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2012年06月24日

ゆりあげ

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 宮城県名取市閖上から深夜戻ってきました!閖上では、宮城のリーダーをしているひろきとひろきのお母さん、ドキュメンタリーの取材の方と日和山・閖上中学校と献花をさせていただいてから、閖上の記憶に寄らせていただき、お昼御飯はさいかい市場で食べました。そのあと閖上まちカフェにて、いまのこども会議の進展状況からアドバイスや予算の直しなどをさせていただいたり、暖かいお言葉をかけていただいたり、地元のこどもたちとはしゃいだり(笑)してきました。閖上は本当に大好きな街です。あと数時間でカナダに向かいますが、震災のとき日本にいたひとりとして伝えられることは伝えていきたいと思います。
posted by clubwpj at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 富樫泰良

2012年06月10日

海プロを主催

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ご報告が遅くなりましたが、先日海とふれあいプロジェクトを東京で開催しました!

「海が好き、だから海を守りたい。」
この素直な好きだから守るという感情から僕の活動は始まりました。今回で20回目を超えるこの活動ですが、始まったときは10人にも満たない参加者で少ないゴミしか集めることも、半分のこどもの参加を得ることもできませんでした。しかし、今は多くの中高生が中心となって海とふれあいプロジェクトは全国に広まっています。


青海南ふ頭公園から中央公園、暁ふ頭公園と海岸清掃、バーベキュー、スポーツを通じて海を好きになってもらうイベントを開きました。この青海で行うのは3年目です!いまではベースとなり始めたこの場所で盛り上がりました。中高生が多く集まってくださり、当初の参加予定よりは減ったものの20人以上のメンバーが集まりました!多くの中高生がアクションを起こしていきたいと想いを共有することもできよかったです。次回も宜しくお願いします。
posted by clubwpj at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 富樫泰良

2012年06月02日

素敵な機会をいただきました。


 黄色い叫び アフタートークショー

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 黄色い叫びのアフタートークショー。ご報告が遅くなりましたが、下北沢の舞台で行われたこの黄色い叫びは全席満席で大盛況でした。舞台そのものがほんとにほんとに素晴らしいもので、僕も見ていて感動して涙がでてしまいましたし僕の想いを後押しするような舞台でありました。舞台を見ていて、僕がほんとにトークショーに出て良いのだろうかと心底からほんとに思いましたが、そんな心配は俳優の田島さんを始めとした役者のかたがたとスタッフの方々がほぐしてくださいました。ほんとにこの舞台のアフタートークショーに出ることができ良かったです。

 黄色い叫びに出演することになったのは、俳優の田島さんと東日本大震災の復興支援活動でご一緒して、それから連絡を取り合っており田島さんから黄色い叫びに出演してもらえませんか?とご連絡をいただき今回出演することになりました。

 私は、黄色い叫びへの田島さんの想いが本当に大好きです。

----「黄色い叫び」への想い---- ホームページより

去年、東日本大震災を受け、自分とあの震災をどう結び付けたらいいか、頭では考えていても精神的にはまだまだ混乱状態だった頃、僕は芝居と現実の両方で、答えが出ない自分を見つめもがいていました。そんな時に中津留章仁さんの「黄色い叫び」という作品に出会いました。新宿のタイニイアリスという、50人ほどしか収容出来ない小さな劇場でそれは公演されていました。始まって数分で、僕の心はわしづかみにされました。

テレビでも、仲間内での会話ですらも、震災のことに関してはまだどう扱っていいか悩んでいる頃で、CMソングでは「上を向いて歩こう」が流れていたり、演劇などでも「これはもしかしたら震災とかけているのかな」と想像させる演出だったり、曖昧に震災に触れることが多い時期でした。

そんな時、この「黄色い叫び」では、思いっ切り3月11日について語られていたのです。それも極めて冷静な目線で。賛否両論が間違いなく飛び交う内容でしたが、作者の中津留さんが震災と死ぬ気で向き合い、命懸けで書いた作品だということがひしひしと伝わって来ました。僕にとって人生で初めて聞く衝撃的な台詞の連続で、観てるこちら側が始まりから終わりまでアドレナリンが止まらない…

 僕が観た作品は実は再演で、この初演は4月に行われていました。「震災からわずか1ヶ月で発表したのか!」挫折にも似た感動を味わい、その衝撃は未だに拭い去ることが出来ません。

 「災害と人間」「主要都市と過疎地方」という人間がいつまでも持つであろう普遍的なテーマを扱っている作品です。50年後でも100年後でも、逆に50年前でも100年前でも通用する物語なのではないかと僕は思っています。

 僕が味わった挫折ともいうべき感情を、一人でも多くの人に伝えたい。 この作品がどなたかの表現者の心に伝わり、再び中津留さんの鎮魂歌が違う人の手によってうたわれて欲しい。違うカンパニーがこの台本を上演し続けることによって、この優れた台本を単なるオリジナル作品でなく、古典作品として下の世代に繋げたい。様々な想いが詰まった作品です。
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ほんとにこんなにも素敵な舞台に出させていただくことができたことに心からお礼申し上げます。この舞台の中で、心に残った言葉がいくつかあります。「3月11日に好きだった人を失った人もいるんだよね」この言葉は本当に響きました。ほかには、防災にかける予算がないときに「じゃあ原発を誘致するか」と。一番想いが繋がったのは「原発を建てる前に街の防災対策をなぜ優先しなかったか」ということば。ほんとに素晴らしかったです。
posted by clubwpj at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 富樫泰良

2012年06月01日

また新たな企画がスタートします。

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 阪口直人衆議院議員と「国会での子どもたち(高校生)による、原発や日本のエネルギー政策についてのディスカッション」を開催していけるようにと打ち合わせをお時間をいただきさせていただきました。阪口議員はちょうどお会いした日の前の夜にキルギスでのマラソン大会から帰国されておりハードなスケジュールの中にもかかわらず笑顔で迎えてくださいました。緊張している僕にキルギスの写真を一緒に見てほぐしてくださるなど本当にお心遣いもいただいて感謝の気持ちで一杯です。またらためて皆さまには国会でのディスカッションについてお知らせいたします。
 
 阪口直人衆議院議員とは一昨年からのお付き合いで、世界一大きな授業に出させていただいた時から、フィンランドのノーベル平和賞を受賞した元大統領が来日し講演をしてくださったときを始めとした途上国や戦争・和平という分野においても繋がりがあり、3月11日以降では宮城県名取市閖上での繋がりもありました。さらには福島第一原子力発電所事故の事故収束に向けた有志が集まる福島原発行動隊の院内集会(議員会館内で行われる集会)でもご一緒するなど、積極的に社会活動に取り組んでおられる阪口議員とはなぜか切っても切り離せない関係でいます。

 阪口議員は、電気のないところで2年間生活をされるなど精力的かつ斬新なアイディアで、心のそこの想いからアクティブにNGOなどで活動されておりそこから国会議員になられた方です。
前にこのブログでご紹介した糸数慶子議員とも似ているところがありますね!こどもの権利においても、原子力発電を含めたエネルギーの政策のことについても阪口直人議員とは近いところを目指しているのでお互いに協力できることをやっていこうと誓いました。こどもの権利のことでは、ほんとに阪口議員にはお世話になっていますので、その恩返しもできるようにがんばります。また、ご報告やお知らせをいたしますのでよろしくお願いします。
posted by clubwpj at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 富樫泰良