退院後の二週間。
[2023年11月20日(Mon)]
![IMG_5054[1].jpg](/vamos-yoquita/img/IMG_50545B15D-4ae48-thumbnail2.jpg)
モンセラット修道院の黒いマリア様。
雲海を楽しんだ後、朝一番に拝みに行きました。
てか、そんな早朝に訪れるのは私だけ、、
では。退院後の二週間。
振り幅が大きかったです。。
退院後すぐに、39℃の熱で大変だったけど、
結構、早く復活してボチボチの生活。
すっかり元気、というわけではないけど。
幼なじみが地元から三人きて、、
夏に決めた約束なんだけど、、
食べることが大好きなこのメンバーで
上海蟹を食べようぜい!と言う約束の日。
退院できてよかったよ〜。
てか、、三日間、すごい食道楽三昧。
お腹にたまり始めた腹水と、癌細胞のおかげで
大飯食らいの私が6割ぐらいしか食べれなくて
何か、寂しいよ、、と思っていたが。
この三日間は彼女らと食べに食べて。
自分でもビックリするぐらい食べた。
それがいいのか悪いのか。
以前の自分の9割はいけた。
その時の写真、タブレットに送ってくれたけど
今、タブレット使えないのでそのうちに。
私が昔から行きたくて、でも一人では行けない、
そんなお店を予約して行きました。
食道楽最終日、実はその日が主治医の診察日、
そして抗がん剤投与の日だったんです。
夜21時前には終わるから、予約時間を遅めにして
何がなんでも食べに行くぞ!と思っていたが。
一か月ぶりに会う主治医は、、、
初めて、お腹見せて、と。
それを半年前にやってほしかったです!
そしたら、、もっと違う状況になってたかも。
わ、腫れてるし、赤くなってるね、と。
そしてこれまでのCT画像を出して、、
「お腹の中、癌細胞でいっぱいだ〜。」
って、、なにそれ!いっぱいにしたのは誰だ。
ごめん、早く気づけなくて、とか絶対言わない。
医療側としてはそうなんだろうけど。
聞いてると空しくなってきます。
急にお腹周りが大きくなってきました。
だから体重測定がもうあてにならない。
妊婦さんぐらいになったら腹水抜くのかな。
哀しいです。お気に入りの洋服が入らない。
大好き過ぎて、着ないで飾ってるワンピースや
これまた大好きなジーンズ。もう無理。。
毎日同じものを着てるので、、
マタニティショップに行ってみようかと。マジ。
着たいものは買ったその日から着る。
食べたいものは食べられるうちに。
行きたいところは行きたいときに。
こればかり書いてる(笑)
食器も!大好き過ぎて使えない私。
使わずに100均の皿とか使ってたり!
こんな性格の自分を心から呪う。
話は戻り。
この日の血小板、、なんと、激下がり。
入院中にやった抗がん剤から一週間で、、
なんと、半分になってた。
「これ、危険水域だから。
どこから出血するかわかんないよ。
輸血必要かなあ。明後日もう一度測りに来て。」
と、衝撃の主治医のひと言。
げ。明日は山口に行くつもりで航空券買ってある!
が、、絶対に無理、輸血の必要があるから、
地元に帰るのは諦めて。と、言われて、、
「地元の病院で、これからはスムーズに診療できて
輸血も出来るよう、紹介状書いてあげるから。
でも、今週はダメ。」だってさ。。
諦めました、、航空券すぐキャンセルしました、、
最悪です、、いろいろ。
でもその後、幼なじみが待つお店にかけつけ、
超美味しいものをたっくさん食べてきた(笑)
二日後、もう一度採血して、、
血小板、二倍になってました。ホッ。
輸血は免れた、、
その翌日は大腸内科の主治医の診察、
そしてその午後は膠原病・リュウマチ内科。
大腸内科の先生はちょっと不思議ちゃんですが
一応、助教授さまなので、、
座った後、、二人とも無言。。
で、私が「むふ。」と笑ったら、
先生も「むふふ。」
「元気そうですね、、」
「大変だったわりには、」
「みたいですね、、」
チェックポイント阻害剤の副作用では
私の場合、「潰瘍性大腸炎」の悪化があるけど
この先生にそれを診てもらっていて。
でも、先生的には、、
「まあ、それも稀です。一部ですよ。」と。
そっか。。今んとこ便秘も下痢もないしね。
もし、悪化の兆候出ればステロイドの薬を処方、
それで落ち着くと思いますよ、と、、
ステロイド。ノーモア!ステロイドなんだけどな。
あまりに会話が単調なんで、知りたかった質問を。
「チェックポイント阻害剤「イミフィンジ」の投与で
もう効かないとわかってるシスプラチンも一緒に
投与するのは何故?意味がわからない。」
「イミフィンジは免疫力にアプローチし、スイッチを
入れるお薬で。抗がん剤は癌細胞を直接攻撃する。
なので、、イミフィンジだけでは心もとない、、
てことじゃないかな、と。」
「シスプラチン、もう効かないのに?」
と聞いたら、、う〜ん、と黙ってしまった(笑)
血小板が危険水域らしい、と言うと
それだけ副作用が出てるってことは、、、
効いてるってことですよ。
そうか、、血小板の激下がりは副作用。。
そう思えば、ちょっと救われる、、
次は「膠原病・リュウマチ」内科へ。
入院中の採血でちょっと引っかかった所を
細胞診に出し、その結果を聞きに来た。
やはり、一つだけ、数値が陽性だったと。
でも、自覚なく検査もしない人でもでる数値で
今は全く心配することはないですよ、と。
朝起きて、五分ぐらい手が開かなかったり
指先が青白くなったらまた受診してください。
そう言われました。まあ、良かったかな。
実はこの数日、、夕方過ぎると、全身の痛みが。
痛みが10秒ずつ移動するんです。
あ、痛!と腕を押さえたら、瞬間もう太ももに。
痛いところがどんどん変わっていくという現象。
その上、微熱も続き、高熱も一日一回。
おかげで全く眠れず。お腹の痛みもあって。
1時から朝までずーっとうなって起きていた。
薬が効かなくなったのか、、え、もう?
でも全身の不思議な痛みが気になるので
先生に聞いてみた。
「関節であればリュウマチ系が考えられるけど。
今聞いた話では、全く違いますね。なんだろ。」
と言う答え。そうかあ。なんなんだろう、、
もう夜寝られないのが辛くて。三日は寝てない。
神経かも。。
以前、左手首を骨折した時、数日後からは
左手首も痛くなってきて、、先生に聞いたらば、
錯覚みたいなもんだ、と言われた。
今、脳のなかで伝達経路?が混乱していて
間違った情報を全身に伝えてしまうってやつ。
これは私の見解ですが(笑)
しかし、この数日、全く食事ができず、、
ゼリーと飲料水だけで、、
作っておいたカレーを全く食べれず(泣)。
でも昨日ね、夕方にすっごい悪寒が襲ってきて。
頑張って湯たんぽを作って布団をかぶり。
一人で、声に出して、あったかいぞー!
辛いぞー!助けてくれーーって!叫んだ。
:;(∩´﹏`∩);:可哀想すぎる私、、、
知らないうちに高熱になったんだと思う。
汗びっしょりで湯たんぽ投げて靴下投げて。
体温計は40℃。本当にキツカッタです。
疲れたんだと思う。その後すごく寝た。
熟睡出来て本当に嬉しかった〜。
身体はもう疲れ切ってるんだろうな。
薬の量も五倍ぐらいに増えたし、、
うなされながらいっぱい祈ったよ。
もう痛いのも熱も嫌です、って。
血小板上がって、飛行機に乗せてください!
声に出して叫んでた、、
今日は一日楽だったので、部屋の大掃除。
食事も出来たし、、ホッとした。
なんかね、辛い日は、もう抜け出せないかも、
そんな風に思えてしまいます。
だからこんな風に身体が楽な日は、
どんな日より有難い。。
明日は、、また主治医の診察、そして治療日。
どうなるんでしょうか。
内科と外科と形成外科
[2023年11月16日(Thu)]

懐かしい風景。
夜が明けたばかりのモンセラット修道院。
雲海の神々しさに、本当に感動した。
あの時も体調は決して良くなかったけど。。
一人で頑張って行ったんだ〜。
スペインにはとても縁を感じる。
サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の路。
バスクのサン・セバスチャン。
一番行きたいところを残している。
行きたいとこは行きたいときに。
食べたいものは食べられるうちに。
会いたい人には会いたいときに。
人生の鉄則だな。
余談は終わり。
入院中にちょっと興奮した?怒りまくった?
ある日の出来事を簡単に。
まさか、最初は腫瘍だとも思わずに。
取ってもらうつもりだった「膿瘍」なるもの。
それが入院の目的だった。
が、、事情がどんどん変わっていく。
サンユン先生が外科と形成外科と組んで診ていく、
そう決めた日から、なーんか状況はややこしく。
外科って忙しいじゃん?
ばっさばっさと切りまくるのが彼らの本分。
(私のイメージでござる。)
朝、突然外科医、登場。つうても多分インターン。
彼曰く、カンファレンスでよく話し合い、
後日、また結果はお知らせします、、
と、悠長なことを初対面の私に言い放った。
後日とは?いやいや、入院中にやってもらわんと。
どういうこっちゃよ?と思っていた矢先。
数時間後、今度はどやどやと結構な人数で、、
若い外科のインターンたちが私のベッドへ。
その時、たまたま担当ナースもいて。。
二人で目を見開いた。
彼らはどんどん作業を進めていって、、
シートを敷こう、とか言ってる。
まだカンファレンスもしていない状態で、
私の腹を切るつもりだったのだ〜。
流石に私も抵抗、え、ここで??切る?
「じゃ、処置室行く?どっちでもいいけど。」
と、、( ゚Д゚)、、むむむ。
あの王子の品格とは全く違う、その無神経さ。
私も抵抗する。
「局所麻酔打つでしょ。私、この部屋で叫びますよ。」
「じゃ、処置室?どっちでもいーんだけど。」
「さっき、外科の先生来て、後日、って言ってたけど!」
と言う私の言葉は無視。
もう切る気満々で。作業を進め、、
驚いたことに!手袋使うかどうかを話し合ってる。
まさかの発言。信じられん。
おい!このご時世、手袋、必須だろ!( ゚Д゚)!!
そこに、サンユン先生が登場、現場の様子をみて
口開けて、ぽか〜〜〜んと。
担当ナースが、先生を隅に連れていき、
「先生!皆の言ってることが違ってて、
ヨキータさん、混乱してます!」って(笑)
ま、結局、その場で、私のお腹に局所麻酔。
腫れている箇所におもむろにブスッと鍼を刺し、、
不思議な色の液体を摂取したのでございます。。
ナースは私の足をさすりながら、
私、ずっとここにいるから!大丈夫よ!って。
その液体を眺めて、外科医さんたちは
「きれいだから、悪いもんじゃないね。」と。
ま、細胞診に出しときます、と。
そして風のように去っていった、、
デリカシーなさすぎる〜〜〜。。
久しぶりにムカついたが、、
でも、まあ結果論だが。それをやってくれたことで
その液体から出た結果が、実は癌だった、って、、
早めにわかったんだけどね、、
「あーいうイケイケの血気盛んな外科医、無理!
忙しいから、さっさと切って終わりたいんだよ。」
という、私の暴言に笑いながら、、
ナースは「サンユン先生のお口あんぐりも笑えた!」
と、二人で笑いで済んだので良かったが、、
その後、今度は形成外科の先生が来られて、、
彼の説明が一番、理に適うようで。分かり易かった。
なるほど、そういうことなのね、って。
サンユン先生は夜、来られて。。
「今日はごめんなさいね。ビックリしたでしょう。」と。
でも、、面白かったけど(≧▽≦)、、、
こんな事件でもないと退屈過ぎて〜、って。
実際は、この日から最悪な状況が続くことになったけど。
膠原病リュウマチ内科
[2023年11月15日(Wed)]

この日、けっこう美味しいじゃんって思って。
写真撮った気がするな。
さて。月曜日、退院直前の話。
サンユン先生の言う事ちゃんと聞いて。。
膠原病、リュウマチ内科の先生に診てもらう。
採血結果からありとあらゆる可能性を引き出して。
私がどういう病気を呼ぶ可能性があるかを診る。
(イミフィンジの抗がん剤で。)
いくつか、、引っかかってました。
数値はまだボチボチなんだけど、高め。
四つぐらいあったかな。
これぐらいなら、大丈夫。
気づかずに普通に暮らしてる人もいるし、、
でも敢えて。将来の可能性として、、
シェーグレン症候群とか出ていたよ。。
なんか聞くよね、これ。
↓
シェーグレン症候群とは、
免疫のバランスが崩れることによって
涙や唾液を産生する涙腺・唾液腺などの臓器を攻撃、
ドライアイや口腔乾燥(ドライマウス)を主にきたす。
全身の関節、肺、皮膚、消化管、腎臓など
さまざまな部位にダメージが及ぶこともあります。あー。もう細かいことは考えたくない。
引き起こすものが多すぎるぞ。
内科医の先生がベッドまで来てくださり。
沢山問診をして、、まあ、ほぼ私には関係ない感じ。
家族にリュウマチのひともいないし。。
手がこわばることもないし。
酒、たばこ、関節の痛み、赤いほっぺ、
冬になると指先が白くなる、、などなど。
どれも該当なし。
まあ、唯一ドライアイはあるんだけど、、
ドライアイの人は普通にいるから、、
後は立った状態で関節とか触りまくられる。
「いい関節!むくみもないし、皮膚もいい感じ。」と。
私、踊りやってるので、と足首をぐるぐる回すと、
先生、驚きまくってた。すごい〜、って。
特に治療するものはなさそうです、と。
でも今、私の血液を検査にかけてるらしくて、
その結果を聴きに行くことになっています。
病気はあれど、それ以外はめっちゃ健康な私?
なんだかな〜、って感じよん。
夜、サンユン先生が来られて、、
なんと、血小板が、、下がりに下がって。
土曜日に治療した時の半分になってると。
は、半分、、( ゚Д゚)、、死ぬやん。
抗がん剤やったからだよね、、先生曰く、、
予定通りにこれからの治療は進まないと思う、
抗がん剤は、延期、延期、になると。。
それでも難しければ、、あの、、骨髄検査か??
やだ、もーーーー。
やっぱ、今のうちに美味しいもの食べておかねば。
テレビで「孤独のグルメ」観ながらヨダレが。
五郎さん、アフガニスタン料理を食べていた。
それが、、マジで美味しそうで。
ヨダレ垂らしながら、まずい病院食を食べてた。
行くぞ。この店。
ご無沙汰してます!
[2023年11月10日(Fri)]

友人からまわってきたインフォメーション。
気を遣ってくれたのかな?歌之助さん。
私のところには来てなかったぞ。
一年ぶりの「独演会」のお知らせです。
12月1日の19時開演のようです。
今年最後の笑い納めですね。
(今年あんまり笑ってないけど〜(*´з`)。。)
体調合わせて、是非行きたいと思ってます。
昨年は、、新幹線がとまっちゃって。
大遅刻も大遅刻の歌之助さんでした。
今年は絶対に落語聴かせて下さいよ〜。
たくさん、笑わせてちょ。
また大勢で伺いますんで。
是非、皆さまも!いらしてくださーい。
ちゅうことで。。
無事、退院しました。火曜日の午後。
ずいぶん、ご無沙汰していたのは、、
状況がなんともややこしくなってしまったし。
それと、タブレットが壊れてしまって。
一か月の入院生活で、、、
タブレットがないのは何とも不便。
通信もできず。配信ドラマも観ること叶わず。
最悪やった〜〜〜。
ちょっとなんか調べたくても、お手上げって辛い。
そして、、今回は、、想定外の事ばかりで。。
私はもう家に帰ることできないのかも、、と。
本気で覚悟しました。辛いことの連続。
先生的にはもっと検査したがってたけど。
いや、もう充分ですわ、、と。退院しました。
退院翌日は、仕事で東京にいる姉とランチしたけど
すっごく美味しく食べられて。シャバの味や!って。
でも、、かなり歩いたせいか、、
帰宅後、、いやな予感。早々にベッドイン。
ものすごい悪寒と高熱でうなされて、、泣いちゃう。
40℃切れるぐらいかな。悪寒の方が辛かった。
二度ほど、吐いて。。楽になったけど。
なんか寂しくて。母親に電話したら、、
具合が悪いのはわしのせいか!って怒鳴られました。
最近、母は精神的に不安定で、、寂しいんだろけど。
痴呆も進んでいるんだろうな、と思う。
そばにいてあげられなくて、申し訳ないけど、、
熱でうなされてる時に怒鳴られると、とても悲しい。
翌日のフラメンコも諦めました。
一徹先生は、会いたいから明日行く!って。
何度もメールくれるんですけど、、有難いけど。
また次回にしてもらいました。
この10日間のいろんなこと、備忘録的に
少しずつ書いていこうと思います。
ワケわからん。
[2023年11月01日(Wed)]

ワケわからんのは大谷くんの事ではない(笑)
ハロウィンコスプレ、スゴいことさせるよね。
ユニコーンだって、、( ̄▽ ̄;)
もうね。私も混乱気味なんす。
わけがわからん状態よ。
思い出しつつ書くね。。
それが、、事態は思わぬ方向へ。
結局、血小板は上がらず。
抗がん剤はできなかったんだけど。。
じゃ、退院だな!と思っていたら。
待てど暮らせどドクターはこない。。
イライラ。マジで帰ってやろうかと!
夜、、ドクターが来て、、
戦慄のひとことを。。
血小板の上がり方がこうも緩やかなのは、
他に原因があるのではないか?と。
で、明後日、血液内科を受診して貰いたくて。
なんと。血液癌の恐れ、、
はあああああ?(○_○)!!
そして骨転移の検査もしたほうがいい、と。
さすがの私も。身体が硬直、、
こんなのって。あまりにひどくない?
看護師、飛んできた。
「ヨキータさん!先生に聞いたよ。
大丈夫?」うん、大丈夫、と答えると、、
「大丈夫なわけないよ。」と私の肩をつかみ、、
看護師二人、ショックで涙浮かべてた。。
おいおい(´Д`)、、
「こんなに頑張っているのに!」って。。
ありがたいわ、、私の為に涙浮かべて。
「今回の入院、ヨキータさんにとって辛かったね。
本来は「膿み」を取る目的の入院で、、
それがどんどん状況が変わってしまって、、」
さすがに先生の話を聞いてる時はガビーンって。
ショックで話がよく理解できなかったけど。
看護師さんと話してる頃はもうスッキリ?で。
ま、とりあえず言われたことやってくよ〜、
そんな感じ。。(´Д`) 立ち直り早し。
ちょうどその日、NiziU の韓国デビューの日で。
充電なくなるまでずっとYouTube観てた。
夜が明けると厚い雲に覆われてたけど。
隙間から青い空が見えて。それがとても美しく。
チベットでみた真っ青なヤムドゥク湖、チチカカ湖、
マチュピチュの夜明け、トスカーナの朝露の葡萄、
いろーんな風景が次々に浮かんできてね。
私、見たいもの、全部見てるかも!
じゃ、もうばっちしじゃん。って思えちゃった。
そして、、コロナの年に逝ってしまった先輩は
骨転移してようが脳に転移してようが、
垂れてしまう左側の顔を眼鏡でつり上げて、、
何て事ないわよ〜!って。
舞台で二曲も踊ってたもんね。
私にはスゴい先輩がいたんだもん。
負けられないよね。。
それでも熟睡できる自分がこわい(笑)
看護師が、、お気楽過ぎる私に、
「尊敬してます!」って言ってくれた(^-^;
今日は1日検査です。その後もいろいろ。
骨シンチの注射。。放射能?入ってるって?
ゲロゲロっすわ。。(´Д`)
そっちの方がこわいぞ〜(@_@)
フラメンコの忘年会行けなくなった。。
タブレットも、もう駄目になりそう〜( ω-、)
なんか良いこと起これ〜。