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TEAMユース 最新記事

【団体紹介】一般社団法人えんがお [2018年07月18日(Wed)]
えんがおチラシ表.jpgえんがおチラシ裏.jpg

高齢者の孤立化。その現実を変えてゆく。

■一般社団法人えんがお

-Vision-

「人とのつながりを感じられる社会」

-Misson-

「地域の様々な人の力を活かして、高齢者の孤立化の予防と解消ができる地域の仕組みを作り、実践していく」

「若者の存在を受け入れ、成長の場を作る」


■団体の事業内容

*世代間交流事業
「学生・若者と地域がつながる場を作る」ことを目的に様々な世代が交流出来るイベントを実施。

*生活支援事業
主に介護保険適用外の生活支援を学生や元気な高齢者などを巻き込んで対応。
活動者には、地域の契約店舗で特別サービスを受けられるボランティアチケットを配布。

*地域つながり合い研究会
地域福祉に関心のある人たちを対象に月一回程度開催。知識共有やグループワークを実施。



■団体設立の物語
「一週間に1度しか会話しない」と答えた高齢者の割合は栃木県で約5000人以上。そのうち独居高齢男性で、「困ったときに頼る人がいない」と答えた人は20%に上る。

一般社団法人えんがおの濱野氏は『人生の締めくくりの大切な数年間をだれとも話せず、だれにも頼れず、孤立化して終わる。この現実が悔しくて会社を立ち上げました』と語る。


”制度はある。でも、制度だけでは届かない人たちがいる。
一方で、地域貢献したい!という意欲のある学生が沢山いる。
元気な人たちの力を生かして、高齢者が孤立化しない地域の仕組み(モデル)を作り、社会に広めていきたい。”




一般社団法人えんがおのこのモデルが全国に広まり、高齢者の孤立化の解消のモデルとなり、社会課題が解決されうる時がくるかもしれない。
団体の詳しい内容は公式HPにて。



■一般社団法人えんがお
HP:https://www.engawa-smile.org/
風船で自己肯定感UPのための講座普及を目指す バールンHIRO氏 [2018年07月10日(Tue)]
バルーンHIROさんチラシ表.jpgバルーンHIROさんチラシ裏.jpg

■バルーンHIRO氏プロフィール


15年自身が悩み苦しんできた経験から、風船と出会うことにより劇的に変わられた。
悩み苦しんでいる人が風船で笑顔になり、自己肯定感をもってもらい、子供などの自殺・ニート・引きこもり等社会的な課題にアプローチしたい。そんな想いからバルーンアーティストとして、現在はその普及に取り組んでいる。




■地域や社会への貢献

イベントだけでなく、どうしたら地域や社会にバルーンアートを通して貢献できるのかを、教育機関や介護施設などの支援団体や専門家にサポートしてもらうことで、その取り組みを実現している。また、社会課題に取り組むために、当団体のアイデアコンテストである『アイデアネクスト』へも出場され、バルーンアーティストとして、さらなるブラッシュアップにも挑戦された。




■主な活動内容
《風船(バルーンアート)》

*バルーンパフォーマンス(バルーンショー)
*バルーンの実演プレゼント(グリーティング)
*風船教室
初心者向け「つくって遊べる風船教室」
季節の風船教室
とれたて野菜シリーズ 風船教室
初級/風船教室-連続講座(全6回)


《講演・ワークショップ》

*講演
「風船との出会いで広がる世界」
「自分の強みを活かしたファンの作り方」
*ワークショップ
「夢の種の見つけ方、育て方」

《公式HPより引用》



ぜひ、バルーンアートを通して、子供たちに笑顔を届ける活動に共感した方は、公式HPよりバルーンHIROさんについて、ご覧ください!



■バルーンHIRO(ヒロ)オフィシャルブログ
URL:https://ameblo.jp/amigo-t/entry-12196989529.html
【社会事業家紹介】はやき風株式会社 代表取締役 岩崎崇 氏 [2013年03月26日(Tue)]
今回はさくら市にオフィスを構え、環境問題について考えながらシロアリ防除などの住宅事業やビオトープの庭デザイン・施工など環境事業を行うはやき風株式会社・代表取締役、岩崎崇氏にお話を伺った。

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“自然のお医者さん”

はやき風は、シロアリ・スズメバチ対策などの害虫防除事業、ビオトープの再生や水処理などの環境保全事業を行っている。従来の害虫の駆除は、薬剤散布が一般的だが、はやき風では、動植物の特徴を活かし自然の生態系をコントールすることで、自然環境を破壊する薬剤を減らした害虫駆除を可能にしている。“人と自然の共生、共豊”を大事する言わば“自然のお医者さん”だ。

代表である岩崎氏の幼少期は、“家の前ではホタルが飛び、カブトムシやクワガタ、ミズカマキリなど虫と遊ぶのが大好きな少年だった。遊びながらも、虫も一生懸命生きていると感じていた。今では、家の前で、ホタルもカブトムシも見れなくなってしまい、自分の遊び育った“自然”に元気がなくなっているように感じている。もう一度本来の自然を取り戻していきたいと想いの源泉を知った。
 


“先が見えなくても、がむしゃらに”
はやき風を設立する前、県内最大の害虫駆除会社で働いていた。虫が大好きなのに、虫を駆除している葛藤や仕事への疑問があり、未来が見えなかった。思い切って20代の時、“ここで社長になって、自分が大事だと思うことを実現する”と奮起し、一生懸命働いた。36歳の時に社長になり、会社のあり方を変えようとしたが、前社長とぶつかった。自分もぶつかり苦しいながらも、社員のために頑張ろうと思ったが、会社にはもともとの創業者の思いがあって、変わっちゃいけない部分があることを知った。その変わっちゃいけない部分をも自分は変えようとしていた。考えぬいた結果、自分が社長をやってるということ自体がまずいと思い、会社を離れ、一歩踏み出し、今の「はやき風株式会社」を設立した。


“100%できる”の決断は、返って難しい。

会社を離れ、自分自身の足で歩みだす決断の場面を聞くと“感覚的な決断でした。前の会社で仕事をしていて自分の居場所がないと想いが強かったですね”という。「決断力ってきっと大事なんですよね。ほんとにできると思わないと決断しない人っていっぱいいるじゃないですか。自分の決断はできると思わなくても結構決断しちゃうんですよ。それって大事だと思うんです。自分を勝手に信じて。決断しちゃうと後はもうやるしかないんです。ほんとに“100%できる”決断の方が返って難しいと思っています。単純に決断できるかだけの話なんだなって。」



“ふと見渡すと、街への寂しさと感謝”

“もともと地元や地域に興味はなかったし、むしろ好きじゃなかった”と岩崎さん。会社を辞めて街を見渡してみると、ものすごい寂しさを感じた。お年寄りしかいないし、人も元気がないし、近所の川も護岸工事されて、すごいつまんない環境になってるなって。同時に、自分はこの土地で生まれ育ってるし、ここでなんとかしなきゃいかんみたいな・・・そういう想いが出てきたんです。地元への感謝の気持ちと、それだけの愛着みたいなのがすごいあったからだと思う。これからも、生まれてくる子どもたちがずっと誇りに想い、いたくなる街を、作りたいなって思うようになりましたね。大人たちがその姿勢を見せていかなければ、どっか行っちゃうと思う。そういうことがないようにやってけたらなぁて思う。



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“三方よし”

はやき風の経営理念に‘三方よし’がある。ビジネスの基本は自分たちとお客のwin-winだが、“うちとお客様に加えて地域とか自然環境を大切にしようと始まってるからwin-win-winじゃないとダメなんです。まずは、お客と自分たちのwin-win。それから地域を重視し、三方のバランスを整える順番で考えている。利益が出てくれば、もっと地域に対してお金をかけられるわけです。お客さんの満足は大前提として。地域の人に愛される会社にしたい。サッカーでいうならサポーターがいる会社にしたいです。それがうちの中期的なビジョンです”と。
このほかにも“三方よし”からボランティアに対しても思う事がある「ボランティアもいいけれど、お金をもらわないでいるという優越感に浸りすぎている。“お金が足りない”。“補助金ほしい”ではなく、自らお金を生み出す方法を考えないといけないと思うんです。ボランティアは“地域”と“自分”で活動している。そこに“お客さま”を作っていかないといけないと。」



”こどもたちへ、虫と遊ぶ景色を。”

おそらくゴールなんてないと語る岩崎氏に今後の展望を聞いてみた。「うちは“100年企業”でありたいと思います。自分がいなくなっても、地域に関わり続けていける会社でいたい。子どもたちに誇れる仕事をし続けること、そして子どもが家のすぐ近くでホタルやトンボと遊んでる景色を実現したいですね。」

想いはあっても、これからの実現に向けての道で大事なのは、人です。「影響与えるというのは全部人で、すべて何やるにしても人だなって。企業もそうだし、街もそうだし、結局作り上げているのは人しかいないから。その人が輝いているっていうのが一番です。こういう三方良しっていうスタンスを持った人がたくさんいて、みんな輝きながら自分たちで色んなことを作り出したり、やりきる力がある人がたくさんいるっていうのがいい。そういところにずっと影響を与えたい。」、そう話す事務所には、今日も素敵な笑顔を振りまくスタッフ5名が元気に働いている。



若者へのメッセージ “がむしゃらに、動いて、やりきって”
「やりきってほしいです。想いとかアイデアだけに留まらないで、それを自分で本気になってやると決めてやりきる。きっとそれしかないと思う。何やってもいいからそれをやってほしいです。そうすると何か見えてくるんです。自分も前の会社で、何がよかったって、きっと20代で何も考えてなかったけど、20代ガムシャラにやっていた。人に負けたくないって想いだけで。やっぱそれをやんなかったらきっと何も見えてないだろうし。いくらいいアイデア持っていてもやれなかったらそれで終わっちゃうし。とことん、若いときにガムシャラに何でもいいからやるっていうのは大事かなって思う。」

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取材日/2013年3月
取材者/高橋秀哉(ユースインターン生・白鴎大学法学部)


はやき風株式会社
〒329-1411 栃木県さくら市鷲宿3661-221
TEL.028-666-8233 FAX.028-666-8255
http://www.hayakikaze.jp/
【社会事業家紹介】株式会社クルール・プロジェ 代表取締役 阿久津智子 氏 [2013年03月18日(Mon)]
企業、子育てママ、家族、地域全体で未来に向けて取り組んでいこう 

 学校を卒業して、働いて結婚して、子供を産んで――。その先の自分の人生はどうなるんだろう? 女性ならば誰もが一度は考えたことがあるのではないだろうか。子供を産んだ後の女性「子育てママ」に特化した事業展開をする、株式会社クルール・プロジェ代表取締役の阿久津智子氏にインタビューを行った。

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“子育てママが、自分がやりたいことで繋がれる場を” 

 株式会社クルール・プロジェは、主に子育てママ向けフリーペーパー「クルール」の発行や、子育てママに対する社会参画の支援を行っている。「クルール」では、子育て、食育、スクール、コミュニティ、ハンドメイドなどの情報を発信。最初はとちぎ版だけだったが、記事コンテンツを提供する形で、現在全国19エリアで発行されている。
子育てママの社会参画支援としては、母として、妻として、女性として学校では学べなかったことが学べる「ママ’sカレッジ」や、起業したい子育てママの支援をする「ドリカム塾」を主催している。
その背景にあるのは、子育てママの社会からの孤立化という問題だ。
「子育てママって、子供を通じての繋がりがほとんどで、行動範囲も狭くなりがち。だから、起業をしたいって思っても、繋がりを見つけるのがまず大変。自分がやりたいことで、繋がれる場所をつくれたら、と取り組んでいます。」



“動けば見えてくるものが必ずある” 

阿久津氏は、高校卒業後、歯科助手、複写機を扱う会社のサービスアシスタントを経て、「パソコンを使った仕事がしたい」と印刷会社でデータ作成の職に就いた。当時はアナログからデジタルに変わる時代。そんな中でパソコンを使ってデータ作成ができる人はほとんどいなかったため、忙しい毎日を過ごした。

当時の月給は18万円。しかし、こなしている仕事は月100万円ほど。「会社を辞めてフリーになったら全部自分の給料になる!」と思った阿久津氏は退職し、フリーになる。
「でもね、3か月間、全く仕事が来なかったの。その時に、大きい印刷会社のデータをつくる、っていう一部分しかやってなかった。そのことに気づいて、仕事が出来る有難さを実感しました」
 それからは、依頼される仕事は全て引き受けた。

 フリーの仕事に限界を感じた阿久津氏は、32歳の時に夫と、広告会社や印刷会社の下請けをする制作会社ブランシャを設立。「私ならこんな情報が欲しいのに」と仕事に違和感を抱えつつも、充実した毎日を送っていた。しかし、36歳の時にふと、「このままでいいのかな、私がいなくてもいいんじゃないか」と3日間、布団から出ることが出来なくなった。いくら声をかけられても出られない。1日目、2日目と、ただただ布団の中で過ごした。
「3日目に、“こんなことしてるならやりたいことを思いっきりやろう!”って思ってやっと布団から出れたの。そこで、働いていた時に“私だったらこんな情報が欲しい”って思うことがあったから、女性向けの情報誌をつくろうと動き出しました」
 
情報誌を発行するには対象を絞らなければならない。発行部数が1桁違うだけで、印刷費に大きな違いが出るからだ。対象をどこにするか考えていた時、職場にいた子育てママの「幼稚園でたくさん配布物を貰ってくる」という一言が耳に入った。それを聞いて子育てママ向けの情報誌のアイデアを思いつく。そして動き始めると、様々な問題がみえてきた。

「幼稚園や行政、そして子育てママにヒアリングをしていくと、情報がきちんと流れていないことに気づきました。行政が行っているサービスがママに届いていなかったり、ママの声が反映されていなかったり。企業もサービスを売りたいって思っているけど一方的になっている。そこで、私たちはその“架け橋”の役割を担えないかなと思ったんです。」
そして2005年4月に「クルールとちぎ版」を有限会社ブランシャにて発行、同年12月に分社化し株式会社クルール・プロジェが設立された。

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“地域全体で、未来に向けて取り組んでいこうよ!” 

 クルール・プロジェの経営理念は、「家族の笑顔のために、今、そして100年後の未来へ」。ホームページには、「平和で豊かな社会のためには家族が笑顔になることが一番大切。今の家族の笑顔、そして100年後の未来へツナガル笑顔。さらに私たち自身が笑顔を大切にし、日々活動をしていきます。」とある。
3世代後の家族が笑顔でいられるように、地域で取り組めるようクルール・プロジェは企業と子育てママ・家族をつなぐ「架け橋」の役割を担っている。冒頭でも述べたように、「クルール」は全国19エリアで発行され、地域に特化したフリーペーパーである。
「子供が熱を出して仕事を休む時、企業はNOという。これって人間的にはおかしいでしょう? “ママ・パパ・子供”という家族がいて、企業からみるとママ・パパは労働力でもあるし、お客様でもある。狭い地域だから繋がれる。知り合いの知り合いが、お客さんだったりする。ママも企業を応援するし、企業も家族を応援する。そんな風に、もっと地域全体で未来に向けて取り組んでいこうよ!って思うんです」


 
“若者へ:目の前のことを思いっきりやること” 

「今目の前のことをやりきる先に必ず何かが見えてくると思います。女性の場合は、男性と違って、どんな人と結婚するかでその後の人生が大きく変わる。また、“出産・育児”という人生の中で立ち止まって自分と向き合える時間がとれる。それまでに目の前のことを思いっきりやること。仕事上のマナーや、責任力、達成力なども、しっかり身に付けておくと、後に生かすことができます。もし不安になったり悩んだりした時は一人で考えても、それは自分の中にある知識でしか考えられない。だから、人に会いに行って話を聞くとか、本を読むとか、何か情報をいれることでどんどん変わっていくと思います」

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取材日/2013年2月
取材者/逸見栞 (ユースインターン生/宇都宮大学国際学部)

株式会社クルール・プロジェ
http://www.couleur-projet.co.jp/
ウェブクルール
http://www.couleur-mama.net/
【社会事業家紹介】一般社団法人とちぎ青少年自立援助センター 理事長  榎本竹伸 氏  [2013年02月20日(Wed)]
“たちあがれ、日本の若者たち!” 

アジアにおいて中国に次ぐ経済大国、日本。いまや20代で起業する人も少なくない。中には学生で起業する人もいるほどだ。
だがその一方で、若者の「仕事」や「教育」をめぐる大きな問題を抱えている。

「私は価値のある人間だと思わない」 62.7%
「私は将来に不安を感じている」 77.7%

これが今の高校生の現状である。
ニートやフリーター、引きこもり、格差の拡大、機会の不均等・・・
問題が山積している中、今回取材したとちぎ青少年自立援助センター理事長の榎本氏が焦点をあてたのは社会という波に振り落とされ戻りたいと思いつつも戻れないでいる人、頑張る理由をみつけられないでいる若者を社会に送り出す支援をすることだった。

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“頑張れ!よりも、頑張り方と機会を”

榎本氏が代表を務める「とちぎ青少年自立援助センター」は、「共同生活」と「社会体験プログラム」を提供する「自立援助センター」の運営、若年無業者を対象とした通所型相談を行う「とちぎ県南若者サポートステーション」の運営、若者の居場所としての「杉並しゃべり場」、アウトリーチ事業(自発的に援助を求めてこない人に対するアプローチ)としての「調布センターたけのこ」の運営と多岐にわたる。

特に、「自立援助センター」では主に真岡市高勢町において共同生活寮で暮らす若者たちに自立・社会参加・就労に向けた様々な経験を積むプログラムを提供している。具体的には仕事の中身、大変さややりがいを知り、就労への第一歩ともなる「職業体験プログラム」や、社会で必要とされるスキル・マナーの講座、ほかにも研修旅行やバーベキューなどの交流プログラムを行っている。これまでの卒業生数は170人を越える。今でも定期的に集う居場所づくりを行い、関わり続けている。巣立っていった若者たちは、初めてセンターを訪れた時とは違って、きらきらした目をしている。若者への自立にむけたプログラム提供以外にも、保護者相談や家庭訪問支援など若者を支える活動は多岐にわたる。この4月からは本部・寮とも宇都宮市本岡本に移転する。今までも多くの卒業生を社会に送り出してきたがここからが本格始動である。

活動では、安易に“若者に頑張れ!”と言うだけではなく“なぜ頑張るのか?”“どう頑張るのか?”を共に考えていくことを大事にしている。その寄り添いも一度社会への復帰していく力になると信じている。しかしながら、社会の厳しさをきれいごと抜きでそのまま教えていくことに常に自信と不安の葛藤を抱えているが、彼らにワクワクとリアルな社会を見せるべく奮闘されている。



“ 厳しさのゆえん  ”

榎本さん自身、振り返ってみても、自分が若者だった時から若者や子供たちと関わり続けている。そもそもレクレーションリーダー育ちで、集団で取り組むことが好きだった。自身の経験から学校教育、家庭教育とは違う、地域社会で学んでいく社会教育に魅了された。一旦は地方行政職員として務めたが、より若者と直接関われる現場に出たいと23年勤めた仕事を辞め、若者支援の携わるようになった。それから現在、9年が経つが、依然として自立のために必要な、人との関わりを創りだす仕事の理想は、まだ先にあるという。若者の問題と一括りにされがちだが、若者の問題は、1人ひとり違う。彼らの人生に関わることの重さから、より適切な支援や関わりを追求し続けているが故の厳しさを持っている。



“報われない努力ほどむなしいものはない”
そんな榎本氏に目指す社会について伺ってみると、
「努力した人が報われる社会になることを願う。社会が変わり、社会をそれぞれによくしようとする想いに溢れるのはいいことだと思う。中には、趣味がボランティアなんていう人もいるが、誰かのために動くことは、本来大変なことだ。ただでさえ自分の生計をたてるために働くことも決して楽なことではなく、つらいことの連続である。その大変さを知った上で、それでも誰かのために自分を顧みず熱い想いをもって働く人・活動する人が増えて欲しい」
みんなで同時に変わる・変えていくのではなく、まずそれぞれ自分から先頭に立って変わっていってほしい。と語る榎本氏の眼光は鋭くこの社会のゆく末をみているようであった。

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“失敗からも学べ、そして立て直す力を持って”

こらからを担う者たちへ、“思い描くことに良いイメージを持ちなさい。勇気をもって失敗を恐れずに挑むことが大事。失敗こそ学ぶことがたくさんある。その後反省を活かすようにすれば問題はない。そして苦労なくして物事は進まない。人は生きてく中でたくさんの壁にぶつかる。そこでいかに踏ん張れるかが試されているんです。”


とちぎ青少年自立援助センター
URLhttp://www.tochigi-ysc.org
栃木県真岡市高勢町2丁目209
Email:enomoto@tochigi-ysc.org
TEL:0285-81-5816
とちぎ県南若者サポートステーション
http://www.kennan-saposute.net
調布センターたけのこ



■編集後記
人生において誰もが通る“若者”という時代。そして少なからず悩みや葛藤を抱くこの時期。この過敏で何色にも染まりやすく、逆を言えば何にでもなれるこの時期の若者を支援されている榎本氏はどこか期待に満ちた目とそれをあずかる故の不安の目をされていたように思う。

取材日/2012.12.27/2013.1.16
取材者/高橋秀哉(ユースインターン6期生/白鴎大学法学部2年)
【社会事業家紹介】ソザイソウザイ 代表 梅園隆氏 [2013年01月22日(Tue)]
 東武宇都宮駅近くのもみじ通りにソザイソウザイというお洒落な惣菜屋がある。コロッケやメンチカツといった揚げ物から、ヘルシーなサラダ、そして艶々としたご飯。昼時には弁当を買い求める客で店内が賑やかになる。今回は、ソザイソウザイを経営する梅園隆さんにお話を伺った。

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“地元のために、何が出来るんだろう?” 
 ソザイソウザイを始めたきっかけは、もみじ通りの活性化をすすめる株式会社ビルススタジオ代表塩田さんの、「生活しやすい環境にしたい」の一言だった。もみじ通りで長年暮らしてきた梅園さんは、塩田さんの想いに共感した。もみじ通りは東武宇都宮駅から徒歩5分にある。昔は多くの商店が並び活気に溢れていたが、段々と店舗が減りシャッター通りに。そして、若者も減り高齢化が進んでいた。

「大成君(塩田さん)の話を聞いて、俺には何が出来るんだろう、って考えて。この辺にはコンビニが5軒あって、お年寄りがご飯時になるとコンビニへ買いに行くんだよね。でも、コンビニの弁当って、お年寄りには量が多い。それをいつも見てたんだ」  
 梅園さんは、それまで豚肉や有機野菜の配達販売を行っていた。そこで、それらを加工して販売することを思いつき、2011年11月にソザイソウザイをオープンした。



“近くのモノなら保存料は要らない” 
 梅園さんの考えは、至ってシンプルで合理的である。その考えは、素材の選別から調理まで、ソザイソウザイの至る所に表れている。
「よく“地産地消をしている”っていう風に言われるんだけど、俺は別に意識してやってるわけじゃない。単純に、この土地にあるんなら、わざわざ遠くから運んでこなくても、土地のものを使えばいいじゃん、っていう考えなんだよね。それと、美味しいものを追及していったら、たまたまそれが有機野菜っていうだけで。だから、遠くでしか作ってないものなら、遠くのものを買って販売してる」
店頭には、栃木県産の野菜のほかにも、北海道産のジャガイモや、フェアトレードの珈琲豆も販売されている。

「添加物は、必要だから入れてある。たとえば保存料は、遠くに商品を売るために、長く保存しておかなきゃいけないから入れてる。着色料は、スーパーとかで消費者に見てくれをアピールするため。でも、ここではお客さんと会話して、素材の良さを伝えられるし、近くのものを扱ってるから保存料も要らない」

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“実は野菜の量り売りもしています” 
 “うめさん”の愛称で親しまれる梅園さんは、昭和38年に生まれの49歳。子供の頃は、今ほどスーパーやコンビニはなかった。買い物といえば、八百屋や魚屋にいくのが当たり前の時代だ。
「昔はね、野菜の量り売りなんてのは、当たり前だったんだよ。なんでも量り売り。味噌も、しょうゆも、店には樽があって、瓶をもっていく。味噌屋さんに行って、100g以下ちょうだい、っていうと、“そんなに少ないならもうやるよ”ってタダでくれたりしてね(笑)」
 ソザイソウザイは店頭で野菜の販売もしている。さらに、それを切り売りもしてくれるのだ。
「中途半端に切った野菜は売れないけど、惣菜屋だから出来るんだ。惣菜を作ってて、“あ、足りない!”と思ったらそこ(店頭)の野菜を使ったりもする。実際に使ってる野菜が置いてあるよ」


“細やかな配慮が行き届いた惣菜屋” 
 ソザイソウザイは、惣菜や素材だけでなく、お店の細部までこだわりがある。たとえば、ショップカード。多くの店のショップカードは名刺サイズだが、ソザイソウザイはその4倍のB5サイズだ。
「名刺サイズだと、お年寄りが見づらいんだよね。それに、もみじ通りって場所がわかりづらいから、地図を大きくしたかったのもある。そうそう、裏は気づいた?一個だけ、違うのがあるんだよ」
 
ソザイソウザイの名前の由来は、塩田さんと、「語呂がよくてわかりやすいのがいいよね」と話していて出来たものだ。“素材”と“惣菜”を扱っているため、二つを合わせてソザイソウザイになった。歌舞伎の口上で使われる「東西東西(とざいとうざい)」とも似ていて、語感がいい。


“一所懸命やる人、募集してます” 
 ソザイソウザイでは、NPO法人とちぎユースサポーターズネットワークの実践型インターン事業「ゲンバチャレンジ」でインターンシップを募集している。プロジェクトの内容は、お客さんと消費者の声を新聞にして届けることだ(詳しくはこちら)。

梅園さんがやっていた宅配の仕事は、生産者と消費者をつなげる仕事だった。
「こういう人が作ってるよ、って買う人に伝えて、買った人からは、これが美味しかった、っていう声を生産者に伝えてたんだよね。普通、お店に置いてあるお便りみたいなのは、お店の情報をお客さんに、っていう一方通行でしょ? それが、相互方向に行き来できるといいなあと思って」
 インターンには、「やる気があれば誰でもいい。一所懸命やる人なら、器用な人じゃなくてもいい。とにかく一所懸命やる人に来てほしい」という。

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ソザイソウザイ 
事業内容:小売業、フェアトレード。まじめなソザイとまじめなソウザイを販売してます。宇都宮市中心部、もみじ通りのお総菜屋さんです。まじめなソザイ・・・こだわりを持って作ってる人の野菜、肉、卵、牛乳乳製品、人工添加物食のつかってない食品。まじめなソウザイ・・・まじめなソザイの持ち味を生かした味つけのおかず。安心して食べられる、飽きない味を大切にしています。
代表者:梅園隆 設立:2011年
場所:栃木県宇都宮市西2-2-22

取材日 / 平成24年12月
取材者 / 逸見栞(ユースインターン6期生/宇都宮大学国際学部) 
【社会事業家紹介】株式会社守田家/栃木県映画センター 代表取締役 高橋祐也氏  [2012年12月27日(Thu)]
映画を取り巻く環境は年々厳しくなっており、映画館の閉館が相次いでいる。そんな中、「映画の力」を信じ、活動をしているのが、株式会社守田家4代目社長・高橋祐也さんだ。映画創世記から、いや、それより前から歌舞伎というエンタテインメントを通して、人々に「伝える」活動をしてきた株式会社守田家。はにかむような笑顔の奥にある、高橋さんの熱い想いに迫る。


“映画の歴史より古い株式会社守田家”
 日光市今市にある株式会社守田家が、株式会社として登録したのは今から約80年前の昭和8年。しかし、その歴史はもっと古く、もともとは歌舞伎小屋をやっていた。「映画」の誕生に合わせ、歌舞伎小屋は「映画館」へと形を変えて時代を駆け抜けてきた。
 
現在、大衆向けの映画上映を行う「日光劇場」と、社会問題を扱う映画を上映する「栃木県映画センター」を家族で運営している。
「私たちは映画館の他に、文化会館や公民館といった施設で上映を行います。映画館とは違った場所で見るのも、またいいものですよ。」

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“「映画で何かできないだろうか」―映画センターの設立―”
守田家の事業の中でも、「栃木県映画センター」は2010年に高橋さん自身が立ち上げたものだ。仕事を始めたころ、客足が少ない平日に「映画を使って他に何かできないだろうか」と考えていた高橋さんはある一本の映画に出会う。『オーシャンズ』(ジャック・ベラン監督、仏、2009年)という海洋生物をテーマにしたドキュメンタリ映画だ。

この上映権を持っていたのが「映画センター」という組織だった。「映画センター」は、映画館以外での上映会をサポートする自主上映のネットワーク組織で、各県に存在する。しかし、当時は栃木県にはまだ存在していなかった。

「『オーシャンズ』をきっかけに、映画センターにオブザーバーとして関わるようになりました。1年ほど経ってから、他にやるところがないなら自分たちでやろう、と思って設立しました」
それから、大衆向けにエンタテインメント色の強い映画を上映する「日光劇場」とは対照的に、「栃木県映画センター」では、行政や市民団体と共に、社会問題がテーマの映画を上映している。

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“映画は社会とつながる、はじめの一歩”
映画センターでの上映活動は、「この問題をもっと多くの人に知ってほしい」という想いで主催団体の活動内容に関わる映画を上映することが多い。

「この前、ある方から言われたんですが、“ホップ・ステップ・ジャンプ”という言葉があるじゃないですか。映画はこの“ホップ”の部分なんです。まずは足を運びやすい映画を見てもらう。そこから興味を持ってもらって、“ステップ”である講演会なり他のイベントなりへの参加、そして最後に、直接ボランティアなどで関わって“ジャンプ”してもらう。映画は、社会とつながる初めの一歩なんです。」
 映画上映をする際は、企画から相談に乗ってくれるという。どういう層に訴えたいのか、何を訴えたいのかを聞いた上で上映作品や会場の決定などを打ち合わせて、上映に臨む。



“きっかけは、就職活動の挫折”
 高橋さんが生まれ育ったのは埼玉県。好奇心が旺盛な子供だった。大学では金融関係の勉強をしていたが、将来は漠然と「クリエイティブで自分の仕事の成果が見える仕事をしたい」と思っていた。

 そんな高橋さんに転機が訪れたのは、大学4年の就職活動の時のこと。
「実は持病がありまして、それが悪化して就職活動を続けることが難しくなってしまったんです。テレビ局や広告代理店などを希望していたのですが、それらは不規則な仕事で、体力的にきつい。それで、どうしよう、と思っていた時に、当時付き合っていた彼女(現在の妻)から、彼女の実家の家業(映画上映)を継ぐことを提案されたんです。映画上映なんて、なかなか就ける仕事じゃない。面白そうだな、と思って、日光に行くことにしました。」

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“仕事の魅力と、これから” 
 ひょんなきっかけで就いた仕事だが、今ではやりがいを感じる毎日だ。
「“日光劇場”では、動員数、売上高、“映画センター”では主催者やお客さんからの感謝の言葉、というように、自分がやったことの成果が直接みえるんです。映画は不安定ですから、正直言って大変な仕事ですが、こんなに面白い仕事はないと思います。だから辞められませんね。
これからは、映画上映の魅力をもっと知ってもらって、もっと多くの人に映画というツールを使ってほしい。それで、映画を見て社会問題に触れ、もっと主体的に行動を起こす人が増えればと思います。」
 

“若者へ”
 不安定で先の見えないどんよりとした世の中ですが、夢と目標を持ってがんばって下さい。
やりたい事に100%合致する仕事に就くのは難しいと思いますが、自分が置かれている状況の中で夢や目標を定めることが大事だと思います。決して悲観せず、愚痴を周りに漏らさず、前を向いて仕事のできるかっこいい大人になって下さい。


取材日/平成24年11月29日
取材者/逸見栞 (ユースインターン生/宇都宮大学国際学部4年)

栃木県映画センター
http://tcg-center.com/index.html
栃木県日光市今市734番地
Tel 0288-22-2610   Fax 0288-22-2623
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【社会事業家紹介】学校法人アジア学院 副校長兼事務局長 荒川朋子氏  [2012年09月24日(Mon)]
「アジア学院」
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 那須塩原市の雄大な自然の中に、アジア学院のキャンパスはある。ここには畑や田んぼ、豚舎、食品加工棟、コンポスト(堆肥場)、ベクレルセンター(放射能測定所)などが備わっている。アジア学院は鶴川学院伝道神学校(東京都町田市)の東南アジア科を母体としてアジア、アフリカ、太平洋地域で草の根で農村開発に携わる専門家を養成するために、1973年に栃木県那須塩原市に設立された。アジア学院の使命は、「イエス・キリストの愛に基づき、公式且つ平和で健全な環境を持つ世界を構築すること。」であり、この使命に基づき、人々と共に分かち合う生き方を目指して、実践に力を置いた学びを行なっている。具体的には、授業で学んで得た知識を活かし、多文化、多宗教のアジア学院コミュニティーを基盤として、グループに分かれて食料自給のための農場管理活動を行ったり、日本各地の農村地域や都市部に研修に行ったりする。
アジア学院の学生たちは9ヶ月の研修を経て、世界各地へ羽ばたき、その地域の問題解決のために取り組んでいく。創設者の高見敏弘牧師は、アジア学院設立に至るまで、「食」の課題に取り組む農村牧師の育成の仕事に携わっており、更に広く発展途上国の人々を受け入れ農村リーダーを育成するためにアジア学院を設立した。アジア学院の敷地内に入ると、さまざまな国から来たアジア学院の学生達に会うことができる。ここはどこなのか、日本ではなく別世界にいるような感覚になる。
今回、アジア学院の事務局長・副校長であり、アジア学院に17年間勤務し、多くの卒業生を世界中に送り出している荒川朋子さんにお話を伺った。農業指導者だけでなく、さまざまな分野で活躍している人々を輩出しているアジア学院において、学生たちを育成する立場にいる荒川さんに、アジア学院にかける想いや希望などについて語っていただいた。


「共に生きるために」
アジア学院は、「共に生きるために」ということをモットーに、国籍、宗教、習慣、価値観の違う人々が共に生活し、お互いの持っている資源や能力を分かち合いながら、それぞれが持つ目的や目標のために取り組んでいる。「共に生きる」とは、具体的には、人とともに、自然とともに、神とともにという3つのことから成り立っていると考えている。この考え方を基に、活動を行っている。アジア学院では「人に仕える指導者」を研修のキーコンセプトの一つにしており、さまざまな地域からやってきた農業に携わる地域のリーダーだけでなく、いままで全く農業に携わったことのなかった学生などもいる。実習の時には学生達はチームに分かれ、農業の経験値は違っていても、ここではだれもが平等であるため、全員一度はリーダーにならなければならない。そのため、異文化の中でお互いに、どうすれば信頼関係を築くことができるのか、地域の問題解決のために人々と協力するにはどうしたらいいのか、他者と共に生活をしてお互いに切磋琢磨することによって、リーダーとしての振る舞い方を身につけていく。また、荒川さんは、アジア学院で学生達に農業や労働の尊厳に気付いてほしいと語る。アジア学院には、発展途上国から農業の技術を学びにきている学生が多く、発展途上国の農民は、過酷な生活や生き延びるための競争から、農業や農民が尊いものであるということを見いだせない環境にあるそうだ。しかし、アジア学院での人々との関わりあいや、学校での学びから、学生たちが新たな視点を持ち、自分たちの農村や農業の素晴しさにも気づくことによって、誇りを持ちながら、人々とともにその土地に根ざした生き方をしてほしい欲しいという願いがある。

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「フードライフ」
フードライフとは、アジア学院特有の言葉で、「たべものと命は供に切り離すことができない」という事を示す。アジア学院では食料をほぼ自給しており、化学肥料や農薬は一切使わない有機農法で野菜や家畜を育てている。有機農業にこだわる理由も、「共に生きるために」というモットーや、フードライフという考え方に基づいている。発展途上国では生産性を上げるために借金をして化学肥料や危険な農薬を買い、それが深刻な地力低下や環境問題、健康被害を引き起こしている。アジア学院では「ぼかし」という有機肥料や、地域の給食センターからいただいた給食の食べ残しなどを利用して家畜のえさまでも作り、野菜や家畜を育てている。学生達は担当があり、田畑で働いたり、家畜の世話をしたり、食事を作るなど、交代でたべもの作りに携わっている。アジア学院では、資源の循環を重視し、持続可能な農業に実践的に取り組んでいる。荒川さんは、たべものは命であり、命はたべものによって育まれるので「農業は人を輝かせてくれる」という。また、食べものは一人では作れない。そして人間の力だけでも作れない。荒川さんはアジア学院での生活を通してそのことを感じているそうだ。フードライフの考え方は、食べものや農業から離れている私達の生活の原点であると語る。
アジア学院では、“beyond organic”(有機農業の先にあるもの)、つまり「有機農業を通して、どのような社会を作っていくのか」ということを日々の生活の中で、一人ひとりが模索しながら生活している。食卓に豊かなたべものがあることは平和の象徴なのではないかと荒川さんは語る。世界中の食卓が豊かになることが平和に繋がる。アジア学院では、食べるということが共通の窓となり、さまざまな国の人々が集い、平和な世界を構築するために自分にできることを探しながら人々と協力し合って生活しているのだ。



「もっと自分と世界を見てほしい」
 荒川さんが、アジア学院で働いていて、うれしい時、やりがいを感じるのは、学生達がアジア学院での経験を生きる原動力としてそれぞれが色んな地域で頑張っている姿を見たときだと話す。学生達は、卒業前にひとりひとり自分の夢を発表して巣立っていくが、その夢が国の政治や家族の事情でなかなかうまくいかない場合もある。しかし、学生達はみないつか夢をかなえたい、アジア学院や、お世話になった人々に恩返しがしたという思いで夢を追いかけ続けているそうだ。卒業生同士がネットワークを作り、卒業後も協力して、お互いに励ましあいながらそれぞれの問題解決にも取り組んでいる。卒業生に会うと、アジア学院での生活を鮮明に語ってくれ、アジア学院での生活を宝物や誇りにしてくれているという。それを通して、荒川さん自身も、アジア学院を続けていかなければいけないという励みにつながると語ってくれた。また、アジア学院は80%が寄付金で成り立っている。支援者の方々が何かしらのきっかけでアジア学院を支え続けてくれ、つながりを持ってくれている。その思いがみえたときも嬉しさを感じるそうだ。これからも、アジア学院が人々や地域の架け橋となっていたいと語ってくれた。

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「ストイックでシンプルな生き方」
荒川さんがアジア学院と出会ったのは、高校2年生の時だった。高校の講演会で高見さんとアジア学院のことを知り、アジア学院のことが心に残っていたそうだ。大学では、アメリカ留学を経験しており、そこで初めて農業について学んだという。農業は人間の基本であるにもかかわらず、それまで農業を知らなかったことを反省したそうだ。その後、大学院に進学し、アジア学院で3か月インターンを経験した。幼いころからガールスカウトでのキャンプに参加し、大学ではワンダーフォーゲル部で登山をしていた荒川さんにとって、アジア学院での生活は、山を登った時のように生きるのに必要なもの以外は持たずに、ストイックでシンプルに生活することと同じであり、アジア学院での生活に惹かれていったという。またその時に出会った、ルームメイトのスリランカ出身の女性の生き様や境遇が自分とあまりにも違うことから、いかに今まで自分が恵まれて生きてきたのかを改めて感じたそうだ。途上国で生きることの厳しさ、生きるためのさまざまな努力、自分が過酷な環境の中で生きているにもかかわらず、自分よりもさらに困っている人々に手を差し伸べようとしているアジア学院の学生たちの姿に感銘を受け、それから自分に余力があるならば、途上国の人々のために自分にできることをしていきたいと思うようになったという。
アジア学院はもちろんのこと、荒川さん自身の新たな使命として、3.11後の放射能問題から、もとの大地に戻すために周辺地域の方々と協力しながらさまざまなプロジェクトに取り組んでいるそうだ。放射能問題というひとつのテーマに向かって協力し合うことで、地域の方々とのつながりもさらに強くなったという。アジア学院が地域や世界との「窓口」になっているのだ。

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「もっと目をみひらいて」
 最後に荒川さんが若者に向けて、「日本に固執しすぎず、もっと心と目を見開いて世界の中の自分を見てほしい。世界中でいろんなことが起きているなかで、自分のアンテナを張り、どんな逆境をも潜り抜ける想像力、自己判断できる力を身につけてほしい。」と語ってくれた。
 荒川さん自身が、世界の中の自分を見ることで生まれた価値観や命に対する考え、想いがアジア学院と共鳴し、それが他の多くの人々の想いとつながり合い、その結果さまざまな問題に取り組む学生がアジア学院から世界中へ羽ばたいているのだと感じた。


学校法人 アジア学院
〒329-2703 栃木県那須塩原市槻沢442-1
電話 : 0287-36-3111 Fax : 0287-37-5833
E-mail : info@ari-edu.org
URL: http://www.ari-edu.org/

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【社会事業家紹介】星降る学校「くまの木」(NPO法人塩谷町旧熊ノ木小学校管理組合)事務局長 加納麻紀子氏 [2012年07月30日(Mon)]

自然と生きる仕事

特定非営利活動法人塩谷町旧熊ノ木小学校管理組合 事務局長 加納麻紀子



【”星ふる学校「くまの木」”】
宇都宮から北に車で1時間、日本の名水百選に選ばれた尚仁沢の恵みを受ける塩谷町に星ふる学校「くまの木」はある。

 
 約2900名の卒業生を送り出してきた旧熊ノ木小学校は1999年、124年の歴史に幕を閉じた。その後、卒業生でもある地元住民の思いに応え、2002年に宿泊型体験学習施設として生まれかわった。「暮らしやすい地域社会の実現」を目指す塩谷町旧熊ノ木小学校管理組合が運営している。自然観察体験や農林業体験、郷土料理づくり体験などを実施するほか、町内の子供を対象にした「自然クラブ」、ボランティアによる里山整備活動を行う「里山応援団」、地元の農家と連携した活動など地域住民との関わりを柱に置いた都市農村交流の事業を展開している。


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 施設の利用者は県内の親子連れから県外の修学旅行生まで幅広く、宿泊者と体験プログラム参加者を合わせると年間のべ8000人以上が利用している。なかでも校庭に置かれた天体ドームからの天体観測は昨年約1700人が参加した人気の体験の一つだ。くまの木周辺は、周囲の明かりが少なく、空気が澄んでいる絶好の天体観測スポットである。平成12年には全国で一番の星が見える場所に選ばれた。星ふる学校の由来にもなった。


 この「星ふる学校くまの木」の事業統括をしているのが、事務局長の加納麻紀子氏である。毎日訪れる利用者の方の対応や施設の運営、事務処理はもちろん、体験プログラムの企画調整や各種広報などを担っている。現場の責任者として、くまの木と外部をつなぎ、職員が働きやすい環境を作ることが彼女の仕事である。

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そんな彼女の想いがどこからきているのか、その原点に迫る。


【農村とは無縁の幼少期】
 2年前に事務局長に就任され、現在はくまの木の運営の中核を担っている加納氏であるが、幼少期は神奈川県藤沢市の住宅街で育った。中学、高校は部活に打ち込み、大学時代は、アルバイトなどに明け暮れる、そんな普通の学生時代であった。当時は「癒し」や「安らぎ」のイメージで語られる農村に関心が持てなかったし、そんな農村のイメージが嫌だったという。卒業後は農林水産省の外郭団体である、農村環境整備センターの職員として、事務の仕事を行っていた。
 しかし、ある日突然、調査研究の部署へと異動となり、そこで初めて農村とのふれあいを経験することになった。



【全国の農村を見て回る仕事】
 調査研究の仕事を始めた当時、現在のような農村に対しての熱意はまだなかった。しかし、与えられた仕事に取り組み、全国の農村を見て回るうちに、彼女の農村に対する意識は大きく変わった。

“農村は、面白くて刺激的な場所だ。

 目の前にあるものがどこから来たかわからないような、自分が今まで長年住んでいた都会の生活とは異なり、水も食料もエネルギーも、その気になれば自分自身で調達することができ、自分の生活を自分自身で創造できる。変化に富んだ四季折々の景色や、そこに生息する様々な生き物たち。そんな農村の生活の魅力に気づき、自分もいつかそんな生活をしてみたいと思うようになった。



【事務局長就任とともに東京から家族で移住。くまの木での生活のはじまり。】
 そんな彼女は2年前にくまの木の事務局長の公募に応募して事務局長に就任した。
栃木が知り合いの多かった土地であることと、なによりこれまでの仕事で育まれた農村の現場の仕事に携わりたいという気持ちから事務局長公募への応募を決意した。
 その後、事務局長の就任を受けて家族とともに東京から塩谷町へと移住をしたという彼女は、“栃木にも知り合いはいたし、食べ物と水とエネルギーの在り処が目に見える場所で、人の縁があれば何とかなると思った。東京にいても、ここにいてもどう転ぶかわからないし、いま、私の居場所がここだという確信があるわけではない。でも、どう転んでも、ここなら何とかやっていけるんじゃないかという気がする。”と笑顔で話す。

“何とかなると思えるのは、スタッフや家族、友達など、周りのひとの縁がそう思わせてくれます”。

 そんな彼女に農村の魅力はと聞くと、“ライフラインが目に見えることの安心感、そして職住近接”だという。“農村の生活では人間としての根本となる自然や食料が本当に生活と一体としてある、人間社会のあれこれが小さいことに思えます”。

彼女の前向きな気持ちを後押しするのは彼女を支える周りの人たちと、食べ物とエネルギーが身近にある安心感のようだ。彼女の笑顔を見ていると、全国の農村を見ていくうちに感じた自然の魅力あふれるくまの木での生活に満足しているように思えた。


【たくさんの人の“大切にしたい”想いを感じる、くまの木の魅力。】
 調査員として様々な農村などを見てきた彼女に、職員として携わっていくうえでくまの木の魅力はとたずねると、“熊ノ木小学校として、地元住民が大切にしてきた歴史と、遠藤理事長をはじめ理事や会員が、いまの星ふる学校「くまの木」を心から大切にしていこうとしている想い。そういったものは、いくらお金をかけても作ることはできません”。
 
 そんなたくさんの人の思いに支えられるくまの木であるが、社会におけるくまの木の役割は“自然と調和した暮らし、農村・食べ物の大切さを表現していくこと”。都市と農村をつなぎ、農村の魅力を伝えることがくまの木の使命である。くまの木に携わるたくさんの人の思いを、農村の魅力として発信していくのがくまの木なのだ。

 これからもたくさんの農村の魅力を社会に発信していく加納氏にくまの木のこれからについて聞くと“天体や自然に加え、食べ物やエネルギーが大きなテーマになるかなと思う。今後はくまの木だからできることを形にしていきたい。”と語ってくれた。

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【ひろがりとやりがい―働くことの原動力。】
 そんな彼女にとって働く原動力は、“とにかく仕事が好き。仕事の大義名分で、普段会えない人に会ったり、聞けない情報を聞けたり、いろんなことが実現できることが楽しい。”
 そして、“自分が大事にしている、農村や食料のことを伝えられる仕事ができることがうれしい。”という。
 彼女にとって働くということは、自分のやりたいことができること。そして、自分自身を創っていくことなのかもしれない。
 そんな彼女は“異質なものが違いを認め合い、調和がとれる社会。なにはともあれ、みんなそれぞれに楽しく、自然の恵みや人のつながりに感謝しながら生きられる社会。それが理想です”と優しくに語ってくれた。


【“いろんな関わり合いの中で生きる事を楽しんで”】
 最後に、これからの若者に向けて“いろんな関わり合いの中で生きることを、単純に面白がってやっていけるといいと思います”と語ってくれた。
 そうした「楽しく、面白がって生きる」こと、そして近代化によって失われてしまった楽しく、面白がって生きられる社会の実現が彼女の、そしてくまの木の役割なのだと感じた。

(文責:TEAMユースインターンシップ5期生
菊地雄太 / 白鴎大学経営学部3年)



星ふる学校「くまの木」
 (特定非営利活動法人 塩谷町旧熊ノ木小学校管理組合)
〒329-2213 栃木県塩谷郡塩谷町大字熊ノ木802番地
TEL: 0287−45−0061
FAX: 0287−45−1666
URL :http://kumanoki.or.jp/index.htm 
E-mail:info@kumanoki.or.jp  
TW : @kumanoki1 FB : 星ふる学校「くまの木」

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取材情報
日時 : 2012年6月23日(土)10:00〜11:30
場所 : 星降る学校「くまの木」内
インタビュアー :TEAMユースインターンシップ5期生 菊地雄太/白鴎大学経営学部3年


【社会事業家紹介】NPO法人国際自然大学校日光霧降金井聡氏 [2011年09月27日(Tue)]
「皆がハッピーになれる環境をつくる」
   
  NPO法人国際自然大学校 日光霧降校
         コーディネーター 金井聡 氏

日時 2011年9月5日(月曜日)
場所 日光霧降校 食堂
インタビュアー 小林直輝


[NPO法人国際自然大学校 事業概要]
関東圏を中心に全国的な展開で活動する自然学校。子供から大人までを対象とし、様々な体験型の環境教育プログラムを通じて、自然や人とのかかわりの中で、人生を前向きに生きている人を育成している。
 ・カヌーアドベンチャー
 ・3ヶ月長期滞在型体験プログラム
 ・100kmチャレンジ(ウォーキング)
 ・ツリーハウスcafé(ツリーハウス造り、自然体験)
 ・サマーキャンプ



【自分がやりたいことはNPOでできる】
学生時代からとにかく山登りが好きでした。自然と触れ合うことはもちろん、山登りを共にする仲間や自分と向き合えるのが何よりも楽しみでしたね。将来「同じような体験を伝える側に周りたい」と思って、仕事を探していた時に、たまたま巡り合ったのが「国際自然大学校」だったのです。


【自然だからこそ、遊べる空間が豊富】
自然の中は、空気が良く、身体を動かすスペースがたくさんあります。家から離れたい、癒されたい、居場所がないという方が自分と向き合うには、まさに打ってつけの場所。街中とは違って、守ってくれるものが少ないから、よりリアリティに近い体験ができると思います。



【1st step 〜自由にチャレンジしよう〜】
基本的に私たちはルールの強制はしません。参加者は、空いている時間があればPC勉強をしたり、マラソンをしたり、活動は様々。これは良い意味で差別化していると言えます。無理やり何かをやらせても、お互いがハッピーにはなれませんから。その代わり、「なるべく失敗をしろ」ということだけは教えている。成功よりも失敗から学ぶことのほうが多いからこそ、その失敗ができるプログラムを作り、チャレンジしてもらっています。




【2nd step 〜カッコイイ瞬間を見つけよう〜】
ここでの体験を通じて、「自分らしい」やりたいことを見つけてもらいたいです。「自分らしい」とは「自分がカッコイイ瞬間」。薪割りでも草刈でも、「自分がカッコイイと思える瞬間」を見つけたら、それがやりたいことへの入口。もちろん、他の人に言われて気づくこともあります。必然的に集団活動を体験する自然の中ならば、一人では気づかなかった「カッコイイ瞬間」に必ず巡り合うことができるでしょう。





【3rd step 〜変わりたい自分、変わらなくて良い自分〜】
やりたいことを見つけられたら、そのために何をするのか、確実なステップを踏めるように「てこ入れ」をしていきます。私たちは、それをカウンセリングという手法を使わず、アドバイスのような自発性を促す力のみで、足りない能力と、自分の長所に気づいてもらいます。
少し前に、「将来は海賊王になりたい」と言っていた生徒がいました。これも立派なやりたいことです。私たちはその子の意志を尊重し、バラエティに富んだプログラムで手助けを続けてきました。プログラムの中で、体験→検証→認識→反省→体験…というサイクルを回すよう助言をし、課題と必要なプロセスを組み立ててもらいました。今その子は、文化・芸術施設に勤務していますが、まだまだ「海賊王」の夢は捨てられないそうです。



【今生きている社会で自分らしさを追及しよう】
「自分らしく」いられないのを、社会のせいにしてはいけないと思います。確かに社会に適した人間と自分らしいことは、必ずしもイコールにはならない。だからこそ揺るぎ無い価値観やvisionが必要です。一般企業で働いていても、どうしたら自分らしくいられるのか、その根幹が欲しい。もしも、今の環境にvisionが合わないのなら、その環境を変える(或いは辞める)のも手です。私たちのmissionは、そのactionの方法を自然の中で見つけてもらうことに限らず、見つけたい人の絶対数が増える社会にしていくことなのです。



【金井さんのvision 〜大人の学校をつくりたい〜】
全寮制で講師がいる、大人になっても学べる学校を造りたいと考えています。社会問題を解決するアクションを大きくするためには、やはり伝える側の育成を行わなければならない。だから、私と同じような自然学校を運営するスタッフの養成できればいいなと思います。自然を介して人の生き方を応援できる「アドベンチャーセラピー」という手法を確立させたいですね。





【若者へのメッセージ 〜ワクワク・ドキドキを与えられる人間になれ〜】
 一つは「自分に何が足りないのか、課題を見つける力」を身につけて欲しいです。それらは別名「生きる力」とも言います。自分一人では限界があるため、ネットでないリアルな世界で他者と関わり合うことでみつけることができるでしょう。
もう一つは、今の若者には「ワクワク・ドキドキ」を与えられる人が少ない気がする。枠にはまらない(最低限社会に適しながら)ユニークな発想こそが、変革を起こすエッセンスになります。それこそが「自分らしい」ではないでしょうか。失敗や批判を恐れず、いろいろ体験してみて、どんどん視野を広げていって欲しいです。



<金井聡氏プロフィール>
埼玉県生まれ。東海大学文学部史学科西洋史学専攻卒業。在学中にワンダーフォーゲル部で活動するなか、自然の中での教育(人材育成)事業を仕事とすることを決意し、実習所へ入所。植村冒険館自然塾、東京大学附属中学校、国士館高校(定時制)などの指導を行なう。 現在は、日光霧降校にてニート・ひきこもり・不登校を対象にした体験教育活動を実践とその普及のために活動中。


■NPO法人国際自然大学校HP http://www.nots.gr.jp/
■「本当にやりたい!ことプロジェクト」 http://jiritsu.nots.gr.jp/
■日光霧降校「本やりcafé」ブログ http://ameblo.jp/yaritaikoto-project/


○編集後記○
帰り際には、敷地内を散歩させていただきました。点在する木造の家、広々とした草原の庭、大人と子供が協力して建てたツリーハウス、猿や鹿が歩く道、どれをとっても街には存在しないものばかりです。散歩をしながら「自然っていいな」と、ふと感じました。都会の雑踏や、早歩きする時間の針に疲れている証拠なのでしょう。その気持ちこそが、こちらのプログラムに参加するきっかけではないのでしょうか。
金井さんも以前は都内で働いていたそうです。今では家族と共にこの場所で生活しています。インタビュー後に、子供と遊ぶ姿を見て、「仕事も家庭も両方満足している」という表情を目にしました。この大自然の中、自分のしたかった生き方を実現している金井さんを、大変羨ましく思います。(インターンシップ生 小林直輝)
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