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年の瀬の雑感。 [2008年12月29日(Mon)]

1年間、というか半年間、あんまり書きたいことを書いて来なかった気がする。

入職して初めての部署異動(今までチーム=課はあったけどグループ=部の異動は初めて)は、やっぱりインパクトがあった。

もともと、就職前からやってみたいと思っていたのが、ボランティア支援部と国際部の仕事だった。

入職した年に組織再編があって、配属された公益・ボランティア支援グループではやりたかった「国内の社会問題解決に向けた活動をするNPO・ボランティア支援」に携わることができた。

国際グループの仕事をやってみたかった理由は、
「国際機関や国レベルでどのようにプロジェクトが動くのかを見て経験してみたい」
と思ったから。


国際グループに異動してから、自分自身の言葉で紡ぐ機会がなくなった気がする。
書くものは増えた。
それが人の目に触れることも増えた。

気がついたら出張先でどこにいても、自分とは違う人の目線で人に会い、ものを見ることにだんだん違和感を抱かなくなってきた。

それはすごいこと、なのかもしれない。
意義のあることだし、自分より上の人の目線でどう考えるかを想像するのは広い視野で物事を考える訓練をさせてもらってると思う。(それも超地球規模の広さで)

まだまだ付け焼き刃でなんとか誤魔化してるだけだけれど、ちゃんと見合うような中味のある文章を書けるようになりたいと思う。

一方で、
自分はどう感じたのか、とか、自分の視点で思考を持つことをなくしてしまいそうで怖い。

インドに行って、ブラジルに行って、「どうだった?」と聞かれた時に
表向きのタイプした文章以外に何も浮かばなくて答えに詰まる時がよくあった。
喋りたりないほど貴重な経験はしているはずなのに。



昨日、半年ほど前に仕事の延長線上で会った人と再会した。
「やりたいことはできてる?」と聞かれた。
(半年前もかなり内面のもやもやを吐露してたらしい)

そうだなぁ。
やりたいことに近づけてる、と思うか、
やりたいことから遠退いてる、と思うか、
は自分次第だと思う。


答えになってないなぁ。


今いる環境で学べることは最大限身につけたい。

でも、自分の目線と考えを亡くさないようにしたい。


それがとりあえず来年上半期の目標になりそうです。
沖縄プリズム [2008年12月22日(Mon)]

学生時代の友人に誘われて国立現代美術館の企画展「沖縄プリズム」を見に行ってきました。


1872年の琉球処分から、近代、現代までの作品を集めたもの。

沖縄内外の作家による、絵画のみでなく写真、記録映像、雑誌などの資料が展示されている。


美術品と歴史資料を混ぜる展示方法にはうーん?と思ったけど(資料なら資料でもう少し自由に頁をめくったりじっくり読めるようにして欲しかった)、
全体的には面白かったです。

どの撮影者や画家が沖縄出身なのかは判らないけれども苗字で判断する限りでは、現代で「沖縄」といって連想されるイメージは、本土の人々が見出だして広めた風景のような気がする。

でもそれは沖縄だけじゃなく他の地域でもそうかもしれない。
外の人が「これはこの地域特有だ」と感じる景色を写真に写して切り取っていって、それを広めてその土地のイメージが創り上げられる。

そのイメージからあえて外れた、沖縄出身のアーティストの作品だけを集めたら、また違う風景が見えてくるような気もする。


個人的には安谷屋正義さんの『塔』の雰囲気が好きでした。
1958年の作品。

春一番? [2008年12月22日(Mon)]

と思うくらいに昨夜の風は強かった。

そして今朝の気温は19度。

あれ? 12月でしたっけ?



今年中に会っておきたい大切な人たちに会えた週末でした。(ちょっと忙しかったけど)

事務所でみるカレンダーも、残すところあと4日。
ハンセン担当者のしごと [2008年12月20日(Sat)]

仕事は何やってるの?

と、訊かれたら一言でいうと
民間の助成財団で、ハンセン病の制圧と人権にかかわる仕事をしてます」

と答えます。



……でもそれで理解してくれる人は少ないので、改めて考えてみた。
私は毎日何をやってるんだろう?

ざっくり、こんな感じです。


1.ハンセン病にかかわる助成事業、5つ

 (1)WHO(世界保健機関)が行う「ハンセン病制圧プロジェクト
 (2)ブラジルの回復者組織MORHANが行う「無料電話相談TELEHANSENプロジェクト」
 (3)インドの回復者組織National Forumが行う「エンパワメントのための全国会議開催」
 (4)ジュネーブ大学が行う「ハンセン病の歴史を記録に残すプロジェクト」

 (5)SILF-ササカワ・インド・ハンセン病財団(※2006年度、基金を助成)の業務フォロー

加えて、今、来年度から大きな目玉となりそうな6つ目を準備中。


2.ハンセン病にかかわる調査研究事業、2つ

日本財団が直接実施する自主事業。

 (1)国連に対する働きかけ
 国連およびハンセン病人権啓発大使を任命されている外務省との連絡調整
 ステージによって異なるが、2008年6月まではハンセン病決議採択に向けた活動など。
 今はもっぱら、2009年1月に開催される意見交換のための国連会議に向けた準備、および2009年5月までのガイドライン作成の側面サポート

 (2)グローバル・アピール
 年に1度、世界ハンセン病デーにあわせて、患者・回復者への差別をなくすために呼びかけるメッセージ。賛同者への協力要請、署名・写真などの印刷用素材の収集、発表式典の準備など。


たぶん外から見て何やってるのか一番よくわかりにくい部分だと思います。
成果も金額もぱきっと説明しにくいし。でも、この部分が実は一番大変かも。


3.笹川会長WHOハンセン病制圧特別大使としての任務に関わる業務、いろいろ

 >出張準備−スケジュール作成、ビザ・ホテル・交通手段などの出張手配、スピーチ作成
 >出張本番−随行。(荷物・お土産・パンフ持ち、会計、メモ取り、記録映像撮影など)
 >出張後処理−礼状作成、報告書作成、出張精算、広報用YouTube画像編集案作成など

ときどき、人に手伝ってもらいます。
わりと財団内から「大変だね」といわれる所以かと思われる。



あ、ちょっと頭の中が整理されてスッキリした。

私の最近の仕事は、こんな感じ。です。
キラキラ [2008年12月19日(Fri)]

キラキラしている初台で、来月くる2つの大きな仕事用スピーチ原稿の作成。

とりあえず、目の前の冬休みと、1月末を迎えるのが、こよなく待ち遠しい。
『ウォー・ダンス』 [2008年12月12日(Fri)]

『ウォー・ダンス〜響け僕らの鼓動〜』
2007年/アメリカ/107分/英語、スワヒリ語



公開前の特別上映会のお誘いを知人にいただいてから、ずっと観たかった映画。
終了2日前になってようやく見に行きました。

ウガンダ紛争地域の難民キャンプ内にある学校の子どもたちが、全国国民音楽祭を目指す過程を追ったドキュメンタリー。


紛争によって孤児になった子の数、20万人。

反政府ゲリラに誘拐され、少年兵士になった子の数、30,000人以上。


ドキュメンタリーというには余りにも映像の撮り方が美しすぎて、この言葉を聞きながらなんでこの角度で写せるんだろう、とか、何台のカメラで撮ったんだろう、とかひねた考えをしながらも、
何度か泣かされました。


出てくる子たちは皆、紛争によって肉親を奪われた被害者でもあり、同時に、加害者でもある。
でも加害者でも被害者でも「紛争地域の子ども」というレッテルでもなく、何か別の名前で、「音楽祭のチャンピオン」と呼ばれることを願って練習に打ち込む。



"we grew up in war zone.
We lost our siblings in the war.
But that's not where the story ends.
We can still be champions."
(私たちは紛争地域で育ち、兄弟を紛争で亡くした。でも物語はそこで終わりじゃない。
我々でもチャンピオンになることはできる)

という先生の強い言葉と、

初めて難民キャンプの外に出て、音楽祭が行われるカンパラという街に向かう際に、
「平和な世界がどんななのか見てみたい」
といった女の子の言葉が印象的でした。


がつんと印象に残るパワフルな映画でした。
久しぶりに [2008年12月08日(Mon)]

懐かしい暖かい人たちに会って、
絵を描いてみました。

…腕が落ちたなあ。



本物はこちら。


初めまして。

ドキュメンタリー上映会 [2008年12月07日(Sun)]

写真展に続いて、大隈記念タワーで、ハンセン病ドキュメンタリー作品の上映会。

大学生(当時)個人と、中学生と、学生NGO橋と、関西FIWCそれぞれが制作した4作品の上映。


作品の流さだけでなく、やはり冒頭の森さんの作品が一番印象的でした。

印象に残ったのは、
隔離政策が続く中で、退院し社会復帰を選んだ伊波(いは) 敏男さんの言葉。

「ハンセン病に対する差別が、国の政策にまでなった。
人間の差別に関するあらゆる要素が、ハンセン病の問題には詰まっている。
他の差別の問題をどう解決するかを考える上で教科書になる」

「国家は人間の集まり。国家のせい、厚労省のせいにするのは簡単だが、他人のせいにするのではなく、自分も責任を負っていることを自覚しなくてはいけない」

(うろ覚えなので多少語彙は違うと思いますが)



日本財団として、笹川記念保健協力財団やWHOとの協力のもと40年以上取り組んできたテーマ、ハンセン病。
他の分野は時代のニーズに合わせて3年〜長くても10年程度で区切りを設ける中で、ほぼ唯一、40年以上継続して重点的に取り組んできたテーマ。

その理由は、上の伊波さんの言葉通り、「あらゆる差別の問題の最たるものがハンセン病への差別に象徴されているから」。


スクリーンの中とはいえ外部の方から初めてその言葉を聞いて、改めてその重みを感じました。


少なくとも日本国内では「ハンセン病」に当事者として関わった人はどんどん減っていき、過去の問題として忘れられていく。

その中で仕事としてこの少数化していく問題の一端に関われていることは、すごく貴重な機会をいただいていると思う。


早稲田大学に来るといつも、「ハンセン病」がマイナー言語ではないコミュニティーができていることを実感します。
「ハンセン病の問題を風化させてはいけない」と、若い人達を巻き込みながら、回復者の々や志のある方々をつなげ、継続して場づくりを行っているWAVOC、特に西尾さんの努力に、頭が下がります。


色々なインプットをいただいて、来年1月に向けたスピーチ原稿づくりの宿題2本が少し捗りそうです。

主催者の皆様、
パネリストの皆様、
つきあってくれた同期のイトー氏、
どうもありがとうございました!
ハンセン病写真展@早稲田大学 [2008年12月07日(Sun)]

昨日12月6日(土)、早稲田大学で行われたハンセン病写真展・ドキュメンタリー映画上映会に行ってきました。


韓国・台湾・日本のハンセン病療養所を巡り、回復者の方々の記録を「絆」という写真集にまとめられた写真家、八重樫さんと、
早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)内のプロジェクトとして、中国のハンセン病回復者定着村で学生ワークキャンプをやっている学生NGO"橋〜QIAO〜"との共催。


QIAOの写真は7月に日本財団も合同で写真展を行った時にも見せてもらいましたが、同じ目線の高さで撮られた素直な写真で、暖かさが伝わってきます。

一方、八重樫さんの写真は、収められた方々一人ひとりの表情が印象的な、重みのある写真。
クリスチャンじゃないけど [2008年12月04日(Thu)]

クリスマスリースを作ってみました。

リースには魔よけの意味がある、らしい。



お隣りの部屋は、アジアの魔よけ。