• もっと見る
« 尾侍酔助コラム | Main | 会員コラム»
そもそも命を経済的な恐怖によって労働へ駆り立てる仕組みにしてよいのか [2026年09月07日(Mon)]
生活保護は生活を保護する足し程度であるべきで、医療費は3割であるべきなのです。日本に足りないのは、お金がないことも含めて寿命という考え方です。金がないと死ぬかもしれないから、必死に働き、国は経済成長するのです。金がないほうが良い医療を受けられるなら、誰も真面目に働きません。しっかりとお金と命を結びつけるべきなんです。

…というツイートを見かけまして、障害当事者団体ベクトルズとして以下のようにコメントしたのでコラム記事にもしておきたいと思います。

ご意見として拝読しましたが、障害当事者団体ベクトルズとしては、いくつか根本的に考え方の異なる部分があります。

まず、「生活保護は生活を保護する足し程度であるべき」とのことですが、私たちはそのようには考えていません。生活保護制度は、生活に少しだけお金を足す制度ではなく、生活に困窮する方に対して必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長することを目的とした制度です。

また、「お金がないと死ぬかもしれないから必死に働く」という考え方について、生活保護を必要としていない人が、自分や家族の生活を維持するために働くこと自体は当然のことだと思います。しかし、私たちは「死にたくなければ働け」という状態を社会が意図的につくることが、労働意欲や経済成長につながるという考え方には賛同できません。

働く理由は、生計を立てることだけではありません。仕事そのものへの喜び、社会との繋がり、自分の能力を活かすこと、誰かの役に立つことなど、人によって様々です。

そして何より、障害や病気、高齢などによって、働きたくても充分に働くことのできない人が現実に存在します。「お金がなければ死ぬかもしれない」という圧力を労働の原動力とする社会では、そうした人たちはどうすればよいのでしょうか。

「お金がないほうが良い医療を受けられる」というご指摘は、おそらく生活保護における医療扶助を指しているのだと思います。確かに、生活保護受給者は原則として医療扶助によって必要な医療を受けることができ、窓口で自己負担をしない仕組みになっています。一方、働いている人が医療費の自己負担を重く感じ、「自分たちは負担しているのに、なぜ生活保護受給者は無料なのか」と疑問や不公平感を抱くこと自体は理解できます。

しかし、その問題への答えが「それなら生活保護受給者にも医療費を負担させよう」でよいのかについては、私たちは慎重に考える必要があると思います。生活保護を利用している方の中には、高齢者だけでなく、障害や病気などによって継続的な治療を必要としている方もいます。複数の診療科を受診しなければ生活そのものを維持できない人もいます。そうした人に一律3割負担を求めれば、経済的な理由から必要な受診を控える人が出てくる可能性があります。

また、本当に生活保護受給者にも3割負担を導入するのであれば、単に「今日から医療費を3割払ってください」では済みません。最低生活費そのものが現在の制度設計を前提としている以上、医療費負担を新たに課すのであれば、それを踏まえた最低生活費のあり方や、医療扶助・健康保険制度との関係なども含めて制度全体を考え直す必要があります。

そして、私たちが投稿でもっとも違和感を覚えたのは「金がないほうが良い医療を受けられるなら、誰も真面目に働きません」という部分です。人は「生活保護受給者より良い医療を受けるため」に働いているのでしょうか?少なくとも私たちは、人間の労働をそのような価値観だけで捉えてはいません。生活保護を利用しなければならない人が必要な医療を受けられることと、働いている人が真面目に働くことは、本来、対立させなければならないものではないはずです。

働いている人の医療費負担が重いのであれば、「生活保護受給者にも同じ負担をさせるべきだ」という方向だけではなく、「働いている人も必要な医療を安心して受けられる社会にするにはどうすればよいか」という方向から考えることもできます。

最後に「しっかりとお金と命を結びつけるべき」とあります。生きていくためにお金が必要であること自体は現実です。しかし、「お金を得られなければ、必要な医療を受けられず死ぬ可能性がある。その恐怖があるから人は必死に働き、経済が成長する」というところまでお金と命を結びつけるのであれば、障害当事者団体として、私たちは賛同できません。

社会には、働ける人もいれば、働きたくても働けない人もいます。今は働けていても、病気や事故によって明日から働けなくなる可能性は誰にでもあります。生活保護をはじめとする社会保障は、そのようなときに人の生命と生活を守るためのセーフティーネットでもあります。

「働かないと死ぬ社会にすれば、みんな必死に働く」のではなく「働ける人は働き、働けなくなったときにも生命と最低限の生活は守られる」。私たちは、後者の社会のほうが望ましいと考えています。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
「共に生きる」とは、同じ場所にいることなのか [2026年08月23日(Sun)]
「共に生きる」とは、同じ場所にいることなのか
― 相模原障害者殺傷事件から10年の講演会を聴いて ―

障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。

先日、副代表理事の宮澤範生さん、会員の蓬生さつきさんと3人で旭川市まで出かけ「相模原障害者殺傷事件から10年」をテーマとした講演会に参加してきました。

僕がこの講演会を知って「旭川まで行ってでも聴いておきたい」と思った理由は、とても単純なものでした。2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件から、まもなく10年。障害者福祉に関わる活動を行なっている障害当事者団体ベクトルズとしても、この事件について改めて振り返り、学んでおくことには大きな意味があるだろう。そんな期待を抱いて参加しました。

ところが、実際に講演を聴き始めると、

「ん?」
「んん?」
「……そういう話なのか?」

僕らの頭の中には、いくつもの「?」が浮かび始めました。

「分離教育」が差別を生み出す?

今回の講演会を主催したのは、「障害児も地域の普通学級へ・道北ネット」という団体です。団体名からも分かるように、障害のある子どもを特別支援学校や特別支援学級へ分けるのではなく、地域の普通学級で障害のない子どもたちと共に学ぶ「インクルーシブ教育」を重視しています。

講演では、特別支援学校や特別支援学級へ障害児を分ける教育を「分離教育」と捉え、それによって障害のない子どもたちが障害者と接する機会を失うという趣旨の主張がありました。障害者と共に学んだ経験がないまま大人になる。すると障害者を「自分とは関係のない人」「自分とは違う世界の人」として認識するようになる。

そうした社会のあり方が障害者への差別的な価値観を生み、相模原障害者殺傷事件の植松死刑囚が持っていたような優生思想にも繋がっていく…。

2026y08m17d_222706222.png

僕らはここで大きく引っかかりました。「分離教育が、相模原事件のような優生思想を生み出す」そこまで因果関係を繋げてしまってよいのだろうか?

もちろん、障害のある子と障害のない子が子どもの頃から関わることには、大きな意味があると思います。実際に同じ教室で勉強したり・遊んだり・喧嘩したり・仲直りしたりする。その経験によって、「障害者」という抽象的な存在ではなく、一人のクラスメイトとして障害のある人を知ることができます。

その価値を少なくとも僕は完全否定はしません。

しかしながら…、「共に学ぶことには価値がある」という話と「特別支援教育によって分けることが、障害者差別や優生思想を生み出す」という話は、僕の中では同じではありません。後者まで主張するのであれば、そこには相応の根拠が必要だと思います。

増加している統計を並べれば「関連している」と言えるのか?講演では、この10年間における教育現場の様々な統計についても触れられていました。

特別支援学級を選択する児童生徒が増えている。
不登校の児童生徒が増えている。
教師によるいじめの認知件数も増えている。
児童生徒の自殺者数も増えている。
精神疾患によって離職する教員も増えている。

そして、それらは関連しているという趣旨の説明でした。

ここにも僕は「?」を感じました。複数の数字が同じ時期に増加していることと、それぞれに因果関係があることは別問題だからです。もちろん、教育現場で起きている様々な問題が完全に独立しているとも思いません。複数の問題が影響し合っている可能性はあるでしょう。

だからといって、

「特別支援学級が増えている」
「不登校も増えている」
「自殺も増えている」
「教員の精神疾患も増えている」

という複数の事実を並べるだけで、「分離教育が進んでいる社会の結果である」と結論づけることには、僕は慎重でありたいと思いました。

「普通学級で一緒に学べばいい」で、本当に済むのだろうか?そして講演を聴きながら、僕自身の中学生時代を思い出しました。僕が通っていた中学校には特別支援学級がありました。僕と同じクラス(普通学級)には、僕より重たい知的障害のあるクラスメイトがいました。会話による意思疎通にも難しさがあり、授業についていくことも困難そうに見えました。僕自身はクラスメイトとして一応仲良くしていましたが…。

いま当時の彼や周りの生徒たちとの環境を振り返ってみても、「彼は特別支援学級のほうが、自分に合った勉強ができるんじゃないかな?」と思っています。彼の家で何回か遊んだ際に聞いたところでは、普通学級に在籍していたのは両親の方針だったそうです。

もちろん、これは一人の事例に過ぎません。

ところが講演会が終わり、札幌へ戻る車内で3人で感想を話していると、宮澤さんや蓬生さんからも、それぞれの中学・高校時代の経験が出てきました。

普通学級に障害のある生徒がいて、教師から「君に任せる!お世話してね」と言われた経験。障害のあるクラスメイトの移動を手伝っていたため、自分まで次の授業に遅れてしまう。ところが教師からは事情を理解してもらえず「言い訳するな!」と叱られる。

それはあまりにも理不尽です。

そして、ここにはインクルーシブ教育を考えるうえで、とても大切な問題が隠れているように思います。クラスメイトは「支援者」や「介護者」ではないということです。

僕は、障害児を普通学級へ入れることそのものが絶対悪だとまでは思っていません。必要な合理的配慮や人的支援があれば、普通学級で楽しく学べる子どもも当然いるでしょう。本人自身が「みんなと同じクラスで学びたい」と望むことだってあります。

しかし、そのために必要な支援を「面倒見のいいクラスメイト」へ背負わせてはいけないと思うのです。クラスメイトは福祉職ではありません。学校の支援員でもありません。ましてや、その子自身も教育を受けるために学校へ通っている一人の児童・生徒です。

障害のある子どもを普通学級へ入れた結果、その子を支える役割を周囲の子どもへ押しつける。それによって「一緒に学ぶ」ことが成立しているのであれば、僕はそれを理想的なインクルーシブ教育とは呼びたくありません。

むしろ場合によっては、「障害のある子と同じクラスになると、自分が面倒を見なければならなくなる」という負の経験を、障害のない子どもへ与えてしまいます。障害への理解を深めるための教育が、やり方を間違えれば逆方向へ働いてしまう可能性だってあるわけです。だからこそ、「無理にでも学校や教育委員会を説得してでも普通学級へ入れること」だけをゴールにしてはいけないと僕は思います。

特別支援教育は、本当に「分離」という一言で片づけてよいのか…?僕たち3人が帰りの車内で話していて、共通していた考えがあります。

その子に特別支援学校や特別支援学級という選択肢が用意されていて、本人にとってその環境のほうが学びやすいのであれば、素直に利用してよいのではないか?ということです。

特別支援教育は、障害のある子ども一人ひとりの教育的ニーズに応じた教育を行うために存在しています。普通学級で、ほとんど理解できない授業を毎日受け続けること。自分のペースでは学べないこと。周囲のクラスメイトにも過剰な負担がかかること…など。それよりも、本人の特性や理解度に合わせた教育を受けることができるのであれば、それもまた本人に保障されるべき選択肢ではないでしょうか。

僕たちは、

普通学級=良い教育
特別支援学級=悪い教育

という白黒主義のような二択にはしたくありません。もちろん、その逆にもしたくありません。

入所施設についても同じことを感じました。今回の講演では、学校教育だけでなく、障害者の入所施設についても批判的な話がありました。「施設の中だけで暮らし続けることによって地域社会から障害者が隔離・隔絶されてしまう。重度障害者であっても、ヘルパーなど必要な福祉制度を利用しながら地域で生活できる社会をつくらなければならない!」

この問題意識については、僕にも理解できる部分があります。

本人が地域で暮らしたいと願っているのに「重度障害だから施設しかありません」と選択肢を奪われてしまう社会は変えていくべきでしょう。

しかし、僕はここでも同じ疑問を持ちます。地域で暮らせるようにすることと、入所施設という選択肢そのものをなくすことは、同じなのでしょうか。

地域で一人暮らしをしたい人もいる
家族と暮らしたい人もいる
グループホームが合う人もいる
そして、常時必要な支援を受けられる環境に安心を感じる人もいるでしょう?

「重度障害者だから施設へ行きなさい」と社会が一方的に決めることに問題があるのなら「施設は隔離だから地域で暮らしなさい」と思想によって一方的に決めることにも、僕は同じような危うさを感じます。

障害者は「十人十色」である。ここで、障害当事者団体ベクトルズとしての考え方に戻ります。僕たちは日頃から「障害者は十人十色」と発信しています。あっ、健常者も十人十色であることは大前提なのでわざわざ発信していないだけです。

同じ知的障害という診断名でも「できること」も「苦手なこと」も「必要な支援」も違います。発達障害も精神障害も身体障害も同じです。そして当然ながら本人が望む人生も違います。

だから僕たちは、「普通学級か特別支援学級か」という場所を”先に決める考え方”には立ちません。

普通学級で学びたい!うん、いいでしょう。
特別支援学級のほうが安心して学べる!それもいいでしょう。
特別支援学校を選びたい!はい、それも一つの選択です。

大切なのは、どの制度を選んだかによって、その人の人生の価値が決まるわけではないということです。本人の障害特性・能力・希望・環境・必要な支援などを踏まえて、その人に合った選択肢を考える。そして、一度選んだら絶対に変えてはいけないのではなく、本人の成長や環境の変化に応じて考え直すこともできる。僕たちは、そんな柔軟な社会のほうを望みます。

「共に生きる」は、同じ場所へ集めることだけではない。僕は今回の講演を聴いて「共生社会って何だろう?」と改めて考えました。障害のある子どもと障害のない子どもを同じ教室へ入れること。障害者を施設から地域へ移すこと。それによって物理的には「一緒」になります。しかし、僕は同じ場所にいることだけが「共に生きる」ことではないと思っています。

特別支援学級で学んでいる子と普通学級で学んでいる子が、学校行事・部活動。地域活動などを通じて友達になることだってできる。入所施設で生活する障害者が、地域住民と交流したり、地域活動へ参加したりすることだってできる。

逆に同じ教室、同じ地域にいても、互いに無関心であれば「共生」と呼べるのだろうか。僕にとって大切なのは、物理的に同じ場所に配置することより、違いを持った人間同士が互いの存在を知り、それぞれに合った方法で社会と繋がれることです。

期待していた内容とは違った。でも、行ってよかった。正直に書きます。札幌から旭川まで向かったとき、僕が期待していた講演内容とはかなり違いました(笑)相模原障害者殺傷事件そのものを振り返り、事件から10年を迎える今、障害者差別や優生思想について学ぶ講演だと思っていたからです。

ところが実際には、主催団体が長年取り組んできたインクルーシブ教育や脱施設化という思想が強く反映された内容でした。だから講演中、僕の頭の中には何度も「ん?」「そこ?」「本当にそうなのかな?」という疑問が浮かびました。

でも、だからといって「旭川まで行った意味がなかった」とは全く思っていません。むしろ逆です。異なる考え方を持つ人たちの話を直接聴いた。札幌へ帰る車の中で、3人それぞれが自分の学生時代の経験を話した。そして「じゃあ、ベクトルズとしてはどう考える?」を語り合った。

自分と同じ意見を聞いて安心することだけが学びではありません。違う思想に触れて、「僕はなぜそこに違和感を覚えるのだろう??」と考えることもまた、大きな学びです。今回の旭川遠征を通して、障害当事者団体ベクトルズとして大切にしたい考え方が、また一つ明確になりました。

障害者は十人十色。

だからこそ、一つの思想によってすべての障害者の生き方を決めたくない。選択肢を減らすのではなく、増やしたい。そして、その中から本人が自分に合った道を選べる社会であってほしい。

普通学級であってもいい。
特別支援学級であってもいい。
特別支援学校であってもいい。
地域で一人暮らしをしてもいい。
グループホームでもいい。
必要な人なら入所施設という選択肢があってもいい。

「みんな同じ場所へ行こう」が共生なのではなく、「それぞれ違う道を選んでも、同じ社会を生きている」と互いに認め合えること。障害当事者団体ベクトルズは、そんな社会のほうを目指したいと思っています。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
challenged.vectors@gmail.com
23年後のお前は、卒アルに描いたグラフをIllustratorで作り直して遊んでるぞ(笑) [2026年08月13日(Thu)]
障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。実家帰省してきまして、小学校の卒アルを発掘しました。そこには小学6年生だった僕が書いた文章やイラスト。

S__26796071_0.jpg

懐かしいなぁ〜と思いながら眺めていたのですが、よく見ると「ぼくの勉強 すき・きらい」というグラフが。。。「あれ? 今の自分が想像していた当時の好き嫌いと、ずいぶん違うぞ?」と驚きました(笑)23年も経つと、当時の自分についての記憶も、現在の自分から逆算して作られている部分があるのかもしれません。

S__26796070_0.jpg

そこで面白くなって、Illustratorを使って「23年後版」を作ってみました!ただし、これは小学6年生当時を記憶から再現したものではありません。「あれから23年が経った現在の僕が、今あらためて小学校の各科目を評価するとどうなるか?」というグラフです。そして今回は、「好き・嫌い」だけではなく「得意・不得意」も別のグラフにしました。

ぼくの好き嫌い「小学校科目」.png

なぜなら、大人になった今では「好きだから得意」とは限らないし「不得意だから嫌い」とも限らないということが、よく分かるからです。

たとえば図工は今でもかなり好き。でも「得意か?」と聞かれると、好きの度合いほど高くは自己評価していません。逆に家庭は「好き」という気持ちは中くらいなのに、「得意・不得意」で考えるとかなり得意な側。国語も今では大好きな分野ですが、「大好き=ものすごく得意」とまでは思っていなかったりします。

そして体育だけは……
嫌い!不得意!

23年経っても、ここはブレなかった(笑)

それにしても、小学生の自分が実際に残したグラフと、36歳になった現在の自分が作ったグラフを並べてみると面白い。人間の興味や得意分野は年月とともに変わるし、「昔の自分はこうだった」という自分自身の記憶さえ、実際に残っている記録と比べると意外と違っている。卒業アルバムって、写真を懐かしむだけじゃなくて、こういう意味でもタイムカプセルなんだなぁと思いました。

─ 23年前の僕へ

23年後のお前は、卒アルに描いたグラフをIllustratorで作り直して遊んでるぞ(笑)

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
B型に通う意味とベクトルズ [2026年08月08日(Sat)]
こんばんは、障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。
「B型に通う意味とベクトルズ」というタイトルでコラム記事を書きます。
本音でね。

僕はご存知の通り生活保護受給者です。
B型に通う当初の理由は「保護課からの就労指導」で仕方なく…。
といった後ろ向きなものでした。
それを何年か続けてきたわけです。

しかしながら、就労指導で仕方なくB型に通うというのは
気持ちで表現すると「面倒くさい」なんですね〜。
通所日数が少なすぎると保護課から増やせと言われますから。
かといってB型で見につけたいと思うような作業は当時なかった…。

B型に通う意味とかもっと言えば「目的と目標」といったものを
僕はずーっと見いだせずにいたわけです。

そこで…
障害当事者団体ベクトルズのことです。

障害当事者団体ベクトルズは設立当初はまだここまで事業展開
していませんでしたから「楽しいことを楽しもう」的な雰囲気で
活動していました。軸としては「やってみたいことの実現化」これはありました。

僕は障害当事者団体ベクトルズを設立した以上は
中途半端な「趣味のサークル」にしたくはありませんでした。

B型の嫌々ながらの通所と障害当事者団体ベクトルズ。
この2つをどうにかして有意義なものに出来ないかな?と思った僕は
IllustratorやPhotoshopの最新版をテキスト使いながら
ゆっくり触ることのできるB型に移りました。
(※就労継続支援B型「継続支援ベストジョイ菊水」です)

企業案件ではなく自分のペースでテキスト学習と
ソフトフェアの使いこなし(スキルアップ)ができる作業所で、
ここで僕が学生時代に身につけたスキル+αをして
障害当事者団体ベクトルズの活動に活かせるようになれれば良いなと!

というわけで、
B型に通う意味を見いだすことができた僕は
これまでの「嫌々ながらの通所」「保護課に言われるがまま」
という後ろ向きな姿勢から180度一転することができました♪

こうした僕の実体験もあるので、
「就労継続支援B型に通う意味」そのものを見つけるよりは
「通う意味を見いだせるか」のほうが重要かなとは思います。

障害当事者団体ベクトルズを活用してください(笑)

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
居場所づくりの構想はある。でも、僕らが創りたい居場所は少し違う。 [2026年08月06日(Thu)]
障害当事者団体ベクトルズ 代表理事の内田貴之です。

先ほど、会員の蓬生さんのコラム記事の中で「障害当事者団体ベクトルズの目指す先は居場所づくりではない」という表現がありました。それは現在の活動としては、その通りです。

ですが、僕の頭の中には以前から、ひとつの構想があります。それが「居場所づくり」です。ただし、一般的に語られる居場所とは少し意味が違います。

障害当事者団体ベクトルズが将来的に創りたい居場所は、「安心して過ごせる場所」だけではありません。僕が思い描いているのは「居場所 × チャレンジ × 社会還元」この3つが一体となった居場所です。

障害当事者団体ベクトルズは、自助会でも支援団体でもありません。そのため、「困っている人を支援する」という活動を目的にはしていません。ここだけ切り取ると冷たく聞こえてしまうかもしれませんが、そういう意味ではありません。嚙み砕くなら「受け身として支援を受ける場所ではない」ということです。

「こんなことをやってみたい」
「こんな企画を考えた」
「こんな夢に挑戦してみたい」

そう思った時、その実現に向けて仲間同士で知恵を出し合い、力を合わせて前へ進んでいく。僕たちが大切にしているのは、そのような主体性です。だから、障害当事者団体ベクトルズでは「支援する・支援される」という関係ではなく「一緒に創る」という関係を何より大切にしています。

もちろん、人には得意なことも苦手なこともあります。だからこそ、自分ひとりでは難しいことを仲間が手伝うこともあります。でも、それは「何でも代わりにやってあげる」という支援ではありません。(※話が逸れますが「代わりにやってあげる」は正確に言うと支援ではなく援助です)

挑戦する本人がいて、その挑戦を仲間が応援する。その積み重ねによって、一人ひとりの経験やスキルが少しずつ増えていく。僕は、それこそが障害当事者団体ベクトルズらしい在り方だと思っています。

そして、もうひとつ大切にしたいことがあります。それが「社会還元」です。僕は以前から「社会貢献」という言葉よりも「社会還元」という言葉を好んで使っています。社会に対して何かを与えるというより、自分自身が歩んできた人生や経験、身につけてきた知識やスキルを、今度は誰かの役に立つ形で循環させていく。そんなイメージです。

障害当事者だからこそ見えている景色があります。障害当事者だからこそ語れる経験があります。その経験は、自分だけのものにして終わらせるのではなく、次の誰かへ繋いでいくことができる。それが、障害当事者団体ベクトルズの考える社会還元です。

僕は最近、特別支援学校や特別支援学級を卒業した18歳以上の障害当事者の居場所について考える機会がありました。学校を卒業すると、それまであった「仲間と過ごす場所」が急になくなってしまう方も少なくありません。だからこそ、将来的には障害当事者団体ベクトルズも、そうした方々が安心して集まり、自分の「やってみたい」を形にできる場所になれたらと思っています。

ただし、それは福祉サービスでも、支援施設でもありません。障害当事者同士が、お互いの経験を活かしながら学び、挑戦し、その経験をまた誰かへ還元していく。そんな循環が生まれる場所です。

今は、まだ構想の段階です。実現するのが数年後になるのか、もっと先になるのか、それは分かりません。でも、障害当事者団体ベクトルズが目指しているのは、単なる「居場所」ではありません。居場所があるから挑戦できる。挑戦するから経験になる。経験が誰かの力になり、社会へ還元されていく。そんな循環が生まれる場所を、いつか仲間たちと一緒に創りたい。

それが、今、僕の頭の中にある「居場所づくり」の構想です。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
漫画『みいちゃん』アニメ化について当事者を代表してコメントします [2026年07月30日(Thu)]
障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。久しぶりに自分のコラム記事を執筆しました。テーマは現在、SNSを中心に賛否が沸騰している漫画『みいちゃんと山田さん』のTVアニメ化についてです。先日、障害当事者団体ベクトルズの公式Twitterでも短文ですが「表現」を論点にして意見を述べました。コラム記事では、論点を「「十人十色」を伝え続けることが、私たちの役割ではないか」としていきたいと思います。

さて、現在、漫画『みいちゃんと山田さん』のTVアニメ化を巡り、オンライン署名やSNS上で様々な意見が交わされています。中でも多く見られるのが「知的障害者や発達障害者に対する偏見を助長するのではないか」という懸念です。

私は知的障害当事者の1人として、そのような心配の声が上がること自体は理解できます。障害を題材とした作品が世に出るたび「誤解を招くのではないか」「偏見を強めるのではないか」という議論は、これまでも何度も繰り返されてきました。

しかし、障害当事者団体ベクトルズとしての私たちの考えは少し異なります。

私たちは日頃から「障害者という人間も、障害の特性や症状の強弱も十人十色である」ということを発信し続けています。今回の作品では、発達障害のある主人公や、知的障害のある登場人物たちが描かれています。作品中で描かれる行動や生き方に違和感を覚える人もいるかもしれません。しかし、世の中には様々な人生を歩む障害当事者が実際に存在します。

だからといって、その作品に登場する人物像が「障害者全体」を表しているわけではありません。それは、医師を主人公にした作品を観たからといって「医師は皆こういう人だ」と考えないのと同じことです。教師、警察官、政治家、会社員…、どの職業でも、1人の人物像がその集団全体を表すわけではありません。

障害者も同じです。1つの作品に描かれた人物像だけを見て「障害者とはこういう人たちなのだ」と考えること自体が、本来は誤った受け取り方なのです。もちろん、中には作品をきっかけに偏見を持つ人がいるかもしれません。

ですが、その可能性を理由に作品そのものを慎重に扱うことばかりを考えるよりも、私たち当事者や支援者が「障害者は十人十色である」という事実を社会へ伝え続けることのほうが、はるかに重要ではないでしょうか。

障害者には様々な価値観があり、様々な人生があります。それを1人ひとり伝えていくことこそが、偏見を少しずつ減らしていく最も現実的な方法だと、私は考えています。だから私は、今回の作品に限らず、障害者を題材とした作品が世に出るたびに「偏見を生まない作品であること」を求めるだけではなく「障害者は十人十色である」という現実を社会へ発信し続けることこそ、私たち障害当事者団体の役割なのだと思っています。

★追伸★
私が個人的に今回のアニメ化で最も興味を持っているのは「アニメ化そのものの是非」ではありません。むしろ、原作で描かれている性的描写や暴力的な描写を、テレビアニメという表現媒体でどのように描くのか、あるいは原作を尊重しつつも再構築した世界観として制作するのか、その表現手法に大きな関心があります。

漫画とテレビアニメでは、表現できる内容や演出方法が異なります。制作陣がどのような判断を行い、1つの作品としてまとめ上げるのか。そのクリエイティブな挑戦にも注目しながら、放送を見届けたいと思っています。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
2026年と2026年度を間違えた話 [2026年06月12日(Fri)]
障害当事者団体ベクトルズ 代表理事の内田貴之です。

つい先ほど、
自分でも思わず恥ずかしくて苦笑いしてしまう出来事がありました。

2026年12月に神戸市で開催予定の「神戸シンポジウム(略称)」に向けて、
飛行機の予約をしようと思い、スカイマークのホームページを開いたのです。

ところが、おかしい。
何度見ても、予約できない。

僕は心の中でこう思いました。
「2026年度の3月下旬まで搭乗分が発売中のはずなのに、なぜ予約できないんだ?」
不思議で仕方ありません。

副代表理事にも話しました。
すると副代表理事は、
「いや、まだ発売開始前じゃないですか?」
と言うのです。

僕はさらに混乱しました。
「いやいや、スカイマークの発表では2026年度の3月下旬まで発売中のはずだぞ?」

しばらく会話が噛み合いません。
そこで改めてスカイマークの案内をひたすら見つめていました。
そして気付きました。

「あっ……2026年って2026年度じゃねぇわ……」

そうです。
スカイマークが発表していたのは「2026年3月下旬まで」だったのです。

僕は勝手に「2026年度3月下旬まで」と脳内変換していました。
つまり、2027年3月下旬まで発売中だと思い込んでいたのです。
そりゃ予約できないわけです。
気付いた瞬間、恥ずかしくて一人で顔が熱くなりました。

しかし、なぜこんな勘違いをしたのでしょう。

考えてみると、
僕は日頃から助成金申請、決算報告、事業計画、予算書、資料など、
あらゆることを「年度単位」で考えています。

令和8年度。
令和9年度。
事業年度。
会計年度。
活動年度。

気が付けば僕の頭の中はすっかり「年度脳」になっていたのでしょう。

普通の人が「2026年」と聞けば、そのまま2026年です。
しかし僕の脳内では、
2026年
↓
2026年度
という謎の自動変換システムが稼働していたようです(苦笑)

今回の件で改めて思いました。
団体運営というものは、一人で突っ走るものではありません。

もし副代表理事が「そうですね」と適当に合わせていたら、
僕はもっと長い間スカイマークの予約画面と格闘していたかもしれません。

「なぜ予約できないんだ!」とね。

結果的に僕の勘違いを指摘してくれる人がいたからこそ、
笑い話で済みました。

代表理事だからといって万能ではありません。
むしろ時々こういう間抜けなこともやります。

それでも、一緒に考え、一緒に確認し、一緒に笑ってくれる仲間がいる。
それが障害当事者団体ベクトルズの良いところなのかもしれません。

とはいえ…、
次からは飛行機を予約する前に「年なのか、年度なのか」を確認しようと思います。

たぶん。

ChatGPT Image 2026年6月12日 19_39_57.png

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
「対人援助」「対人支援」著者によってかなり混ざって使われている印象 [2026年05月25日(Mon)]
素朴な疑問を持ち続けている障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。

福祉・心理・対話に関する書籍を読んでいると、「対人援助」「対人支援」という言葉をよく見かけます。以前から気になっていたのですが、この2つって、著者によってかなり混ざって使われている印象があります。試しに「対人援助」の本を手に取って読んでみても、内容としては「対人支援」の本と大きく変わらないように感じることもあります。

もちろん厳密にいえば、「援助」と「支援」は別の言葉です。だからこそ、本来ならもう少し内容にも違いが出てもよさそうなのに、現場では半ば同義語のように重なって使われている気がしていて、そこに前から興味があります。

個人的な感覚ですが「支援」は、本人の意思や主体性が中心にあって、その実現を横や後ろから支えるイメージ。一方で「援助」は、本人の力だけでは届きにくい部分に、具体的に手を貸したり、一部を補ったりするイメージがあります。

たとえば僕の感覚では、

・精神障害者の福祉手続き → 支援
・就労支援 → 支援
・相談支援 → 支援

という言い方はしっくりきます。

一方で、

・全盲者の移動援助
・食事援助
・成年後見人による援助

などは「援助」のほうがしっくりきます。

すごくざっくり言えば、「支援」はサポート・伴走、「援助」はアシスト・補助、というようなニュアンスです。もちろん人によって感覚は違うと思いますし、学問分野や職種文化による歴史的な背景もあるのかもしれません。

だからこそなおさら、なぜ「対人援助」と「対人支援」はここまで半ば混ざり合いながら使われているのだろう?と、素朴に気になっています。

福祉・心理・対話の領域に関わる皆さんは、この違いをどう捉えていますか?

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
原点回帰〜「居場所」は目的ではなく結果〜 [2026年05月22日(Fri)]
障害当事者団体ベクトルズの内田貴之です。最近、自分の中でずっと引っかかっていた違和感について、ようやく言語化できたので、忘れないうちに纏めておきたいと思います。

”障害当事者団体ベクトルズを今後どんな方向へ進めていきたいのか”

その「原点」を、自分自身が少し見失いかけていたのかもしれません。ここ最近、僕は「障害者の居場所づくり」というものについて、色々と考えていました。きっかけは、実際にベクトルズの会員から言われた言葉です。

「内田さんに誘われてベクトルズに加われたおかげで居場所になった。もし誘われていなかったら、今でも実家で親にも障害理解されないまま孤独感にさいなまれながら引きこもっていたと思う」

その言葉は、社交辞令ではなく、本当に嬉しそうに、安心したように話してくれたものでした。僕はその時、とても嬉しかった。

そして別の会員からは「ベクトルズは、障害者による障害者のための居場所づくりをしている」とも言われました。

確かに、結果としてそうなっている部分はあると思います。

実際に、
 ・居場所になった
 ・孤立を脱せられた
 ・リアルの友人が増えた
という声も出ている。

だったら、障害当事者団体ベクトルズは「障害者の居場所づくり」を目指していくべきなのではないか。そんなふうに考えるようになっていきました。そして、その延長線上で「事務所兼コミュニティスペースを作れたら」という構想も思い描くようになりました。

ですが、最近になって、自分の中でどうしても拭えない違和感が大きくなってきました。その違和感の正体が、ようやく分かりました。僕は、別に「障害者を救いたい」と思ってベクトルズを立ち上げたわけじゃない。「障害者を支えたい」「居場所を与えたい」と思って始めた活動でもない。

僕の原点はそこじゃない。僕がやりたかったことは「障害当事者同士で、一緒にやりたいことを実現しながら生きていくこと」だったんです。もっと言えば「自分にも社会的存在意義がある」と実感できるような活動を、みんなで形にしていくこと。それが原点だった。

だからベクトルズには、
 ・講演会
 ・ラジオ配信
 ・コラム執筆
 ・書籍出版
 ・デザイン制作
 ・SNS発信
 ・イベント企画
など、色々な活動があります。

それらは「福祉サービス」ではありません。「支援メニュー」でもありません。みんなが「これやってみたい!」という気持ちを持ち寄って、実際にやってみる活動です。

そして、その活動の中で結果として、
 ・居場所になった
 ・仲間ができた
 ・孤立感が減った
ということが起きている。

つまり、「居場所」は目的ではなく結果なんですよね。ここを、僕自身が途中で少し履き違えそうになっていました。もちろん、ベクトルズを居場所だと感じてくれている人たちの気持ちは、僕にとって本当に大切です。それは否定する必要のない、尊重すべき感情です。

ですが、だからといって、ベクトルズそのものを「居場所提供団体」に変えてしまうと、何か違う。そう感じる自分がいました。僕は、障害者を「支援される存在」として集めたいわけじゃない。「一緒にやろうぜ」と言いたいんです。

受け身で守られるだけではなく「自分も何かをやれる」「自分も参加できる」「自分にも役割がある」そう実感しながら生きていける場。それが、障害当事者団体ベクトルズの原点なんだと思います。

だから今後もし、ベクトルズに「繋がり」や「居場所」を求めて入会する人が現れたとしても、ただ受け身でいるだけでは、思っているものは得られないかもしれません。なぜなら、ベクトルズは「サービスを受ける場所」ではなく、「一緒に活動する場所」だからです。

僕は、障害者の居場所づくりをしたいわけじゃない。結果として居場所になっていくことは、とても嬉しい。でも原点はそこではない。障害当事者が、自分たちの「やってみたい」を実現化していく中で、「自分にも存在意義がある」と実感しながら生きていく。

その活動共同体であり続けたい。
それが、今の僕の原点回帰です。

以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事 内田貴之
「一般就労が難しいなら選択肢は作業所だけ」みたいな社会にはしたくない [2026年05月14日(Thu)]
障害当事者団体ベクトルズの内田貴之コラムです。

「“仕事”って、会社だけですか?」というテーマで、障害当事者団体ベクトルズで現在力を入れ始めている「デザイン制作サポート事業」について趣旨や考え方を話してみる。

事業名を見ると「デザイン制作を請け負う事業なんだな」と思うでしょう?実際その通り。地元企業と業務委託契約を交わして、チラシ制作や画像制作・映像編集などデザイン関係のサポートを行なっている。契約書にも「グラフィックデザインや映像編集等のスキルや経験を活かし、双方の発展に資することを目的とする」と書いてある。

ただ、障害当事者団体ベクトルズとして本当にやりたいことは、単なるデザイン業ではない。

障害当事者団体ベクトルズは「会員それぞれの得意分野を、様々な場所や形で発揮していくこと」それ自体が、障害者福祉の促進に繋がると考えている。

つまり「障害者だから支援を受けるだけ」ではなく「社会の中で、自分の得意分野を発揮する」そういう実感を持てることが大切だと思っている。

僕自身は複数の団体に関わっているため、イベントチラシ・SNS用画像・開催後写真つきレポートなどを作ったり、そういう形でデザインスキルを発揮する場所がある。でも、そういう環境にいる障害者って、実際どれほどいるんだろう?とも思う。

例えば、就労継続支援B型などでPhotoshopやIllustratorを学んだとしても、実務案件があるかどうかは、その作業所が仕事を受注できるかに左右される。つまり「スキルは身についた。でも発揮する場所がない」という人も、実際かなりいると思う。

だから障害当事者団体ベクトルズでは「一般就労が難しいなら、選択肢は作業所だけ」みたいな社会にはしたくない。

企業へ就職する形だけじゃなくても、
 ・業務委託
 ・プロジェクト参加
 ・得意分野ごとの関わり
そういう形で社会と繋がれる道があっていいと思っている。

もちろん今はまだ「デザイン制作サポート事業」という形なのでデザイン系が中心。けれど将来的には、障害者それぞれの得意分野に合わせて、もっと色々な仕事や関わり方ができる組織にしていきたい。

ただ、ここで誤解されやすい話もある。

現在、企業から頂いた報酬は、その仕事を行なった本人ではなく障害当事者団体ベクトルズの活動資金になっている。これだけ聞くと「搾取では?」と思う人もいるかも…。

障害当事者団体ベクトルズが今まず目指しているのは「会費・助成金・寄付金だけに頼らず、事業収益でも活動できる組織になること」。つまり、まずは組織として自力で継続できる基盤を作る。それが現在の第一目標である。

もちろん将来的には、障害当事者団体ベクトルズを非営利型一般社団法人にすることを組織の叶えるべき夢としており、きちんと本人への報酬として還元できる形を目指している。

障害者福祉ってどうしても
 ・支援する側
 ・支援される側
だけで語られやすい。

でも僕は「得意分野を社会で発揮して、そこに価値が生まれる」そういう関わり方も、もっと増えていいと思っている。



以上
障害当事者団体ベクトルズ
代表理事兼相談役 内田貴之
Posted by 内田 at 10:56 | 内田貴之コラム | この記事のURL
| 次へ