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イギリスへ出発 [2009年01月24日(Sat)]

東京は日が射していたけど、千葉の方は雨模様です。


今日からイギリス出張に出発します。

世界ハンセン病デーにあわせて宣言されるハンセン病差別撤廃のための「グローバル・アピール」の発表式典開催のため。

ハンセン病関連の出張先はインドやアフリカや南米など蔓延国が多いのですが、先週のスイスに続き、珍しくヨーロッパづいています。


ジュネーブの国連会議と並んで、去年の11月から頭と時間を占拠していたもうひとつの仕事というのが、これ。

アピール自体の準備作業には脳みそウニになるほど追われていたけど、式典自体は今回は現地のカウンターパートが仕切ってくれているので少し安心。


3日前からロンドン大学における日本研究講座関係で先にロンドン入りしている会長一行に合流します。

イギリスで空港外に出るのは初めて。
週末が2週連続で潰れるのはツライけど、やや楽しみです。


行ってきます!
スイスで何をしていたかというと [2009年01月22日(Thu)]


イシイさんの超特急指導のもと書いた記事が、日本財団ブログマガジンにアップされましたのでご興味がある方はご覧ください。


メガホン走るハンセン病患者・回復者に尊厳を 国連高等弁務官事務所が意見交換会合を主催


…内容がちょっと固いんですよね。
伝わるかな。



ほんとうはこっちの写真も使いたかった。





でも、1日目の会議で発表したベルハネさんより、一緒に来たメンベルさんの方が楽しそう。

2人とも、雪をみるのは生まれて初めてだそうです。




フィリピンとブラジルから来た方も、そういっていました。

フィリピンのバージニアさんは「ボトルにつめて孫に持って帰りたい」と残念そうでした。
か、可愛い。(すごい年上の方に失礼なんだけど)




他、一緒に2日間の会議に参加した方たちの顔。

ブラジルから参加したZeldaさんと、マナウスの出身Veldenoraさん。




だいぶお馴染みの顔になりました。

インドのナショナル・フォーラム代表ゴパール博士と、フィリピンのクリオン島で活躍するクナナン医師。





自分が現場に立つことはあまりないけれど、
「現場の第一線」で闘うこういう方たちと一緒に仕事できることが、今の仕事の醍醐味だと思います。


(photo by ナツさん
無事終了。 [2009年01月17日(Sat)]

お・わ・り・ま・し・た……。



2日間に渡る会議が無事に終了しました。


色々な立場からの関わり方がある中で、当事者に一番近いNGOという立場でこの会議に関われてよかった。

と、ガーナからの参加者とひとつのプレートのアイスクリームをシェアしながら、つくづく思いました。


今回初めて洋食を食べたという中国のリュウさんは、
「1日目の食事は冷たかった。
2日目の食事は量が少なかった(立食のレセプションで)。
3日目の今日の食事が一番良い!」
と言っておられました。

バタバタの2日間、最後にゆっくり食事ができてよかった。
(ゆっくりすぎてバスのドライバーを待たせてしまったけど)


明日、ロンドン経由で来週末の式典に使うためのパネルを落として、帰国します。

家に帰るまでが出張。
午前中のセッション終了。 [2009年01月15日(Thu)]

ランチを食べてちょっと一息。

午後は回復者によるパネルディスカッション。

パネリストのクナナンさんも空港からようやく到着して一安心。
これから会議本番です。 [2009年01月15日(Thu)]


とりあえずみんなゲート内に入れた!

ミッション1終了。
スイス出張! [2009年01月14日(Wed)]

今日から4泊6日でスイス出張に出発です。

ただいま夕暮れ時のフランクフルト空港でトランジット待ち。

昨年の11月下旬からずっと私の頭と時間を占拠していた2大仕事のうちのひとつが、明後日からジュネーブで行われる国連会議。

出発前の昨日の夜は今までになく緊張して、何でだろう?と考えた。

通常の出張はいつも記念保健のスタッフの方が基本的な予定調整をしてくれる。

でも今回はその基本的な会議開催のための組立をやる中にどっぷり入っていたから、ジェンガのように、今までのプロセスの何かひとつが間違っていたらガラガラ崩れちゃうんじゃないかと、不安。

今までの労力と、周りの人からいただいた協力が無駄にならないように、気合いいれて乗り切ります。


この出張が終われば、容量オーバーで動きが鈍くなった頭も35%くらい空き領域ができるはず。


上空から見た夕焼けはほんとに綺麗でした。幻想的で、きれいで、寒そう。
こういう景色にあうと嬉しくなる。


飛行機雲も黄金色。

お絵描き [2009年01月12日(Mon)]

将来の天才画伯ふたりと、お絵描き。


床を絵の具で汚しても怒られないお家に生まれて、良かったね。

またやろうね。







仕事初め [2009年01月05日(Mon)]

毎年恒例、仕事初めの日に関連グループ団体で年始のご挨拶をする「新春の集い」。
今年は5年目にして初めて参加せずに、事務所に残って仕事してました。
来週と月末にある式典でのスピーチ原稿推敲のための打ち合わせ。
結局、帰りはこんな時間…。


去年前半まで担当させていただいていた関連団体の役職員の方々に久しぶりに会えるのを楽しみにしてたのに、残念。
不義理でごめんなさい。

昨年末のビル内合同納会も途中10分くらいしか顔を出せなかったし。
なんだか歯磨きをせずに寝てしまったような、無人駅で無賃乗車をしてしまったような、後ろめたい気分です。


だからってブログで済ませるわけじゃないですが、せめて4,5人の関連団体の定期読者の皆様へ。



今年もどうぞ懲りずにお付き合いのほど、
よろしくお願い致します。

証人調書 らい予防法国賠訴訟 [2009年01月02日(Fri)]

証人調書1「らい予防法国賠訴訟」大谷藤郎証言
発行:皓星社


お正月から少々重い本を読んでます。
週末は仕事を忘れたいけど、長い休みの一日くらいは思い出してもいいや。


ハンセン病事業のパートナー、笹川記念保健協力財団の理事の大谷藤郎先生。
隔離政策が徹底される中で往来診療を行っていた小笠原登氏の弟子として学ばれ、厚生省医務局長、楓風協会理事長などを務められた方です。


去年10月のダミアン・ダットン賞受賞式で、日本財団広報アドバイザーのイシイさんとお知り合いだったことが判り、流れ流れてお借りした本。


1996年の「らい予防法」廃止後、この法律によってもたらされた被害に対する国家賠償請求を求めて起こされた裁判の証言記録。


印象に残った言葉。

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私がらい予防法廃止を提起したのは、らいは伝染病でないからしたんだと短絡してお考えになっている方もいるが、
私も小笠原登も、らいは感染症であるという点では全く認めているけれども、それが社会から全く排除してしまうに足るだけのものであるかという点において、
それはそういう必要は全然ないと、
普通の病気の注意するのと同じであると、
STDといわれる性病や肝炎といった病気のほうがむしろ社会的には伝染の危険性があるが、しかしそれを世界的に隔離しようなんてことは当然考えられていないわけで、そういう視点から見ますとハンセン病を隔離するらい予防法というものはあり得るわけがないというふうに思われます。


ハンセン病問題については、単に伝染病でないことが分かりましたと、それじゃらい予防法を廃止しましたということで終わってしまうのではいけないのではないかと、
なぜこのように長くこういうふうになったかという点を明らかにしていくことが必要ではないかなと思っていた。

もちろん刑事訴追をするとか、告発をするとかいうようなことを申し上げているのではありませんで、一人ひとり自分の良心に照らして、(中略)
自分は一体何をしたのかということについて医学者、政府関係者だけでなしに、政治の方々も、関係のマスコミの方々も、更に言えば法曹の方々も、この問題について自分はどういう役割があったかなということを考えてみる必要があるのではないかなと思っている
(pp.168-170 ※一部要約)

----------------

ところどころ軽快退所や「難しい問題だと」言葉が曖昧になるところはあるけれど、双方からの質問に対して首尾一貫して自分の考えを述べる姿勢には、自分の責任を見つめて闘おうとする誠意が滲み出ているような気がしました。

法律撤廃の背景には、大谷先生だけでなく、入園者はもちろん様々な立場の方々の闘いがあったことを改めて感じさせられました。
明けまして [2009年01月02日(Fri)]

おめでとうございます


今年も、
よろしくお願いします。