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ヨキータの哀愁日記

ジプシーの血たぎる(妄想)
私ヨキータの人生は
流れ流れてどこへ漂着するのでしょう。
チクチクもの哀しくて、だけどサクっと笑える日々を綴ります。


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今日の日はさようなら。 [2020年12月22日(Tue)]
IMG_20201219_090055.jpg


ハワイの猫ちゃんにチョッカイだしてます。


今日、まさにこの時間。

大切なかたが荼毘にふされます。


私もお別れに馳せ参じるはずでしたが。

ここのところの感染者数激上がりで、、、

ご遺族の方に、ご自宅からどうぞ偲んでください、と

そうお気遣い頂いたので、、泣く泣く諦めました。

強行突破したいとこでしたが、さすがに、、

こんな時に連絡して下さったご遺族のお気遣いに

背くわけにもいかず。。。


一徹先生が代表して行って下さることに。

そう、フラメンコの仲間の訃報でした。


私は自宅で、、ブログを書きながらお別れします。

毎日読んでくれていたから、、きっとこれも

絶対に読んでくれてると思うんです。


私たちが親しくなって、、7年ぐらい?

もう20年ぐらい一緒にいたような気がしてるけど。


彼女はすでにその時も癌の治療をされていましたが。

全身に癌が転移しようとも、抗がん剤があうらしく

どのお薬も強い副作用にほとんど悩むことなく、

ずーっと、フラメンコを続けて、いやそれだけでなく、

バイオリン、スペイン語、スペインの文化の勉強、

歌のコーラス、そして楽器クラブにも仲間入り。


歌之助さんツアーにもハワイ、台湾と参加して下さり。

その存在だけで、にぎやかし〜の方でした。


私の友であり仲間であり、姉であり、時には母。

アナタを他人とは思えないのよ!と。

ずっと、面倒を見て頂きました。


時々はメンドクサイひとだな、と思ったりもして。

でも、、真っすぐで直球、裏表一切なく、

私を見守り、世話をして下さったんですよね。


私が長い入院生活を終えた後、声をかけられました。

違うクラスなのですが、顔だけは知っていました。


アナタのことを聞いて、、ブログも読ませてもらったのよ、

他人とは思えないの。私に出来ることなら何でも言って、

そう唐突に言われたのが始まりです。


激やせで退院してすぐに出演した発表会で、、、

楽屋のモニターで私が踊るのを観ていた彼女は、、


「このヒトは今踊っていられる身体じゃないの!

でもほら、こんなに素敵に踊ってる、すごいわ!」

と、デカい声で皆に演説してた、と後日聞いて、、

ナンジャラほい、と思ってた私だが(笑)


毎日、私のブログを読んで、その後も、、、

私の体調が悪いとわかると、突然家にくる(笑)

そして美味しいオカズをそっとドアノブにかけて。


もう何年もそんなお付き合いが続いたのですが。

今考えると、、私はちゃんと御礼が言えたのだろうか。

彼女にこんなに支えてもらっていたのか、と。

今頃、思い知る。後悔だらけなのですよ、、


何よりもこの秋からずっとラインが既読にならず、、

最後のラインの内容が、、、



来年の2月の発表会なんだけどね、

スタジオの10周年だから絶対出たいのよ!

私もその仁義の?女だからさ。そこはね出たい。

だけど、最近の体調では身体がもつかどうか、、

ヨキちゃんが東京にいる間に会いたいわ。

いろいろ話したいの、と、、そういう内容でした。


いいですよ!と、、具体的に話もつめないまま、、

ラインの既読がなくなりました。


既に脳転移、骨転移も。肺、肝臓、、

今年に入り、目が半分潰れて、、足もしびれて、、

光に当たると涙が出て大変、と

黒いグラサンつけて練習を続けていました。


どんな時もリタイア、の文字がない人だった。

私たちはそんな彼女に、、きっと大丈夫だよね、

ずーっとこうして、くらいついて踊って歌って演奏して

旅して集って、逞しくそこに存在するんだよ、と

勝手に信じ込んでました。


どんなに辛かったんだろう、って。

想像力に欠けていた自分はひどいな、と思う。

完全に甘えていました。

ずっと、私のそばで見守ってくれるのだろうと

本気で甘え切ってました。

お金がないなら言ってよ!捨てるほどあるからさ、

そんなことまで言ってくれてた。


こうして書いているだけでもう涙腺崩壊。

私にとってこんなに必要な人だったのだ、

こんな時に思い知るなんて。


この数年、母の介護で苦しんでいるときも。

年寄りを看るってことは自分の自我を捨てること。

100%、受容する、それをしっかり自分で納得しないと

絶対に無理だよ、と。出来ないならやらない方がいい。


私はその言葉で、、ハッとさせられて。

少しずつ、母との関係を変えることが出来たし。

今もついつい、怒りの感情を見せてしまうけど、

でも絶対に、この言葉を忘れないから軌道修正できる。


教職員として、そして福祉のプロとして、

彼女は身をもって会得したツールを私に伝えてくれた。

本当に感謝でしかない。


でも、、もっとそばにいてほしかったんです。

お別れするなんて、本当に考えてなくって。

今、私はその切なさに悶々としています。


長年の教職のお仕事をようやく最近終えて、

ここ数年、彼女は貪欲に遊びました。

キューバには教育支援の旅に出かけたばかり。


スペインには毎年出かけて、現地でレッスンも受け、

めっちゃ有名どころのダンサーと写メ撮りまくって。

ヨキちゃん、観て観て、これ!って自慢大会。


歌さんツアーのハワイ、台湾でも大活躍。

現地の皆さんとの交流に一番活躍した人。


どんな人にもチョッカイだして、

独特なコミュニケーションを繰り広げる。

絶対的なあの存在感。


笑っている顔しか思い出せない、と皆が言う。


治療を続けながら、貪欲に自分の好きな世界に

どっぷりと浸り、歩き、旅に出かけた。


コロナで、、一変したんです。

全身を癌に侵された彼女は外へ出られなくった。

フラメンコも行けなくなった。旅にも。歌も。

学びも、、一切が突然シャットアウトされた。


可愛い愛猫がいるから寝てるのよ、と言っていたけど

誰にも会わず、一人でこもり続ける数か月で

免疫力は相当落ちたはずです。


コロナがなければ、今頃まだ踊ってたはずです。

それが本当に悔しい。


私も今年は、、実家の問題で頭抱えて、

彼女を気遣う余裕もなく。


それでも、、この夏、一度だけ会えた。

歌之助さんが、東京で高座をしてくれたおかげで

彼女に半年ぶりに会えました。


北海道のみかりんと3人で、食事もしました。

こんなに食べられたのも久しぶりよ!

こんなにしゃべったのも!とっても楽しかったわ!

もっと皆に会いたいわ!


そう言ってましたもん。

あの日に会えて本当に良かったです。

歌之助さんに感謝です。


葬儀に行けなくなってしまったので、、、

亡くなる前に作った小冊子にメッセージを加えて、、

一徹先生に託しました。

棺の中のしのぶさんに渡してくださいと。

天国に持って行ってほしくって。


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楽しかったね。ハワイツアー。

発表会直前の渡航だったので、、

どこでもかしこでも、ガロティン踊ってたね。

白人に笑われようとも!踊ってたね。

朝の7時からベランダでもう踊ってる、と

同室の子から苦笑されてたよ〜。


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ありがとうございました。


私の拙いフラメンコをいちばん褒めて下さった。

初めてのデビューライブで

しっちゃかめっちゃかに踊って落ち込んでいた私に

涙目で駆け寄り、、、

こんなソレアが観たかったの!これぞソレア。

すごいわ、ヨキちゃんのソレア、心に響いた!


芸事には目が肥えてお世辞は絶対に言わない彼女に

そこまで言われて穴があったら入りたい、と思いつつ、

凹みながらも幸せだった夜です。


それからも、、もっとアナタは舞台に立たなきゃ、

お金なら出すからさ、絶対踊るのよ、ソロで。


と、、スポンサーにもなってくれたり。

畏れ多いことでしたが。

誰に褒められるより、自慢できることです。


強力な後ろ盾がいなくなって、、、

私はもう踊れる気がしないのです。

そして、そんな私のケツをたたいて、

バカ言ってんじゃないよ!と怒りそうな気もする。


どうかどうか、天国に行ったら、、、

先に行った仲間たちとまた遊びまくって!


アナタの個性は、忘れたくてもきっと無理。

笑って踊って、ただただ真っすぐ生きてきた、

そんなアナタをずっと私たちは覚えてます。


本当にありがとうございました・


たぶんそんなに遠くない未来、、

私も追いかけるよ。


すみません、今日は私の備忘録。

そして、彼女へのお別れの言葉として書きました。


今日の日はさようなら

また逢う日まで

ありがとう



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