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5月31日は何の日? [2006年05月31日(Wed)]

5月の最終水曜日は、チャレンジデーの日です!

自治体ごとに住民のスポーツ参加率を競うこのイベント。

話を聞いているだけじゃなく、見て、体験してみないとわからない!


…というわけで、和歌山県は上富田町に来ています。

上富田のチャレンジデーを主催しているのは、「くちくまのスポーツクラブ」さん。
駅舎を改修したというクラブハウスの事務所にあるパソコンをお借りして、今この記事をアップしています。

今朝は6:00のウォーキングからスタート、この後もかみとんだ体操、梅摂りなどなど、夜の9:00まで趣向をこらしたプログラムがぎっしりです。


写真はくちくまのホットステーション。

また結果報告をお楽しみに!

1年半目の塩谷 [2006年05月24日(Wed)]

(予告どおり)、週末、新潟・小千谷へ行ってきました。

毎回いつも、そんなに高尚な目的と心意気をもって行っているわけではありません。
なんで行くのか?といわれれば…I just felt like it. 
なんとなく、というのが一番しっくりきます。


今回は、土曜日のお昼に東京を出発。
6月10-11に活動を予定している朝日山古戦場を見た後、塩谷の方々が住んでいる千谷の仮設住宅へ。
夜は、いつもお世話になってるおじいちゃんと夕飯を食べて温泉につかった後、再び仮設に戻り、手作りのさしみこんにゃくと、またまたお世話になっているKさんの手作りの筍炒めを肴に、晩酌。

日曜日は朝から長岡のごみ集積場へ。

業者との連絡ミスで解体されてしまった家のご家族の方と、集まった顔見知りのボランティア9名の方とともに、瓦礫の中から「宝」の掘り探し作業。

土砂と、トタン板と、木材と、家財道具が一緒くたになった瓦礫の山から、写真や、昔の手紙や、思い出の品々を探し出す。気が遠くなるような作業。


その家から嫁いだ方と、

「洗濯バサミとか、小さいものはそのままの形で残ってるんですね」
「うん。…ムカつくよね」

などという会話を交わしつつ。


「(今回壊されてしまった実家よりも、)自分の家のことを思い出しちゃって。
その家で同じように宝探し作業をしていた時、自分はその場にいなかったから。
もっと寒い中で、みんなこんな大変な思いしながら作業してくれてたんだなぁ」

家族の方のその言葉を聞いたとき、胸がつまりました。

宝探しの作業は、瓦礫を片付けることが目的なんじゃなく、
「住民の人と話しながらゆっくり時間をかけてやろう」

去年の5月、6月と作業をしていた時に繰り返し言われていた言葉の意味が、今回自分が実際作業に加わってみて、ようやくわかりました。



午後は、約半年ぶりに、また景色が変わった春の塩谷を見て来ました。




折れた桜の枝には、今年もちゃんと花が開いていました。



再び、新潟へ [2006年05月19日(Fri)]

今週末、再び新潟へ行ってまいります。

詳細はこちら、雨ニモマケズ 風ニモマケズをご覧ください。



とりいそぎ。
職員がブログをやる意味 [2006年05月13日(Sat)]

Canpan開設当初から言われていた、「ブログをやってみろ」
という話。

最近になってこの意味がようやく解ってきました。

自分の日々の業務内容を、全く知らない他人へ向けて理解しやすく伝えるというのは、簡単なようで難しい。

まず、自分が業務内容を充分に理解し、業務内容について納得していないとできないと思う。

(疑問を感じながらも「まぁでもこの内容で/このやり方でしょうがない」と思ってやっていることについて、ネット上で公開する気は起きません)


会長が職員にブログを書くことを勧めた理由は、
「職員の顔が見える組織でありたい」
ということもさることながら、

自分の業務内容について考えてみろ、と。
内容・質・思いも含めて、本当に公表できるような仕事をしているか?
もし公表できないなら、胸を張って公表できるようにするにはどうすればいいか考えろ、と。
そしてそれを実践しろ、と。

それが「公益」のための法人組織で働く職員としての義務なのだ、と。
競艇の交付金という社会からのお金を使って仕事をする、日本の公益活動をリードできるだけの資金元とノウハウを持つ日本財団だからこそ、なおさら先駆けて他の誰よりも進んでやれ、と。


それが開設から約1年経って考えた、そしてようやく公表できるまで納得した、私なりの解釈です。
(理解が遅いとか言われそうだけど)


それでも言えないことって、ありますが。
政策上公表するべきでないものとか、不用意に特定団体の信頼低下につながる可能性のあるものとか。

それらを除いては、なるべく発信できるように、心がけたいと思います。
ひいおばあちゃんの味 [2006年05月11日(Thu)]




今日、職場でいただいたお菓子。

さいたま市浦和、菓匠 花見の「白鷺宝(はくろほう)」。


71歳の気遣い」の記事でも紹介した曾祖母が、昔浦和に住んでいました。
小学生の頃、よく浦和の家に遊びに行くと、お土産に必ず持たせてくれていたのが、この「白鷺宝」でした。

すごく好きだったのを覚えています。
(何が好きだったって、味ではなく、本体(丸いとこ)を食べる前に、焼き目としてついている下のリングだけをかじるのが好きだった)

その頃からおいしいものは忘れない子どもでしたが、さすがに小学生でお菓子の銘柄や店の名前までの記憶はなく。

曾祖母が浦和から、大叔父夫妻と暮らすため都内に引っ越して以来、一度も目にすることも口にすることもないまま、時は過ぎ。あれどこで買えるんだろう…と一時期本気で探したこともあるくらい。


10年ぶりの再会です。

ひさしぶりの白鷺宝は、記憶の中よりも少し甘い味でした。



懐かしくなって思わず書いてしまいました。
Canpanについて、語り場 [2006年05月09日(Tue)]

私の職場では、2〜3ヶ月に1回、組織のトップである会長との「語り場」があります。
8〜9名ずつの職員が1グループで部屋に入り、毎回様々なテーマについて話し合うというもの。

数ヶ月前からは、もっぱら日本財団コミュニティサイトCanpanにテーマを絞って、役員とCanpan担当職員も加わって行っています。


今回のテーマは、口火を切ったメンバーの疑問から。

Canpanの最大のインセンティブとは?

いろいろな意見が出ました。

Canpanが対象としているユーザーは、公益活動をしている団体、人。
その団体/人たちの最大の関心は、いかに活動に必要な『お金』を集めるか。
Canpanは、寄付を受けたり、助成金を受けたりなど、お金につながる場であることが最大のインセンティブになる


他のサイトにない、新しい機能があることが、インセンティブになる

まずは情報量を多くすること。
情報量が多い=リンクが多い=Googleなどの検索にヒットしやすい=団体が発信した情報が目に止まりやすい。
発信する情報が多くの人に見てもらえるということが、インセンティブになる


…など。


じつは、このつぶろぐで最後に語り場の記事をアップしてから今までの間に2回(+職員全員参加の拡大版1回)、語り場がありました。
テーマは、「Canpanのコンテンツアイディア募集」、「Canpanに対する疑問」、など。


ここ数ヶ月の間、サイト上の情報も機能も充実し、ユーザー数も増え、職員の間での浸透度もだいぶ変わってきたように思います。

ただ、いつも語り場が終わった後にのこる消化不良感が。
かゆいところに手が届かない。
この感じはなんだろう?


正体不明のもやもやを抱えつつ、とりあえず解消できるところからひとつずつ取り組んでいこう!
(前向きに取り組む気持ちは人一倍あるつもりです)
ということで。

バーチャルメンバーに登録したまま放ったらかしにしていた日本財団コミュニティサイト研究会のブログに、少しずつ参画し始めました。

(一緒にCanpanのあり方について考えてくれる、バーチャルメンバー募集中です!)


どうせやるなら、いい仕事をしたいものです。
「ユーザー数を増やす」こと自体が目的化してしまうような、本末転倒なことはしたくない。

そもそも何を目指して立ち上げたのか?
何がこのサイトの目的なのか?

「公益」という、このサイトの名前が語る原点を忘れずに、いいサイトをつくっていければと思います。



(…えらそうなこと言ってますが。)

注意 第2回目語り場の様子はこちら↓
『公の仕事を民がやる』ということ
『父と暮らせば』 [2006年05月04日(Thu)]



父と暮らせば
原作 井上ひさし「父と暮せば」(新潮社刊)
監督 黒木和雄
脚本 黒木和雄/池田眞也
カラー/100分/日本

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ゴールデンウィーク、実家に帰省中のこと。
近所のビデオレンタル屋は1本100円(!)のセール中、ほとんど貸し出し中でかぎられた選択肢の中から、ようやく母と見たいものが一致したのが、これ。

というわけで、myスクリーン初のビデオものです。


ストーリーの舞台は、広島に原爆が投下された3年後。
原爆で父や友人を失った女性のもとに、父の亡霊が現れ、父との会話、衝突、葛藤を通して、周囲の人間の「死」を受け止めていく物語。

「黒木和雄監督の戦争レクイエム3部作の最後の作品」だそうです(公式HPより。)


原爆、戦争、テロ、殺人、交通事故、病死、自殺…
どれが原因であっても、失われる命は変わらない。

それでもやはり、一度に30万人の人が亡くなるという悲惨さは、壮絶なものがあります。

決して「衝撃的」な悲惨さを訴える作品ではなく、日々の日常の生活を通して、じわじわと押し寄せる喪失感、生き残ってしまった自分に対する自責の念、亡くした人に会いたいと思う気持ちを描いた映画だからこそ、胸に迫りました。


母と2人共通の感想は、
「登場人物3人だけでこれだけの世界を描き出すのは、すごいね」
ということ。

もうひとつ私の感想をつけ足すと、…宮沢りえがとにかく綺麗。
このひとは復活するべき女優だったんだなぁ、と思いました。


静かな時間に、見てみてください。