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2012年03月03日

リニューアル

しばらく、CANPANブログの全面リニューアル工事で
ブログ更新できませんでした。

そして、いまやっとマイページにたどり着きました。
ずいぶんいろいろと変わってしまって
どこになにがあって、どんな機能があるのか。。。

これから少しずつ勉強です。
ちょうど年度末の忙しい時期でもあり、
更新頻度が落ちてしまうかも。。。

とよなかまは変わらずに元気に活動しています晴れ

2012年01月04日

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

2011年にスタートした「とよなかま」。
旧年中はいろいろな方にお世話になり、支えられ、
なんとかヨチヨチ歩きで前に進むことができました。

改めまして、お礼を申し上げますとともに、
2012年、もっともっと成長できる1年にできるように
メンバー一同、勉強を続けてまいります。

引き続き、「とよなかま」への温かいサポートとご指導を
どうぞよろしくお願いします。


とよなかま代表
大西裕子

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2011年11月30日

いろんな国から人が集まる街?

昨日は、とよなかまとは別の仕事で
大阪ユニバーサル・スタジオ・ジャパンで
スリランカからのゲストをアテンド通訳する
という仕事に行ってきました。

私自身、USJはプレオープンチケットで行って以来、
ほぼ10年ぶりでした帽子

変わってるもの、変わってないもの、いろいろありましたが、
4Dシアターのようなものが増えたなあという印象です宇宙人
私は、生の舞台が好きなので、
ストリートライブ(ゴスペルみたいなショー)が一番楽しかったのですが笑顔


それはそうと、USJを外国人観光客と一緒にまわると、
日本語以外の言語の情報量の少なさに驚きました。
建物などはアメリカ風にデザインされていますが、
アトラクションの案内や注意書きなどはほとんどが日本語。
MCも含めた音声による説明には外国語は皆無
といってもいいくらい。
しかも、英語のガイドブックには地図さえ載ってないという・・・困った

絶叫系のアトラクションは、乗ってしまえば言語不要ですが、
USJはストーリー性のあるものも多いので、
映画を観ていない外国人には、全く意味の掴めないものも
多いと思います。
少しだけでも字幕を入れるとか、ひとことでも多言語で紹介するとか、
ほんの小さな配慮でも違うと思います。


実際に、私がご一緒したスリランカの一行も
英語表記・音声の少なさにびっくりして、
「ものすごい充実した見世物があるのに、もったいない。
外国人には言葉の壁があって、十分に楽しめない。」
とおっしゃっていました。


ちょうど、2日前に大阪W選挙があり、
「大阪を、NYやロンドン、香港、上海etc.のように
いろんな国から人が集まる街に変える」という
フレーズもよく耳にしました。
行政だけではなく、民間も一緒になって
明日からでも始められる小さなことがたくさんあるなあ・・・・
逆に言うと、「国際化」ということに対する意識(というよりも、実際の対策)は
後進的だったといわざるをえないなあ・・・


といっても、スリランカご一行、
こんなに大きなスケールのテーマパークは初めてとのことで、
「全部のアトラクションを制覇する!」
と、昼ごはんもロクに食べずに、パワー全開☆

平日昼間だったので、ほぼミッションコンプリート笑顔
スリランカご一行も私も、とても楽しい一日を過ごすことができました。


夕方には、海遊館に移動したので
(北港から南港まで船で移動したのですが、なかなか粋でした。。。
大阪に住んでいてもあまり知られてないと思うのですが船
世界一の光のクリスマスツリーのライトアップは見れませんでした木
また来ないとねびっくり





2011年10月18日

How 3.11 affected me...

I got interviewed by a 14-year old student in the UK
who was writing about the 3.11 great earthquake and tsunami disaster,
with regard to how it affected me and my life,
and my hopes and plans for moving and working there in the future.


Here are his questions, followed by my answers,
if anybody is interested...


Questions:
1 How did the tsunami affect your life?
2 Why have you decided to move to one of the affected areas?


Answers:
I am afraid I am not the typical case for your study
that I am not from the area but marrying a guy
who is living in Fukushima (He is not from the area originally either).
Having said that, my answers are:


1.
My life is not changed.
But my BF's has in terms that he had been living a very career-oriented life
but since he saw people's lives so easily washed away in a moment
he started to think what really mattered in his life.
Having a family, spending a happy family life with loved ones
first came to his mind.

His sense of value changed in the way to value family/leisure time
more than his career/work time, and spending money for that
rather than spending money for consumption goods.
The goods are to be so easily lost/destroyed by the fierce power of nature.
What would be left and remembered after such a natural disaster??
What would be cherished and valued?

I, myself personally, did not experience this kind of change and deliberation
at the time of the disaster, but talking to my BF,
these questions were really significant and convincing.

In Japan , it is said that many couples decided to get married
for more or less similar reasons,
while other couples decided to end their relationships
because they could not share their strong emotions/feelings
brought to their mind by 3.11 or
because they felt "He/She is not the one whom I would want to be with
at the end of the world..."


2.
I have answered already. but if I could add:
I would be very hesitant to move to Fukushima or Touhoku region in general
if not this disaster, to be honest.

Touhoku was and still is a very rural, depopulated, super-aging region.
It is peripheral.
This is why there are many nuclear power plants to send electricity
to the great Tokyo region.
Touhoku people risked their lives in return for the subsidies of the power plants.
Also they were the ones who supply food (especially agricultural and fishing)
for more better-off regions.
Japanese people, including myself who live in a urban area in West Japan,
were not so aware of this fact, and did not give it a critical thought.
I was not understanding and had little empathy/compathy.

The disaster was so devastating and drew huge attention towards Touhoku.
A lot of people/things/thoughts were sent.
But I am afraid the attention will fade.
The people there will have to rise by themselves,
for the community/industry rebuilding/revival
which had been shrinking before the disaster.
It is a start from the negative.

I just thought I would want to be a part of the endeavour as a local citizen
(marriage migrant indeed!) and as a person who has been engaged
as a minority-support and community-organise practitioner.

Accidentally, Fukushima/Touhoku has become a place
with the very special significance and
will provide/be faced with a lot of opportunities and challenges,
more so than ever before.

It will make a story of rebirth.
Why not moving there??


I hope you know what I mean,
Yuko

2011年07月17日

「わからない」ということ

ほぼ日刊イトイ新聞で、
「福島の特別な夏。」という連載が始まっています。
サイトにとびます。


「福島について、考えることは難しい。

それでも、考えるのをやめることが
いちばんよくないことだと思った。
福島について、考えなくちゃいけないと思っていた。
といっても、それはぜんぜん義務じゃない。

ぼくは、福島について、考えたかった。
考えたかったけど、うまく考えられなかった。

(中略)

しかし、その「わからない」には、
意味があるとぼくは思う。

福島について考えるとき、
もっと大きくいえば原子力とか、
人の進歩について考えるとき、
あっさりとひとつの答えにはたどりつかない。
そこにはきっと辻褄の合わないことがあり、
矛盾やケースバイケースや暫定や保留がある。
なにかひとつのことだけを強く言うとしたら
ほかののことは切り捨てられてしまう。

(中略)

それで、ま、難しいねぇ、
というあたりのところから深入りしないようにする。
少なくとも、震災前のぼくはそんな感じだった。」


そんな筆者が、大の高校野球ファンということもあって、
福島県の高校野球を追いかけながら、
福島について、フクシマについて、考えていく連載です。


考えても答えがでないこと、
人と話しても結論や合意が得られないこと、が
事前にわかっている(ような気がする)こと
って、たくさんあると思います。


私自身も、「外国人の社会参加の促進・応援」とか
言っていますが、
はたしてどこまで、「当事者」の気持ちに寄り添えているのか、
「主流社会」を形成し、帰属する者として、
何ができるのか、何をすべきなのか、
ふっと立ち止まって考え、
答えがでず、
立ち止まったままになってしまうことがあります。


一度、在日コリアンの方で社会運動に携わっている人に
そんな自分の想いをうちあけたところ、
「でも、寄り添うって大事よね」
と言われました。


「わからない」と悩みながらも「寄り添う」ことができるのかな。
「わからない」を、わからないなりに考え続ければいいのかな。

この連載を読んで、そんなことを考えたのでした。


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2011年06月26日

4つ葉のクローバー

今月に入ってからずっとお天気が悪くて
自転車通勤ができず、
それがかなりストレスになっていたようで・・・落ち込み
ここ数日、蒸し暑くても
自転車に乗ることができたら
なんだか気分がすっきりしてきました♪


この前の木曜日が久しぶりに晴れた日だと思うのですが、
とても空がきれいで、風もあってさわやかだったので
家の近所の田んぼ道を散歩していると
ふと目にとまったシロツメクサ。


最近、お世話になっている方々に差し上げようと思って、
あぜ道にしゃがみこんで
4つ葉のクローバーを探し始めたわたし・・・。
こんなの何年ぶりだろ??


蚊や蛙と格闘しながらも、
なんと、5つ葉のクローバーが2つも見つかったんです!
そして、4つ葉が1つ。


超レアものですよね。
押し花にして、3人の方に差し上げました。

差し上げた自分が一番嬉しかったかも。。。
身近にある小さな幸せに感動できる心の余裕を大切にしたいものですね クローバー



で、今日、急遽、仲の良い友達が
悩み事があるので話をしに我が家にやってくるというので、
彼女のために、またあぜ道で・・・
見つけました! クローバー





一晩押し花しただけなので、すぐに色あせてしまうかもしれませんが・・・




おまけ・・・
この前、友だちがお遊びで色紙の裏紙でつくってくれたバラ (笑)





どれもこれも「原価ゼロ」。
だけど、手作りの温かみというか、心がこもっていますよね。
こういう贈り物ってうれしいなあ。




2011年05月09日

最近みた映画のはなし・・・

 ゴールデンウィークの初夏の陽気に誘われ、
「海」にまつわる映画を2本みましたクジラ
 「ホノカアボーイ」(2009)と、「めがね」(2007)

どちらも、とってもスローでユルユルしていて、
何とも不思議なテイストなんですが、
読後感は結構すっきり?

たぶん、両方とも大きなテーマは、「人のつながり」だと思います。
 
つかずはなれず、お互いのやりたいことにそっと寄り添いながら、
空気のように風のように波のように、時間を共有する。
そして、みんなそのことに感謝の気持ち、
心休まる居場所を感じているんですよね。
 
両方とも、初めはなんとなく「退屈」に感じたりもしたのですが、
もしかするとその退屈感のようなものが、
現代の都会での暮らしでは失われてるんだろうなあ。
一方で、
人によっては少し不快に感じるかもしれないような
「おせっかい」とか「メッセージ性」も感じました。
自由とか居場所とかって、難しいなあ・・・。

誰がきても素になれて、ホッとできて、
自由自在に出たり入ったりしながらも、
押しつけではなく、
それぞれがみんなゆるやかにつながりあうような
活動や組織ってできるのかなあ・・・。

私はそんなことも考えながら見ましたが、
個人的には、「ホノカアボーイ」の方が、
人の感情や営みをリアルに描写していて、好きでしたね笑顔

いずれにしても、少しの間でも、
ゆっくりとした時間の流れを感じたり、
自分が抱えているいろんなものをちょっと脇においたりしたいな、
と感じている人にはおススメの映画です♪

 

2011年04月19日

「中学生になった母」第14回風花随筆文学賞受賞エッセイ

 私が大学院時代にお世話になり、いまでも京都の外国人支援団体での活動でご一緒している孫さんが、第14回風花随筆文学賞を受賞されました!そのエッセーのご紹介です祝

sonmihen.doc


 孫さんのお母さんが夜間中学に通っていた頃の思い出についてですが、私は孫さんと知り合いなだけに余計にその苦労というか思いが伝わってきます。
 
 そして思いをめぐらすのは、孫さんのお母さんのように、日本語の読み書きができずに子育てをしているお母さんが今も身近にたくさんいるということ。子育てをしながら、パートをして、夜間中学に行く・・・ものすごいバイタリティーだと思います。一方で、そういう努力を当事者に全面的に委ねてしまわないで、周りが支える仕組みが必要なのもまた事実。
 
 いま日本では15組に1組が「国際結婚」です。そして、そこから産まれる子どもたちも増え続けてます。そのなかには、日本語も親の言語も不十分な、ダブルリミテッドと呼ばれる子どもたちも増えています。
 
 子どもの問題は、親の問題であり、それは社会の問題でもあり…。
 
 日本語が少しくらいヘンでも、それを個性として、その人の人生を表すものとして、「美しい」と思う―そんな社会になればいいな。

 孫さんのエッセーを読んで、そんなことを考えました。

2011年04月11日

「地域」ということば2(震災遺児について)

以前、「地域ということば」という記事を載せました(4月1日の記事)が、
それと関連して思うことがあったのでアップします。


4月11日、ちょうどあの地震から1ヶ月の日に、
池上彰さんのTV番組で、震災孤児について触れていました。


そのなかで、岩手県では、震災孤児のために
寄宿舎制小中一貫校の建設も考えているという話がありました。
地域の子どもたちを地域の人たちで守りながら
地域のなかで育てていくことが大切だと。
実現して欲しい、と心から思います。


あと、震災孤児に関しては、
JPホールディングスという保育所運営などを手がける会社が、
社員が親を失った乳幼児の里親になる制度
(昼間は自分のところの保育所に預けて、社員には養育費も払う)
で募集したところ、100人を超える社員が名乗りでたとか。
 

私の親しい友人は、神戸の震災遺児のための
レインボーハウスというケア施設のオープンに尽力しました。

阪神大震災で親を失った遺児たちもいまは多くが成人しています。

今回の地震で親を失った子どもたちがかかえることになった
たくさんの悲しみ・辛さと一緒に向き合いながら、
でも、一歩一歩あゆみを進めていけるような施設・居場所の建設のために、
個人的ですが、支援を続けていきたいと思っています。


続きは、ちょうど今年の1月15日、
神戸レインボーハウスで行われた追悼式
「今は亡き愛する人を偲び話しあう会」についての
神戸新聞の記事です。

長いので、たたみます。
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2011年04月10日

京都にて

今日も素晴らしくいい天気ですね。まさに春爛漫チューリップ

昨日は、京都で長年外国人(女性)支援をしているAPTという団体のミーティングに参加してきました。APTは本当に草の根で地域に根ざした活動を続けていて、その組織運営のあり方やボランティアさんたちのつながり方には学ぶことが多いです。

以前ほど定期的には関われないのですが、APTでも京都市内の学校の国際理解教育の授業に外国人を派遣するプログラムを実施しているので、とよなかまの活動と経験やノウハウを共有していきたいですね。

 
APTでのミーティングの後は、烏丸四条〜木屋町〜先斗町〜鴨川〜祇園を散策し、すがすがしい春の陽気を楽しみました。今週末がお花見のピークですかね。満開です。
 
不覚にも!カメラを忘れていったので、とっても綺麗な満開の桜の写真をアップできずに残念なのですが。。。
 
ご飯を食べた後は、お決まりの?円山公園のしだれ桜@ライトアップを鑑賞。
 
老木で枝を切ったり・・・ということもあって、以前に比べるとちょっといびつな形?でしたが、それでもやっぱり壮観。
 
昨晩は風もなくて暖かいし、桜の下の宴会も楽しそうでした♪乾杯
 
私はエアガンでお菓子打ち落とすやつ(なんていうんでしたっけ?)に挑戦しましたが、ウィスキーの小瓶ばかり狙ったためか、収穫なし落ち込み

 
そういえば・・・京都に向かう電車の中で、ほっこりする光景を目撃しました。
 
私は電車の一番前に座っていたのですが、ある駅で電車が停車しているときに、駅の外から電車に向かって手を振るお母さんと小さな子どもがいたんです。
 
電車が発車するとき、運転手さんはクラクション?を鳴らして、大きく手を振りかえしていました電車
 
運転手さん、なかなか粋なはからい・・・あの子はうれしかっただろうなあ。
 
あの子はこれからテッチャンの道を邁進するかもしれないけど(笑)、とても心温まるコミュニケーションの一こまでした。