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"Charity Destroys, Work Builds" [2009年11月30日(Mon)]

11月は再び出張休止月間です。

ブログの更新頻度が少なくてすみません。
元気です。



1月に予定されているグローバル・アピール発表式典のためのインド出張。
(うまくいけばハンセン病制圧を祝うためにネパールも訪問する予定)

そこで行う会長スピーチの原稿作成に取りかかっているところですが、その下調べで目にとまった言葉。



"Charity Destroys; Work Builds"
「慈善は人を破壊する。仕事は人を創る」



ババ・アムテの言葉。



フィリピンのマグサイサイ賞(85年)、国連人権賞(88年)などを受賞したインドの人権活動家(1914年-2008年。享年93歳)。


14年、マハラシュトラ州の裕福なBrahmin(上流階級)の家庭に生まれ、法律家を志したが、後に反英独立運動に参加。

その後、ハンセン病患者を中心とする貧しい人々のため、医院や孤児院などから成る施設「至福の森(Anandwan)」を、マハラシュトラ州のナーグプルに設立。
自立支援など献身的な奉仕活動を続けた。

(参照:Wikipedia)


実際にアナンダワンを訪れた、ハンセン病の母・笹川記念保健協力財団のヤマグチさん曰く
「あらゆるカテゴリーの社会的弱者が主たる原動力として維持管理する地域複合施設」
であり、
「ある種のユートピア」。


ちなみにナーグプルとはどの辺かというと、この辺り。



「インドのへそ」といわれるのが納得です。



ハンセン病差別撤廃のための「グローバル・アピール」

これまで人権NGOや宗教指導者の賛同を得てきましたが、来年の2010年は、ビジネス界のリーダーである国際的な大企業の代表者からの賛同を得てアピールを宣言する予定。


そこで一番伝えたいメッセージは、
「ハンセン病回復者に足りないのは能力ではなく、チャンスである」
ということ。


教育を受ける機会、
仕事に就く機会、
結婚の機会。

生活のあらゆる場面で受ける、ハンセン病に起因する差別。

普通の人には提供されている機会が、かつてハンセン病を患った、もしくは家族に回復者がいるというだけで、奪われてしまうことが未だにある。


ハンセン病に限らずとも、
チャリティでお金をあげるだけでは、その人の可能性を狭めてしまう。
仕事があれば、自力で人生を切り開くことができる。


それを端的に表した印象強い言葉で、がつんときました。


やろうとしていることは数十年前でも今でも変わっていないんだな。



"Those who do monumental work don't need monuments"
「歴史に残る仕事をした者は、記念碑を残す必要がない」


こちらも奥が深い名言です。


他のババ・アムテの名言を拾い読みたい方はこちらをどうぞ。
(Maharogi Sewa Samitiのホームページ内 ※英文です)




ちなみにババ・アムテと笹川会長が会った時のエピソードは、こちらからご覧いただけます。

「至福の森」を訪れて回復者にヒゲを剃ってもらった話
http://blog.goo.ne.jp/yoheisasakawa/e/3e457a93301c061fae82764083b8227e

「糞尿王・キング・オブ・スカベンジャー」(すごいタイトルだな…) ※まじめな記事です。
https://blog.canpan.info/sasakawa/archive/853
Check a Toilet [2009年11月19日(Thu)]

今日のチバさんとの雑談の中からの耳より情報。


この地図、なんだかわかりますか?



赤マルが何かというと、バリアフリートイレのある場所


1) Googleを開く

2) 文字入力欄に「トイレ」と入力

3) ページ上の「地図」の文字をクリック

・・・すると、出てきます




「だれでも気兼ねなく生活ができる世の中へ・・・」

そのまず第一歩として、高齢者も乳幼児連れも障がい者も外出のときに安心して「出せる」ように、バリアフリー対応のトイレを登録し、情報を提供しているのです。

プロジェクトを実施しているのはNPO法人 Check



情報がより広く届くように、Googleマップマピオンなどなどと連携しています。



ちなみに実家から最寄りのバリアフリートイレは、直線距離2.5kmの清水会相生山病院でした。

…やや行きづらいな。


この地図は登録制のため、「ここにはバリアフリートイレがあるのに赤マルになってない!」というトイレをご存じ/発見された方は、

ぜひこちらから登録してみてください。


携帯からも見られるそうです(iモード限定)。
久しぶりの副業 [2009年11月07日(Sat)]


久しぶりに描かせてもらったウェディングボードの台は、なんとスノーボード。

大作です。


一部だけお見せすると、
こんな感じ。



1月、某アイドルと同姓同名のあの方の結婚式に出るひとは、お楽しみに!

高いところからみる空の色 [2009年11月06日(Fri)]

高層ビルに住みたがる人の気持ちが前はあまり理解できなかったけど、研修でとある高層ビルに通って少しだけわかった。

天候によって変わる空の色。
時間帯によって変わる日差しの強さ。


都会で一番自然を感じられるのは、高層ビルの窓からみる景色なのかもしれない。



夕焼け空のむこうには、富士山。

社会問題解決のカギは会社の中にある? 「社会と企業をつなぐCSRフォーラム」 [2009年11月06日(Fri)]



社会と企業をつなぐCSRフォーラム
〜CSR2.0の時代〜



に参加してきました。

日本財団CANPANプロジェクト主催。


フォーラムから、ぐぐっときた言葉。

-------------------------

日本財団インターン学生による「学生×企業」CSR企画プレゼンより:

・これからのCSRのキーワードは3H
 ハッとする(意外性)
 ハートフル(あたたかい、人情味)
 ハードじゃない(本来事業の延長)


■ パネルディスカッションより:

CANPANはNPOの情報発信のためのインフラを提供することが役割、と思われることが多いが、
そうではなく目指すところは問題解決のためのソルーションを提供すること

(日本財団 町井)
 

CSR2.0とは?

 1) 本業との融合:トップランナーによる方向づけ

 2) コミュニケーション:陰徳は個人ベース。企業なら伝わるCSRを。

 3) 本音と建前の融合:社内の説得が重要。

オルタナ編集長 森摂氏)


・投票者「2万人」という数字の意味を考える。

 今年で3回目となる「市民が選ぶCSR大賞」、3年間の間に質が変わってきた。
 有効回答数は2万人(21,717件)だが、CSR活動内容を読んで設問に答えるためには最低30分はかかる。

 1年目は「なんとなくの企業イメージ」で投票していた人もいるかもしれないが、
2年目以降は企業名を伏せて活動内容のみを読んでの投票なので、投票側の市民も目が肥えて意識が変わってきている。

(日本財団 町井)


・CANPANでCSR+を開設する際、「CSRとは何か?」という質問をせんだい・みやぎNPOセンター加藤哲夫さんにぶつけたら、
「企業が未来社会を創造すること」という答えが返ってきた。

 それが今でもCSR+のコンセプトになっている。

(日本財団 町井)


・NPOが企業と連携する際に、要望型NPOと提案型NPOがある。

 「これをしてください」と要望を一方的にぶつけるのではなくて、
相手(企業)の抱えている問題を把握し、
次の社会に求められているニーズを解決する提案ができるかどうか

 が、信頼できるNPOを見分けるカギ。

IIHOE人と組織と地球のための国際研究所代表 川北秀人氏


・5年後、10年後をみつめる。その時に社会の状況がどう変化しているか。

 石油価格はどうなっているか。
 日本と中国のGDPはこのままの成長率でいくとどちらが上回るか。

 まずは企業で介護休暇をとりやすくすること。

 出生率の向上だけでは少子化の問題は解決できない。
 現在は2.7人で1人の高齢者(60歳以上)を支えなきゃいけないのが、10年後には1人で1人の高齢者を支えなければいけなくなる。

 出産年齢は30代を超えている。その次の世代になれば、
育児休暇よりも先に介護休暇が来るかもしれない。

(IIHOE人と組織と地球のための国際研究所代表 川北秀人氏)

-------------------------

IIHOE 川北さんの、パネルディスカッションの司会を務めながらパワーポイントで要点をまとめたメモを作成していく手腕は、いつみても見事です。(そしてメモがまた解りやすい!)



それに比べてまったくまとまらないですけど。
きちんとまとめるのはおそらくどなたかして下さると思うので…

・・・と書こうと思ってgoogleで見てみたら、もう17:31の時点で既に川北さんがアップされていました! (…さすがです…)

こちらをご参照ください。


うかうかしてるとCANPANの展開のスピードについていけなくなりそう。
なるべく機会を見つけて参加して、置いて行かれないようにしたいと思います!

関係者の皆様、遅くまでお疲れさまでした。ありがとうございました!
deaf と Deaf の違い [2009年11月05日(Thu)]



手話の世界を訪ねよう
亀井伸孝
岩波ジュニア新書

---------------
手話ネタ、3連続の最後です(たぶん)。


手話を勉強し始めたときに秋山なみさんと亀井さんによる共著『手話でいこう』を借りて読んでいたけど、それ以来の再会。

手話を聴者の文化から見るのではなく、日本語とは異なる「ろう文化」に基づく言語として理解してもらいたい、と書かれた入門書。

ろう文化について、言語として認められなかった苦い歴史について(残念ながらまだ一般的には言語としての認識は低い)や、世界各地のろう文化についてもわかりやすくまとめられています。


文化人類学者の観点から手話の世界をみる視点が、新鮮で面白い。
(しかもご専門はアフリカのろう文化)

ひとつの異言語、異文化であれば、中国やアフリカを研究する学者がいるように、ろう文化を研究する文化人類学者がいても当然。



手話とろう者の定義について:

世界各地で、耳の聞こえない人たちの集まりが、手指や顔の表情を用いた視覚的な言語を話していることが知られている。
この諸言語を『手話(手話言語)』と総称し、この人びとを『ろう者』と呼ぶ
」。


他、印象に残ったこと:
・『the Deaf』と『the deaf』の違い

「(自分は「ろう」という文化集団のひとりだという)アイデンティティに基づいたろう者の自称として、アメリカ英語では、Dを大文字とする『the Deaf』という表現がよく使われています。
小文字の『the deaf』が聞こえない人びと全般を指す広い医学的な表現であるのに対して、『the Deaf』は本人の文化への帰属意識に基づいた文化人類学的なカテゴリーです

(pp.73〜74)


・アフリカにおいて、ろう者に対する教育の向上などの初期の開発支援は牧師によってなされたこと。
黒人で初めてギャローデット大学を卒業し、「アフリカろう教育の父」といわれたアメリカ人のアンドリュー・フォスター牧師。

やっぱりこういう活動の初期にミッショナリーが果たした役割はすごいと思う。
(ハンセン病患者・回復者のケアも、ミッショナリーの存在抜きには語れません)



先週の報告会で亀井さんとお会いした際に、聴者と話すときでも自然と手話がついていました。
その滑らかさにすごい〜と思わず見入ってしまったけど、あれは手話と日本語両方一度に話していたのか? それとも日本語対応手話だったのか??

次に機会があったら手話に集中して見習わさせていただきたいと思います。
(同じように二言語同時に話せるようになるには、だいぶハードル高いけど…)
「外国人に言葉が通じた!」うれしさ。 [2009年11月05日(Thu)]



「手話って世界共通なの?」

と、よく訊かれますが、違います。


音声言語がそれぞれの地域で生まれてそれぞれの国・地域で変化していったように、手話もまた国・地域ごとに異なります。
(東京と関西でも微妙に違ったりします)


日本手話で育ったろう者は、日本語よりも、他国の手話の方が理解しやすいそうです。

ろう者同士で話すスピードにはやはりついていけませんが、手話初心者向けにゆっくり簡単な単語で話してくれると、ちょっと通じる。


どんな会話かというと、

私:日本手話(のつもり)
ケニー:香港手話


私)「日本に来るのは初めて?」

ケ)「3回目。
1回目と2回目は遊びで、3回目は仕事。

香港に来たことはある?



私)「まだない。

飛行機のトランジットではあるけど、空港から外に出たことはない。

いつか行きたい



おお〜。会話になってるじゃないですか!
ちょっとうれしい。

…とはいえ、大部分はウッディー教授とヨシダくんに通訳してもらい、残りはついていけずにひたすら手の動きをにらんで固まってましたけどね。

そろそろ初心者から脱したいなぁ。
いきなり手話で話しかけられても読みとれるようになりたいなぁ。。


ケニーに最後に訊かれた質問:

「将来はろう者に関わる仕事をしたい?」
(これはウッディー教授に訳してもらいました)

ん〜 わかりませんが、
手話やろう者の文化とは関わり続けていきたいと思います。


周囲の先生方、よろしくお願いします!!



(写真はアジア各国の手話辞典

と、その中身)



手話でつながる世界 [2009年11月05日(Thu)]

先週の金曜日、財団の助成事業の「アジアに拡がる手話辞書・教材の人材育成プロジェクト」の事業報告会のお手伝いに行ってきました。

香港中文大学から事業責任者のジェームズ・ウッドワード教授とグラディス・タン教授、コース受講中のケニーさんを招いての報告会。

ろうあ連盟や手話研究者などをはじめ25人の方々にご参加いただきました。

通訳者は、
英語⇔日本語2人、
日本語⇔日本手話3人、
英語⇔香港手話1人の、
計6人。

音声言語のみで行われる会議よりもインタラクティブな感じがする。
妙な一体感がありました。


(写真はイシイさんのブログから拝借)


印象的だったのは、ろう者の集まりは意外と私語が多いということ。

説明の最中も、くるっと振り向いて、または隣の人の肩をポンポンと叩いて、私語が始まる。

「今のどういう意味?」

「えっ? 研修中は食費も宿泊費も無料ってこと? いいね!」

(そして目の前の人にしか話していないつもりでも、会場中から読み取られてしまうので要注意です)


もうひとつ印象的だったのは、
「他国の大学と新しいネットワークを築くときはどうやって選ぶのか?」
という参加者の質問に対するウッドワード教授の答え。

「まず対象とする事業国を絞って、次に世界ろう連盟に連絡し、
候補国にしっかりした当事者団体があるかどうかを調べる


対象国・地域の当事者団体の協力は、研修生の募集やプログラムの内容など、プログラム推進の上で不可欠だそうです。


当事者の中から、問題解決に向けて動ける人材を育てたいのは、ろう者もハンセン病回復者も同じ。

しっかりした当事者の団体があり、当事者のエンパワメントがある程度進んでいる地域でなければ、さらに次のステップを目指す新しい事業を立ち上げるのはうまくいかない。
事業の中核を担える当事者の人材が存在しないからだ。


終了後にその感想をいうと、
「そりゃそうだよ。ベトナムでは事業を始められるようになるまで20年かかったよ」
といわれた。

…そうですよね。
ハイ。


たまに他の事業を覗くと新鮮で楽しい。

日本財団の海外における聴覚障害者支援事業についてもっと知りたい方は、こちらをご覧ください。

イシイさんヨコウチさん、ヨシダくん、貴重な機会をありがとうございました&お疲れ様でした!