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2011年08月26日

ナージャの村

今日は、サマースクールの2日目。
初日よりは緊張もほぐれて、和やかな雰囲気で
楽しく英会話&お友達つくりができたかな。


そのあと、会場のとよなかすてっぷで映画上映会があり
「ナージャの村」という映画を見て帰ってきました。


概要(公式ホームページにとびます。):
ベラルーシ共和国ゴメリ州ドゥヂチ村。
チェルノブイリ原発事故で汚染された小さな村。
皮肉にも、放射能に汚染された村は、原子力の恩恵を受けない生活を続ける村だ。

政府からの立ち退き要請で、村は地図から消えてしまった。
村の3ケ所の入口はゲートで遮断され、 外部の人間は許可証がないと入れない。

それでも故郷を離れず、汚染された村に残る6家族がいる。
ユートピアのように美しい村。四季が移ろう。
麦やじゃがいもを育て、きのこを採り、詩を口ずさむ。
美しく厳しい自然とともに、大地に根ざして明るくたくましく生きる彼らの暮らしは、
豊かさとは何かということを私たちに教えてくれる。

本橋成一が、写真家ならではの美しい映像で綴る、いのちの大地の物語。



という映画ですが、まさに、今の福島第一原発周辺の状況(と今後)について
考えさせられます。


映画は、美しく豊かな大自然と、季節の移ろいのなかで、
必死に、でも、牧歌的に暮らす人びとの日常を
とても静かに、淡々とスケッチしていきます。

せりふもほとんどないのですが、
笑い、涙、喧嘩、寂しさ、やるせなさ、決意・覚悟、悲しみ、喜び・・・・
さまざまな感情がじんわりと胸に迫ってきます。

一方で、それは、「放射能汚染のために、地図上から消えてしまった町」
に住む人だからという感情でもありません。
ともすると、そうした過酷な現実は忘れてしまいそうな暮らし・・・


だけど、映画の冒頭では、制作のきっかけとなった
村の老人のことばが紹介されます。

「どこへ行けというのか。人間が汚した土地だろう。」(アルカジイ・ナボーキン)


変わりゆく季節のなかで、変わらない大自然の摂理のなかで、
人間が汚した母なる大地・故郷。


そこから去って行った人たちも、故郷の土に帰っていく。
そこが、生まれた土地だから。
そして、そこにとどまっている人たちが、必死に故郷の土を耕し、
芽を育て、いのちを保つ。
それが、生まれた土地で自然とともに生きていくということだから。


たとえ、地図から消えてしまっていても(消されてしまったとしても)、
その土地で生きる、その土地で眠る人たちがいる。
逆に、その土地から去った人、戻れない人たちもたくさんいる。


そのことは絶対に忘れてはいけない。
そして、チェルノブイリ事故から25年たっても
決して終わっていないということを、
じんわりと語りかけてくるような映画でした。




2011年07月01日

ミツバチの羽音と地球の回転

今日は、吹田市民会館で、
鎌仲ひとみ監督の
「ミツバチの羽音と地球の回転」
というドキュメンタリー映画を見てきました音符
オフィシャルサイトはこちら


いかにして自分たちのエネルギーの未来を切り開くのか?と
問いかけて、
スウェーデンにおける持続可能なエネルギーについての取り組みと
上関原発計画に揺れる瀬戸内海の小島、祝島での闘い
を描いています。

どちらも、問題に直接対峙する人たちは、小さな小さなミツバチ。
でも、その羽音は途絶えることがなく、
それが、持続可能な地球の回転につながっている、
という壮大なテーマが流れています。


3.11後の原発事故で一気に脚光をあびた映画ですが、
公開は2010年。


鎌仲監督は、「エネルギー問題」を切り口に
持続可能な社会に対する問題提起をしていますが、
映画を観て、感じたことは、

社会のどのような問題を考えるにも、
その土地に住む(多数派とはいえない)人たちの
生活や存在についてどう感じるか、
その想像力が問われるということです。


原発建設に反対する祝島の住民たちの想いに対して、
「『そんな(些細な)こと』で
マジョリティの安定的な電力供給の計画を阻害している」
とクレームをつけてくる人がいる。


少数派と言われる人が、自分たちの子ども・孫の世代に
残したいものがある、それを守ること、
子ども・孫が自分たちの将来についての決定権を持っていること、


その権利について鋭く問いかけられながら、
その権利を守る祝島の人たち、(特に、中心人物の孝さん)は
「孤独」だなあと感じたのも事実。


ミツバチの羽の音が、聞こえていますか?

2011年04月17日

多文化共生社会をめざす社会教育の構想

 小池源吾・天野かおり「多文化共生社会をめざす社会教育の構想」広島大学大学院教育学研究科紀要(第三部第59号)、2010年、1-9頁。
 pdfはコチラ

 まさにタイトルのままの内容ですが、キーポイントと思った箇所をいくつか引用します:

●ホスト社会の住民と外国人住民が<「支援する」-「支援される」>関係を超えて、ともにコミュニティの一員としてアイデンティティを共有する関係が構築されなければならない。(<本論文における「多文化共生社会」の趣旨です。)

●多文化共生社会を実現するためには、ホスト住民と外国人住民の意識と行動の変容が促されなければならない。(<「多文化共生社会をめざす社会教育」に要請されていること。)

 論文では、そうした社会教育の実践について、日系ブラジル人の集住地域で有名な群馬県大泉町の「町内ブラジルツアー」(ブラジル人の生活に密着した店舗)と、名古屋の栄地域における地域住民とフィリピン人住民の交流(とくに、週1回の地域のボランティア清掃)を例として、論じられています。

 前者は、「異文化」をshowcase化してしまい、結果として、日本人住民との距離は埋まらなかった(ゲットー化した)。「異文化に触れたからといって、意識や態度、行動までが変わるわけはない」というわけです。一方で、後者は、事業の企画・運営を日本人住民とフィリピン人住民が一緒になって行うことで、「外国人居住者をお客さん扱いするのではなく、ともに地域をつくる仲間とみなす風土が醸成されたればこそ、交流活動は定着をみた」と分析しています。

 栄地域の取り組みについて、筆者は、「『一緒に汗をかく活動』という考え方が根づいている」ことを評価しています。

 この点は、とよなかまでもとても重視しています。
 外国人住民とのコラボイベントプロデュースといっても、彼・彼女らが「お客さん・見世物」になるようなイベントでは、単なる異文化紹介になってしまいます(見る側の日本人にとっては、「楽しい」のかもしれませんが)。そこから、「多文化共生社会」というまちづくりにつなげていくためには、ホスト社会の日本人側の意識・行動を変えていくような取り組みが要請されています。たぶん、そこには「楽しい」だけではなくて、まさに「一緒に汗をかく」ことが必要なんですね。「地域のボランティア清掃」って、セレブで華やかな「国際交流」とは対照的な、地味で地道な活動ですもんね。

 とよなかまが考えるに、その構図はなにも、「外国人住民と日本人住民」で片付けられるものではなく、日本人のなかにも自分らしさを発揮しづらいと感じていたり、生きづらさを感じていたりする人も多いと思います。当然ながら、多文化共生社会は、そういった社会からこぼれおちそうな人たちのアイデンティティも包摂するものであるはずです。

 外国人という、言ってみればわかりやすい「差異」をもつ人たちと出会い、一緒に汗を流しながら、異なるルーツをもちながら同じ地域で生活しているその経験や思いに耳を傾け、そのことで日本人の人たちも自分の経験や思いとリンクさせて共感する・・・。

 意識・行動の変革というと堅くて重たいですが、参加者みんなが元気になって帰ってもらえるような事業を展開していきたいですね。