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本当に菅は地方出身か? ー地方の話も良く分からぬ根無し草ー[2021年03月03日(Wed)]
「菅さんは田舎者(いなかもの)丸出しだからイイ」とかバカな事を言った自民党幹部に言いたい。菅は田舎者ではなく、都会人でもない。どちらでもない根無し草だ。良い意味での田舎者なら地方の実情や地方的産業を良く知っているはず。私が関わりが深いインフラ整備や農業の話だ。だが、菅はそれが良く分かっていない。イチゴ農家を継ぐのがイヤだとワガママに世間知らずに飛び出すように秋田から首都圏に出てしまったためイナカの秋田の話も分からないようだ、深い意味では全く。

 例えば、GOTOトラベルキャンペーンでの「季節波動」への無理解。昔の秋田の田舎者なら年末や盆休みの帰省時の大混雑に悩まされ続けたはずで、季節による輸送や観光の人数の偏りの話など常識的に頭に入っているはずだったが、まるでキャンペーンには応用されず、「ピーク時割引削減」「オフシーズン誘導」がなく、平日も休日も大型連休も差を付けない乱暴なシステムにしたままで連休の密を作り続け、ウイルスを地方にばらまいて年始の緊急事態宣言を招いた。
 首都圏から秋田への帰省と言えば、昔の国鉄の奥羽本線の昼の特急では在来線時代の「つばさ」、夜行の急行なら「津軽」などが「出世列車」とか呼ばれたそうだ。「つばさ」は当初は電車ではないディーゼルカー、「津軽」は機関車牽引の客車列車だった。東京で給料を取れるようになれば「つばさ」や「津軽」に乗って帰るぞ、とか。昔の貧乏な学生等は時間がかかるが安い夜行の長距離の普通列車(鈍行)の自由席が主だったから。
 先日「北陸トンネル火災事故も朝鮮系のタバコ放火テロか」とか書いたばかりだが、舞台は「津軽」と同じ機関車牽引の客車列車の夜行急行の「きたぐに」だった。寝台車も食堂車もグリーン車も様々な車種が連結可能で差ほどの高速も必要とされないので、昼間の高速列車が電車やディーゼルカーになっても夜行の長距離急行は客車列車として残ったのだ。
 その内、奥羽本線にも夜行の寝台特急「あけぼの」が走り始めて出世列車になり、昼の「つばさ」は電車化されたと思ったら次は山形新幹線になって山県止まり(今は新庄止まり)で秋田まで行かなくなった。その代わりに秋田新幹線「こまち」が走り始めたのは最近の話だ。「あきたこまち」の秋田だからな。
 古い「つばさ」や「津軽」の時代には東北新幹線が無く、在来線だけでは輸送力が決定的に不足。特に各路線の看板列車でもあった夜行急行は座席の多い古い普通車の自由席車が主体で輸送力を稼ぐはずだったが、寝台車などを除いた分では両数も限られ、それに座るには前の晩から上野駅のテント村に並んだりした。輸送が短期間に集中するのに輸送力が足りなかったから。本当の秋田の田舎者なら、そんな輸送の「季節波動」の話を良く知っているはずで、当然その知識を「GOTOトラベルキャンペーン」に適用するはずだったのに、それが全く無かったのだ。菅は田舎者でも何でもない。良い意味での田舎者の政治家の代表例で日本の戦後のインフラ整備政策の基礎を築いた田中角栄なんぞとは比べものにならない、全くのヌケサクだ、敢えて田舎者というなら。

 農業についてもだ。イチゴ農家の出なら「韓国人イチゴ強奪輸出問題」に強い関心があるはずなのに、全く感じられないだけではない。秋田県には八郎潟干拓地の巨大水田地帯があるから、稲作農業にも当然の常識があると思っていたが、それすらないらしいのだ。
 秋田の八郎潟干拓地とは、大きな湖を干拓し水田化して戦後の食糧難を救う食糧基地にしようとしたもの。全国から優秀な農家を選抜して入植させ、日本では理想的な大規模稲作を展開しようとしたが、高度成長期のコメ余りで減反(生産調整)を余儀なくされ頓挫、一部農家は政府(農林省の食糧庁)に反抗して堂々と自主流通米(ヤミ米)の生産・販売を始めて問題になった。戦後の日本の農政の柱と言われた「食糧管理制度」、流通するコメの全量を政府が買い取って消費者に売る原則全量管理の制度は、米不足の時代の増産体制のもので、コメが余ると矛盾を来したのだ。
 私は秋田に行った折、真っ先に「ヤミ米の大将」こと自由米生産販売業者の集出荷場に案内された。涌井とかいったか。「井」だ、ここでも。反抗的だから「井」なのかね、朝鮮系の・・・。
 だが、この「食糧管理制度」も戦後の極端な米不足の時代には極めて合理的な「増産のための」システムだった。コメの値段を政府が高値で安定させて安定的に買い取るので、貧しかった地方の農家も上下の激しい米相場に振り回されずに安心してコメの増産に精を出せたのだ。
 コメの増産促進には「コメ農家への直接補助金」や「田んぼに対する面積当たり補助金」等も考えられる。コメ農家一軒当たり幾らとか、水田一反(たん・10e)当たり幾らとか。だが、規模に関係ない単純なコメ農家への補助金ではコメ生産の主力となるべき大きな農家の利益は相対的に小さく意欲を十分に引き出せないし、水田の単位面積当たりの補助金でも「どうせ補助金が同じなら適当に手を抜いても平気」となるから、あくまで生産されたコメを高値で買い取って補助金ともしたわけだ。これなら増産すればするほど農家には得だから。
 もっとも、この食糧管理制度も敗戦後の占領軍の権力ナシには成立しないものだった。占領軍が農地解放で地主から無理矢理に農地を取り上げ小作に渡して自作化し、農協という全国的な巨大組織も作らせてコメ買い取りの実働部隊としなければ成り立たないシステムだった。そして、そのシステムをコメ余りの時代になっても変えられもせずに問題を残したのは政治愚鈍の日本人だった。やはり日本人では政治はダメなのだ。

 ところで、この食糧管理制度の設立当時のメリットの話は、私が部外者の学生などに話す場合の説明だった。食糧庁の実務を仕切ったのが東大農学部農業経済学科の出身者達だったからというより、大人の常識だったからだ。その戦後の日本のコメ農業の政策の常識を知っていれば、今回の飲食店への一律の自粛支援金などヤラナイはずだった。大きな店も小さな店も同じ額では大きな店は全く損ばかりだからだ、一部のゴク小さな店は逆に得するかも知れないが。
 やはり支援金は経営規模に比例すべきだったし、規模比例が難しければ、前年度の納税での申告等を基にするべきだった。マジメに利益を申告してマジメに多額の税を払っていれば大規模店として多額の支援金を得られるシステムにすべきだった。だがやらなかった。どうせ得したのは税逃れを組織的に展開と言われる朝鮮系や中国系の店と言われるのがオチだし、正にその通りだったと疑う。GOTOトラベルキャンペーンは中韓資本の観光業者の収入減少対策と言われるように。

 そう考えると、ヤハリ菅は本当のイナカ者ですらない。田舎者としてすら無知無見識なバカか、中韓の手先でしかないと思う。就任早々に官邸に朝鮮系の評論屋やマスコミ屋を引き入れたくらいだから。こんな奴は直ぐ消えて欲しい。先帝の異例の生前退位や渋谷事件を起こして熊本地震の引き金を引き、果ては堤防決壊140カ所の超巨大水害も招いた官邸の責任者だったヤツだ。直ぐに責任を取って辞めろ、菅。本来は辞職程度では到底済まない。聞かないなら、見てオレ。
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