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ヨキータの哀愁日記

ジプシーの血たぎる(妄想)
私ヨキータの人生は
流れ流れてどこへ漂着するのでしょう。
チクチクもの哀しくて、だけどサクっと笑える日々を綴ります。


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90歳の恩師 [2020年07月23日(Thu)]
IMG_20200720_174128.jpg


恩師からのお葉書。


当時、私は週に一度、電車に乗って広島へ通い。

イタリア語を学びに行っていました。

日伊協会主催だったので、生徒は数十人いたかな。


スペイン語をけっこうやっていたので、、

イタリア語も習得は速かったですけど、、

スペイン語の単語とごちゃごちゃになることが多く。

よく、先生に苦笑されていました。。。


女傑の先生、とってもクールで手厳しくて。

優しく教えるというよりは、、テンポよく。がんがん!

ボヤッとしてたらわからなくなるし、、、

ドンドン当てられるので、、寝てる暇もなし。


そのレッスンスキルも素晴らしかったけど、、

痛烈な生徒たちへのひと言があまりにも過激で、、

私は先生がなにか言葉を発するたびに大喜びしてた。


当時、どん底にあった私の悩みを打ち明けたのは

この先生だけなんです。そういえば。

いつもと違って、、ただただ静かに聴いてくれました。


その後、先生のおかげで、、イタリアへ行くチャンスが。

心理学を勉強したい、と思っていた私に、、、

それならトスカーナのマリーザのところへ行けばいい、

と、、今にして思えばそこから運命が動き始めた。


マリーザ、というイタリア人の学生がその昔、、、

半世紀はたつかな??( ゚Д゚)

この私の恩師に広島でイタリア語を教えたのが始まり。


その後、日本人の男性とイタリアで結婚したマリーザは

トスカーナの農園で日本人のご主人とワイン造り。

実子、養子合わせてたくさんの子供を育て、、、

麻薬撲滅など、たくさんの奉仕活動を続けていました。


その一つとして、彼らが力を注いだ活動、

不登校児の社会復帰プログラムのボランティアに

私はお姉さん役として、イタリアへ渡ったわけです。


そこからいろいろ人生は動きましたし。

だから、広島の恩師は、イタリア語のみならず、

人生の恩師でもあるのです。


あれから30年近くたちますが。

先生とは連絡を取り続けております。

誕生日が母と同じなので!

忘れることなく、お手紙を送っていますが。。

なんと、、今年、、90歳 になられました。

驚くべきことに。。。

恩師は、、現役です。

今でも現役イタリア語ティーチャー!

ずーっと、一人暮らしをされていらっしゃいますが

電車に乗って通っておられるみたいで、、

本当に尊敬しまくりですよ。


たった一人で90歳を迎える心細さを最近口にされますが

それでも、社会に貢献し続ける自負はおありだと思います。


昨日、いただいたこのお葉書を読んでいたら、、

先生、うちの母に会ったことがあるらしい!

すっかり私の記憶から抜け落ちてます。


多分ですが。

私とイタリアのオーナーが地元で講演会を開催した時。

広島からもたくさん仲間が来てくれたので。

きっと先生も、、いらっしゃったんだな。


こう書かれていました。

初めてお母さまにお会いした折に、

誕生日が同じだと知り、私は少しお姉さんですね、と。

そんな会話をしたこと、今でもはっきり覚えてます、


記憶が抜け落ちてる私としては。ニッコリしてしまう。


「まだ80代のお母様が羨ましいわ。」

そんなことも書かれていた。


あの時代の女性たちのなんと強いこと!

強く美しく、しなやかで!

日本のおなごが、めっちゃスゴカッタ時代だ。


ずーーっと元気で活躍して頂きたい。

母は、、恩師よりも、、ヨワヨワになってるけど、、


一昨日も夜の0時まで、、苦しい、息が出来ない、

夜が怖い、、と、声がもう聴き取れないほどに小さく。

いつものように電話で、大丈夫だよ、と訴えたが。


朝の6時にはまた、息絶え絶えの声で電話が、、

わたくし、、4時間ぐらいしか寝てません、、(T_T)

だから私、太れないのかも、、、


リンゴもすらないと、噛めないぐらい歯が痛いらしく、

食事もあまり出来ていない様子。


今日は理学療法士のリハビリだけど、行けそうにない、

休んで寝ている、、と言っていたけど、


たぶんもう少し時間がたったら、意識もはっきりして、

先生に申し訳ない、と必死で病院に行くんだろう、と、

私ももうわかっちゃっているので、、、


そっか、休んでもいいよ、ゆっくりしときね、と答える。

で、やっぱり、必死で病院に行ってきたらしい。


がんばっちょる。母も。

そばにいてあげられなくてホントに申し訳ない。


私は一体どおすれば、、、

恩師の送ってくださったハガキにある言葉。

「わたしは今 かなり生きてるぞ。」

そんな声が、アッチからもコッチからも。

聴こえてきそうです。


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