 100名
主催 障害当事者団体ベクトルズ
共催 社会福祉法人月形町社会福祉協議会(依頼中)
協力 自殺未遂当事者の会-芯-
協力 日本対話法研究会
助成 認定NPO法人北海道NPOファンド

一応この助成金は年度つまり2026年3月まで有効であるため、12月・1月・2月・3月は「ZOOM」等を活用した会場費や遠征費のかからないオンライン形式での講演会開催も検討しています。現時点でオンライン形式の開催希望者は1名のため、まだ保留ですが2名・3名と希望者が増えていけば確実に開催となるでしょう!

さて、第1回目「初山別村」で開催した報告を少しします。結果は参加者0名で、私たちのリハーサルとしてこの時間を活用させていただきました。自宅でリハーサルを行うのとは全く異なる環境、つまり実際に北海道民が大勢集まることのできる会場まで行ってのものだったので、緊張感がまるで違いました。

障害当事者団体ベクトルズの宮澤範生理事は、社交不安障害の特性上、本来は登壇してマイクを握るということが不可能に近いのです。大勢の人の前に出るだけで恐怖感により頭が真っ白になるという症状が顕著になるからです。「初山別村」でのリハーサルは、宮澤理事にとって意義のあるリハーサルになったことと思います。

札幌市白石区から初山別村役場までは高速道路を使用しても3時間以上かかる予想で、実際4時間近くかかり会場費納入時刻までギリギリセーフでした。使用した車が軽自動車ではなく良かったと思います。その理由は運転する方ならわかるでしょう♪

リハーサルを終えた私たちは、あまり時間的余裕はなかったものの、滅多にこちらのエリアまで足を延ばす機会もないことから、道の駅や初山別村温泉に立ち寄り(サッと入りサッとあがる)観光も楽しみました。高速道路を降りてからはずーっと海岸線を走行したので海は見飽きていましたが、温泉の露天風呂からの眺めはまた格別でした♪

帰りは運転担当のメンバーが突然の疲労感に襲われたようで「このまま信号のない高速道路を走り続ける自信がない(=みんなの命の保証はできない)」とのことで、一般道をひたすら南下しゴール。大変お疲れ様でした。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
事務局長 内田貴之
死刑に関する個人的見解 [2025年07月02日(Wed)]
こんにちは。
障害当事者団体ベクトルズ 代表補佐理事です。

先日、死刑執行があったことについて学友から「死刑についてどう思うか」と質問を受けました。私は10年以上前に一度、スピリチュアリズムを学び始めた頃に死刑について自分の考えを述べて書籍として出版したことがあります。その書籍データを管理してくれている内田代表理事にその記述を探してもらいましたが、出版物が多過ぎて見つけ出せなかったとの報告でした。

そこで私は思いました。当時の記述を探し出したところでそれは10年以上前の、しかもスピリチュアリズムをまだ学び始めた頃のものです。この機会に改めて私自身、死刑について考えを見つめ直してみることにしました。

これからこのコラム記事で述べることは、あくまでも私の個人的見解であり、障害当事者団体ベクトルズの公式見解ではないことを先に留意点として宣言しておきます。

■死刑と終身刑の違い
我が国には終身刑は存在していません。無期懲役という刑期を定めない制度ならありますが仮釈放の可能性は捨てきれないため、終身刑とは異なります。私は、もし我が国にも終身刑が存在していれば死刑よりも終身刑のほうが良いと考えています。

■魂修行の観点
死刑にせよ終身刑にせよ、それほどに罪が重たければ死後は天国へ還れず地獄という反省の場所へ行くことになります。しかし、魂修行の観点としてはこの世で生きている間に自分の罪と向き合い反省の日々を送り続ける期間が長いほうが良いと思うのです。それは寿命が尽きるまで。それが終身刑という期間の長さです。

■神が罪人を生かしている観点
重たい罪を犯した人間はサッサと死刑執行をして地獄へ行かせたほうが良いのではないか?という考えを持つ方もいることでしょう。死刑執行が寿命なのであればそうでしょうが、それであれば重たい罪を犯した時点で寿命を終わらせればいいとは思いませんか?神は生殺与奪権を唯一握っている存在です。その時点でその人間の心臓を止めて寿命を終わらせる、つまり今世の魂修行を終わらせることが可能なのです。

ところが神は生かしています。その意味をもっと考えたほうが私は良いと思います。神が生かしている限り、その期間は「反省に充てなさい」ということだと私は捉えています。ですから、死刑よりも終身刑のほうが神のご意思を尊重している刑罰だと思うわけです。

■死刑制度の存在と生殺与奪権
先述した通り、生殺与奪権を握っている存在は神が唯一です。死刑という制度は国がその権利を持っていることになります。それを神が許しているということは、神は生殺与奪権を国に部分的に与えているという捉え方もできます。そう捉えると死刑という制度そのものはこのまま存在していても問題はないのでしょう。

■死刑に関する個人的見解
まとめます。私は個人的には死刑よりも終身刑のほうが良いと考えています。それは魂修行という観点からです。人間は神により創られた霊的存在です。人間にとっての実世界は霊界、あの世です。この世はあくまでも魂修行を行うための仮の世界です。霊的存在である人間が肉体という器に定められし期間宿り留まり、この世で様々な課題に臨み魂としての成長を試みるための世界です。

その課題は十人十色、自分自身で計画したものもあれば、神が与えた試練もあります。試練に立ち向かい、たとえ失敗しても寿命が尽きるまで何度でも再挑戦し続けます。神は温かく見守ってくださっていますし、守護霊がいつでも寄り添って応援し続けてくれています。

こうした魂修行の観点で死刑を考えた時、与えられた試練に挑んでいる途中で、国の決断によってプツッと途切れさせてしまうように私は感じます。死刑囚となった者が死刑執行されるまでの期間はまばらです。割と早く執行されることもあれば、何年も期間があることもあり、私としては国の気まぐれで「はい、明日にします」と決めているようにも思えてしまいます。

「死刑についてどう思うか」という質問に対する私の回答は以上を読んでいただけてお分かりかと思いますが、死刑よりも終身刑のほうが良いと個人的には思うものの、命に関わるテーマは奥が深すぎて(=神のご意思は人間には分からないという意味)なぜそう思うのかという核心的なところまで追究することが難しいのです。

今後もじっくりと考えていきたいと思っています。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表補佐理事 尾侍酔助
7/1「こころの日」 [2025年07月01日(Tue)]
おはようございます。
障害当事者団体ベクトルズの代表補佐理事です。


本日7/1は「こころの日」です。日本精神科看護協会が制定した啓発デーで、この日は、精神疾患や精神障害に対する正しい理解を深め、こころの健康の大切さを考える日とされています。協会の特設ページにも、「こころの日」は、精神保健に関する問題を広く社会に啓発し、精神的な健康を維持・促進するための活動を促進することを目的としています。と書かれています。


障害当事者団体ベクトルズとして取り上げるのは初めてですが、私が所属している別団体の「自殺予防団体-SPbyMD-」では毎年取り上げて「こころの日セミナー」を札幌市内で開催したり、数年前には当別町・月形町・浦臼町・新十津川町などのエリアや、旭川市・東神楽町・東川町・比布町・当麻町・愛別町などのエリアを回って「こころの日の街頭演説」を実施していると活動報告を受けています。


ちなみに、「自殺予防団体-SPbyMD-」は障害当事者団体ベクトルズと同じく私と内田の2人で、2013年に立ち上げた団体です。障害当事者団体ベクトルズとは活動分野的にも親和性が高いため、2024年9月からは一緒に『こころの通う対話のできるゲートキーパー養成講習』を共同主催したり企画協働したりとコラボをする機会が多くあります。


さておき「こころの日」にちなんで本日は、精神疾患や精神障害に対する正しい理解を深め、こころの健康の大切さを考えるをテーマに私なりのスピリチュアリズム視点も交えたコラム記事を執筆してみたいと思います。


障害当事者団体ベクトルズという団体はその名称のとおり、障害者によって構成され運営しています。私も含め現在のメンバーは全員「精神障害」を患っています。私は「社交不安障害」と「強迫性障害」、代表理事の内田は「先天性発達障害」と「睡眠障害」、ほかメンバーには「うつ病」「双極性障害」「統合失調感情障害」など様々な種類の精神障害の当事者が在籍しています。このコラム記事を執筆する際、代表理事の内田に確認したところ発達障害は医療と福祉の分野では精神障害に分類されているとのことでした。精神障害に対する正しい理解を深める啓発デーという趣旨からも、その辺りについては本人に確認しておくことが大切だと思ったわけです。


精神障害を患っている多くの方は「後天性」と言われています。つまり生まれながらにしてではなく、幼少期や大人になってから何らかのキッカケがあり発病するというものです。発達障害に関しては「先天性」なのです。生まれながらにしての障害のため治ることはありません。実は私の知り合いには「先天性の統合失調症」の方がいます。統合失調症に関しては、医学的にも解明されていないことが多いと専門書で学んだことがあります。遺伝性である場合もあるため、先天性もあり得るというそうです。


「精神障害について正しい理解を深めたい」という思いを強く抱く方は、自分自身がその当事者である場合・家族や恋人や友人がその当事者である場合・医療や福祉の分野に仕事やライフワークとして携わっている場合、が大半ではないかと私は個人的に感じています。精神障害に何も関わりのない方にとっては関心すら薄い気がしています。「自分には関係ない」と思う方や「偏見」に凝り固まっている方・「差別意識を無自覚で持っている」方など私はこれまでの人生で出会ってきました。


精神障害は後天性であることが多いため、今は健康状態であっても、いつどのようなことがキッカケとなり精神障害者になるか予測不可能です。精神障害の世間的なイメージには「働きすぎの過労によって鬱病になる」「いじめが原因で社交不安障害になる」といったものがあると、これまで私が出会ってきた色々な人から聞いた話から推察できます。宗教に関わっている知り合いは「精神障害は全て悪霊の憑依によるもの」と固く信じ切っている方もいました。中にはそれが事実であることもあるとは思いますが、それが全てではないと私は思っています。


私はスピリチュアリズムを勉強するかたわら、宗教法人にも所属して宗教観・宗教教義も学んでいます。知り合いが信じ切っている「精神障害は全て悪霊の憑依によるもの」という認識は宗教教義上でそのように言われているため信じて、信仰の力によって憑依している悪霊を祓うことさえできれば治るものだ、と述べているのです。宗教とは信仰ですから、そう信じ切ってしまっていることは仕方ないことです。


スピリチュアリズムにおいて精神障害は、単に「悪霊の憑依」によるものとは限らず、もっと幅広い要因と意味を持つ現象として捉えられています。精神障害は、単なる「病気」ではなく、魂が今回の地上人生で何かを深く学ぶために自ら選んできた経験の一つである場合があります。過去世からの未解決の課題や、人間関係・感情のパターン、他者との相互作用を通じて「魂を成熟させるための課題」として現れることがあるのです。❝苦しみは無意味な罰ではなく、意味ある成長の種である❞というスピリチュアリズム視点を持って欲しいと思います。この視点は「スピリチュアルな成長モデル」として、決して本人を否定せず、むしろ魂の尊厳を守る立場です。


たしかに、スピリチュアリズムでも「低級霊の影響」や「憑依現象」が精神に影響を与えることはあるとされています。ですがそれは 一因に過ぎず、すべての精神障害を「悪霊のせい」と一括りにすることは、むしろ魂の尊厳や個人の人生課題の深さを見失う危険があります。霊の干渉を受けやすくなる背景には、過去のトラウマ・心の傷・社会的孤立・感受性の強さなどがあり、これらもまた尊重すべき人間的なプロセスだと思います。


信仰によって霊的波動が高まり、霊障から解放されることがあるのは事実ですが、精神障害を持つ方すべてが「信仰が足りない」わけではないのではないかと私は思います。むしろ、「苦しみながらも生きている」というその姿こそ、魂の修行の最前線であり、信仰の真価が問われる場面です。ですから「信じれば治る」「信じてないから苦しい」という断定は、霊的な真理を狭く解釈してしまっている危険があると感じてならないのです。


精神障害という現象は、知り合いが述べるように単なる「悪霊の憑依」で片づけられるものではないと私は思います。魂の成長のために、自らが選んできた人生の課題かもしれないし、過去から続く深いカルマの浄化かもしれません。スピリチュアリズムの視点では、たとえ苦しみの中にあっても、その人の魂には尊厳と目的があると信じます。私たちにできることは、「憑かれている」と決めつけることではなく、ただそっと寄り添い、魂が回復していく時間を尊重することではないでしょうか。


ということで、7/1「こころの日」にちなんで私なりのスピリチュアリズム視点を交えたコラムでした。「精神障害について正しい理解を深めたい」と関心を持っている方へ私が最後にメッセージとしてお伝えしたいことは、学ぶ入口は医学だけではない、ということです。様々な方向から多角度的に学び始めたほうが理解は深まると私は思っています。


以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表補佐理事 尾侍酔助