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地域で自分らしく生きるを考える東部ネットワーク

「障害を持つ子の就学問題を考える東部ネットワーク」から、更に障害を持つ子が学校卒業後、親から独立して「地域で楽しく生きる会」が必要になりました


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集合住宅の当番 [2020年05月12日(Tue)]
集合住宅では、ごみ置き場の掃除当番が定期的に回ってきたりする。
介助者が不在の時間帯のゴミ置き場の掃除をどうしているだろうかと見に行く。
一般就労には付けない、意欲がない彼ではあるが、誰かに教わった通りにデッキブラシでごみ置き場に水を流しこすっていた。
金銭を得る仕事ではないけれども、
自分に与えられた使命を理解して一人で作業をしている姿があった。
彼はここで生活するには、与えられた役割を遂行すると理解しているようである。
自分の生活に関する費用 [2019年08月22日(Thu)]
生活費がひっ迫しているせいもあるが、お金を払うことについては非常に出し渋る。
転居したその日に組費を組長さんが集めに来た。
世帯主の息子は、初対面の相手に、相手の話の内容を理解しているだろうか?
確かに高齢者住民が多いというその棟の組長さんの説明は、
噛み砕くような話しぶりで、理解しやすかったのかもしれない。

突然のことで何も準備をしていないし、すぐには対応出来ないだろうと
母親の財布から払おうとした。
すると、その申し出をきっぱり断り、自分で払うと言う。
意外である。
1000円以上の日常の買い物も躊躇して、それ以上は買えないこともあり、
ヘルパーさんがお米などを買いたいと思う時に
何度もやり取りをしたり、確認したりするほどだそうだ。
そんな話を聞いていただけに余計に
母親を制止して「自分で払う」と主張してすんなりお金を出したことは驚きである。
お金を出すのは嫌ではあるが、
自分の生活に関することに母親の財布から払うのは違うと思ったのではないだろうか。
そんな風に思った一場面である。
突然の雷とシャワーに! [2019年08月16日(Fri)]
一人暮らしが出来るようにはなってからの一人暮らしではないので、
これまでの多くはヘルパーさんが試行錯誤での10年間。
今回の引っ越しで庇のある物干し台のある住宅になる。
日中実家に来ていたその日に、突然の雷と大雨に飛び上がるほどの反応。
「洗たく物!」と言ってそそくさと帰っていった。
正に新しい所で1か月の生活で身に付いた反応と言える。
歓迎されない虫の登場に慌てふためく! [2019年08月16日(Fri)]
ある日、滅多に連絡をよこさない娘からのこの夏2回目の電話!
しかも夕飯後の夜。
珍しいことに何事だろうか。
なんとエアコンの隙間から虫が出てきたというのだ。
「虫の図鑑が無いから何という虫なのか分からない」と言う。
随分悠長な話だが、どうもゴキブリではないらしい。
なんだかんだ言っても一人暮らしであるから、当然一人で対処するしかない。

娘にしてみれば、もしかしたら誰かが助けに来てくれることを望んでの電話をかけてきたのかもしれない。しかし、その時は既に夕食後でこれから出かけるという選択肢を私は全く持ち得ていなかった。押し問答の挙句、一旦電話を切る。

その後、何とも音沙汰がないので、しばらくして今度はこちらから電話をしてみる。
ゴキブリ駆除系の殺虫剤で仕留めたらしい。
しかし、部屋中に殺虫剤の臭いが充満しているという。
それは危険だから窓を開けるか、換気扇を回すように忠告したが、
取りあえず虫が動かなくなったことで安堵して、それ以上の事はする気が無いようである。
とにかく一件落着したらしい。
後はまたいつも通りに娘からは素っ気なくなる。
コミュニティ [2019年08月08日(Thu)]
息子の市営住宅に入居して生活がスタートした。
障害がある事を初めに伝えはしたが、
障害者でも市営住宅というコミュニティに参加することが必須条件になる。
今までは民間のアパートで隣の人と口を利く機会も殆どなかったと思う。
それが、今度はゴミ置き場の清掃当番、草取りへの参加、組費の納付を自分で担当する。
ここは高齢者も多く、みんな障害者だからと役割は公平にと言われる。
ほんとにそうなのかしらと思いながらも新入りなので、逆らわずにまずは試してみる。
ゴミ置き場の清掃は、最初は教えてあげなければならないと思い、
急なことで介助者の時間調整もつかず、父親が予定時刻に行ってみると、
なんと、向かいの家の人が一緒にやり方を教えてくれながら、終わっていた。
その後もすれ違うと声をかけられたりして、しっかり近隣に顔を覚えられているようだ。

まあそのうちにトラブルは発生するかもしれないが、
案外今までの賃貸アパート暮らしとは違って、近隣との人間関係が密になり、
私だったら窮屈とさえ感じるものも悪くないかもしれない。
うざい!? [2019年08月08日(Thu)]
障害区分認定の更新の時期になったらしい。
そのことで、何か伝えることはないだろうか?
何をどうするのか私に聞きたいことはないだろうか?
電話をかけてみる。
だいたい、何回かのコールの後、
「お出になりません」というメッセージが空しく流れるのがいつもの事。
所が、今回は明らかに1コールで、切られる。
もう一度掛け直してみるが、明らかに意図的に切られている。
しかも即決!

その後、世話人から医師の意見書を書いてもらうための通院と市役所の区分判定のための面談の日が決まり、そのどちらにも日常介助に当たっているヘルパーさんに同行してもらう手続きが出来たという事後報告がある。

つまり、本人は母親には用がない。連絡は「うざい!?」といったところだろう。

そのちょっと前には、本人から観劇の後の夜遅い時間の帰りの
「福祉タクシーの手当ての連絡確認が取れていなくて大丈夫だろうか?」
という問い合わせの連絡があった。
自分が困った時には連絡をしてくる。
それも結局は、私が確認する前に自分で確認を取って、一件落着していた。

日々の生活の中では完全に母親は必要とされていない。
むしろ介入されなくても良いように行動していると思われる。
全てのやり取りは母親抜きで行われている。
「決定権は当事者にあり」ということなのだろう。

自分に障害がある事を表出する [2019年04月29日(Mon)]
病気や怪我で中途失聴になった方の就職支援をしたことがある。
生まれつき難聴者の就労支援をしたこともある。
その最大の違いは、自分が難聴者であることを相手に分かるように表出する。
中途失聴者は基本的には言葉をしゃべれる。
しかし知らない人にうっかりしゃべってしまうと、口話で返事が来たり、話しかけられてしまう。
勿論、聞こえないので、応じた対応が出来ない。
だから常にしゃべらない。トラブルを避けるためにも
聞こえないことを相手に分かってもらわなければならない。
しかし日常的には、道を歩いているだけならば難聴者とは気づかれない。
今はインターネット、スマホの普及で便利なツールはいくらでもある。
しかし、福島原発事故が起こったあの時、無線広報で「放射能が発生しているので、屋内に避難してください」と言う呼びかけには、難聴のため、全く気づけず、地震の方の影響が殆ど無い地域の親子は外でずっと遊んでいたという。
いくらインターネットで知りえる情報が増えたとはいえ、地域の個別の事態に細かく対応しきれているとは限らない。こんな時に必要なのは最も身近な地域のコミュニケーションなのではないだろうか。
そして近隣に難聴者がいて、お互いに言葉を交わす関係は大事なのではないだろうか。
生まれつきの難聴者が、人間関係の悪化を訴える時、周囲に人がいると自分の悪口を言っていると誤解することが良くある。日常的に付き合っている間柄ならば、「今私の事何か言った?」と尋ねたらよい。それが聞けるくらいの人間関係が出来ていればそもそも誤解も発生しないだろうし、誤解したとしても直ぐに解くことが出来るだろう。
未だに親への介助要求 [2019年03月29日(Fri)]
学校現場は相変わらず遅れている。
障害児を条件付きでしか受け入れていないので、差別の温床になっている。
そもそも学校教員の頭が古いし、差別的、差別だと気づいてさえもいない。
今日で何回目だろうか親を呼び出して、入学先の学校教員3名と教育委員会から3名が一人の母親と話をする。強制ではなく、お願いだと言って強制的な圧力を加える。子どもを人質かのように扱いながら。今日も言葉の中に「(子供)○×が気持ちよく入学を迎えられるように」と言う発言をし、こちらを脅してきた。どの子も気持ちよく入学をするのは当たり前のことで、気持ちよく迎えられないような現実を作っているのは、教員の方だと気が付いていない。
怪我の無いように安全と言いながら、物理的な怪我にはあたかも注意を配っているかのようには言うが、そのことを持ち出して他人の心を傷つけていることには全くお構いなし。だからいじめにも気づけないのだろう。
今日の話も本当に呆れて、こういう教育現場だからちっとも意識のバリアフリーが行われないのだと思う。
帰る部屋は無い! [2019年01月07日(Mon)]
昨年、自宅の中を思い切って今の生活に合った形に片付けた。
まず最初に子どもたちが小学生の頃から家を出るまで使っていた2段ベッド。
高学年になってからはそれぞれの個室に分けて使っていたのだが、もう必要ない。
廃棄処分となり、空いたそれぞれの部屋は私の仕事専用事務部屋ともう一つは私のベッドを持ち込んで寝室となった。
しばらくしてからそれぞれの元の住人が実家に用事があって訪れた。
時は別々であったが、どちらも唖然として一瞬固まっていた。
そしてもう帰る場所はないと認識したのだろう。寂しそうな(泣きそうな)顔をしたらしい。
私はその時に不在でリアクションには立ち会えなかったが。
連れ合いはそう言っていた。
しかし立ち直り諦めも早い。私が会った時にはもう何とも感じていない様子であった。
普通にいるということ [2019年01月07日(Mon)]
日本の歴史認識を良い面ばかりを唱えて愛国心をもつようにという認識の方々がいる。
ふと、親が子にかける愛情を思う。子の良い面ばかりをみて愛情を注いでいるわけではない。
親の愛は無条件の愛情で良い面悪い面を良く知りながらトータルで愛する。
そんな風に考えると良い面ばかりで愛国心というのは弱い気がする。
けなされたら直ぐに怒る人の顔が思い浮かぶ。
両面を良く知った上での愛国心は、人間もしかりで、良い面も悪い面も持ち合わせて人間は出来上がっているわけで、愛情に揺らがない強さがある。
ほめて育てよというが、客観性は大事で客観的な評価を知っている人は、強い気がする。
優秀な成績の特別支援学校の卒業生が、就職先で人間関係でダメになる。と良く聞かれる。
当然障害者への認識が低い輩のせいもあるが、本人にも客観性の認識が足りない気もする。
良い面を褒めて伸ばす教育は素晴らしいが、良い面ばかりではないのが人間で、自分の良い面、良くない面もきちんと認識した上で自分を認められればこんなに強い事はない。
良い面しか認められないで成長してしまえば、当然世の中で良くない面が現れればすぐにでも挫折してしまうのではないか。
そんな風に思う。
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