12年目のブログ。
[2019年01月30日(Wed)]
「ヨキータの哀愁日記」
ブログを始めて12年です。
これが懐かしき第一回の記事!
↓
https://blog.canpan.info/vamos-yoquita/archive/1
この写真から始まりました!
入院中のベッドから撮った写真。
よく書き続けたもんだな〜。
2843記事ですってよ〜。(≧◇≦)スゲー。
書くことが子供のころから好きだから、
苦になったことがない!
つうか、書くことによって昇華したり救われたり、
ホントに書き続けて良かったなあ、って思う。
闘病記風に書いてほしい、と、
日本財団の友人に声をかけられたのが始まり。
第一回目とか、そのあたりの記事、、、
今、読んでみたら、、なんか、、
ちょっと恥ずかしい感じ(笑)(^_^;)
と、言うことは、、原発性硬化性胆管炎を患って
12年以上の月日がたったということだな。
発症から13年。そして。。。
合併症の胆管癌切除手術をして6年。
それまでもいろんなことがあったけど、
それからも、ますますの衝撃波は受けたけど!
でも、、人生に悔いはないな、と思える。
自分なりにちゃんと生きてきた。
それなりに真摯に人と交わってきたとも思う。
ちょっとブログに載せるには躊躇あるけど、、、
まあ、いいかな、その当時の写真を載せてみよかな。
広島の大学病院で検査詰めだったころの、、、
当時のフラメンコのクラスの皆が送ってくれた
懐かしき、ドラえもん。
東京で、街中で何でも倒れてたんだけど、
いろんな駅で高熱出して駅員室で寝かせてもらってた。
母親に促され、40℃近い熱で新幹線に乗りました。
その後、地元の病院で胆嚢の摘出手術をしたのだけど、、
もう、大丈夫だよ、と太鼓判を押されたんだけど、、
数日後に、広島にごちそうを食べに行く車の中で
高熱に襲われ、嘔吐。そして、緊急入院、
広島の大学病院への搬送、、、
難病だった、とわかるまで、絶食絶飲の日々が続き、
あっという間に10キロ痩せてしまったのがこの頃。
ちょっとアップ過ぎるな(笑)
まあ、いいや。(*´Д`)
笑っているけど、、、m(_ _)m
広島の大学病院にいる数か月はずっと泣いてた。
絶飲、絶食は続くし、、高熱と激痛。嘔吐。
痛くて苦しい検査ばっかりやるけど、病名は不明。
最悪な告知だったな〜。
当時の主治医、さら〜〜〜っとやってきて。
「胆管の難病で、5年〜10年で肝不全になります。」
突然、しかも、アッサリと!
他の人がいる時に冷淡に告げよった。
信じられん。
あの日、あの夜、流した涙、忘れんわー。
夜一人になるのが怖くて、、たまらんかった。
でも、あのころから母親、家族で苦しめられたな。
私の前で喧嘩ばっかり。
辛い私の前でよくケンカするな、、と哀しくて
病室で喧嘩するならもう来ないでいいよ、と言ったら
激怒して、怒鳴ったまんま出て行った母。
そのこと、今でも根に持たれている。(-_-;)
根に持つなら私の方でしょがーーー(怒)
検査の後、号泣しているドアップの写真も
部屋で待ってたノリータに撮られているけど、、、
かわいそうすぎて載せられない( *´艸`)
ホントはグロい写真もいっぱいあるけど、、
映倫にかかるから(笑)
ちょうど書き始めて一年ぐらいだったかな、
不思議なことがありました。
友人に連れられて、大阪の栄養学の達人のところに。
そのおじさんは、いろいろ見える人のようで。。。
私の話を聴くでもなく、こう言われた!
アナタは書いた方がいい。
自分の人生のこと、書きなさい。
書いてまとめなさい、って。
最近、ブログは書いてる、と答えたけど。
病気のことも色々話をして。
難病とか、生まれながらに障害があるひとは
それと引き換えに?大事なことを引き受けて
この世に生まれてくることが多いからね、と。
その時はその言葉に少しだけ、救われた気がする。
そんな感じで。。12年目のこのブログ。
大したこと書いてないし、
怒ったり、うれしかったり、感動したりしたことを
ただ、つらつら記録しているだけ。。。
一人、孤独で淡々と。書き連ねているわけです。
コメントもほぼないし(笑)
アクセス数はある方だと思うけれど、、
反応が全く聴こえず(笑)、フリーな感じでいい(笑)
読んでいる、と声をかけてくれる人も増えたかな。
辛いときに、ヨキータブログを開けることが
何よりも楽しみで幸せだった、と
そんなことを伝えてくれる優しいひともいるし!
ボケてきた自分の脳の代わりに記録として
このブログは残したいな、と思うのでアリマス。
時々、すっごい昔のを読んで、はっと気づかされ
泣いたりもする!
改めて、、、読んでくださってありがとう!
(#^.^#)感謝、感謝、感謝。
1月30日、あの肝臓摘出手術から丸6年!
難病の合併症とはいえ。。
胆管癌という、予後の悪すぎる癌を罹患して、、
まさか、6年生きてるとは。ビックリだよ。
当時は、明日死んでもおかしくない、と言われ続け、
症状がかなり重かったのですから。
再発、転移も早いけど、手術がギリギリ出来そう、
やってみる?と聞かれ、やるやる、もちろん、と答えて
すぐに決まった手術日。
今、こうして生き延びてるって、なんだろって。
時々、電車に揺られて思ったりする。
周りには同じ病気の人がたくさんいる。
再発、転移している方もたくさんいるのです。
何も言えなくて、出来なくて申し訳なくて、、
みんな、生きることに今日も真剣で。
彼らにしかわからない境地に佇んで、、、
それがどんなに壮絶で大変な状態か、
同じ体験をした人にしかきっとわからない。
生と死と背中合わせで生きるって、、
簡単には言葉にはできないものなんだよ。
一分一秒の重みと濃さ。
6年目の今、生きている、ことに感動しながら
その人たちに想いを馳せたいな、と思っています。
いつにも増して、言葉がとめどなく出てくるけど、
着地点が見つからない(笑)
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