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deaf と Deaf の違い [2009年11月05日(Thu)]



手話の世界を訪ねよう
亀井伸孝
岩波ジュニア新書

---------------
手話ネタ、3連続の最後です(たぶん)。


手話を勉強し始めたときに秋山なみさんと亀井さんによる共著『手話でいこう』を借りて読んでいたけど、それ以来の再会。

手話を聴者の文化から見るのではなく、日本語とは異なる「ろう文化」に基づく言語として理解してもらいたい、と書かれた入門書。

ろう文化について、言語として認められなかった苦い歴史について(残念ながらまだ一般的には言語としての認識は低い)や、世界各地のろう文化についてもわかりやすくまとめられています。


文化人類学者の観点から手話の世界をみる視点が、新鮮で面白い。
(しかもご専門はアフリカのろう文化)

ひとつの異言語、異文化であれば、中国やアフリカを研究する学者がいるように、ろう文化を研究する文化人類学者がいても当然。



手話とろう者の定義について:

世界各地で、耳の聞こえない人たちの集まりが、手指や顔の表情を用いた視覚的な言語を話していることが知られている。
この諸言語を『手話(手話言語)』と総称し、この人びとを『ろう者』と呼ぶ
」。


他、印象に残ったこと:
・『the Deaf』と『the deaf』の違い

「(自分は「ろう」という文化集団のひとりだという)アイデンティティに基づいたろう者の自称として、アメリカ英語では、Dを大文字とする『the Deaf』という表現がよく使われています。
小文字の『the deaf』が聞こえない人びと全般を指す広い医学的な表現であるのに対して、『the Deaf』は本人の文化への帰属意識に基づいた文化人類学的なカテゴリーです

(pp.73〜74)


・アフリカにおいて、ろう者に対する教育の向上などの初期の開発支援は牧師によってなされたこと。
黒人で初めてギャローデット大学を卒業し、「アフリカろう教育の父」といわれたアメリカ人のアンドリュー・フォスター牧師。

やっぱりこういう活動の初期にミッショナリーが果たした役割はすごいと思う。
(ハンセン病患者・回復者のケアも、ミッショナリーの存在抜きには語れません)



先週の報告会で亀井さんとお会いした際に、聴者と話すときでも自然と手話がついていました。
その滑らかさにすごい〜と思わず見入ってしまったけど、あれは手話と日本語両方一度に話していたのか? それとも日本語対応手話だったのか??

次に機会があったら手話に集中して見習わさせていただきたいと思います。
(同じように二言語同時に話せるようになるには、だいぶハードル高いけど…)
「外国人に言葉が通じた!」うれしさ。 [2009年11月05日(Thu)]



「手話って世界共通なの?」

と、よく訊かれますが、違います。


音声言語がそれぞれの地域で生まれてそれぞれの国・地域で変化していったように、手話もまた国・地域ごとに異なります。
(東京と関西でも微妙に違ったりします)


日本手話で育ったろう者は、日本語よりも、他国の手話の方が理解しやすいそうです。

ろう者同士で話すスピードにはやはりついていけませんが、手話初心者向けにゆっくり簡単な単語で話してくれると、ちょっと通じる。


どんな会話かというと、

私:日本手話(のつもり)
ケニー:香港手話


私)「日本に来るのは初めて?」

ケ)「3回目。
1回目と2回目は遊びで、3回目は仕事。

香港に来たことはある?



私)「まだない。

飛行機のトランジットではあるけど、空港から外に出たことはない。

いつか行きたい



おお〜。会話になってるじゃないですか!
ちょっとうれしい。

…とはいえ、大部分はウッディー教授とヨシダくんに通訳してもらい、残りはついていけずにひたすら手の動きをにらんで固まってましたけどね。

そろそろ初心者から脱したいなぁ。
いきなり手話で話しかけられても読みとれるようになりたいなぁ。。


ケニーに最後に訊かれた質問:

「将来はろう者に関わる仕事をしたい?」
(これはウッディー教授に訳してもらいました)

ん〜 わかりませんが、
手話やろう者の文化とは関わり続けていきたいと思います。


周囲の先生方、よろしくお願いします!!



(写真はアジア各国の手話辞典

と、その中身)



手話でつながる世界 [2009年11月05日(Thu)]

先週の金曜日、財団の助成事業の「アジアに拡がる手話辞書・教材の人材育成プロジェクト」の事業報告会のお手伝いに行ってきました。

香港中文大学から事業責任者のジェームズ・ウッドワード教授とグラディス・タン教授、コース受講中のケニーさんを招いての報告会。

ろうあ連盟や手話研究者などをはじめ25人の方々にご参加いただきました。

通訳者は、
英語⇔日本語2人、
日本語⇔日本手話3人、
英語⇔香港手話1人の、
計6人。

音声言語のみで行われる会議よりもインタラクティブな感じがする。
妙な一体感がありました。


(写真はイシイさんのブログから拝借)


印象的だったのは、ろう者の集まりは意外と私語が多いということ。

説明の最中も、くるっと振り向いて、または隣の人の肩をポンポンと叩いて、私語が始まる。

「今のどういう意味?」

「えっ? 研修中は食費も宿泊費も無料ってこと? いいね!」

(そして目の前の人にしか話していないつもりでも、会場中から読み取られてしまうので要注意です)


もうひとつ印象的だったのは、
「他国の大学と新しいネットワークを築くときはどうやって選ぶのか?」
という参加者の質問に対するウッドワード教授の答え。

「まず対象とする事業国を絞って、次に世界ろう連盟に連絡し、
候補国にしっかりした当事者団体があるかどうかを調べる


対象国・地域の当事者団体の協力は、研修生の募集やプログラムの内容など、プログラム推進の上で不可欠だそうです。


当事者の中から、問題解決に向けて動ける人材を育てたいのは、ろう者もハンセン病回復者も同じ。

しっかりした当事者の団体があり、当事者のエンパワメントがある程度進んでいる地域でなければ、さらに次のステップを目指す新しい事業を立ち上げるのはうまくいかない。
事業の中核を担える当事者の人材が存在しないからだ。


終了後にその感想をいうと、
「そりゃそうだよ。ベトナムでは事業を始められるようになるまで20年かかったよ」
といわれた。

…そうですよね。
ハイ。


たまに他の事業を覗くと新鮮で楽しい。

日本財団の海外における聴覚障害者支援事業についてもっと知りたい方は、こちらをご覧ください。

イシイさんヨコウチさん、ヨシダくん、貴重な機会をありがとうございました&お疲れ様でした!