CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

Main | 2005年10月»
カテゴリアーカイブ
<< 2005年09月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
Google

ウェブ全体
つぶろぐ
最新記事
最新コメント
sono
奄美出張4:伝統を伝えるということ (08/17) awa
出発の朝 (11/26) awa
カプチーノ (11/26) Kenzo
出発の朝 (11/24) わんな
出発の朝 (11/24) ちびすけ
カプチーノ (11/24) ssf.taka A
カプチーノ (11/21) アリサカ
お知らせ:11月からインドで働きます (11/10) awa→B&G岡田さん
お知らせ:11月からインドで働きます (11/09) B&G岡田
お知らせ:11月からインドで働きます (11/09)
最新トラックバック
月別アーカイブ
「実践野球教室と栄養学講座」2 [2005年09月27日(Tue)]

さて、「実践野球教室と栄養学講座」1に引き続き、野球教室の話。



今回はその第2部、お母さん向けの栄養学講座の話です。
講師は、管理栄養士の海老久美子さん。

中学・高校時代はバスケットの選手だったという長身の海老さん。
「スポーツを通じてどのように食べ物を考えていくか」が、彼女の仕事のテーマです。

印象に残った言葉をいくつか。


たくさん食べる選手は強い。特に試合前、朝たくさん食べる子は強い。
味覚、食生活の週間は子どもの頃に作られるもの。

高校球児になってから急に朝食べろといわれてもそうはいかない。
「朝たくさん食べろ」といわれてうんざりしながら食べるのと、「朝からいっぱい食べれる、ラッキー!」と思いながら食べるのとでは、試合で発揮できる力が全然違う。


「プロテイン」は、「たんぱく質」のこと。白い粉のことを言うのではない。

いろんなサプリメントが出回っているが、救急箱程度に考えておいて、基本は食事で摂るのがベスト。
食べ物には、必ずよけいな栄養分がついていくる。
にんじん、トマト、豚肉…含まれている栄養分はひとつではない。
サプリメントで摂れる栄養分はひとつだけ。

その「おまけ」の部分が、人間の身体をつくる大切なもの。


ご飯は腹持ちがよく、スポーツ食には適している。
この話をすると、「お母さんの作ったおにぎりよりコンビニのおにぎりの方が美味しい」という子がいる。なぜかというと、コンビニのおにぎりはお米を炊くときから塩を入れて、味がついてるから。
濃い味の方を「おいしい」と舌が認識するようになってしまう。

そうではなくて、「お母さんがにぎったおにぎり」の美味しさを、ぜひ子どもに教えてあげてください。



↑この最後の一文が私はとてつもなく好きでした。

子どもは1人で育つんじゃないんですよねぇ…(しみじみ。)
健全な子どもを育てるには、母親、父親、先生、少年野球のコーチ、周りの人が変わらなきゃいけない。

そのことを実感した講座でした。

さて。そろそろ家に帰って白米のおいしさを噛みしめます。
「実践野球教室と栄養学講座」1 [2005年09月27日(Tue)]

…ご無沙汰してしまいました。
休みの日はどうーもパソコンに向かう気になれなくて。ネタはいっぱいあるんですけどね…
ブログなのに全然リアルタイムじゃないですね。すいません。
でもこれからもマイペースで参ります。


さて。

9/24(土)、世界少年野球推進財団が開催する「実践野球教室と栄養講座」に行ってきました!
場所は東京都世田谷区にある、駒沢オリンピックセンター。(初めて訪れました)
…の、予定だったのですが、あいにくの雨のため、目黒区立第十中学校に場所変更。

地域の少年野球の指導者と、そのお母さんたちを対象に、「正しい指導方法」と「正しい食事のとり方」を教えるという教室です。

詳しくは同じチームのTさんがホームページにアップしてくれるということなので割愛しますが。


指導者への実践教室、指導にあたるのは、元プロ野球選手の村田兆治さん、田野倉利男さん、水上善雄さん。

スポーツ担当といいながら、これまでスポーツとは無縁の世界に生きてきた私なので、この3人の方に指導してもらえるという有難味をどれだけ理解できてるか疑問ですが。

でも、3人の姿に感動しました。
何が感動したって、とにかく教え方が丁寧。

私みたいな素人の助成財団担当者にも、ちゃんとボールの投げ方を1から教えてくれる。
「打ち方」の練習では、小さな子ども(小学校2年生くらい)にも、もう自分のスタイルが固まってしまった50代の指導者にも、フォームが良くなるまであきらめずに懇々とアドバイスをする。

村田さんや田野倉さんの周りに集まって、真剣な顔をして説明に耳だけでなく全身を傾けている子どもたちの表情を見ながら、「大人が真剣になれば子どもは真剣に聞く」というどこかで聞いた言葉を思い出しました。

村田さんは、離島の子どもたちに野球を教えることをライフワークとしていらっしゃるとのこと。
「離島というとどうしても勉強もスポーツも何もかも遅れがちになる。野球がうまくなることを通して、自信を持たせたい」とのお話。

やっぱり、まわりの人に夢や力与えられる人はすごい。

ボランティア活動とか公益活動の支援をしていると、こういった熱い人に会えるのが何よりも楽しみです。

村田さん、田野倉さん、水上さん、
栄養学講座で素敵な話をしてくださった管理栄養士の海老さん(こちらの話も良かった)、
事務局切りもりしてくださる久須美さん(前日の青森県三沢からの帰宅後、泥まみれの洗濯物をひとりで片付けられたという、たくましい女性の方です。これからもお世話になります。)
同行してくださったえにしさん、そして田野倉さんが去った後まで投げ方を教えてくれたTさん、

ありがとうございました!
それぞれの道 [2005年09月20日(Tue)]

9月、10月と続く秋の3連休、1回目。
2回目と3回目は仕事の用事が入っているので、唯一自分の自由に使える今回の連休。
…でも特に旅行するでもなく、茅ヶ崎とか桜木町とか神奈川近辺をうろうろしてました。

この週末、学生時代から続いている関係の人たちと会って、一緒に時間を過ごしていて感じたこと。

20代の前半というと、ちょうどみんな自分の道を選んでバラバラに歩き始める頃で、
つい周りの人と比べてしまったり、環境が変わって自分の価値観がゆらいできたり、社会に出てもまだまだ半人前で仕事のやり方や、ひいては生き方までに急に自信を持てなくなったり…

実際私も、去年は地に足がついていなくて雲の上を歩いているような不安定な気分になる時期が多々ありました。(今も少なからずあるかも)

私の周りの人たちの中には、会社をやめて、新しいバイト先で毎日遅くまで仕事をこなしながら家族を養う人もいれば、家で生まれたばかりの子を抱えながら一人きりで子育てに奮闘してる人もいる。
単身で海外に留学しながらも日本で行政書士になるための試験勉強をしてる人もいれば、目標売り上げを達成できないことに悩みながら外回りの営業で闘う人もいる。

自分に自信が持てない時は特に、どうしても人と比較してしまいがちですが。
外で働く人は外で働く人、家で主婦業をやる人はその人なりの悩みがあって、どっちの方が偉いとか、どっちの悩みの方が深刻だとかは、比較して計れるものではないと思う。
「忙しい」=「偉い」わけじゃないし、「稼いでる」=「偉い」わけでもない。

自分が選んだ生き方の中で、それなりの悩みを抱えながら、「自分はがんばってる」と胸張って言えるくらい精いっぱいやるしかないんだよなぁ。

…そんなことを思った連休でした。


「公の仕事を民がやる」ということ [2005年09月13日(Tue)]

ふたつ連続で、仕事の話です。

私の職場では、2〜3ヶ月に1回、組織のトップである会長との「語り場」があります。
6〜7名ずつの職員が1グループで部屋に入り、毎回様々なテーマについて話し合うというもの。

今回がまだ2回目。テーマは、日本財団で働く上での「モチベーション」について。

話の概要はこんな感じでした。


 (イントロダクション)

 日本財団は自由な組織。一般企業のように業務の期日や達成目標がない。
 自由度が高いということは、それだけ職員の自己管理が求められる。
 自己管理が大事だということは、働く上でモチベーションをいかに上げるかが大事。

 待っていて入ってくる知識は死んだ知識。
 生きた知識は、一生懸命現場で働いている人間や勉強している人間からしか入ってこない。
 生きた知識を得るには、自分から出向いて、近づいていかなければいけない。


 ▲モチベーションとは何か?

 モチベーションの背景には、「使命感」がある。


 ▲では、「使命感」とは何か?

 使命感:使命を成し遂げようとする責任感 (三省堂提供「大辞林 第二版」より。)
 (↑戻ってから辞書で調べてくださいとのことだったので調べました。)

 何かの目標があってこそ、使命感が生まれる。


 ▲使命感の先にある「目標」とは何か?

 使命感とは、何かの責任を果たすためのもの。
 

 ▲その責任とは?

 日本は、公のことを「お上」という、公尊民卑の文化。
 市民が革命を起こして国を作ったイギリスやアメリカとは違い、公の権限が大きい。
 だが、「公」に任せているだけでは国が持ちこたえないということに最近人々が気づいてきた。
 そこから、NPOなどの市民活動が生まれている。
 
 日本財団が財源とする地方自治体が運営する競艇のお金は、「公」のお金。
 その「公」のお金を、民間人が扱う。「公」の仕事を民間人がする。
 そんな例は他にはない。他の特殊法人はほぼ全て役所の人間が組織に入っている。

 日本財団は、「公」の仕事を「民」がやってみせるというモデルケースとして存在する。
 その自覚(使命感、そこからくるモチベーション)を職員の人たちに持ってもらいたい。



…6人の意見をうまく引き出しつつ、会話を回して最後に落としどころにまとめる、会長のファシリテーションの手腕に毎度のことながら感服してしまいます。
会長のペースに埋もれつつ、今日も1時間半が幕を閉じました。


ここからは個人的な感想。 
私が財団で仕事をしていて、モチベーションが上がる瞬間は3つあります。

1つ目。

外部の講演会やシンポジウムに参加したり、団体を訪問して現場で働く人の話を聞き、自分の無知を痛感したとき。
「あぁーもっと勉強しなきゃなぁ…」という反省から生まれるモチベーション。


2つ目。

同じ助成財団で働く人、同じ職場で働く上司や先輩から、仕事に対する熱い思いを聞いたとき。目標となる目指す姿が見えたとき。
「私もこんな人になりたい!」という目標から生まれるモチベーション。


3つめ。

一般企業に勤める人から、サービスに対する姿勢、時間管理など働く上での姿勢や考え方を聞いたとき。
「自分(の職場)はまだまだ甘いなぁ」と、負けず嫌いから生まれるモチベーション。


自由な組織で、正直、自由すぎて目指すものや今やらなければいけないことが見えにくくなる時もあります。
そんなときに「課題」や「目標」が目の前に現れると、それに向かっていけばいいんだ、と思える。

仕事上で合う外の人、職場の人、プライベートの友人や知人、色々な人からの刺激を受けながら、励まされながら日々やっていけてるのだと、つくづく思います。

ただ、その課題や目標に向けて、どれだけ実践し行動に移していけるかも、自分の努力次第。

…なんかまとまらなくなってきましたが。
忘れないうちに書き留めておきたかったので、まとまらないままですがとりあえず今日はこの辺で。

「50万1円」の価値 [2005年09月13日(Tue)]

仕事の話。
日本財団という助成財団で助成金を出す仕事をしています。

この仕事、世間一般ではかなり特殊な部類に入るらしく、知らない人に説明してもなかなかわかってもらえない。(誰かいい説明の仕方を思いついた方は教えてください)

同じ職場の大先輩のブログから言葉をお借りすると、

  "助成金"の仕事をしています。
  社会の良き財布としてどんな生き方ができるか?  
  公の制度にのらないものをいかに手伝えるか?


…を、考える仕事。


で、タイトルにある「50万1円の価値」の話ですが。

ネオキャリアという会社の西澤社長のブログを、ある人から紹介してもらいました。

「例えばお客様が我々に50万円支払ってくれ、サービスを使ってくれたとする。
それはうちのサービスに50万円1円以上の価値を感じてくれるから、任せてくれるのである。
そして100万円以上の価値を感じてくれるから、次も使ってくれるのである。」

この「1円」の価値が、大きいと思う。
企業が提供するサービスと、財団が提供する助成金。もちろん性質は全然違うのですが、自分の仕事に当てはめて考えてみました。
同じ30万なら30万の助成金でも、他の財団からではなく日本財団からもらう価値(=「30万1円」以上の価値)をつけるようにする。

それは日本財団が提供するプレスリリースやホームページなどの広報だったり、窓口となる事業担当者が提供するアドバイスや情報だったり、つなげる人脈だったり…

そこに価値を見出して、「何かやりたい」という熱い意思を持った人たちが日本財団に集ってきてくれるようになると、理想的だと思う。

…ただずっと継続してサービスを提供し続けることができないところが、企業とは違ってツラいところですけどね。


助成金に、1円以上の価値をつけられる担当者になりたい。
(まだまだ修行の道は長いです)
親子で稲刈り体験 [2005年09月12日(Mon)]



日曜日、埼玉県の「子育て応援隊むぎぐみ」の農業体験教室を見学させてもらいに行ってきました!
来週の予定だったのが、予想以上に早い稲の成長で1週間早まったとのこと。

集合場所の「さぎ山記念公園」に集まった参加者の子どもたち、みんな虫取り網や虫かごを抱えていて、「あれ? 今日は農業体験では? みんなただ遊びにきたのか?」と不審に思っていたのですが、すぐに納得。
公園から活動場所の田んぼまで歩いて5分ほどなのですが、道の途中で立ち止まって、農水路?と思われる小川を覗き込んでいるのです。にごった川の水面をよくよく目を凝らしてみると、中にはザリガニや魚が。

子:「ザリガニ取ろうぜ」
母:「やめなさい、帰りにしなさい」
子:「なんでー?(不満そう)」
母:「取ったザリガニどこに入れるの?」
子:「…そっか」

と、微笑ましくなるような親子の会話があちこちで聞かれました。

私が小学校の頃育った愛知県もかなり田舎だったので、栗拾いやザリガニ取りに行った思い出はありますが(それで泥にはまって半泣きになりながら父親に救出してもらったことも)、……今ではこういうことも、ボランティア団体がセッティングして企画しないとできないことなんですかね。

でもこれがきっかけになって、家族だけでも虫かごを持って近所に探検に出かけるようになるといいですね。

この連続教室、「母ちゃん塾ファーム・インさぎ山」を主宰していらっしゃる萩原さんという方が農業指導者なのですが、この萩原さんのお宅というのがさぎ山公園の中にある(!)素敵な昔ながらの木造日本家屋。広い庭(…というより、公園全体が自分の庭?)には木かげあり、米ゴマ用の土俵あり、刈り取った稲を干す竿あり。
そのお宅の隣りにはひっそりと佇む青いメゾネットタイプのアパートがあり、(ここに住みたい…)とちょっと本気で思ってしまいました。

いいなぁ。

そんな休日でした。
続きを読む・・・
New Orleansのハリケーンについて [2005年09月09日(Fri)]



NHKのクローズアップ現代「巨大ハリケーンの衝撃〜揺れる超大国アメリカ〜」(9/8(木)19:30放送)を見ました。

今回のハリケーンで大きく取り上げられるのがミシシッピ州のビロキシとルイジアナ州のニューオリンズ。
ニューオリンズはアメリカ滞在中に旅行した都市の中で、個人的に一番好きな街だっただけに衝撃です。

ニュースの中で印象に残った言葉。
"They call us refugees, but we are no refugees. We are survivors."
(報道や避難所では難民と呼ばれるが)私たちは難民じゃない、生き残った者だ。

「難民」「被災者」という言葉を何気なく使うけれど、そう呼ばれる人のみじめさは体験した人にしかわからない。
一人ひとり家があり、家族があり、仕事があり、生活があったこと。人間として当たり前のことが、「難民」「被災者」という言葉でひとくくりにしてしまうと、急に見えにくくなってしまうような気がします。

政府は、非難を拒否して市街地に残る住民に対する援助を打ち切ったそうですが、その中で残っている住民が命をつなぐための必要な支援物資を配って回るボランティアの活動が紹介されていました。
ただ強制退去を進めるだけでなく、安心して避難できるような説得の仕方や、住民が自分たちの暮らした居場所で安全に暮らすにはどうすればいいかの方法を考えてくれる人が、行政の中に一人でもいてくれることを願います。

それでも失われた命は戻りませんが。

また道端で演奏するサックス吹きのおじさんを眺めながら、オープンカフェでベニエを頬張れるような平和な風景が、1日も早くニューオリンズに戻りますように。


日本の大分・宮崎の台風被害も深刻です。
日本財団からも職員が現地入りしました。詳細はこちらからどうぞ。


震度7 新潟中越地震を忘れない [2005年09月06日(Tue)]

『震度7 新潟中越地震を忘れない』
文・絵 松岡 達英 
発行所 ポプラ社
----------------------------

新潟県中越地震の被災地・川口町にアトリエを持つ著者が、地震発生から数ヶ月の間の出来事をイラスト・写真まとめた本。
地域の被災者から見聞きした体験談が、「となりに住むおじさん」の視点から、人間味あふれるタッチのイラストとともに描かれています。

2004年10月23日に起こった新潟県中越地震では、日本財団からも発生直後から職員が現地入りし、ボランティアセンターの立ち上げ支援や、県外ボランティア団体のための活動拠点の提供など、様々な支援を行ってきました。
私も財団に就職して1年目(当時)のひよっこですが、厳しい上司(?)と暖かい先輩とともに計7回に渡り現地入りしました。4月に訪れた際、まだ雪の残る川口町の道の駅で、名産品のせんべいや野菜とともに店頭に並んでいたのがこの本。

パラパラと中を見て、その場は買わずに帰ったもののなんとなく気になっていたところ、数ヵ月後に東京の日本財団ビルを訪れてくださった川口町の町長さんが偶然にも持ってきてくださいました。
(それを上司からお借りしたまま、勝手に紹介しちゃいます)

印象に残った部分を下に抜粋します。

「“さいそくのない借金はしておくものだ”っておやじがよくいっていたけど、今回の地震でその意味がよくわかったよ。ボランティアの人たちがしてくれたことは、さいそくのない借金のようなもの。ありがたく借りておいて、いつか、別の人に返せばいいんだ」(p.63)

「地震から2日め、避難していたホテル前の広場から、身のまわりで使うものをアトリエに取りに行き、重い荷物をかかえながら歩いていたときのことだ。
 昨日までそびえるように立っていた川口町のメッセージタワーが大きくかたむいているのが目に入った。タワーの基部のまわりのアスファルトはめくり上がり、赤土がむき出しになっている。
 ため息をつきながら何気なく地面を見ると、1輪のリンドウに、オレンジ色のアカタテハがとまっているのが目にとびこんできた。真っ青な秋空の下、太陽の光をあびて、リンドウはいつもと同じようにしっかりと青むらさきの花を咲かせ、アカタテハは何ごともなかったかのように悠然と舞いはじめた。人間がつくった巨大なタワーは地震で大きくかたむいてしまったが、足でふめば簡単に倒れてしまう可憐なリンドウは、昨日と変わらない姿で静かにいのちをつないでいる。

 (中略)

 人間のつくった建物は動物にとっての巣のようなものだが、人間の巣はあまりにも巨大化してしまった。自分の巣に押しつぶされる動物は人間以外にはいない。人間と自然との距離をつくづく感じさせられた。
 しかし、落ち込む私を元気づけてくれたのは、その人間だった。(中略)自然は今まで築きあげてきたものを奪っていったが、他人を思いやることの大切さや、自然とともに生きている人の強さを教えてくれた。

 (中略)

 山はくずれ、地面が引き裂かれても、自然は必ずよみがえる。
 地震に打ちのめされた人びとも、やがて、ひび割れた田んぼを修理し、壊れた家を建て直して、新しい生活をはじめるだろう。
 ふるさとはきっとよみがえる。
 あの1輪のリンドウは、私にそのことを教えてくれたのだ。」(pp.68-70)


自然災害が起こり現場に入る度に、「自然の威力」と、電気や水道が通じなくなり、家や身の回りのものを失い身一つになった時の「人間の無力さ」と、その状況の中で感じる「人の温かさ」を痛感します。
数ある災害に関連する書籍の中で、その「人の温かさ」の部分を感じとれる本です。

巻末には、「自分の身を自分で守るための地震マニュアル」(イラスト入り)もついています。
家族で持ち出す物品の例など、具体的で解りやすい。(この部分だけ抜粋して日本財団のホームページで公表したいくらい)

どこかで見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。
このブログについて [2005年09月06日(Tue)]

最近、私の周囲でぽこぽこと五月の竹の子のようにブログが立ち上がっている。
その流れに乗るわけではないけど、私も開設してしまいました。

日々の暮らしや、日本財団での仕事の中で、体験したこと、感じたことの中から個人的なつぶやきをつらつらと書きつらねていくつもりですが、見てくれた人の琴線に触れて楽しんでいただけたら幸いです。