被災漁師の心意気 [2011年04月21日(Thu)]
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今週月曜日から、海守事務局には第二次震災支援物資が大量に
到着しております。皆様のご協力にあらためて御礼申し上げるとともに 引き続きのご支援をお願いいたします。 国難とも表現され、未曾有の被害をもたらした今回の大地震ですが 全国約66,000人の海守会員には漁業関係者も多く、私たちの食を支えて きた漁業が受けた壊滅的な被害状況が徐々に私たち事務局にも届いています。 その被害状況は筆舌に尽くしがたいものがありますが、漁師にとって船は命である ことをあらためて思い知らされた記事をご紹介します。 ≪以下、共同通信社より≫ 家はなくした。でも、おれには船がある。岩手県大槌町の漁業佐々木憲正さん(65)。 3月11日の地震後、すぐに漁船「昭福丸」(9・3トン)を沖に走らせ、津波から船を守っ た。「船がおれらの財産だから」。今は漁港に留めた船で寝泊まりし、漁が再開で きる日を待ちわびている。 地震に遭ったのは、町でパチンコを楽しんでいたとき。 経験したことのない激震。「津波が来る」と直感した。すぐに切り上げて車に乗り 約2・5キロ離れた赤浜地区の漁港に戻った。 「地震が来たら、沖に逃げろ」は漁師の共通認識だ。昭福丸のエンジンを掛けた。 海面はどんどん高くなる。船と岸壁を結んでいたロープがピンと張った。手では ほどけない。ナイフで断ち切った。後は全速力で岸を離れるだけ。振り返ると、波 は集落の防潮堤を越えそうになっていた。 がれきや大量の漂流物で帰港できず、大槌湾の外で一夜を明かした。町が燃え ていた。翌朝、戻った。自宅がなくなっているのは海から見えた。「ひどい」。言葉を 失った。避難できなかった漁船はほぼ全滅だった。 妻と、2人の子どもたちは避難所で暮らす。だが佐々木さんは食事のとき以外は 避難所には入らず、船で寝泊まりしている。 余震が続き、また津波が来るかもしれない。「船にいれば、すぐ沖に出れっから」。 中学を出て漁師になった。船さえあれば食っていける。 肝心の漁には出られない日が続く。はやる気持ちを抑え、今は津波で散乱した漁具 の手入れをして、1日を過ごす。一人が横になればいっぱいの船内で、自らに言い聞か せるように語った。 「天災だ。仕方ねえ。前向きにやるしかねえから」 |





「天災だ。仕方がねえ。前向きにやるしかねから」の言葉で日本人の底力を見えた。感動しました。
被災地から遠く離れて生活している私には、僅かな募金と祈ることだけでしかありません。
けど、日本中だけではなく、世界の人々が東北関東にエールを送っています。
一日も早く、もとの生活に戻れますように。
希望をもって・・。
この大槌町赤浜の海人(うみんちゅ)が被災しても尚、前を向く姿勢に励まされました。 エールを送ります。 一日も早く漁に出る日が来る事を願って!
沖縄の海歩人(うみあっちゃー)
あ〜りー/http://field.ti-da.net/