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2012年04月28日

世界一大きな授業 国会議員向け

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 先日は「世界一大きな授業」に先生役(ファシリテーター)として参加させていただきました。これは子どもたちが「先生」になり、いつもは「先生」と呼ばれている国会議員に生徒になってもらって世界の途上国の教育の実情・現状について理解を深めてもらう試みです。同じテーマについて、世界中で1000万人以上の人々が問題意識を共有することから、このような名称で呼ばれるようになりました。世界で6700 万人の子どもが学校に通っていない現状に対し、教育の普及を訴える「世界中の子どもに教育を」キャンペーンは180カ国で開催されています。

 今回は、衆議院第二議員会館にて岡田副総理らにもご出席いただきながら
スマトラ島沖地震での津波被害のところから、教育を受けることができる男の子、できない男のと、教育を受けることができる女の子、できない女の子というふうに国会議員のみなさんに役をしていただく形でワークショップを行いました。文字を読むことができないために、赤ちゃんにミルクではなく農薬などの有害物を買ってしまい飲ませることによって実際に赤ちゃんが病気になったり死亡してしまったりするということが起きています。それを、国会議員の方には中身が見えないコップに水・ウコンジュース・お茶をいれといたものを飲んでもらうというような形で表現しました。

 僕は今回で2回目の参加でしたが、また新たに僕自身が学んだことも多くありましたし、アクティブに活動していたものですから知り合いになっている国会議員さんも多く、この世界一大きな授業でもお会いすることができ、話が弾みました。

 日本も世界も、大きな問題を抱えています。そしてその問題を解決していくためにはお互いに助け合って引く必要があると思うのです。先進国にも途上国への責任はもちろんあります。いままでの支援方法を改善していく、たとえばODAもただお金の額を増やしていくのではなく用途を選びもっと良いものへとしていくニーズがあるもににたいして行っていく必要があるのではないでしょうか。
posted by clubwpj at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 富樫泰良

2012年04月26日

閖上への想い

 宮城県名取市閖上。
最近、僕のブログをご覧の方はこの地名をよく目にすることではないでしょうか?
いま、僕は閖上の復興に向けてほんとに微力ではありますが、閖上のこどもたちと一緒にできることから手助けをさせていただいています。

 閖上は東日本大震災前、かつては「活気のある漁港」で、人口はおよそ7000人ほどの街でした。東日本大震災で甚大な被害が出た名取市閖上地区では、指定避難場所とされている閖上中学校ののほんと目前で、津波にのまれた人が多くいたと。閖上公民館に避難した人々が「ここじゃ危ない」ってなってから閖上中学校に誘導され、指示に従って移動していたところを震災による津波が襲ったと聴かされています。閖上地区は津波のサイレンすら聞こえなかったと聴きました。津波に音は無く、大人のひとの声で無我夢中ににげたのだと。

 閖上中学校では14人の生徒が失われました。僕が閖上中学校を初めて訪れた際に心に残ったメッセージがあります。それは慰霊碑が建てられる前のことで、机の上に「まちの復興はとても大切なことです。でも沢山の人たちの命が今もここにあることを忘れないでほしい、死んだら終わりですか?生き残った私たちにできることを考えます」と書いてあったことです。

 先日、閖上中学校の遺族会会長の丹野さまからあたたかいコメントをいただきました。それは僕とひろき君へのメッセージで、すぐにひろきにも伝えさせていただいて、ひろきと2人で僕たちができること、やることってなんだろうか話しました。ひろきも3月11日は公民館から閖上中学校へ逃げたひとりで、そのときに丹野さんの息子さん公太君も一緒にいたそうです。僕は震災直後は全くお役にたてるような活動はできませんでしたが、これからでもできることはやっていこうと思っています。ほんとに微力ですし、閖上のことは全然いまは知りません、しかも当事者ではないので完全に同じ想いをもつことはできません。しかし、少しでも近付くことができるように学び、伝え、お役に立てるようにがんばらせていただきます。

 いま、僕と閖上まちカフェの柳澤さん、そして中心となっている閖上の同い年の学生とともに「閖人」ゆりんちゅという名前で最初は「閖上復興こども会議」を行って、そこで決まった「こども神輿」の復活と次の祭りでの出展に向けて活動を行っています。津波で街が流され、がれきは仮置き場に運ばれ、街に何も無くなり一年がたったけども、まだ復興への道のりを歩むことができていない。それどころか、市と住民とで意見の違いもある。そんななか僕たちは、人が集まる、こどもが集まるためになにをすればいいかと想い街づくりを話していくこども会議を開催することにしました。震災から一年がたっての開催ではありましたが、決して遅くも早くもなかったのではないかと思います。東京から、ときどきしか閖上には出向けませんがさせてくださっている早稲田の研究員のかたとともに、東京のこどもとともにサポートさせていただきます。


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posted by clubwpj at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 富樫泰良

2012年04月23日

こどもからこどもに伝える責任

 
なかなか更新することができず申し訳ありません。
東日本大震災で被害を受けた宮城県名取市でのこども神輿の復活やこども会議の開催等などがあったほか、家の引っ越しが重なるなどしてなかなか更新することができませんでした。

 東日本大震災から一年を迎えた今年の3月11日に、大人が作る記録映像もいいのだけどもこども目線でこどもからこどもに伝えていく記録映像も必要ではないかと思い、ショートバージョンではありますがNF-TVにて公開させていただきました。公開までにご協力いただいた皆様には多大なる感謝を申し上げます。そしてあらためて東日本大震災で被災されたみなさまに心からお見舞い申し上げます。

 ぼくたちが伝えることのできることは、ほんのわずかなことでなかなか伝えたいことが伝えられないだけでなく本当のことを伝えなくてはならない事を伝えられているのかはわかりません。しかし、なにもしないのでは無責任ではないかと思い、作成に踏み切りました。ぜひご覧いただければと思います。




【編集は】宮城県名取市閖上、911人の方が津波により犠牲にあわれいまもまだ見つかっていない方々もいます。閖上には仙台・名取支部のリーダーを務めている籠島君が住んでいたところで、本人は津波が来た時に閖上中学校まで走り、ほんとに数秒の奇跡で助かりました。籠島君、そして地元の方々と、閖上中学校に通っていたこどもたちと話をしているうちに、ドキュメンタリーを作り多くの方に知ってもらう、そして未来のこどもたちに残していく... それが僕のやるべきことではないかと想い撮影させていただきました。

 閖上には最初、大雪のなかサポーターのかたの車で、高速道は大雪・福島第一原発事故の影響で利用できないために一般道を利用し道が限られたため福島第一原子力発電所事故による警戒区域のスレスレを通り向かいました。ドキュメンタリーの最初の方に標識に双葉・川俣と見えるためお気づきのかたもいらっしゃたかと思います。僕自身、震災後に福島市に訪れたことはありましたがギリギリを通ったことはもちろんなかったために正直不安もありました。しかし、伝えていかなくてはならないことがある。だから警戒区域すれすれのルートであろうともいくことに決めました。(閖上の線量は都内より低い、もしくは同じくらいです) 沢山の想いがこもったドキュメンタリー、今回はショートバージョンでの公開となりましたが、ロングバージョンにはもっと僕たちの伝えたいこと、伝えなければならないことを充実させていきますので、ぜひ見ていただければと思います。
posted by clubwpj at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 富樫泰良

2012年04月09日

閖上のこどもと一緒に

 宮城県名取市ゆりあげから昨日の夜に東京に戻りました。津波で周りにはなんにもないゆりあげのまちカフェを会場にしてゆりあげの同年代の仲間と復興にむけて話し合いを行いました。

東日本大震災、地震のあとに襲ってきたのはだれもが想像することのできなかった巨大大津波でした。街がまるごと津波につかりこれから復興していこうとするときに、復興は数年いや10年20年と、いまのこどもたちが大きくなったときに果たすことがきでるものであるということ。だから、こどもの意見は、こどもが復興を考えると言うことは彼らの将来を考えると言うことにつながるので大事にしていかなくてはならないことだと思います。

これからゆりあげの街を取り戻していくときに
ゆりあげにしかないもの、ゆりあげの好きなとこ、ゆりあげになきゃならないもの そしてぼくたちができることはなにか?暗くなるまで話し合いました。

「復興への答えは絶対に閖上にある。だから僕たちは津波で街がやられてもこうやって閖上に集まるんだ」「閖上というのは、閖上にいるひとりひとり、想い、繋がり」本当に感動して衝撃を受けて涙が止まらない一日でした。

このこども会議では、閖上の老若男女問わずみんなで作っていたこども神輿というものがあり、津波のあとは行っていないのですが、そのこども神輿をこの日集まったメンバーが中心となって自分たちの手で復活させることが決まりました!

写真に写っているメンバーが中心になって若い力でこれからがんばります!
今回はこの会議の進行役と主催者(共催)を務めさせていただきましたが主役はゆりあげの同年代の仲間たちです!!これから、彼らへの応援をよろしくお願いします。僕もできるかぎりのことはしていこうと思います。

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posted by clubwpj at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 富樫泰良

2012年04月01日

閖上へメッセージを


東日本大震災で被害を受けた宮城県名取市閖上、閖上で来週から本格的に地元のこどもたちを中心とした活動が始まるに伴い、東京のひとたちから閖上のこどもたちに向けて応援メッセージを集めました。

 休日の東京タワー・増上寺の近くということもあり多くの方がたにメッセージをいただくことができました。なかには被災地にボランティアで行かれた方、出身が近くであったかたもいらっしゃり会話も弾みました。また差し入れやあたたかいことばを懸けてくださる方も多く日本人の優しさを改めて感じることが出来ました。

 メッセージのなかには、名取市名物のビールカステラを食べたい!と書いてくださったかたや、小学生にもみたないこどもからがんばろう!と短くとも想いのこもったメッセージまで多くのメッセージが集まりました。責任をもってこの気持ちをとどけさせていただきます。


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posted by clubwpj at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 富樫泰良