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地域で自分らしく生きるを考える東部ネットワーク

「障害を持つ子の就学問題を考える東部ネットワーク」から、更に障害を持つ子が学校卒業後、親から独立して「地域で楽しく生きる会」が必要になりました


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お出かけ [2018年02月07日(Wed)]
昨秋、市立公園でイベントがあり、当事者同士で約束し、待ち合わせをして出かけました。
当日は、家族連れで大変混みあっていたようです。それでも目的のものを食べて帰ってきたようです。
しかし帰宅後、相手は母親にとても叱られたようです。あまり単独で出掛け慣れていないので、ひとたび家族とは別に出かけるとなると、一大イベントになってしまうようで、愛する母親にお土産を買って帰ったようですが、それが余計なことだと叱られてしまったようです。
前回同様、娘と一緒に出掛けるたびに叱られてしまっており、どうも娘は悪友達になって
多分次のお出かけはないのだろうと予測される。
第8回卒後を考える全国交流集会が終わりました。 [2014年07月16日(Wed)]
地元の地方紙、静岡新聞が7月12日の取材に来ていました。
7月13日の朝刊東部地域に記事が載りました。
第8回卒後を考える全国交流集会IN静岡
「障がいがあっても地域で楽しく暮らしたい!!!」
参加者130名、「暮らす分科会」「働く分科会」「支援のあり方分科会」「観光分科会」
どれも年1回の再会を楽しみ、盛り上がりました。
暑い議論が交わされた分科会あり、当事者が楽しむ分科会があり、ヘルパーを巻き込んでの分科会あり、地域で困っている現状を出し合い、宿題を持ち帰る分科会ありで、それぞれの地域に帰ると少数派で、マイナーな活動ですが、また来年に向け踏ん張る活動の原動力をもらいました。

FMボイスキュー [2012年11月13日(Tue)]
今回FMで紹介したのは、長谷川集平さんの「デビルズドリーム」です。

 長谷川集平さんという作家を知ったのは、デビュー作「長谷川君、きらいや」という絵本です。
彼は、森永ヒ素ミルク事件の被害者で、命こそ助かったものの、その後遺症で、障害を負い、子供のころの体験を絵本で鮮烈に書いています。
 ご存じかもしれませんが、「森永ヒ素ミルク事件」というのは、昭和30年6月頃西日本で森永乳業の粉ミルクを飲んだ赤ちゃんに多数の死者やヒ素中毒患者がでた事件です。
私の主人も長谷川集平さんと同じ昭和30年、兵庫県の生まれで、
主人の母親は、主人が生まれた年に森永ヒ素ミルク事件が起き、本当にひやりとしたそうです。
そんなわけで、長谷川さんを身近に感じています。

 今回選んだ「デビルズドリーム」は、2006年作品で、その時の話題が盛り込まれています。
当時、長崎市では、中学生が小さい子を駐車場から突き落とした事件があり、
佐世保市でも、小6の女の子が学校内で同級生を殺した事件があり、とてもショッキングでした。

 主人公は、小学6年の少女で、両親の離婚後、東京から母親のふるさとの長崎へ引っ越します。
その長崎での生活がお話の舞台です。
実際、作者の長谷川集平さんも1991年から長崎に住んでおり、他の地域から移り住んだからこそ、長崎の地域性が、こんなにも深く感じ取れるのではないかと思いました。

 お話の内容は
主人公の少女は、友達とインターネット上に秘密の掲示板を持っています。
その掲示板の入り口が、この本の題名の「デビルズドリーム」です。
3Dキャラクターの天使か悪魔のどちらかを選び、実名ではなくハンドルネームで会話します。
他からは見えないようパスワードを設定し、2人だけの閉ざされた場にしています。
少女は、「現実だけじゃ息苦しいからさ、息抜きが欲しいのよ」なんて大人みたいに言います。
昼間は学校で会ってもお互いに掲示板のことには触れない。
毎日教室で会う友だちなのに、急に聞きたいことがあっても、直接、顔を見て話さずに
家に帰ってから 夜、掲示板で聞くことにしています。
 掲示板では、先生や誰かの悪口も言うし、直接言いにくいこともネット上でなら、聞けます。
なぜ両親は離婚したのか。友達の親はカトリック教だから夫婦が大喧嘩しても離婚はできないと言う。どちらが幸せなのか不幸なのか分からない。しかし結局、気分悪い!これ以上話したくないと言って途中で切れます。翌日、友だちは「ごめんね」と謝ります。「インターネットって、考えるより先にキーボード打っちゃっているから、言わなきゃいいことまで言っちゃうね」と言います。
自分たちも佐世保の事件の女の子たちと、同じようにネットで会話しているけど、あんなことにはならないよね。自分で自分をコントロールできなくなりそうになったから急に心配になってきた。
友達はカトリックの神様に祈ってるから大丈夫だよと言います。自分は誰に祈るのだろう。自分を信じていればほんとに大丈夫だろうか?と自問自答します。
 やがて、ネット上の会話の中で、人の悪口を言ったり、相手を追い詰めたり、気が重くなり、顔と顔を見合わせて話すほうがいいことに気づき、止めることに決めます。あー良かった。こんなこと続いていたら、いつかキレて傷つけちゃうんじゃないかと思った。と言います。
 ある時、
お母さんが仕事でアメリカ軍の基地のある佐世保に行き、「アメリカはイラクで戦争しているでしょう。佐世保のアーケードには若い黒人や白人、それだけじゃない多様な人種のアメリカ軍の人たちが普段着で歩いている。この人たちは戦争から帰ってきたのかもしれないし、これから戦争に行くのかもしれない。一人一人はいい人みたいに見える。アメリカの田舎町から来たかもしれない。家族を養うために軍隊に入ったかもしれないとか想像しながら見ると悲しいとしか言いようがない。佐世保の小6の女の子の事件もあったし、同じ町で殺人と殺人が隣り合わせになっている。関係ないとは誰も言い切れないんじゃないかなって」娘に話します。
 また学校では先生が、
カトリック教徒のこと、隠れキリシタンのこと、原爆被害者のこと、原爆の被害には差別がなかったと言います。イジメのこと、作物が不足した江戸時代に「長男の家以外の子は産まれたらすぐに殺しなさい。」という殿様の命令が下ったこと。貧乏な家は家族全員が飢えて死ぬよりも弱い人を殺して生き延びてきた。この国が貧しかった、お金がなかったという以上に心が貧しかったからだと先生は言います。思い出したくない事件の記録は 残っていない。だから真実は分からない。
生き残ったとしても差別され、いじめぬかれたりする。
「まるちれす」というカトリックの子どものためのテキストにキリスト教徒の迫害に書かれています。私たちにとっての歴史ってなんだろうか。過去の暴力の歴史を私たちはよく知り、反省し、乗り越えなきゃいけない。そのための勉強です。と生徒に話します。

 また少女は考えます。自分の自然の思いに従うのはいけない。養殖真珠のようにアコヤ貝の中に小さな異物を入れられて傷つけて真珠に育つまでに2年かかる。自分の心の中の傷を 輝く玉に育てるために 私に足りないのは祈りかもしれない。
 自分は秘密の掲示板は誰も見ていないと思っていたから悪口を書いたりしたけど、カトリックの友達は、誰も見ていない所なんてない。神様やマリア様がいつも見ている。神様がいつも見守ってくれているから私は一人じゃないと言う。
誰かの目を常に意識している友達と自分との違いを知り、勝手に暴走し、事故が起きてもおかしくない時に、友達がブレーキを踏んでくれ、車を降りて歩こうと言ってくれた。

最後にこんな風に書かれています。
彼らの明るさには、理由があります。
彼らは楽を選ばず、苦しくても難しくても 神と人を愛し続けた人たちです。
子どもを守るために故郷を捨てることのできた人たちです。
自分たちの過去に胸を張れる人たちです。
どうしたら胸を張って生きられるようになるか、威張るのではなくてね。おしつけでなく、さっぱりした挨拶が出来る人になりたいと思います。

 私たちが誰も見ていないと言う時は、自分だけは見ている知っていることにウソをついていると思います。自分をごまかしていることで、だんだん自分で自分をおとしめてしまうように思います。神様を信じていなくても、自分を信じれれば、幸せのように思います。
第29回共同連全国大会 東京大会 [2012年09月02日(Sun)]
9月1~2日と池袋の立教大学に行ってきました。
初めて入るキャンパスは正に「ツタの絡まるチャペルで…」のイメージの赤レンガの建物と、それこそ山奥にしか見られないくらい巨大はモミの木が茂っていました。
 
 9月1日は東京芸術劇場(池袋西口前)のリニューアルオープンということで、入口をちょっとのぞいてみると、キャッツの猫ではなく、羊版で羊飼いと人間が扮する羊の動きは、もうそれはそれは羊そのものでした。羊飼いの役のお兄さんもかっこよかったです。

 さてさて共同連のほうは、1日目は、「日本初 共生・共働の社会的企業」と題された本のほとんど紹介でした。といっても過言ではありませんでした。
今回は行こうかどうしようか迷った末、時間ができたので、参加しました。なので、
2日目の今日は、「社会的に排除された人のネットワーク」という分科会に昨年に続き参加です。
このパネラーの面々、それぞれがインパクトのあることをしゃべっていました。
なかでもピカイチは日本ダルクの近藤さんでした。
それから私の所で出来そうで一番共鳴できたのは、コモンズ大学の渡辺太さんの話でした。
大学といっても入試も入学金もなく、もちろん授業料も必要ない。でも大学らしいのは、授業をさぼってしゃべっているということを充実させている。
開講日は、毎週金曜日の夜のみ、ご飯を作って食べたり、飲んだりしながら、あちこちで勝手にしゃべっていたりするのだそうだ。

それに対し、企業組合「あうん」の中村さん「働くことが唯一の社会との接点!住所がなく、何の保証も手当もない。働ける間だけが収入があり、年を取って動かれなくなれば路上で死んでいく。今は仕事もないから仕事を作らなければならない。

かながわ外国人すまいるサポートセンターの「安さんの話も衝撃的。
戦前から日本に強制連行の延長上にあり、タコ部屋労働者として連れてこられた外国人、移住者ということで自ら望んできたかのように表現されるが、移住を余儀なくされた人たち。
日本人にならなければ選挙権も無い人たちは、働いても日本のために働くだけで自分たちの保証は何もない。選挙権や保証がほしければ日本人になれという同化政策。
1945年サハリンで強制連行の朝鮮人を置き去りにし、日本人のみ連れて引き揚げた。そればかりか、ソ連と共謀して日本人を攻めてくるとデマを流し、日本の民間人が朝鮮人民間人を殺す。関東大震災の時と同じ。
今もフィリピンから日本の都合によるヘルパー研修生を導入するEPA施策があり、労働者として履き捨てられている。
根本的な日本政府の問題を解決、歴史教育をせずに、親切な日本の民間人が日本を教えたり、国際協力などをしている。


日本ダルクの近藤恒夫さんは、働かなくてもいい。へそ出して寝ていてもいいという。
働いて、お金を得れば、覚せい剤を買えてしまう。年齢層も低くなり、有名私立に通い、塾のはしごをする裕福なご子息が元気になる精力ドリンクを飲み続けて、中毒になるという。ドリンク剤の中身は、コカインと似た作用をするものがあるので、常用すると危険とのこと。

はぁ〜知らないことだらけ。
社会が厳しいとなると、福祉傘下でぬくぬくしている障害者はやっかみのいじめの対象とされていると会場からの声。誰かをおとしめて自分の生活が良くなるわけでもないのに。
負のスパイラルになっている現状があり、連帯すべきところを、自分だけが不幸だと次なる排除を生み出している。

卒後交流集会イン高松行ってきました [2010年07月11日(Sun)]
高松は、思っていた程遠くなかったです。瀬戸大橋をマリンライナーで、新幹線のぞみとひかりを乗り継いで、片道5時間ほど。
上から見下ろす瀬戸内海、橋の下をフェリーなのか大きな安定の良さそうな船が通り過ぎようとしていて、見えてくる小島の景色は、週刊新潮の表紙の絵のようでした。眼下の瀬戸内海も魚が沢山いるところなのか、さざ波がちらちらと波立っていて、この田畑や海が、私たち人間の命を支えるために食物を与えてくれる、最も大切にすべき、尊いものとしみじみ感じて窓の景色を楽しんでいた。
 ところが、しばらくすると、ヘドロのように海の真ん中にゴミのようなものが漂っているのが見え、それから四国の対岸に着くころに、先ほどの田畑の風景とは正反対の石油コンビナートでしょうか、タンクの塊があり、製鉄所のようなパイプが縦横に走り回り、煙を吐き出している風景が見えてきました。その周辺の海は泥水のように茶色く濁っていました。
私たちの便利な生活を支えているものが、確実に自然環境を破壊している忘れてはならない現実を見せられた気がする。
 高松の駅では、小さな煙突から熱煙を吐いている列車がありました。私の年代で我が地元では見たことがない列車です。あれは、ディーゼルというやつでしょうか。



 さてさて、4回目の卒後の交流集会。
じっくり話ができ、沢山の実践的内容、利用可能な制度の内容など、実に具体的で沢山のお土産を持ち帰りました。


その報告は、次の定例会でしたいと思います。
それにしても自分の意志を言葉での表現方法では分からない知的の障害区分6と言われる障害を持つ人の自立生活は、新しくさらに力強く改革をしてくれる気がする。

 そもそも知的に障害がある人が自ら経験のしたことのない自立生活を自分から言い出すことは殆どないのではないでしょうか。
 息子の場合もそうでした。親が提案すると、息子の第一声は『誰がご飯作るの?』でした。
親が押し出すようにして始まった自立生活でしたが、1ヵ月もたたないうちの息子の反応は、快適そのもの!といったところでした。
なぜなら生まれて初めて自分中心の生活を味わったからでしょう。自分の食べたいものをリクエストし、食べたい時間に食べ、就寝時間など、誰に制限されることなく、寝たい時に寝て、お金の制限を受けずに自分で使う。勿論すぐなくなったりしますが、何より世帯主という感覚が本人の中にある様子が大人の自覚のように感じます。

 家を出る前は、家を出ると言う事は、予測どころか全く想像つかなかったでしょう。
自立したいという本人の意思は、知的障害を持つ人が自ら考えて言うというのは、そう簡単にできることではなさそうです。でも、体験出来れば、そうしたいと選ぶ事は可能になるでしょう。
 本人の意思を周囲がいかにくみ取るかが大きな課題となるでしょう。
今年、とんとん拍子にアパート探しから4月から自立生活スタートを切った拍子抜けするほどのYさんの様子を伝え聞けば、昨年、全然家を出たいなどのそぶりすら見せない、見えないと言われていた彼女が、実はとっくにスタンバイO.K.だったことが、その事を証明しているようです。
当時者会 [2010年06月25日(Fri)]
当事者会をスタートして約1カ月。
規模が小さいが故に知的障害を持つと言われる彼らのお互いの様子を間近に見る。

 プチ遠足では、
先に進んだ足の速い人が、後方の人から遠くに行きすぎないように
ちょっと距離を置きながらも待っている?
一方、距離を離されたほうは、足の速い人の方に「行ってていいよ。こっちは連れがいるから」と言う。 
その様子はまるでお互いを思いやっているかのよう

 次の計画打ち合わせの話が少しずつ出来あがってくると、
前回の計画の担当は自分だったから、次回の詳細な電車の時刻や運賃を調べるのは、自分ではないと言う彼。
それでも、では私がやろうと言う人は出ない。それで、次回一緒に調べに行こうとなった。
 次回に誘う人や、今この場に居ない人へのチラシを作ろうという話になる。

規模が小さいが故にそれぞれが主体となっている、
今まで囚われてきた価値観から解放される時間のようにも感じられる。

 字を書く事に消極的な彼女が、字を書く事は他の人に「どうぞ」と言う。
一方、字を書く事に負担は感じ無いが、他から見て読み取れない様子を見ながら
字を書く事は苦手としていた彼女が、次はすんなり書く。それでも沢山書くのは体力がいる。
 そして次に書き手を交代した彼のペンのなかなか進まない様子をみて、
うっかり次に書く言葉を指差した彼女。
文字を指さされた彼がふと、指さしした彼女の顔を見上げる。
彼に見上げられた彼女は自分がおせっかいをやいた事に気づいて?指を引っ込める。

この間、多くの言葉はない。だからサポーターの私の思いこみかもしれない。



当事者会 [2010年06月10日(Thu)]
当事者会で初めての試みとして遠出しました。
遠出といっても箱根までですが、早速、反省として盛りだくさんにしないこと。
する必要がない事です。時間も短かったので、あれこれ盛る必要は無かったような気がします。
ピープルファーストin京都 [2010年06月07日(Mon)]
全体会で、
「私たちのことは私たち抜きには決めないで!」
と当然ですが、障害当事者が発言します。

その後、政務官の放った言葉が重く響き、離れません。
「厚生労働省ですら障害当事者と何度も話し合いをしているのに、
文部科学省は障害当事者とただの一度も話し合いをしていない。その親たちとは何度も話をしているのに!」
こんな不思議。一体誰が誰のために舵取りをしているのか?
その針路はどこを指しているのか?
親の所有物として親の老後、親が死ぬまで付き合わされる子の人生は、幸せはどうなっているのか?
自分が親でありながら そう思う。障害者年金とセットで親と一緒でなければよいがと願う。

福祉や事業所で様々な事件が起きる。その事件の舞台は親(や教師、周囲)の安心と思われて預けられた狭い閉ざされた世界で起きている。

そして何か起きたときに自分を充分擁護出来ない当事者がそこにいる。


 一方、娘は行き電車で乗り継ぐ度に次々合流する他団体に顔見知りを見つけると飛びついていき、もはや母などは視界にはまるで入らず、母は離されて後ろからとぼとぼと影薄くついて歩く。
交流会ジョッキではステージに上がり、気分はアイドル並に楽しく踊りまくり、
もうこれで今日のエネルギーは使い果たしたと思いきや、会場で声をかけられた仲間とそのままカラオケに合流!夜中月12時前にやっとホテルに帰る。その寝付きの早いこと。振り向いたらもう熟睡ZZZ

 次回は、介助者と行ってね。来年は福岡だそうだ。
「障害があるからこそ普通がいい」を読んで [2010年05月19日(Wed)]
今年は、題名の著者片桐健司さんの講演会を計画しています。
本の中のエピソードは、わが子たちが学校時代に経験したものと同じです。

振り返ってみると、学校の先生と父兄との連携もある事はありますが、
それ以上に時間を共にしたクラスの父兄との関わりが非常に濃かったです。
私たち親子は周囲の父兄と子どもたちに育てていただきました。
園児が少ないため、保護者全員が殆ど役員になる面倒くさい幼稚園に入園したからこそ、今も継続してつながっているママ友。先輩ママ友たちに保育士も驚くばかりの知恵を借りての成長。
小学校にあがってからもPTA活動や子ども会を通じての出来た人間関係などなど、地域の人とのつながりが、卒業してから親子ともども楽しくたくましく生きている根っこになっています。

分かるから楽しい、出来るから生きられるのではないことを実感しています。

そんな事を思い出しながら読みました。
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