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自分にとって「生きやすい場所」で生きていけばいい [2026年08月23日(Sun)]
みなさんこんばんは、お元気ですか?
障害当事者団体ベクトルズの蓬生さつきです。
(ペンネーム:すもも)

昨日、「相模原障がい者施設殺傷事件から10年―私たちに『今』問われているのは何か―」という講演会に行ってきました。第1部は、疲労のためうまく聞くことができませんでしたあせあせ(飛び散る汗)第2部の問題提起は非常に聴きやすく、いろいろと考えさせられる内容でした。

2016年は、障害者差別解消法が施行された年です。

それまでは、「障害のある子どもは、特別支援学校や特別支援学級に通うのが当たり前」とされていたのが、「子どもや親の意見を大切にしなければならない」と変わり、「障害のある子どもとない子どもが一緒に勉強できるようにする」とも決まりました。

しかし、その数百日もしないうちに、あの事件は起きました。相模原事件です。

法律が変わったことで、普通学級に通う障害のある子が増えるかと思いきや、その逆で、特別支援学級に通う子は10年で2倍、特別支援学校に通う子は1.3倍に増えたそうです。今、学校に行きたくない不登校の子どもも増えてきています。小学校ではクラスに1〜2人、中学校では2〜3人いるのが当たり前という時代です。いじめについても、年々増えているとのことでした。

ここで、私たちのところにもつい先日、10代の自殺の現状について取材依頼が来るほど問題視されている「10代の自殺」についても、グラフが紹介されていました。そして2012年には、それまで「ゆとり」とされていた教育から、成績を重視する学習指導要領が始まりました。

登壇者の竹村さんは、「成績」にこだわり、「できる」「できない」で子どもたちに順番をつける今の学校と、相模原事件の犯人による「障害者は生きる値打ちがない」という考え方は、どこかで繋がっているのではないか?と考えたそうです。

特別支援学級・特別支援学校に通う子どもが増えているとしたら、それは親が望んだことなのでしょうか?本人が望んで選んだことなのでしょうか?

話を聞くと、

親御さんは「本当は普通学級に一緒に通うのがいいと思う。でも、今の普通学級では通わせたいとは思えない」と言います。そのためには、「成績」や「順番」ばかりを大切にしている今の学校を見直さなければならない。普通学級が、「どの子も安心して通える場」「共に学び、共に育ちあう場」に変わることが大事なのではないか?

そのようなお話でした。

インクルーシブ教育の「インクルーシブ」とは、風呂敷のように「包み込む」という意味です。昔の学校はスーツケース型で、きちんと折りたたまれて収まる子どもが良いとされていました。一方、風呂敷型の学校は、丸でも三角でも、尖っていても歪でも、そのままの子どもを包み込みます。それによって問題が起きたとしても、その都度みんなで一緒に考えていくことができれば、世の中はもっと良くなっていくのではないでしょうか、というお話でした。

ここからは、あくまで私個人の意見になります。

私は、特別支援学級は必要な場所だと思っています。無理に普通学級へ通うことで本人や周りに負担がかかるのであれば、特別支援学級を選んだほうが、本人にとっても楽しいのではないかと思うからです。私は、教育は楽しいものだと思っています。

楽しくなければ何も始まらないので、まずは入口を広くしてあげることが、大人のすべきことなのではないかと思っています。

大人の世界でもそうです。中途半端に精神科にかかって薬をもらいつつ、闇雲に一般就労するよりも、しっかり「障害」という認定を受け、就労継続支援B型・A型や就労移行支援を利用しながら就労していくほうが、安全かつ安心して働くことができると私は思っています。

遠回りするかもしれないけれど、それが一番生きやすいと思っています。でも私は、障害者だからといって驕りもしませんし、引け目も感じていません。私は私なのですから。

自分にとって「生きやすい場所」で生きていけばいいのです。

ここで、私の中学校時代の話をします。

私は中学2年生のとき、保健室登校をしていました。不登校から抜け出してからの一歩でした。不登校の最終地点は、元のクラスに戻ること。そのため、親は一日でも早くクラスに戻れることを期待していましたが、私は保健室登校のまま中学校を終わらせても良いと思っていました。

ですが、「高校受験」という目標ができたので、それに伴って勉強や出席日数も気になるところ。めっちゃ頑張ってクラスに戻ったのに、いじめに遭って散々な中学校生活でした。今思えば、そんなに頑張らなくたって、勉強できたし、高校にも入れたし、卒業もできた。

なんであんなに、クラスに戻ることばかり考えていたんだろう。無理してクラスに戻って、いじめで死んじゃう人もいるのに。私も、担任が私のことをちゃんと見てくれる人じゃなかったら、死んでいたかもしれない。

無理に普通になる必要なんかない。
抜け道に逃げることは、悪いことなんかじゃない。
楽に生きることは、恥ずかしいことじゃない。

障害者だろうが、不登校だろうが、いじめられっ子だろうが、大切なのは「自分らしく生きること」。これが大事なんじゃないかと、私は思います。

今回は会場が旭川だったので、行き帰りに道の駅へ寄り、たくさんお土産やお供え物を買って帰りました(´ω`)お昼に食べた旭川ラーメンも美味しかったです(o^^o)

以上

障害当事者団体ベクトルズ
障害当事者会員 蓬生さつき
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