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2020年01月23日

存在給

前の日曜日来てくれたたかとりワークスのみなさん。

知的障がいを抱えた方達で、とても愉快な方たちで僕たちも子ども達もみんな大好きです。

フリードリンクでコーヒーを飲むコトになった。どうしますか?ここは自分で作るんですけど、自分で作ります?と聞くとみんな嬉しそうに自分で作る!と。

こっちの廃材好きに使ってもらっていいですよと言うと、みんな嬉しそうに絵を書いたり、文字を書いたり。

5年生のピアノを中心にパプリカを歌ったり。

その姿を見ていると、こちらが嬉しくなってきます。

子どももそうだけど、この人達は本当に存在給が高い。僕たちの何倍も何倍も。

とても賑やかで愉快なジカンを過ごせました。

反面、この存在給の高い人達が施設ではどんな顔で過ごされているのか。どんな日常を過ごされているのか。という想いも巡ります。

出来ない、可哀想という前提。

エンパワメントを奪う日常。

日本人は自立していない人が多いとよく言われます。それは、人の力を奪う行為が善とされてきたからかもしれません。

支援は諸刃の剣。

自分自身いつも考えさせられます。

自尊心や自己肯定感を下げる、いわゆる奪う行為に愛はありません。自己都合。

一人一人が自然に力を発揮しながら心豊かに暮らしていける社会がこれから訪れます。
posted by 中村 at 08:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ユーニノイ