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散漫 [2006年06月29日(Thu)]

やらなきゃいけないことと、やりたいことが多すぎて、やれていることが少なすぎる。
言い訳でしかないことは自分が一番よくわかっているのだけど。


"There's no 'tried'. You either did it or didn't."

やろうとした、は言い訳にならない。問題は、やったか、やらなかったか。

高校の時の先生の言葉をふと思い出してみたり。

やれないのは、やろうとしないから。
やろうとしないのは、やる気がないから。

やる気になったときにやらないと、また機会を逃してしまう。

やれることから、ひとつずつ。


…今日のつぶやきでした。

ニュースレター [2006年06月26日(Mon)]

私の職場には、様々なボランティア・NPO団体からニュースレターが送られてきます。
助成先団体、自主事業でご縁のある団体、などなど。

団体の規模は、会員20名くらいの小さなボランティア団体から、全国に支部が数箇所もあるようなネットワーク組織まで。
活動分野は、福祉から、森林整備、NPO支援まで。
紙面も、手書きのものから、カラー冊子まで…
と、多種多様です。


それらのニュースレターを見ていてふと思ったこと。


知識や経験を重ねると、世の中に訴える情報も使う言葉も、専門化していく。
足元の誰でも知っているような、逆に言えば身近なテーマには、注目しなくなっていく。


経験を重ねて、成熟することも大切。
でも同時に、近づきやすい、身近な存在であり続けることも大切。

公益活動をする団体は、「身近・簡単・とっつきやすさ」のベクトルと、「専門性・成熟度」のベクトルと、両方バランスを保ちながら活動を継続していくことが、大事なんだと思います。


(言うは易し、…だけどとりあえず言っておこう。)


(写真は、ただ今回覧中のニュースレターの一部。
※本文とは直接関係はありません)
犯罪者を生まない社会 [2006年06月20日(Tue)]

山口県光市の母子殺害事件。
20日、最高裁が「無期懲役」という高裁の判決を破棄した、というニュース。

今日の記者会見、妻と子どもを亡くした本村洋さんのコメント。


被害者も加害者も生まない社会をつくるためにはどうすればいいか、考える契機にしなければ、妻も子どもも、加害者の少年も犬死だと思う


犯罪者が生まれる理由を、教育のせいにするのは簡単。
学校の先生のせいにするのも、
若い親のせいにするのも、
メディアのせいにするのも、
ゲーム製作会社のせいにするのも、
子どものせいにするのも簡単です。

でも、それぞれが自分の問題として捉えなければ、何も変わらないと思う。

自分の身の回りで犯罪者を生まない自信はありますか?
自分の家族は? 友だちは? 高校の同級生は? 小学校の同級生は? 近所の人は?


私の今の立場でできることは、何だろう。

「日本にとっての難民・避難民対策研究」報告、その2 [2006年06月14日(Wed)]

前の記事で内容を紹介したので、感想をまとめます。

気になったこと、いくつか。


<提言3>
イメージを変える。「難民」という語のとっつき難い、また差別的なムードを減らすため、「難民」に代わる適正な表現を考察しよう。


この「表現」の議論、最近時々聞きます。

例えば、「外国人」という言葉は「犯罪・違法滞在」などネガティブなイメージにつながりやすいから、使うのをやめよう、とか。

でも問題は、言葉の表記ではなく、その言葉から連動されるマイナスイメージがあるということ。
誇張はあるにしても、現実として実在するということ、だと思います。

その根本を解決しない限り、表記をとっつきやすくしたところで、問題の解決にはならない。

「難民」という表記上の表現にこだわるよりも、その言葉が連想させる「可哀相」、「問題」、「弱者」…といったマイナスを軽減させる、現実的な働きかけの方を重視したい、と私は思う。

ちなみに、この「なんみん」という言葉については、研究メンバーも納得いってはいないご様子。
引き続き、「より良い言葉を募集中」とのことでした。


<提言8>
仮滞在許可制度や仮放免許可の下での生存保障。


今の日本で「生存保障」? 何の話?
…と、思うかもしれませんが、実情です。

仮放免許可の下では、労働が認められていません。
もともと裕福で充分な蓄えをもって来日するわけもなく、生活費を支援する民間団体はあるものの、受けられる人はごく一部。金額も最低限の生活を支える、微々たるものです。

つまり、食べるお金がない。
食べるためには不法就労をするしかない。

就労が認められていないということは、「生きる」ことが認められていないということ。

この提言の中で、何よりも切実な問題だと思います。


<提言14>
日本は十分に移民社会であることを知ろう。毎年国際結婚が3,4万組行われ、違法の外国人は1万人前後合法化され、1万数千人が帰化し日本人となっている。
外国人との真の交流、共生を考えよう。



…なんでこんな2回に渡って長々と書きつらねているかというと。

この国際結婚している人、帰化した日本人の一部に、私の個人的な友人が含まれているからです。
私自身が国外で「外国人」として過ごした中・高校時代の影響もあるかもしれません。
他人事だとは思えない…というか、現実的に他人事じゃない。

難民受け入れの問題は、根本的には在日外国人への対応の課題につながっているといつも感じます。
どこかで、「外国人がこれ以上増えると怖い、治安が悪化する、働き口が少なくなる、困る」という思いが、日本人側にある。
行政の消極的な対応には、そういった少なくない国民の意識が原因としてあると思う。

「日本政府は国際的に難民を受け入れるべきか」という議論じゃなくて、
まずは身近な生活の場で、その「難民」といわれる人たちを、自分の隣に住む人として、受け入れられるかどうか。
学校で、職場で、受け入れる制度が整っているかどうか。

その受け入れ態勢が整っていない限り、いくら難民認定者の数字が増えても、日本に来た難民に平安な生活が待っているは思えません。

そして日本人側の意識が変わらない限り、行政の難民・外国人に対する施策が変わるとも思えません。


果てしなく奥が深い、かつスケールの大きい、困難な課題ですが。
取り組めるところから、一歩ずつ。解決に近づけるように。
それぞれの立場から取り組んでいければと思います。


長々々と失礼しました。
(最後まで読んでくださった方、ありがとうございました)

注意「日本にとっての難民・避難民対策研究」報告、その1
「日本にとっての難民・避難民対策研究」報告、その1 [2006年06月14日(Wed)]

またまた、東京財団虎ノ門DOJOを覗いてきました。

同じ日本財団ビルの2階でやっているこの講演会。
(ずーっと前記事で紹介した「ブログ道」もこの講演会です)

今回のテーマは、「日本の難民・避難民の受け入れを考える」。
2005年度、東京財団で行われた研究事業の報告会です。


元東京入国管理局長の水上さんや、NPO法人「難民を助ける会」理事長の柳瀬さん、難民事業本部の大原さんなど、色々な立場の研究者が集まり、報告がありました。

私が個人的に、日本国内での難民受入政策に興味を持つようになったのは、2〜3年前から。

今回の報告会は内容が盛りだくさんで1時間15分の時間枠内には収まりきれず、質疑応答の時間がなかったのが残念。でも勉強になりました。


以下、配布資料より、研究結果としてまとめられた21の提言の一部をご紹介します。

※研究報告書は、東京財団 刊行物/成果物のページ からご覧いただけます。

************

<提言1>
難民審査参与員制度発足など、難民認定・受け入れ制度の改善が行われたが、これはあくまで改善の百里の道の第一歩。
今後、政管、メディア、社会が関心を低下させることなく、さらに難民を適正、公正に受け入れる体制を確立すべきである。

<提言2>
外国人についてあらゆるレベルでの教育に努めよ。
在日韓国・朝鮮人問題60年、インドシナ難民問題30年を経て未だ外国人差別と偏見がある。
家庭、学校、地域、職場で植民地時代を含む近・現代史、難民問題、異文化交流、多文化共生、民族・宗教問題などを、本格的に啓発し、教育しよう。

<提言3>
イメージを変える。「難民」という語のとっつき難い、また差別的なムードを減らすため、「難民」に代わる適正な表現を考察しよう。
とりあえず、難民との交流の機会や、難民に向けた役所の文書や学校生活の用語などは、できるだけ「なんみん」とひらがな書きをしてみよう。

<提言4>
アジアの向こうにも目を向け、遠い国、文化的につながりのない地域からの難民ももっと受け入れよう。

<提言5>
難民認定による受動的受け入れに加えて、能動的なクオータ(割り当て)難民受け入れに取り組むべきだ。例えば、タイ領内の一時滞在施設(難民キャンプ)に長期間滞在しているミャンマー(ビルマ)難民などを一定数受け入れることを真剣に議論しよう。

<提言6>
難民審査参与員制度の一層の充実を図り、事案の迅速かつ適正な処理が行われるようにする。

<提言7>
難民認定行政の客観性・適正性を一層強化する。
そのために、その運用の改善、難民調査官に対する研修(UNHCRからなどの)など、難民認定行政の水準向上に尽力すること。

<提言8>
仮滞在許可制度や仮放免許可の下での生存保障。
難民申請者が現在置かれている生活環境全般を把握し、その生存が保障されるための具体的施策を構築すること。

<提言9>
難民申請者の収容問題について。
制度上・運用上の改善が進められているが、裁判中の申請者も含め、人身の自由の尊重の観点から、「難民申請者の収容は原則として避けるべき」とのUNHCR執行委員会の結論を尊重しつつ、その収容が長期に及ぶことのないよう今後も十分に留意すること。

<提言10>
難民申請者に関する調査について、申請者の情報に関する機密保持を侵すような、当該申請者の国籍国の当局と協力しての調査は行わないようにすること。

<提言11>
難民の認定がミャンマーに偏っている現状について、他国籍の申請者の国際的な受け入れ状況や現在の認定実務の内容を吟味し、日本が国際社会において難民受け入れの役割を果たす上で十分であるかどうかを真摯に検討すること。

<提言12>
中国の法輪功関係の難民申請者に対しても、難民条約上難民と認められるものは、はっきり難民として認める。粛々と難民認定の原則を貫くべきである。

<提言13>
人口減社会の到来に当たって、内閣・内閣府に内外の有識者を結集し、「交流共生会議」を設置して、国家百年の計を議論しよう。

<提言14>
日本は十分に移民社会であることを知ろう。毎年国際結婚が3,4万組行われ、違法の外国人は1万人前後合法化され、1万数千人が帰化し日本人となっている。
外国人との真の交流、共生を考えよう。
参加と自立、そして成功への道を共に構想しよう。
(外国人を単に労働力の提供者と見たり、管理の対象としたりすることはやめよう。「経済主義」でも「治安主義」でもない道を探そう。)

<提言15>
日本に入国し、生活する外国人の70〜80%はアジアからの人々。
外工の大きな柱の一つ「アジアの一員」とこれをリンクさせて戦略を立てよ。

<提言16>
いわゆる「単純労働者」について、20年来、「国民のコンセンサスを踏まえつつ十分慎重に対応する」という思考停止をしている。
今こそぎ論をして、外国人労働者との共生の道を探そう。

<提言17>
市区町村に外国人の参加する「交流共生会議」を設け、日本に居住する外国人を社会の構成員として迎え入れよう。そして、「安全」と「安心」を日本人と共有しよう。

<提言18>
インドシナ難民への支援を持続する。
難民の子どもが増え、一方で高齢化で年金、介護などの問題も切実になる。
一層多様できめ細やかな支援が求められている。

<提言19>
今こそ日本版「北朝鮮人権法」の策定を急ぎ、脱北者包囲網を突き破れ。

<提言20>
関係諸機関は北朝鮮からの脱北者の大量発生に備え、世界各国と協調してアジアで人道外交の突破口を開け。

<提言21>
朝鮮半島や台湾海峡などのアジア有事の際、日本に来る難民の問題への対応、難民の収容・受け入れ態勢について、国と(沖縄や九州を初めとする)地方自治体などがいまからきちんと協議し、具体的な青写真を策定する必要がある。

************

…提言紹介だけであまりにも長くなってしまったので、感想はまた別に書きます。

注意 『「日本にとっての難民・避難民対策研究」報告、その2』 へ続く…
友人の結婚 [2006年06月11日(Sun)]

学生時代から出会い、一緒にいろんな経験をしてきた身近な友人のひとりが、結婚しました。
(ほんとは入籍したのは少し前ですが)

彼女の周りの人たちによる、暖かい手作りの結婚パーティー。

お相手はガーナ人。
ちょっとシャイでちょっと変だけど、素敵な人です。

…といっても彼のことはあまり深く知らず、おめでた&結婚の話を立て続けに聞いたときは正直戸惑いもありましたが。
パーティーに駆けつけた100人近くの人に囲まれて、いつもに輪をかけて幸せそうな彼女の笑顔を見ながら、あぁよかったんだなぁ、と心底思いました。

彼女のご両親は2人の結婚を機に、「自分たちなりに何か国際交流の一端を担うことをして、形に残す」という新しい夢を抱かれたそうです。


ここ3年くらい一緒にいて、喜怒哀楽をともにしてきたつもりだったけど、
彼女の涙を初めて見ました。


いつもどんと構えていて、私も含めていろんな人から頼りにされてる、みんなのお母さん的存在ですが、
(って同じこと誰かもいってたな)
頼りたくなったらいつでも頼ってください。

きっとこれから色々あると思うけど、幸せになってね。

おめでとう。


(写真はやりっちから拝借しました。ありがとう。)
えにしさんへ、御礼のメッセージ。 [2006年06月02日(Fri)]

1年目・2年目とすぐ側でお世話になったえにしさんが、6/1付の人事異動でオラレ推進室へTAKE OFF!されることになりました。


1年目は、障害者福祉担当のチームで。
2年目は、私が自然・スポーツ・災害担当専属になり離れたかと思いきや、8月から再び教育担当のチームで。

FAXの10件までメモリ発信のやり方から、
助成先団体の人との関係のつくり方、
「お客至上」の考え方、
効率的な業務のこなし方…

基礎といえる部分の大部分を、えにしさんから教えてもらいました。


名古屋出張に同行させてもらった時の話。
えにしさんは仕事関係の人とそのまま飲みに、私は途中で失礼して両親と食事に。
駅で再び合流し、「すみません」と謝った時に言われた、

自分の家族を大切にできなくて、何が福祉だって話ですよ

という一言が、一番印象に残っています。ずしんと響きました。


隣りで仕事しながら、業務をこなすスピードの違いに(当たり前だけど)へこむこともありましたが。
少しでも業務スピード追いつけるように、「本質」を忘れないように、
今後も噛みしめて精進します。

がんばろうっと。


この2年間、ありがとうございました。
…とはいってもまだまだ関係は続くので、今後ともよろしくお願いします m(_ _)m
チャレンジデー、結果報告。 [2006年06月01日(Thu)]

前の記事で「お楽しみに!」…などと言っておいて、ずっと報告をアップしてませんでした。
ごめんなさい。

(今これは6/15に、2週間前に遡ってアップしてます)


さて、終わりました、SSFチャレンジデー。

私が訪問した上富田町は、残念ながら対戦相手の南関町(鹿児島県)には負けてしまったものの、小鹿野町(埼玉県)には0.1%の僅差で勝ち、3地域が並んで見事銀メダルを獲得しました!

参加された住民の皆さん、そして各地域の事務局の皆さんのご健闘に拍手!拍手


負けた自治体は、1週間庁舎のメインポールに対戦相手の自治体の旗を掲揚する
というのがチャレンジデーのルールですが、
結果発表を聞いた後のくちくまのスポーツクラブの方の一言。

ふたつとも揚げちゃっていいですよね?

さすが、この言葉がすっと出るあたり、スポーツマン! 
気持ちいい。素敵です。


結果について詳しく知りたい方は、笹川スポーツ財団ホームページからどうぞ。