関前村での活動
愛媛県越智郡関前村(現:今治市関前)の「グループ だんだん」誕生までを紹介します。
●瀬戸内海に浮かぶ離島・関前村
日本で初めてタイムダラーを地域住民が取り入れたのは、愛媛県と広島県の県境の瀬戸内海にある小さな離島からなる関前村(現:今治市関前)です。村は3つの島に分かれていて、人口は986人。特徴は全国で3番目という老齢比率です。65歳以上の高齢者が人口の46%を占めています。(平成11年4月1日現在)まさにお年寄りが半数近くを占める島なのです。
ところが、島の人々には暗さがなく、お年寄りは生き生きとしています。独居老人はいても、寝たきりの人はごく少ないと言います。そこには、高齢者問題への足掛かりがあるので
はないだろうか、と考えた私たち「長寿社会を考える研究会」(現タイムダラー・ネットワーク・ジャパン)では、1993年に島内で聞き取り調査を行いました。
その結果、高齢化が進む島に欠けているものは人口のバランスだけでなく、それ以上に「異世代間の心のつながり」だったのです。
●「地域の助け合い」は昔からあった?
そこで、平成6年度に社会福祉・医療事業団の助成金を得て「超過疎の島でのボランティア推進事業」が始まりました。その年の夏には、タイムダラーの創始者、エドガー・カーン博士や事務局長の女性、アナ・ミヤレスさんを島に招いて島民と夜遅くまで話し合いを行いました。たくさんの島民が集まり、耳を傾けてくれましたが、アメリカ生まれの耳慣れない活動に戸惑いや反論もありました。
その一つは、「島には、昔から『結(ゆい)』とか『こうろく』とかいって、不慮の災害、事故や葬祭には集落全員が助け合う習慣があるのに、何で今さら?」という声でした。
しかし、この「結」や「こうろく」は、家父長(制)を中心にした「家」を基礎にした地域のしきたりです。地域をまとめるための昔から続いている掟(おきて)でもあります。住民の個人個人を人間的な優しさでつなげる相互扶助(助け合い)とは出発が違います。言い換えると、地域をまとめるための手段としての相互扶助と、地域の住民を優しさで結びつけ、地域を大きな家族にする相互扶助との違いと言えましょう。
●アメリカでのタイムダラー・プログラムでは、次のようなサービスのリストを掲げています。
在宅介護、話し相手、入浴の手伝い、食事の世話など家事、軽度の家事、庭仕事、家の修理、洗濯など家の外での援助、送迎、買い物、医者への付き添いなど、電話サービス、健康状態などを尋ねる定期的な電話サービス、その他、翻訳・通訳、手紙の代筆など。
関前の「グループだんだん」では、それまでの島の習慣から、「親しい人にしか頼めない」「あとのお礼がわずらわしい」「してあげるのは気が楽だけど、頼むのは気が重い」などの意見が出ました。しかし、何度かの話し合いを重ねるうちに、心の垣根が低くなり、メニューはどんどん増えました。
平成8年から9年にかけての1年間で見ると、サービス内容の多い順は、ミカン山への送迎、運搬が多く、車が少ない島の事情や高齢者の多い離島の特徴が出ていて、次の通りです。
ミカン山、病院などへの車での送迎、保育所への送り迎え、荷物の運搬、対岸の今治市への買い物、子守、留守中の猫の世話、おつかい、モーニングコール(朝起こし)、いろいろの修理、村内のガイド、花の水やり、食事作り、手紙の代筆、ワープロ作成・・・等々。
メニュー数も30近くなり、子守やモーニングコールなどは、若い会員が積極的に利用し合っており、このことは「だんだん」が将来の老後のためのサービスの貯蓄ではなく、現在を安心して楽しく生活していくための活動になっていることを示しています。会員数は、発足して3年足らずで70人を超えました。
●チップに託す「ありがとう」
ところで、タイムダラーは、時間を通貨に換えることなのですが、アメリカでは点数に置き換えています。例えば、1時間1点というように。ところが、「だんだん」では、「チップ」と呼ぶ一種の通貨を使ってやりとりしています。トランプゲームなどで使う、プラスチック製の10円硬貨ぐらいの大きさのおもちゃの丸い板です。それには「だんだん」というシールが貼ってあり、30分のサービスに対して1点の代わりにチップ1枚を支払うのです。
ことに田舎でなくても、他人に何かをしてもらうことは負担になり、お礼か何かで負担を軽くしたくなります。その気持ちを、このチップで済まそうという、関前村のタイムダラー「だんだん」のアイディアです。もしチップが足りなくなれば、事務局に言えばもらえます。

チップがいっぱいたまったらどうなるか。年1回の総会の時に、全部を事務局に返し、また改めて20枚もらうのです。「だんだん」ではチップを貯めるのを目的にしているのではなく、大切なことは、自分の出来ることでお互い助け合う、困ったときは悩んだり遠慮したりしないで気楽にグループの仲間にお願いすることなのです。そんな、家族のようなつながりを地域の中につくること、つまり、チップのやりとりは『遊び心』なのです。
このチップは、アメリカのマイアミ市にあるタイムダラー事務所でも、よいアイディアだと感心しています。
●自分の弱さを素直に引き受けよう
「グループだんだん」の世話人で島内の善照寺住職の真城義麿さんはこう言っています。
「我々は、子供の時から『迷惑をかけるな』『弱音を吐くな』『努力しろ』『がんばれ』と言われ続けてきた。しかし、これからは隣人を仲間と信じて安心して頼り合おう。明るく豊かな共生を実現しよう。背の高い人は上の方のものを取るのに都合がいい。低い人は小さな穴の中のものを取るのに都合がいい。それだけのこと。優劣も強弱もない。皆、足りないところを持っているもの同士。だから『お互いさま』と助け合おう。『平等』は、頑張って努力して勝ち取るものではない。自分の弱さに気付いて、弱い自分を引き受けてみると、すでに開かれた世界なのである。本来、平等だったのを、強がりと見栄と浅知恵などで、差別の世界にしていたのだ」
● 会員のつなぎ役(世話役)が交通整理
さて、具体的にグループの進め方を考えましょう。タイムダラー活動は、3人から始められます。お互いに「大きな家族づくり」という基本の考えに賛成する人が集まれば、それがスタートです。基本は「私に何が出来るか」「私は何をして欲しいか」です。幾度かの話し合いを重ねるうちに、タイムダラーの本来の目的や意味が見えてきます。
個人同士でサービスのやりとりをするのでは、会員数が増えれば無理ですし、知らないもの同士をつなぐこともできません。そこで、世話役が必要です。まとめ役と言ってもいいでしょう。各会員が集まって、お互いに「出来るサービス」「受けたいサービス」を出し合います。その記録を保管して、サービスの申し込み(希望)が出れば、そのサービスが提供できる会員を見つけてあげます。つまり、会員のつなぎ役です。つなぎ役の活動によって、会の運営がスムーズになっていきます。
普通、何かの会を発足させると、まず役員を選び、会則を決めて、といった組織づくりがよく見られます。会長には、肩書きをたくさん持った人が登場したりします。しかし、タイムダラーでは、形式的な役員は不要です。みんなが交代で世話役を務めるのが理想です。上下関係や年齢などは無関係の"仲間"なのですから。
世代を超えた交流の場に、「だんだん」では、年1回の総会を開いています。会員の拡大や会員外の人との助け合い、独居高齢者へのひと声運動、サービス内容(メニュー)の開拓などが話し合われます。今では、着物の着付け教室、ギター教室などが、新しいメニューで登場しています。会員同士の日常の交流や総会での話し合いの中で、さまざまな生活の知恵が受け継がれることも多く、目に見えない副産物を生んでいます。
かつては「異世代間の心の過疎」が見られた島ですが20代、30代の若者と、70、80代の人が気軽に話し合う貴重な場として「グループだんだん」が確実に動いているのです。
総会の場では、ユニークな表彰式が行われます。基準は、「サービスをした」時間数と「サービスを受けた」時間数の合計が一番多い人が表彰されます。「してあげる」よりも、「してもらう」方が勇気がいるからです。ちなみに、表彰状は、マイアミのタイムダラー本部の代表で、関前村は「生まれ故郷のキューバにそっくりなので、私の第二の故郷」というアナ・ミヤレスさんから送られます。これも楽しい遊び心なのです。
●明日の関前へ広がる夢
瀬戸内海の小さな離島・関前村は、わが国で初めてのタイムダラーが行われている地域として、アメリカから発信されているタイムダラーのホームページにも紹介されています。
最初は「まるでままごとみたいな遊び」と言われた「グループだんだん」の活動が、今ではメニューの中に在宅介護の手助けまで考えようと言う声になってきています。一人ひとりの住民の自主的な考えで生まれ、行動するグループの意味と力は大きいのです。
善照寺住職の真城義麿さんは、「私たちは『グループだんだん』の活動を通して、あるいは『グループだんだん』の基本的な考え方を学び合う中で、今まで自らがつくって自らが縛られていた『常識的人間関係』が、実は本来もっと自由で開放的で、そして願いを共有していく素敵な関係だったことを再発見している。また、私たち自身の生きている意味や価値を再認識することに繋がっていく大切な場であることに大きな喜びを得つつあるのである。このようにして、関前村のモットー『安心して楽しく老いる村づくり』が、一歩ずつ現実へと近づいていけば、と願っている」と、話しています。
●瀬戸内海に浮かぶ離島・関前村
日本で初めてタイムダラーを地域住民が取り入れたのは、愛媛県と広島県の県境の瀬戸内海にある小さな離島からなる関前村(現:今治市関前)です。村は3つの島に分かれていて、人口は986人。特徴は全国で3番目という老齢比率です。65歳以上の高齢者が人口の46%を占めています。(平成11年4月1日現在)まさにお年寄りが半数近くを占める島なのです。
ところが、島の人々には暗さがなく、お年寄りは生き生きとしています。独居老人はいても、寝たきりの人はごく少ないと言います。そこには、高齢者問題への足掛かりがあるので
はないだろうか、と考えた私たち「長寿社会を考える研究会」(現タイムダラー・ネットワーク・ジャパン)では、1993年に島内で聞き取り調査を行いました。
その結果、高齢化が進む島に欠けているものは人口のバランスだけでなく、それ以上に「異世代間の心のつながり」だったのです。
●「地域の助け合い」は昔からあった?

そこで、平成6年度に社会福祉・医療事業団の助成金を得て「超過疎の島でのボランティア推進事業」が始まりました。その年の夏には、タイムダラーの創始者、エドガー・カーン博士や事務局長の女性、アナ・ミヤレスさんを島に招いて島民と夜遅くまで話し合いを行いました。たくさんの島民が集まり、耳を傾けてくれましたが、アメリカ生まれの耳慣れない活動に戸惑いや反論もありました。
その一つは、「島には、昔から『結(ゆい)』とか『こうろく』とかいって、不慮の災害、事故や葬祭には集落全員が助け合う習慣があるのに、何で今さら?」という声でした。
しかし、この「結」や「こうろく」は、家父長(制)を中心にした「家」を基礎にした地域のしきたりです。地域をまとめるための昔から続いている掟(おきて)でもあります。住民の個人個人を人間的な優しさでつなげる相互扶助(助け合い)とは出発が違います。言い換えると、地域をまとめるための手段としての相互扶助と、地域の住民を優しさで結びつけ、地域を大きな家族にする相互扶助との違いと言えましょう。
●アメリカでのタイムダラー・プログラムでは、次のようなサービスのリストを掲げています。
在宅介護、話し相手、入浴の手伝い、食事の世話など家事、軽度の家事、庭仕事、家の修理、洗濯など家の外での援助、送迎、買い物、医者への付き添いなど、電話サービス、健康状態などを尋ねる定期的な電話サービス、その他、翻訳・通訳、手紙の代筆など。
関前の「グループだんだん」では、それまでの島の習慣から、「親しい人にしか頼めない」「あとのお礼がわずらわしい」「してあげるのは気が楽だけど、頼むのは気が重い」などの意見が出ました。しかし、何度かの話し合いを重ねるうちに、心の垣根が低くなり、メニューはどんどん増えました。
平成8年から9年にかけての1年間で見ると、サービス内容の多い順は、ミカン山への送迎、運搬が多く、車が少ない島の事情や高齢者の多い離島の特徴が出ていて、次の通りです。
ミカン山、病院などへの車での送迎、保育所への送り迎え、荷物の運搬、対岸の今治市への買い物、子守、留守中の猫の世話、おつかい、モーニングコール(朝起こし)、いろいろの修理、村内のガイド、花の水やり、食事作り、手紙の代筆、ワープロ作成・・・等々。
メニュー数も30近くなり、子守やモーニングコールなどは、若い会員が積極的に利用し合っており、このことは「だんだん」が将来の老後のためのサービスの貯蓄ではなく、現在を安心して楽しく生活していくための活動になっていることを示しています。会員数は、発足して3年足らずで70人を超えました。
●チップに託す「ありがとう」
ところで、タイムダラーは、時間を通貨に換えることなのですが、アメリカでは点数に置き換えています。例えば、1時間1点というように。ところが、「だんだん」では、「チップ」と呼ぶ一種の通貨を使ってやりとりしています。トランプゲームなどで使う、プラスチック製の10円硬貨ぐらいの大きさのおもちゃの丸い板です。それには「だんだん」というシールが貼ってあり、30分のサービスに対して1点の代わりにチップ1枚を支払うのです。
ことに田舎でなくても、他人に何かをしてもらうことは負担になり、お礼か何かで負担を軽くしたくなります。その気持ちを、このチップで済まそうという、関前村のタイムダラー「だんだん」のアイディアです。もしチップが足りなくなれば、事務局に言えばもらえます。

チップがいっぱいたまったらどうなるか。年1回の総会の時に、全部を事務局に返し、また改めて20枚もらうのです。「だんだん」ではチップを貯めるのを目的にしているのではなく、大切なことは、自分の出来ることでお互い助け合う、困ったときは悩んだり遠慮したりしないで気楽にグループの仲間にお願いすることなのです。そんな、家族のようなつながりを地域の中につくること、つまり、チップのやりとりは『遊び心』なのです。
このチップは、アメリカのマイアミ市にあるタイムダラー事務所でも、よいアイディアだと感心しています。
●自分の弱さを素直に引き受けよう
「グループだんだん」の世話人で島内の善照寺住職の真城義麿さんはこう言っています。
「我々は、子供の時から『迷惑をかけるな』『弱音を吐くな』『努力しろ』『がんばれ』と言われ続けてきた。しかし、これからは隣人を仲間と信じて安心して頼り合おう。明るく豊かな共生を実現しよう。背の高い人は上の方のものを取るのに都合がいい。低い人は小さな穴の中のものを取るのに都合がいい。それだけのこと。優劣も強弱もない。皆、足りないところを持っているもの同士。だから『お互いさま』と助け合おう。『平等』は、頑張って努力して勝ち取るものではない。自分の弱さに気付いて、弱い自分を引き受けてみると、すでに開かれた世界なのである。本来、平等だったのを、強がりと見栄と浅知恵などで、差別の世界にしていたのだ」
● 会員のつなぎ役(世話役)が交通整理
さて、具体的にグループの進め方を考えましょう。タイムダラー活動は、3人から始められます。お互いに「大きな家族づくり」という基本の考えに賛成する人が集まれば、それがスタートです。基本は「私に何が出来るか」「私は何をして欲しいか」です。幾度かの話し合いを重ねるうちに、タイムダラーの本来の目的や意味が見えてきます。
個人同士でサービスのやりとりをするのでは、会員数が増えれば無理ですし、知らないもの同士をつなぐこともできません。そこで、世話役が必要です。まとめ役と言ってもいいでしょう。各会員が集まって、お互いに「出来るサービス」「受けたいサービス」を出し合います。その記録を保管して、サービスの申し込み(希望)が出れば、そのサービスが提供できる会員を見つけてあげます。つまり、会員のつなぎ役です。つなぎ役の活動によって、会の運営がスムーズになっていきます。
普通、何かの会を発足させると、まず役員を選び、会則を決めて、といった組織づくりがよく見られます。会長には、肩書きをたくさん持った人が登場したりします。しかし、タイムダラーでは、形式的な役員は不要です。みんなが交代で世話役を務めるのが理想です。上下関係や年齢などは無関係の"仲間"なのですから。
世代を超えた交流の場に、「だんだん」では、年1回の総会を開いています。会員の拡大や会員外の人との助け合い、独居高齢者へのひと声運動、サービス内容(メニュー)の開拓などが話し合われます。今では、着物の着付け教室、ギター教室などが、新しいメニューで登場しています。会員同士の日常の交流や総会での話し合いの中で、さまざまな生活の知恵が受け継がれることも多く、目に見えない副産物を生んでいます。
かつては「異世代間の心の過疎」が見られた島ですが20代、30代の若者と、70、80代の人が気軽に話し合う貴重な場として「グループだんだん」が確実に動いているのです。
総会の場では、ユニークな表彰式が行われます。基準は、「サービスをした」時間数と「サービスを受けた」時間数の合計が一番多い人が表彰されます。「してあげる」よりも、「してもらう」方が勇気がいるからです。ちなみに、表彰状は、マイアミのタイムダラー本部の代表で、関前村は「生まれ故郷のキューバにそっくりなので、私の第二の故郷」というアナ・ミヤレスさんから送られます。これも楽しい遊び心なのです。
●明日の関前へ広がる夢
瀬戸内海の小さな離島・関前村は、わが国で初めてのタイムダラーが行われている地域として、アメリカから発信されているタイムダラーのホームページにも紹介されています。
最初は「まるでままごとみたいな遊び」と言われた「グループだんだん」の活動が、今ではメニューの中に在宅介護の手助けまで考えようと言う声になってきています。一人ひとりの住民の自主的な考えで生まれ、行動するグループの意味と力は大きいのです。
善照寺住職の真城義麿さんは、「私たちは『グループだんだん』の活動を通して、あるいは『グループだんだん』の基本的な考え方を学び合う中で、今まで自らがつくって自らが縛られていた『常識的人間関係』が、実は本来もっと自由で開放的で、そして願いを共有していく素敵な関係だったことを再発見している。また、私たち自身の生きている意味や価値を再認識することに繋がっていく大切な場であることに大きな喜びを得つつあるのである。このようにして、関前村のモットー『安心して楽しく老いる村づくり』が、一歩ずつ現実へと近づいていけば、と願っている」と、話しています。