CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

ヨキータの哀愁日記

ジプシーの血たぎる(妄想)
私ヨキータの人生は
流れ流れてどこへ漂着するのでしょう。
チクチクもの哀しくて、だけどサクっと笑える日々を綴ります。


プロフィール

ヨキータさんの画像
<< 2020年05月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新記事
リンク集
https://blog.canpan.info/vamos-yoquita/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/vamos-yoquita/index2_0.xml
退院はしたけれど。 [2020年05月04日(Mon)]
IMG_20200429_091230_copy_832x624.jpg


無事、、母は退院致しました。


手術代やら諸々、、高いですね(☉。☉)〜。

国からの給付金、いただく前に使っちゃった母、、

ま、、いっか(笑)


病院からそのまま馴染みの美容室に直行、

気持ちよさげにシャンプーしてもらってました。


お花が大好きな美容室の先生〜。

とっても素敵でしょう!!!


IMG_20200429_091224_copy_832x624.jpg



去年、ひたち海浜公園のネモフィラの写真見せたら

すっごく羨ましがっていた先生ですが、、なんのなんの。


「ヨキちゃん、見て見て!」って。。

お店にはこんな素敵にネモフィラが咲き誇ってて!

わあ!!って。ビックリしました。


お花を育てることのできる人、尊敬します。

私、お花大好きなんだけど。。枯らしてしまう。


話は戻ります。。。

病院では、例の素晴らしい先生に退院前にお会いして

納得のいくお話を伺ってきました。

面会は不可でしばらく母の顔も見ていなかったけれど

なんと面会室に母も呼んでくださった。


久々に見る母の顔。お互いに手を取り合って、、

痩せてしまった母の姿に泣きそうになりました。


なるべく早く退院したいと母は言ってたけど、

便が出て出血しないのを先生が確認したいので、

とりあえず最初の便を待ちましょう、とのこと。


時間かかったけど、出血してる憩室をやっと見つけて

ゴムで処置した様子を図解付きで丁寧に説明して下さり。

とにかく最初のウンチ次第!だと。


ほーんと良い先生でありがたいです(泣)


そんなわけで、、

その最初のウンチがめでたくお目見え。


退院できたのは良いですが。。

いつもの入退院より、ずっとダメージ大きいです。


身体もペッチャンコ。精神的にもぺっちゃんこ。

気力も衰え、、言ってることが定かでなかったり。。

私に辛辣な言葉を吐いたりもします。


でもね、、この年齢で必死に耐えてもがいてる姿見たら、、

たしなめる気にはなりません。。

私もそりゃ、人間出来てないから(笑)情けなくなったり。

どうして?と思ったり。。


でもそこは!!

100%、受容、です。それに徹するしかないのです。

言って聞かせる時期はもう過ぎていきました。

それがわからない人もいるんだけど、、


こうしてそばで母に寄り添える幸せをかみしめています。

生きているからこそ、叶う親孝行、ってやつです。


罵られても?叩かれても?

おかあちゃーーん!って、甘えに行きます(*^^*)


3度の食事。お風呂、一緒に横になって、天井見上げて

ひたすら昔話を聴く時間。アクティブリスニング!

(カウンセリングの勉強してて良かった。)


そして、頭が痛いときには軽くヘッドマッサージ。

(施術者で良かった。)


母の大好きなスイカをスーパーで見つけたら嬉しくて。

今夜はきっと喜んでくれるな〜(^o^)、って。


まだまだ母の体力は戻りません。

時々、いろいろな事を危惧して泣いています。


母を完璧には救えません。こんな親孝行?な私でも!


自分の人生をどう締めくくるか、って、、

やっぱ最後は自分なんです。


母がうまく自分の人生に折り合いをつけて、優しく笑って

この世を終えてくれれば。本当に嬉しい。


私はそれをフォローする第一号、みたいなもんだから。


東京のことが気になりますが。。


私の最後はまたスナフキンにように、何処かを

一人さすらって終わるのも良いな、、



屋上のヴァイオリン [2020年05月04日(Mon)]
Screenshot_20200420_090123.jpg



少し前の記事ですが、、心に残りました。

ストラディバリウスの音色が、、

モリコーネの調べが、聴こえてきそうな。1枚です。


バイオリンの世界的名器を生んだストラディバリが

17〜18世紀に活動したイタリア北部クレモナで

バイオリンの調べが響き渡った。


新型コロナウイルス患者への治療の最前線となっている

病院の依頼で、日本人バイオリニスト横山令奈さんが

病院の屋上から演奏、医療従事者への感謝と、

患者たちが再び音楽や芸術を楽しめる日が来るよう

祈りを込めたという。


横山さんは高校卒業後クレモナに渡り、音楽院で学んだ。

クレモナの「バイオリン博物館」で、

数億円の価値があるという展示楽器の音色を

訪問者に聴いてもらう演奏会で、演奏を任されている。

今回、病院側が地元の町おこし団体に声をかけ、

横山さんに、白羽の矢が立った。


クレモナで製作された愛用のバイオリンを手に、

約30メートルの高さにある病院の屋上に立つと、

町のシンボルとなっている高さ112メートルの鐘楼が

夕日を受けて浮かび上がった。

住み慣れた美しい町の情景に感動する一方、

足元に見える病院の敷地には

感染した患者を隔離する白いテントが広がる。

演奏中にも救急車がサイレンを鳴らし、病院に到着した。

演奏が始まると、防護服姿の医師らが窓から身を乗り出し、

バイオリンの音色に聴き入った。

横山さんはビバルディの「四季」や

映画「ニュー・シネマ・パラダイス」で使われた

エンニオ・モリコーネの作品などを演奏した。

曲が終わるたびに大きな拍手と歓声が上がった。


涙、大放出。 [2020年05月02日(Sat)]
IMG_20200501_153712.jpg


旬の筍やフキ。ホクホクの筍ご飯、またまた到着。

ヨキさん、いっぱい食べて、疲れ吹き飛ばして!と。


本当にありがたい。母のお友達。

お味噌汁いっぱい作って美味しくいただきました。


昨日は、、ちょっと哀しいしんどい事があって。

これまでのピーンと張ったものがブチッと切れて。


流石に気持ちが落ちて、一粒涙落とした途端、、

ダムの放流のごとく、子供のように号泣。

泣くのを我慢してたわけでは全然ないのに!


もう、どうしたらいいか分かんないよ、、と

声に出して泣き叫んでいたら。。。


タイミング悪く入院中の母から電話来て、、

またなんか有ったのか!って聞くので、、

違う違う、と言ったけど、、涙止まらず(TдT)。。


母も一緒に泣き出しちゃって。。


あんたがいてくれてここまで頑張れたのに。

ここまで私を長生きさせてくれたのはアンタなのに!


と、、わんわん泣き始めちゃって、、

ヤベー。失敗、、( ̄― ̄٥)

でも二人でバケツ一杯分泣いてちょっとスッキリ。


さっきまで、、死にたいと思ったけど。。

母のおかげで正気に戻った。


母の電話のあと、なんでだか、、

私に電話やメール、ラインがジャンジャンかかってきて。

これって、、ご先祖さまの救急措置??(笑)


東京の友人からも連絡あって、、元気?って。

今日、ミタゾノ、あるよね〜♪というお気楽な連絡。

そう、私達、B級TVから伝統伝承芸能までオタク評論家。


私が泣いてるのバレて、、どした、どした??

と、彼女もビックリ。40分、泣きながらですが、、

話を聴いてくれました。。。

すごく落ち着いてきたよ。


なんだかんだ言って。

私、めっちゃ弱いよね。泣き虫だよね(。ノω\。)

ちゃんとSOS出せてるから、、大丈夫か、、


「皆、心配してくれて、、連絡くれるけど、、

気持ち追いついていかなくて結構スルーしてる、、

こんなことじゃ私のことみんな忘れちゃうなあ。」


って。弱気なことつい言っちゃったんだけど、、


「ナニが何が、なーにおっしゃる!

ヨキさんは私達のコミュニティの中心にいる人じゃん!

みーんながヨキさんのこと大好きなのに!

あり得ないから〜!」と笑い飛ばしてくれた。


「早く東京に戻っておいで!」という言葉に。。


涙がドドド〜!と、またまた吹き出しちゃって。

幼稚園児か、、。゚(゚´Д`゚)゚。


癌の宣告受けて、、会社で初めて彼女に伝えたとき、、

一緒に泣いてくれて、、

ずーっと背中をさすってくれた友人。


そして、そんな友人が全国にたくさんいてくれるので。

私はやっぱり大丈夫だね。。


2020という年は。。どの人もそうなんだろうけど。

それぞれ蓋をしていた問題を表面に出されて。

これでもか、で、どうするノサ!と、、

ナイフで突きつけてくる、そんな感じ。。


私は逃げないよ!今までのように。

問題はすり替えない。

でも。方法は180度変えるかもだけど。この際。

堂々と生きてく。


TVを泣きながら見てたら、、コロナの特集で。

重篤の感染者に対応する病院のリーダー的医師が、

切迫したと病棟の映像とともに、医療従事者らの

今の今、どんなストレスと戦っているかを語っていた。


「出来ない理由を探すのではなくできる方法を探す。」


目が醒める金言。

本当に。それが全ての答えだった。


みんな、一緒に探っていこう!


もうしばらくは泣きません(笑)