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「東大寺再建のふるさと」と称される徳地の森は
全国で第一期に認定された森林セラピー基地です。
人・森・地域の元気を育む、私たち森林セラピー山口のブログです。

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【ふるさと徳地連載〜森のことこと 佐波川に続く杣入りの道】[2020年09月22日(Tue)]
徳地地域づくり協議会さんが発行されるふるさととくぢの連載、森のことことは今回が18回目。

ふるさととくぢは、地域の人に一軒ずつ配布される地域の広報紙です。
毎月、皆様に徳地の森のことをお届けします。
※9月号はコチラ

毎回160文字の限られたテキストですが、
とっておきの森と、ささやかなエピソードを添えて、地域の方がちょっと誇らしく思ってもらえるように徳地の森のことを紹介します。

第18回は、「佐波川に続く杣入りの道」です。

森のことこと、二年目の今年は、森林セラピー基地の場所に着目してお届けをしています。
今回お届けするのは、森林セラピー基地の奥深く、滑山国有林です。

杣入りの道、と書きましたが、東大寺再建のための用材調達は、滑だけでなく、八坂・三谷・引谷・串など、徳地地域全域から(だけでなく、徳地地域以外からも)伐り出されたようです。
現在の滑山国有林が、古くは東大寺再建のための用材を切り出したのは間違いはなさそうです。

今でこそ、滑山国有林一帯には人家が少なくなりましたが、かつては、柚野小学校滑分校があるほど、多くのかたが住まわれていました。
(余談ですが、柚野小学校自体も200人を超える生徒さんがいたとか。多い。。)

また、徳地地域は、東大寺の再建以前にも、木材を供給する産地として知られていたとのことで、当時博多から需要のあった中国に材木が輸出されていたのでは、という研究もあります。
※参考:大学的やまぐちガイド―「歴史と文化」の新視点
山口県立大学国際文化学部【編】/伊藤 幸司【責任編集】


文献によると、滑の集落は滑六ケ村と言われ、それぞれのエピソードがあったようです。
六つの村があったのだから、きっと、文化や歴史も、言い伝えも多くあったことと思います。

弘法大師がこの場所を訪れたというお話があるのもうなづけます。

滑(なめら)の語源は、川床の滑らかな様子、とも、鉱物の滑石に由来するとも聞きます。
本当に弘法大師が来られたの?という謎は定かではありませんが、「なめら」という語感は、確かに、豊かな水や自然を思わせて、場所になじんだ名前だと思います。

佐波川に続く杣入りの道、800年前は、オリンピックが来たような騒ぎだっただろうという人もいますが、そういう眼差しで歩いてみるのも、良いかもです。

今では、暮らす人も少なく、鳥の声と、風が枝を揺らす音、何百年、何千年とたえることなく水が流れる音がするのみです。

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Posted by 松本 at 22:20 | ふるさととくぢ連載〜森のことこと | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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