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あかりをつけましょ [2011年03月23日(Wed)]
去る3月3日、いわゆる「雛の節句」を前に、
小規模多機能ホームでもいただきもののひな人形を飾りました。

先年は溝辺のグループホームへ移って行ったOさんが一生懸命飾り付けを手伝ってくださったのですが、
今年はいらっしゃらないため、スタッフ3人が頭を寄せ合って
ああでもない、こうでもないとスチールの飾り段を組み立てました。

お年寄りの皆さんにも、箱から人形を出す作業を手伝っていただきました
人形を見ると、優しい目つきになられます。
紅白のおもちの飾りを渡すとKさんはかぶりついておられましたが…笑顔汗

「あかりをつけましょ、ぼんぼりに〜音符
歌いながら飾り付けは進みます。

さて、いよいよ3日には「着物を着せて帯締めて、」
女性利用者の皆さんに主役となっていただこうと、
ホーム長と事務のMさんにお願いして着付け会を開くことに

当日、“亡き母の形見”という昔の着物を風呂敷に包んで持ってきてくれたホーム長
皆さん和室に集まり、興味津津包みがほどかれるのを見守ります。

「これはKさんにいいんじゃない」「帯はどれにしましょう」ホーム長とMさん、さっさっと鮮やかな手つきでお年寄りの皆さんに
次々と似合う柄を選んで着せていきます。


濃緑の着物はKさんに。着せられる間もずっと目を閉じていたKさん、
「素敵ですね!」「ワーお似合い」と周りから賞賛を受け。
雛飾りの前に座ってカメラを向けられると目がパッチリ。

また、6日で白寿を迎えられるともの家最高齢K・Mさんは
しゃれた洋装のイメージが強いのですが、着物を着ると
背筋をしゃんとされ足をぴったり綴じられて、
これまた和装が大変お似合いなのでした。
「素敵!!」大絶賛を浴び、デイサービスの皆さんにも
披露しに行きました。

Tさんはもっともしぶい鈍色の着物だったのですが、
着こなされてまたとてもお似合い。
かつて踊りをされていたとかで、着物慣れをされており
階下のグループホームの皆さんに見せに行ったのですが
ご自分でも鏡を見てにこやかな表情をされていました。

3人(+なぜか私も)並んでお雛様の前でハイポーズカメラ

ひなまつりの記念になったのでした。

午後はスタッフMさんお手製の甘酒と、ひなあられに舌鼓を打ったのですが
「造り酒屋で手に入れた、本物の麹の入った高級な酒がす」をつかったということで
アルコールが効いており、皆さんほんのり顔を赤らめ
歌に出てくる「右大臣」のようにほろ酔い加減になったのでした。

今日はうれしいひな祭り〜
音符
Posted by ともの家 at 17:16 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
ホテル・花の森 [2011年03月14日(Mon)]
長らく更新できないまま、三月を迎えてしまいました悲しい
昨日、あまりの暖かさに「元・湯の山ともの家」の桜が咲きました花
が、うららかな春の景色も東日本大地震で苦しんでいる方がいると思うと心が痛いです。
ともの家の玄関にも、さっそく募金箱が設置され、各事業所節電に努めることにしました。
少しでも、何か出来ることがあればと思います。

さて、去る2月24日、小規模多機能のメンバーは毎年恒例の「一泊旅行」に出かけました。
2年続けて道後方面だったので、3年目は少し遠出して、
伊予市中山町の花の森ホテルに行くことに。
幸い、体調を崩している方もいないので、足を延ばして旅行気分を感じることにしました。

今回は、旅行係として若手のF君とSさんを任命。
企画段階から、ホテル側との交渉までお任せでき、私は少し楽してしまいました。笑顔

さて、あっという間に当日を迎え、参加希望者はスタッフとご家族を含め25名の
大団体となりました。
夜勤明けのNさんも、「私も行きます!」と名乗り出てくれ、
その申し出が嬉しく、成長ぶりを頼もしく思ったのでした。

昼食を終え、午後二時に出発。3台の車に分乗し、一路中山町へ。
着いた途端男性Yさんが「わしは帰る!知らん人ばっかりじゃ」と
不機嫌になるハプニングがありましたが、その後は落ち着き、
それぞれの部屋へ。さっそく茶菓子を食べておられたそうです。


男性と女性に分かれて入浴タイム。私は女性組を手伝ったのですが、3名のスタッフが中、2名+ホーム長が外に
スタンバイし、持って行ったシャワーチェアを使って順番にお年寄りを入れていきました。

Yさん、湯船から外の風景を眺められ、いつもと違ってとても穏やかに
お湯に浸かられ、その横顔にしみじみ見とれてしまいました。
温泉に来てよかったと思った瞬間でした。

前日の晩、左腕と胸の痛みを訴えていたUさん、97歳のご高齢ということもあり
心配したのですが、なんとお湯に入ると「治った」ということで、良い湯治になったようです(?)

入浴が終わると食事です。
張りだされたテラスとなった食堂で、暮れゆく風景を見ながら
ディナーの席に着いたのでした。皆さん、浴衣と丹前姿がお似合いです。
ゆずの香りがする食前酒で乾杯。音頭はもちろん「お目付役」のホーム長が。
普段飲まないアルコールに、ほろ酔い加減で頬を染める方もいらっしゃいました。


コース料理に舌鼓を打ち、皆さん良く召し上がりました。
家族さん同士の交流も生まれ、にこやかなムードで会食は進みます。


ロビーでは、ご家族にお土産を買う姿も見られました。
夜は、予想通り皆さんぐっすり休まれ、なんの問題もありませんでした。
翌朝食堂に並んだ顔を見て、満ち足りた様子を窺えたものです。

Uさんなど、すっかり同室のスタッフを「相棒」ととらえられ、
奇妙な信頼関係が生まれていました。
あわてて出発したので、集合写真を撮るのを忘れていた、ということで
フラワーハウスで途中下車し、ホテルを背景に、全員で記念撮影。

その後、行きたい人のみでフラワーハウス(温室)を見学したのですが、
Uさん「相棒が行くなら行く」という返事で、すっかりMスタッフについて回っていました。


バナナやマンゴー、パッションフルーツの木などたくさんの花と緑に囲まれ、
朝の心身に酸素を取り込んで、爽やかに心洗われる気分でした。

車内で爆睡するUさんのいびきに同乗者はくすくす笑い。
「楽しかったね、また来たい」というSさんの言葉に皆さんの気持ちが代表されていたようです。
ホーム長はじめ、職員の皆様、お疲れさまでした。
またご家族の協力に感謝です。
お陰さまで無事に旅行を終え、また思い出の一ページが増えました。
この「一泊旅行」、来年もぜひ続けていきたいと願いますウインク
Posted by ともの家 at 15:36 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
老いと人権 [2011年02月23日(Wed)]

梅一輪 一輪ほどの あたたかさ

ぽつぽつと咲き始めたという情報を得て、
小規模多機能ホームの面々が道後公園に梅見に行きました。
派手ではない梅の、すがすがしい香りが心を洗います。
少しの肌寒さを感じつつ外気に触れたのでした。

先日、憲法25条を考える会に出席し、
「老人の人権」は守られているのか?
ということを思いました。

高齢者福祉の現場にいると、「恵まれたお年寄り」と
「恵まれないお年寄り」が
いるのをひしひしと感じます。

2000年に始まった介護保険制度は、
市場原理を福祉に持ち込み、
「福祉サービス」の売り手と買い手を作りました。

この理論からいえば、お年寄り本人が自分に合ったサービスを
選ぶことが可能なのですが、実際にはお年寄りは判断力を失っており
本人の意向より家族の意向が強まることが多いと感じます。
また、貧しい人は施設を選ぶことさえできていないと思います。

日本は、「老いること」に消極的な国だと思います。
アンチエイジングという言葉がちまたで大はやり。
高齢期に差し掛かると「介護予防」に精を出し、「誰かに迷惑をかけるようになったら死んだほうがマシ」とささやかれます。
高齢者のうつ病罹患率や、自殺率も高いのが特徴です。

歳をとると、自分の人生さえ選ぶことができないのでしょうか。
今まで家族のために働いてきたのに、待っているのは悲惨な現状、老いた人には不安でいっぱいです。

私は19歳の時北欧に旅行に行ったのですが、住んでいる人たちは、「この国に住んでいれば老後に何の心配もない」と言い切っていました。
北欧では、医療・福祉・教育を市場経済から除外しています。
老いた人が安心して生活できる、
そんな国になっていかねばならない、と強く思いました。
Posted by ともの家 at 17:17 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
春立ちぬ [2011年02月03日(Thu)]
今日は節分。小規模多機能ホームでも豆まきを行いました。

みんなで和室に集まり、かるく体をほぐしたのですが
Mさん、落花生の入った箱を手に取るやいなや、
殻のままバリバリと噛み砕き、豆を食べるのに必死です。
日ごろは固いものだと口から出すのに…。
あれは「演技」だったのだな〜と納得するスタッフ。

いよいよ鬼の登場です。宇宙人
鬼に扮するはスタッフTさんと、利用者Nさん
それぞれ赤おにと青鬼のお面をかぶり、
手にはおもちゃのバッドを持っておどろおどろしく入場しました。


長身のNさんははまり役で、本人も鬼になり切ったのか豆を食べ続けるMさんやスタッフの頭をバッドでたたくヒール(悪役)っぷり。野球
逃げまどうスタッフのキャーという叫び声ににんまりしつつ、
投げられた豆(落花生)をバッドで打ち返します。
そのレシーブがまた容赦なく、投げた人を直撃。

Mさん、豆を食べてる場合じゃないですよ!というとようやく我に返ったのか、鬼の方角をめがけて投げてくださいました。

おっとりしたSさんは「本当に、ぶつけてもいいの?」と鬼に尋ね、
おそるおそる投げてくださいました。うーん、豆まきひとつにも性格が出るなあ。

ようやく恐怖の豆まきが終わり、落花生を剥いてお茶とともに食べながらひと段落します。
豆まきには興味なし、という感じだったKさんも目を閉じながらバリバリと食べています。
恵方巻きはつい最近の風習、という話に「平和な時代のものね」とSさん。
柊やイワシを飾る話などをして、和んだのでした。

さて、お次はリビングに移動してみんなで巻きずし作り。
この日のために朝から具を仕込んでくれたスタッフMさんが主となって、
皆さんが見守る中Sさんに巻いていただきます。

しかし、先ほど大活躍だったNさんだけは、食べ疲れたのか元気がなくなったMさんに代わってわき目も振らずひたすら落花生をバリバリ。

イワシの煮付け、五目豆、とろろもずくとともに盛りつけられ、
美味しそうな食卓の完成です
この日は皆さん一人巻きずしを7,8個平らげ、本当によく召し上がりました。

やっぱり手作りは良いものですね。

春の訪れとともに福を呼びますように。

Posted by ともの家 at 16:39 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
炭火の力 [2011年01月24日(Mon)]
お正月についた餅が、まだ冷凍庫に残っています。七輪で焼いたらさぞ風情があるだろうな、と、
かつてアンジュールでお年寄りと餅を焼いたことを思い出し、
Nさんに手伝ってもらって倉庫に眠っていた七輪を取り出しました。

が、高度経済成長以降に生まれた私、まったく使い方がわかりません。
家の中に七輪を運んで、炭を入れて火をつけようとしていたところ、ホーム長に止められました。

「火をつけるのは外でしなきゃ」手際よく、火をつけます。
「まず、紙に火をつけてから炭をおこすのよ」
ということで張り切ったホーム長にバトンタッチ。
北風の中で格闘し、ちょうど良いころ合いに持ってきてくれました。
七輪の中でとろとろと赤い炎が燃え、煙が立っています。
「さあ、餅を持ってきて」
ホーム長主導のもと、餅が並べられます。

炬燵に入って暖をとっていた面々も、その匂いに吸い寄せられるかのように近づいてきました。
「はっはっは、こりゃええなあ」
98歳Uさん、七輪を見ると途端に破顔一笑、一番前に陣取ります。

炎の赤さと温かさ、そしてパチパチと餅の焼ける香ばしいにおい。焼けるのを待ちながら、一点を見つめる仲間にほんわかした雰囲気が漂います。

その時、急にUさんが餅に手を出しました。
「あーっ、危ない!」困った血相を変えるホーム長。
「あつない、あつない」Uさん、平然と素手で餅をひっくり返します。
どうやら、餅が気になって仕方がないようです。

「早く砂糖醤油を持ってきて!早く!」
たび重なるUさんの攻撃に、肝を冷やすホーム長。
ようやくできた醤油に焼けたと思われる餅をつけて、Uさんに渡します。

「ほう、これはうまい」美味しそうにほおばるUさん。
「サイコーです」とNさん。
「昔は家でもちをついたんじゃないですか?Nさんは大柄だから、大活躍だったのでは」
「そうっす」とNさん目を細めます。

「まだ、食べたいけど…」と普段は小食のSさん、遠慮がちに申出ます。
あんこ入りとあべかわをおかわりしてうれしそう。3つも召し上がりました。

Kさんも、目を閉じたまま餅にかじりつきます。
Tさん、あん餅がおいしかったか皿についたあんこまで指でこそぎ取ってなめられます。

「夕食に、さし障ったらいかん」とほっほっほ、満足したのか恵比須顔でUさん。
自分からソファへと去って行かれました。

特筆すべきはMさん。目が見えない(はず)なのに、
餅が焼けた、と聞くとそちらのほうへ手が伸びます。
何時もは、ご飯を食べたり食べなかったりで栄養剤を補助的に出すこともあるのですが、
この時ばかりはまだまだ、ととどまることがありません。
もうやめておいたほうが…という周囲の声をモノともせず、
「まだいるよ」と、なんと5つも召し上がりましたびっくり

やはり、好物の餅と周りの雰囲気が食欲を増進させたのかと思います。
いつも「食べない」理由を考えさせられたのでした。

やれやれ、お腹も満ちて一息ついた…と思いきや、ソファに落ち着いたUさん、
骨折したばかりで歩行もおぼつかないのに、一人で立ち上がって
こちらに突進してくるではありませんか。
まだ網の上に餅が残っているのを見て、先ほどの言葉を忘れたか
目の色を変えてしまっています。
“食べること”は何よりの歩行訓練でしょうか(?)

皆さん、飽きるほど食べてようやく満腹。
実は前日もガスレンジでもちを焼いたのですが、その時はこれほどまでに
盛り上がりを見せませんでした。

七輪という、懐かしい道具で時間をかけ、焦げを作りながら焼いた餅は、
目で耳で鼻で、そして肌で感じることができ、
何より、食べるまでの過程をともにすることで心が高揚したのだと思います。

“食べる”ことを通して、心がつながった貴重な一日。ホーム長、ありがとうございました。笑顔
Posted by ともの家 at 15:43 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
鏡開き [2011年01月11日(Tue)]
花遅ればせながら、あけましておめでとうございます
花


暮れの28日、恒例の餅つきをし、5事業所に鏡餅もそなえて年越しの準備はばっちり。
小規模の面々も、一階の「この道」に集まって必死でおもちを丸めます。
「食べよるよ!怒
つきたての餅はやわらかくてほかほかし、おいしそうなあまり、丸めた餅をそのまま口に運んでしまい、時々、管理者Yさんに怒られつつ作業は進んだのでした・・・

ハーフであるKさんのお孫さんが、イギリスから里帰りしており、
「初めて」の餅をついてくれました。長身でハンサムな男性の雄姿に場は色めき立ち、
大喜びで手を振って応援するKさんの姿が印象的でした。

新春、4日には戻ってきたメンバーで初詣へ。
熱心に拝まれていたSさん、「何をお願いしましたか?」
「それはね、これからも元気でおれるように」

お願いを言葉にできる方もできない方も、
歩ける方も車いすの方もいましたが、皆さん、粛々とした雰囲気で
心なしか厳かな顔つきでした。

さらに5日、フルメンバーでお寺詣りに。

四国88カ所48番札所の西林寺
関所寺といわれ、前を流れる川の附近には「ていれぎ」という草が自生しているそうです。

人が少なく、静かな中でお参りできました。
参拝客も「こんにちは」と声をかけてくれます。
一人ずつ鐘をついてお参りした後、日ごろ信心深いNさんが、おもむろに本堂の階段を上がって行きました。
「え…」成り行きを見守る一同。
Nさんは、階段を上り切ると静粛な顔つきで手を合わせ、長い間祈っていたのです。
いったい何を祈ったのかは秘められたままでしたが、
その行動に一同感動したのでした。

7日、書き初め。事務のMさん(書道クラブの先生)に出張サービスいただいて、
朝の一時間を利用し、全員が筆を持ちました。

Sさん、普段の習字クラブでは「下手だから…」と参加されないのですが、
このときは筆をとり、見事に「平和」のふた文字を書ききりました。
これは、とその技量をみてとられた先生「もう一枚」と勧められ、
コツを思い出されるのか、書くたび上手になられたのでした。

絵の好きなTさんは「春こうろうの花の色」と書いて桜の花に色付けしておまけ。
Nさんは、かつて写経をされていたためか左手を添えて筆を持つ手つきがさまになっており、
普段「字が書けん、読めん」と悩みを訴えられていたのに、この日は見事に名前も書かれたのでした。
いつもと違った場面では、色々と感動する出来事が起こります。
お年寄りのきらめきを見るたび、
介護の仕事に携わって良かったと思えます。

11日、鏡開き。
そなえてあった鏡餅を割り、お汁粉を作りました。
こたつで足を延ばしていたMさん、「もうそろそろ部屋へ帰るわ」と言われていたのですが
お汁粉ができると二杯も召し上がり、満足そうです。
年末に骨折・退院されたUさん、Tさんも舌鼓を打ち、おかわりされます。
酒がすで甘酒をつくったときもそうでしたが、昔ながらのおやつに人気があります。

このように、元気に年を迎えることができました。
本年もよろしくお願いします笑顔
Posted by ともの家 at 16:15 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
よいお年を [2010年12月31日(Fri)]
あっという間に、2010年が終わろうとしています。
小規模多機能ホーム ともの家では、御家族とお正月を過ごせるよう
元日3日までお休みとしています。

暮れが近づくにつれ、皆さんちらほらと帰宅され、本日大晦日には
昼過ぎに残り2名となりました。その方々も先ほど送っていき、
職員も帰って一人業務整理をしつつ、今年をしみじみ振り返っています。

ちらりと窓の外から覗くと、アンジュールともの家でかっぽう着を着た
ホーム長が
巻きずしを蒔いているのが見えました。

グループホームにはグループホームのお正月の良さがあり、
在宅を支援する小規模多機能ホームにはまた別の正月があると思います。


今年は色々と行事を行いました。
夏にはそうめん流しをし、職員が割った竹にそうめんを入れて涼を楽しみました。

秋はいも掘り、紅葉狩り。今日Tさんに“今年の感想”を尋ねると「色々外に出られた、一番良かったのは岩ぜきじゃ」とおっしゃっていました。
滝と色づく紅葉の組み合わせが印象に残ったようです。


寒くなるまでは、毎日外に出て、ときには戸外で昼食をとることも。
鳥のさえずりや人の声をバックミュージックに食欲も増しました。

手作り弁当を持って動物園へ遠足に行き、月一度は喫茶店でケーキを楽しみ、
足湯と道後商店街、港へ船を見に行ったり、お寺まいりをしたり、松山城にも上りました。
近くの浄水場にある「水のミュージアム」も見に行きました。

こんなに色々と出かけたのは、外出好きの男性が多かったからです。特に、Sさんは南予の自宅を離れて娘さんのいる松山に来ており、
家と妻が恋しくてため息をついてばかり。
日になんどとなく外へ出かけ、「家へ帰る」と毎朝荷物をまとめていらっしゃいました。
そのSさんに気分転換してもらおうと、天気の良い日は毎日何名かで外出をしたのです。

Sさんは4カ月でずいぶん変わりました。
足腰も丈夫になったし、体操の時にはリードをとって掛け声してくれ、運動会ではスターとなって大活躍。
家事を手伝ってもらうと、「家ではしたことない」といいつつ、
「お上手ですね」と褒められるとにっこりするSさんの姿が。
12月初めに念願の自宅へ戻られたSさん。
記念にともの家で写したスナップをまとめて「思い出アルバム」を贈りました。
奥様とお二人、幸せに暮らされていることを願っています。


また、年末目前に別の施設へ移られたAさん。終戦後裸一貫でうどん屋を始められたAさんは、とても勤勉で優しくて、
手を伸ばしている方がいると御自分の飲んでいたコップを「飲みたいの?」と
差し出してくださり、
熱があっても職員が食器かごを運んでいるとやってきて拭き始めてくださるのでした。
岩崎ともの家時代からのお付き合いで、デイサービス、小規模多機能とずっと利用してくださっていました。

施設入所が決まって、次の日にはお迎えが。あっという間の別れでした。
この6年の付き合いが、終わるのは実にあっけない。
ささやかなお別れ会を開き、皆さんに「あなたがおらんなるとさびしいなあ」と
別れを惜しまれ、Aさんは行ってしまいました。

いつまでも変わらず、お元気でいることを心から願っています。

さまざまな出会いと別れのあった2010年。御支援くださった皆さま、ありがとうございました。
去来する思いを胸に秘めつつ、来年も頑張っていこうと思います。
よろしくお願いいたします。すいません
Posted by ともの家 at 11:42 | この記事のURL | コメント(2) | トラックバック(0)
久々の更新 [2010年12月13日(Mon)]
「大雪」を過ぎて山々は雪の衣をまとい、日本列島が急に寒くなりました。

急激な気温の変化についていけず、体調を崩されている方も多いのでは。
特にお年寄りにはこたえると思います。今年もあとわずか、お元気に年を越せるように皆さんお気をつけください。

小規模多機能ホームでは、しばしの秋を存分に楽しもうとあちこちへ出かけました
これは毎年恒例の奥道後へ、菊花展を見に行った時のこと。
天気の良い日を見計らって、2グループに分かれ出かけました。
自力で長距離を歩ける方が少なくなったため、車イスを押す人間を確保するのに
一苦労。

でも皆さん楽しまれ、「きれいねえ」と一つ一つ菊を丹念に覗きこまれ、
休憩どころのぜんざいに舌鼓を打たれました。

「餅をつめるのでは」という心配もなんのその
嚥下困難な方も「甘味処」になるとぺろりと召し上がります。
ホームでは「介護用スプーンしか使えない」と言い張る方も、
平然と割り箸を割って、上手に食べていました。(箸、使えるジャン!困った

中には、女性の口にアメを運ばれるこんな場面も
お大師さんに願い事。
「妻が良くなりますように…」と拝むのは奥様のけがにより
娘さん宅へ一時的にやってきている南予出身のSさん。
ほろりとさせられます。


チューリップ      チューリップ     チューリップ
さて、本日は職員研修日。今年ともの家から出版された二冊の本について、全職員が感想文を書き、
それを理事長がまとめられました。

「介護ひまなし日記」にも皆さん真摯なコメントを寄せてくださり、ありがたかったのですが
私は自分が著者だとは思っていないのでかなり身の置き場がなかったです汗
研修でも述べましたが、私はこのブログを「書かされた」という思いが強く、
お年寄りのパワーが私に毎日の記録を書かせたと思っています。
ので、著者をあえていうなら「ともの家」だと。

職員外からも感想を寄せてくださったので、本人の了解を得て抜粋してご紹介します。
愛知県のHさん。出版記念会にも御夫婦で出席くださいました。

「このGHは、著者の両親が、理事長・ホーム長をしている。私も、義母が7年間GHにおせわになっていることでわかるのだが、このGHの質の高さは群を抜いており、福祉の営利化に対する抵抗・職員の質の高さを通して入居者の尊厳ある生活の保障・施設経営運営の情報公開等にそれが表れている。
 著者は、入居者の様々なエピソードを、爽やかなユーモアを交えて語っていく。それぞれの人の言葉が見事に表現されている。本当に寄り添っていなければ聞けない言葉が、そのなまりとともに伝えられる。今の時代にはもう見られない風景・生活・あるいは死語になっている言葉もわかりやすい文章の中で再現されている。
 著者が小さいころから両親とよく話していたことが下地になっているとつい感じてしまう。
 著者の両親はともにT先生の教え子で、父は理事長であるとともに佛教大学社会福祉学部教授だが、介護の現場での豊かな経験を持つ。母は人に対する優しい感性のゆえに、T先生夫妻に可愛がられていた。
 最後に、著者の言葉から。
 介護とは終焉に向かいつつある人間の生と裸のまま向き合うことであり、互いに語り合い、共感しあうことではないか。介護を通して、誰かを必要としまたされること、私はそれをささやかではあるが豊かな「恩恵」と呼びたい。」


Hさん、そして感想を寄せてくださった皆さんどうもありがとうございました。
ある部分では面映ゆいながら、エールを胸にこれからも頑張りたいと思います。笑顔
Posted by ともの家 at 17:32 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
秋深まり… [2010年11月18日(Thu)]
立冬を迎え、めっきり朝夕は冷え込むようになりました。
夕暮れも早くなり、夏はまだ明るい戸外を眺めつつディナーを楽しめたのに、
最近は夕食事にはすでに表が暗く、弱まった陽のあたる冬枯れの景色が、物悲しさを醸し出しています。

そんな中、小規模多機能ホームでは「ともの家畑」のいも掘りが行われました。
毎年畑に招いてくださっていた農家の方が亡くなってからは、
中林邸にお世話になったり、いも掘りシーズンにはあちこちの畑を求めて流浪の民だったのですが、今年はついに念願の畑を手に入れたので、敷地内でいも掘りが行えるという幸せにめぐりあえたのでした。

少し寒さを感じる晴れた日の午後、いつも外に出る男性の皆さんに声をかけると
Sさん、「よしいこう!」と乗り気の返事。
大柄な男性Nさんは、「いかんいかん、こんな日に身体悪くする。寝ないかん」とその巨体を生かすことなく布団にもぐりこんでしまいました…

代わって農家の女性Kさんが、「行きますよ!」と力強く返事をされ、
一同は畑に…。
スタッフWさんとSさんが鍬をもち、私が芋づるを引っ張った後を掘り返していきます。
初めは小さな芋ばかりで、「なんだ〜子どもばっかり」と拍子抜けしていたのに次第に大きな塊に行き当たり、Sさん芋を片手にガッツポーズです。
大きなカボチャも収穫でき、かごは次第に重さを増していきます。
Kさんは辛抱強くかごを持ってくださいました。

ついにかごにも入り切らないほどの大収穫です。
土のついた芋は外できれいに土を落とされました。

収穫された芋を見て、皆さん大喜び。

絵の好きなTさんはさっそくスケッチブックを広げて写生してくれました。
重度の認知症のため言葉の出にくい方も、山もりの大きな芋を見て、
「んまあ〜食べたいねえ」と一言。
寝ていた男性Nさんも起きてきて「いいねえ、太いなあ」と芋を手にとって満面の笑み。
「うわー」「すごい」と口々に感想が飛び出します。

「これをどうやって食べましょうか」
「ふかしたらええなあ」
Sさんの提案で、おやつはふかしイモに決定。

少々塩を振って蒸し器に入れます。次第にシュウシュウと煙と音の立ちのぼる台所に、皆さんの視線が釘付け。
お花クラブから戻ってきた女性Tさん、「すごい煙ねえ」。
Tさんに手伝っていただき、お皿を並べお茶を入れました。

">「おいしいなあ」
「Sさんの掘ってくださった芋ですよ」と話すと会話も広がります。
「最近こんなきれいな色の芋は珍しいわよねえ」
偶然来られた御家族の方も交え、活けられた花をめでつつみんなで食しました。
Tさんは二つも召し上がりました(花より団子??花

こんな一日を送るとほっとします
自分たちで収穫したものを料理して食べる。
生きる、ってこういうことかなぁと感じます。

掘った芋を絵に描く人、包丁で切る人、眺める人。
どうしようかと相談しつつ、みんなでその日の生活を決めていく。

ささやかな食事でも、そこにいる者たちで時間と手間を分かち合うことで、
ただ提供される御馳走より意味を持ちます。
一個の芋を食べるにも、過程があるのだなあ、そんな気持ちで
今日も現場に立っています。
Posted by ともの家 at 16:35 | この記事のURL | コメント(2) | トラックバック(0)
Sさんのこと [2010年11月09日(Tue)]
10月1日、娘さんとお孫さんに伴われ、Sさんが来られた。病院を退院した足でともの家に来られ、
あいさつをすると、「ついにやってきました」とお返事。
二匹の犬を見て「うちのムクより美人じゃなあ」と笑われた。

中へ入ると、柱を見て「これはヒノキかな」と言われ、触ってみて、
後から「やっぱりあれはヒノキじゃないな。ヒノキだったら上のほうに節がある」と
考え直しておられた。97歳、年を感じさせない思考力だった。

窓から外を眺められ、「ほー眺めがいいなあ。ここは静かで落ち着いとる、なかなか家庭的な」と感想を言われ、「畳の部屋があるの」と喜ばれた。
部屋から見えるお大師さんに「おーっ石手寺の真ん前じゃ」と言われた。

歓迎会を兼ねた食事会で、自己紹介していただくと
「誕生日までに退院できれば、と思っていたのですがかなわず残念でした。
これを機会に2,3分お話しできればと思います…」と始められ、
滔々と御自分に就いて述べられ、
「…とまあ、私はこういうアウトラインをもっておりますが、詳しいことは追々
わかってくると思います。皆さんのご紹介もいただければと思います。
このような若い方がお世話くださりありがたいことです」
と締めくくられた。

赤飯、煮魚、果物、煮もの、きれいにお箸で召し上がった。
その後、歩行器を使い、何ヶ月振りかに御自分の足で部屋まで歩かれた。

翌日、外気浴に出られ、穏やかに皆さんと会話され、
「せっかく外へ来たんだから…」と、外の風景を楽しまれていた。
夜は箪笥をごそごそとされ、ほとんど眠られない様子。
聞けばノートを探されているとか。
夜勤者にあんた名前は、と尋ねられ記録しておられた。

日曜日には、お風呂にも入った。とくに問題もなく
気持ちよく入浴されたという。

月曜、容体が急変した。
朝、挨拶に伺うとゼロゼロと痰が絡みつらそうな様子で、
「痰を取ってくれ、早く早く!!」とそれまでとがらりと変わった
切迫した口調でまくしたてられた。
私は驚き、すぐに看護師を呼んできた。
吸痰機を使って、痰をとると薄緑色の喀痰が多量に取れた。
サーキュレーションで酸素濃度を測った看護師の顔が曇った。
「努力呼吸になっている」と私はこっそり告げられた。

主治医に連絡し、訪問看護が来られた。
酸素濃度は70を切っており、医師の判断で入院の措置が取られた。
救急車で運ばれる間にも、「どこの病院(へ行くのか)」と尋ねられ、
意思がしっかりとされていた。

「ともの家に帰りたい、と父が言うのです」お二人の娘さんが相談に来られた。
「ドクターは、これ以上良くなることはない、
連れて帰るならターミナルを見据えなければというのです。
家庭的な雰囲気の中で最期を送りたい、というのが
父の希望なので、私たちはかなえてやりたいのですが、
こちらにご迷惑をおかけするだろうし、どうしたらよいでしょうか」

お話を伺い、私とホーム長は“できるだけのことはしたい”とお答えした。
まだ経験も浅く、未熟なチームではあるが、医療技術を学びつつ、
スタッフ全員で努力させていただきたい、と。

その晩、御家族とスタッフ全員とのケアカンファレンスが開かれた。
これまでの経緯を告げ、スタッフ各人の意見を聞くと、
皆「不安はあるが精一杯頑張りたい」とのことだった。

そして帰ってきたSさんの、ターミナルの日々が始まった。
すぐに在宅酸素を設置、訪問看護と連携をとりつつケアがなされた。
スタッフはサーキュレーションと吸痰機の使い方を練習した。
御家族は毎日訪問され、長い間枕元で過ごされた。

Sさんは顔色が悪く、お疲れの様子だったが、
私の子どもを見て「昨日はどこにおったの」とにっこりしてくださった。
子どもの手を握る指に、かすかながら力が宿っていた。
御家族の持ってこられたお酒をお匙でなめられると目がしっかりと開き、
「おまえらも飲め」と娘さんに勧められた。
「何か食べたい」と食欲が戻り、高野豆腐と焼き肉を、ひと匙ずつ召し上がった。

ターミナルの指針として、私たちは
“ご本人の希望をできるだけかなえる”
“心地よさの提供”“御家族が主、スタッフはできない部分のお手伝い”
ということを確認した。

看取りの場所がここであるというだけで、やはり最後は御家族が
主体となり、見守るべきだと思ったからだ。それがSさんの望みだとも思う。

夜勤者はかなり不安だったと思う。だが、予想に反してSさんは
特に夜中は、「本当にターミナル?」と思われるほどお元気だった。
酸素マスクを「こんなもんずっとつけとったら死んでしまいます」と
すぐ外されるので弱った。外されると途端に呼吸が苦しくなり、
つけて苦しさが和らぐとまたすぐ外して、のいたちごっこだったが、辛抱強く付き合った。

退院して6日目。
その日は朝から何も口に入れられず、娘さんが持ってこられた
刺身もビールも「もういらん」と口をあけられなかった。

「元気になってくださいね」「(うん、とうなずく)」
「頑張ってください」「(うん)」
「折角ここに来られたのだから、いい思い出をたくさん作りましょう」「(うん)」。
手を握るが力がなく、ぶるぶる、と震えている。つらかった。
朝からずっと付き添われている娘さんもお辛かったのではないか、と思う。
口からはいる分しか食べない、点滴や延命措置はしない、と確認していたが、
食べることが生命力につながることをひしひしと思った。

その日の夕方、覗くたび休まれてばかりだったのが、
目を開けて足を下ろそうとされていた。
「何か召し上がりますか」「食べる」といわれ、夕食のできたものから
おもちした。「ビール飲まれますか」「ビール?飲む!」と目を輝かされ、
美味しそうに2,3口飲まれ、御自分でテレビをつけられた。
煮魚3,4口、梅がゆ4分の1。厚揚げ3切れほどで「もういい」。
「あんたおってや」と言われ、しばらく一緒に過ごさせていただいた。

「お大師さんのところに、夕日が沈んでいますよ」「ああ本当じゃ。今何時?夕かな」
カーテンを開け、ガラス戸もあけてくれ、とじーっと15分ほどともに
暮れゆく空を眺めた。「もうええ、閉めて」満足そうにSさんは言われた。

ニュース番組を一緒に見て、「怖いねえ」と話し、アイドルが出ていると
「これはあなた?デビューしたの」と冗談を言われにやっと笑われた。
1時間ほど過ごし、ベッドに移ったのを見てから私は帰った。

それが、Sさんと過ごした最後の時間になった
深夜、体調が急変したと電話を受けて、駆けつけた時には
すでに息をしておられなかった。お綺麗な顔で、眠っているとばかり思っていたので
手を取って脈が探れないときには動転してしまった。
1時間前まで夜勤者の手を握り、「私は明日何したらいいのか」と長々と話されていたらしい。
「あんた今日は宿直かね、家は近いんかね」と心配してくださり、「早く元気になってくださいね」と声をかけると「あんた私は97やし、元気いうてもな」と笑っていたそうだ。

風のように訪れ、去って行かれたSさん。
数えるに足る思い出さえ一緒に作ることができなかった。
もっと色々なところに出かけ、楽しいことをしたかった。
暮れゆく秋には冴えわたる月を見ながら一杯やり、
干し柿を作って年を越したらおせち料理に舌鼓をうち、
春になったら咲き誇る桜を眺めたかった。

それでも、私の胸にSさんは強烈な影を残して輝いている
初めて会ったときから私を打ったのは、Sさんからあふれる「品格」とでもいうものだった。
病院のベッドに横たわりながらも、Sさんは御自分の信念を失われていなかった。
Sさんの望まれることは、ただ自分らしくありたいという、人間なら当然の欲求だと思う。
最後の場所に選んでいただけたことを、その幸運な出会いを私は感謝せずにおられない。

病苦にさいなまれながらも、人を気遣ってくださったSさん。
余裕とユーモアを忘れなかったSさん。理知的で優しく、温厚なSさん。
挙動の端々に、往年の人柄がしのばれた。
もっと、と貪欲なことは言うまい。去り際がその方の生きざまだと聞いたことがある。
私たちに温かな気持ちを置いて一陣の風のように去って行ったSさん、苦しみなく浄土へ向かわれただろう。
小規模多機能居宅介護で看取りをできたことが、チームにとってよい経験になった。

亡くなられて10日後、御家族に参加いただいてささやかながらケアを振り返る「Sさんをしのぶ会」をもった。これからも、この御縁が続くとよいと思う。
私たちのしていることは「高齢者介護」であるが、ただそれだけではないと思う。
人と人との触れ合いは、「仕事」が終われば途切れるというものではない。
仕事を離れてもその人のことを考え、会いたければやってくるし心配なら様子を見にいく。
それは「仕事」という狭いくくりではとらえられない。お年寄りから様々なことを教えられ成長していく。日々人生勉強だな、と感じている。

どうか、Sさん、遠い空から私たちを見守っていてくださいね。
Posted by ともの家 at 15:02 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)