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74式戦車投入 −福島第一原発復旧作業ー[2011年03月21日(Mon)]
福島第一原発に74式戦車が投入された。ガレキ等の処理用。ブルドーザーのような排土板を持ち、分厚い装甲板が放射線を防ぐ。だが、これも遅すぎた。早くこのような車両でガレキを処理していれば、消防(ハイパーレスキュー)が放射線の飛び交う車外での人力作業などせずに済んだとの指摘もある。ガレキが邪魔で手でホースを伸ばしたそうだから。
 自衛隊悪玉論が行動を縛り、原発の惨状の一因となった。左翼思想やそれを垂れ流したマスコミ、それに染められた日本人の政治無能、いざという時には無能な赤く汚れた草取り百姓・・・。左翼思想や日本人のバカさ加減の被害者でもある私には、特に強く感じられる。

●●「74式戦車」
 74式戦車は1974年に(正式に)採用された、当時の陸上自衛隊の主力戦車。私が子供の頃は、その前の61式戦車が主力。74式まだ正式採用前(試験期間中?)で、仮に「MBT74」とか呼ばれていたようだが。
 74式は採用から35年以上たった。1990年採用の90式戦車、2010年採用の10式戦車等の新しい主力戦車の登場で、74式は一部では二線級(補助)の扱いになった。今回投入されたものには土などをどける「排土板」がついている。現役の戦闘用車両なのか、古い戦車を転用した「戦場用装甲ブルドーザー」的な補助車両なのか、両方を兼ねているのか。兵器関係の細かい情報なら他にも詳しい者がいくらでもいよう、そちらも検索してくれ。
 古くなった戦車等の車体を利用して、戦場での作業や「破損戦車の回収用」等に使う例は昔からあった。今回も、2両の74式戦車と共に、支援用の「78式戦車回収車」も1両送られた話は、報道ではほとんど伝わらない。この回収車は中古車両ではないが、車体(下回り)は74式戦車と同じとの事。
 昔は戦車のエンジンも非力だったためか、戦闘以外に使う場合は、素人目には戦車の象徴ともいえる「砲塔」を撤去したりした。原発に投入された74式戦車は砲塔もそのまま。この方が雨水も銃弾も防げる。今回は放射線もだ。
 このように、自衛隊には原発災害用にも適した装備・車両がたくさんある。放水用の消防車やビデオ撮影用の装甲(偵察)車だけではない。「核戦争」も想定して準備している巨大実力組織。暴力装置ではない。もっとはやく原発に自衛隊の施設部隊等を中心とする大部隊でも投入していれば・・・。
 自衛隊等を目の敵にして人気をとってきた連中の同類と思われている管首相では、その適切な活用など元から無理だったのだ。いくら「進歩派は自衛隊嫌いで縁が薄い」といっても、メンバーの多くが文民である安全保障会議すら開かなかった点は言い訳できない。そんな者が政権首脳で、左翼的とはいえ実務を仕切っていた仙石官房長官まで閣外に去った後、狙ったように今回の大災害。全く、人間の弱点・盲点を突く、「狙いすましたような大天災」だったわけだ。


●●「暦年による命名法」
○数字による命名
 戦車や戦闘機といった兵器では、コードネームでなく暦年の下のケタによる命名が多い日本。戦前からだ。有名な「ゼロ戦」、旧日本海軍の「零式艦上戦闘機」は、日本独自の暦である「皇紀」の2600年(昭和15年)に採用されたので「0式戦闘機」。これ以外の名前はない。同じく第二次大戦初期に有名になった陸軍の戦闘機「隼(はやぶさ)」は「1式戦闘機」、昭和16年の採用なのだろう。大東亜決戦機(決戦兵器)と呼ばれて期待された陸軍の「疾風(はやて)」は「4式戦闘機」。隼の3年後の採用となる。

○東北新幹線の列車名
 おや、ここでは「隼(はやぶさ)」が「疾風(はやて)」の3年先輩だ。今回の地震でストップしている東北新幹線の列車名では、「はやて」が「はやぶさ」の先輩。しかも、「はやぶさ」は最新型車両を使ってのデビュー。直後に大地震でダウンしたが・・・。

○高性能戦闘機「疾風(はやて)」の計画と現実
 戦闘機の「疾風(はやて)」も、期待倒れの場合が多かった。早くから自動車が大量生産されエンジン製造で先を行く米国の戦闘機並みの2000馬力級エンジンを積み、空気抵抗が小さい機体設計で米軍機より空力性能?が良い。米軍機を上回るものとして、大戦初期の航空戦力優位を取り戻すか?と大きな期待を寄せられた。
 だが、元から大規模な拡大路線をとるための軍隊を持たず、南方資源を確保しても輸送体制にも問題のあった日本では、大戦後半、特に戦争末期になると、工場も工員も部品も燃料も極端に不足し質が低下、設計上の性能が発揮できないエンジンが続出した。戦闘機用に断面積を抑えながら馬力は大幅に上げたエンジンは過密設計で元から整備も大変なのに、熟練整備員も不足と、ふんだりけったり。「書類上だけの高性能戦闘機」になってしまったものも多かった。

○「大東亜決戦兵器」
 このような事情(惨状)は、同じく「大東亜決戦機」とされた2000馬力級エンジンの海軍の「紫電改(しでんかい)」も同様だった。海軍にとって最も重要な呉の海軍基地を守る戦闘機隊の責任者は、自ら工場に出向いて状態の良いエンジンの紫電改を選んだそうだ。それで他の戦闘機隊はどうなったのかは知らないが。
 どうも、書類上の計画を作る軍関係の役人の問題もあるらしい。海軍は零式戦闘機(ゼロ戦)の後継の別の高性能戦闘機を用意していたそうだ。陸軍も、パワーがやや劣り断面積も大きいものの既に実用化されていた既存の爆撃機用のエンジンを積んだ2式戦闘機「鍾馗(しょうき)」を持っており、そちらなら無理せず早く大量配備して使えたとも言われる。戦争後半の日本の工業生産の惨状を見ずに、「2000馬力級戦闘機」という書類上の数字を優先してしまったようだ。「とにかく作ってアリバイ作り」か? 機動隊の放水車の件と同じ、管内閣と同じだな・・・。
 海軍の紫電改と初めて遭遇した米軍は「新戦闘機現る」と慌てたそうだし、戦後に「疾風(はやて)」を接収した米軍が整備してハイオクガソリンで飛ばした所、その高性能に驚いたそうだ。ゼロ戦は言うに及ばず、「船の科学館」に展示の「2式大型飛行艇」も、人種差別と偏見のカタマリである米人の推測をはるかに上回る世界最高水準の性能だった。そんな話も、「日本に二度と航空機産業を持たすな」という米人の植民地支配が今でも続く一因か。
 それにしても、自分が作った「決戦兵器」の実情も知らず、性能も発揮させられなかった日本と、日本を植民地扱いする自称民主主義者の偽善屋の米国。いろいろな事と共通する話だ。私の場合は良かったね。毎日殺そうとした相手の私が異常なお人好しで、震災復興事業から為替の話まで面倒みてくれるのだからかな。日本人は恥を知れ。そして地獄を見ろ。ただ反省のポーズを示すだけでなく、猛省して償え、直ちに。

●「追記」●

 「74式戦車立ち往生」
 せっかく送った74式戦車が、利用もされずに立ち往生だそうだ。40トン近い重量では原発内の道路下の埋設管や津波後の仮設ケーブル等を破損する恐れがあるとして、「慎重に検討中」だとか。またまた、何ともお粗末な話。その程度の話を打ち合わせしなかったのか?
 そのような話がクリアーできるので送ったと思ったが、またまた希望的観測だったのか?
 戦車は車輪数が多いだけでなく、「無限軌道(キャタピラー)」を持っている。自分で道に板(レール)を敷きながら走るのと同じ。一か所にかかる重量を減らし、重さを分散し、重い車体でも道路外の土の地面に沈まないようにする。単位面積当たりの「接地圧」を減らす、とか表現するようだ。戦場の多くは道路の外。道路を高速で走って機動的に移動し偵察等もするタイヤ履きの装甲車等とは、用途も違うのだ。
 しかし、原発ではダメなのだと。確かに戦車では仮設ケーブルは踏めないだろうが、埋設物を傷めるとは? タイヤ履き車両と大きくかけ離れる程、接地圧が大きいのか、74式は。40トン近いといっても、やや小さなエンジンを使う為に戦車としては重量を抑えたそうだし。全体としては普通の民用車よりはるかに重くても、実際に道路に与える影響はどうなのか。その辺に、打ち合わせ不足による東電側の誤解もあるかもしれない。外部からは分からないが・・・。
 とにかく、何とも情けない話だ。原発は国家的に重要で、北朝鮮などの敵のテロ活動の標的になる可能性もある。中国やロシア、韓国もだ。そんな敵に周囲を囲まれている日本だから、原発の警備や事故時の復旧には、当然、自衛隊が協力すべく、普段から様々な相談・意思疎通があって当然。なのに、戦車が入る場合の接地圧で道路埋設管が破損するか否か、といった基本的な内容すら伝わっていなかったとは。
 しかし、それでも、戦車の発送前の最低限の情報伝達やすり合わせは当然のはず。それもなかったとは。さすが、「脱官僚」で根回し一切ナシの空回り民主党政権の管内閣。戦車を出したとアピールしたかっただけか? これでは水の届かぬ放水車の件と同じでは?
首都圏電力需給ひっ迫・2 ー対策ー[2011年03月21日(Mon)]
この項目の1で述べ始めた電力需給ひっ迫問題への対処について、続ける。夕方の電力需要ピーク時を外して米を炊く「オフピーク電気炊飯」に触れたが、どうせオフピークをするなら、やはり電車、特に自前の電力をあまり持たない私鉄(JR以外)だろう。

 「オフピーク通勤定期の導入」
 私は通勤混雑(通勤地獄)の緩和策として、@「真水(公共事業予算)の投入」、A「鉄道会社に適正利潤を認め投資を増加」、B「オフピーク通勤定期」の3つを平行(集中)導入すべきと唱えてきた。だが、まるで話が進まなかった。政治の無能・無策で。というより、日本人の無為無策なのだが・・・。
 電力節約でピーク時の鉄道の巨大な電力需要を抑え、ピーク時の負担を和らげたいなら、オフピーク通勤を奨励し、その手段として、この際一気に「オフピーク定期」を導入せよ。ラッシュのピーク時に使えない代わりに割引率の大きな定期券だ。それと合わせて一般定期券の少々の値上げは致し方あるまい。

 私は通勤していないから関係ないが。なぜ無関係な連中の通勤対策に知恵を出してやらねばならないか分からない。私は日本政府の巨大な落ち度による強烈な被害が全く復旧されていない立場なので・・・。
 

 「耕作放棄農地へのメガソーラー(大規模太陽光発電)導入」
 これは環境対策で提唱してきたものだ。公表されていない耕作放棄農地、実質的な耕作放棄、耕作放棄予備軍の農地を合わせれば、巨大な面積となろう。そのほんの千分の一にでも太陽光パネルや発電用小型風車を設置すれば・・・。
 これも何度も述べてきたように、農地は面積が巨大だ。長い間、日本の農家の平均耕作面積は諸外国に比べて小さく、1ha(ヘクタール)・10000uと言われてきた。3000坪なのに農地としては小さいのだ。昔は「五反百姓」(ごたんびゃくしょう)という言葉もあった。農地を5,000uしか耕作しない貧しい農民、といった意味。5000uとは1500坪だが、それが小さい面積なのだ、農地、特に土地利用型農業の米や麦の農地としては。宅地とは全く感覚が違う。
 しかも、農地、特に畑の耕作放棄は極めて大面積だ。水田のコメ農業は機械化(機械化一貫作業体系)も進んで高齢者や片手間農民にもやりやすい。圃場整備事業で改良された水田でなら特に。しかし、畑の農業はそうではない。畑に力を入れる農家も、温度等の環境が制御できるビニールハウス等での「施設園芸農業」が主力の場合が多い。米や麦に比べ(極めて)小さな面積に大量の労力を集中投入し、一年中、花や野菜を作るのだ。そんな農家でも、ハウス以外の広大な残りの畑は持て余す場合が多くなっている。
 正確さを犠牲にして分かりやすく言えば、農地の半分は畑、半分は水田。畑のまた半分は、上記のような耕作放棄地か予備軍か。その程度に考えた方が良い。首都圏でも、千葉県等の畑の比率が大きい地域で20年以上前から耕作放棄が蔓延し、問題になっていた。そのほんの数%にでもパネルが設置できればよいのだ、とりあえず。
 村といっても、行政の単位の村でない小さな村(町内)ごとに、「面積10000u単位のメガソラー」をいくつも設置できるのだ。ただ、農地政策上等の制度的問題や関係団体の反発等の可能性もあり、関係者の内々ではなかなか踏み切れない。政治無能の日本人では、全く進まぬ下からの合意を待っているだけで、何もできないのだ。

 「夏までにメガソーラー3000か所 − 一つでもよいから政治主導を ー 」
 そんな「農村メガソーラー」を、この大災害への対策、「首都圏電力問題対策」が必要とされる時に、一気に政治主導でやってしまえ。制度的な障害をまず政治主導で取り除け。そして、今すぐ、「先導的メガソーラー1000か所」を設置し、この夏の終わりまでに「3000か所」の設置を目標とせよ。あくまで目の前の目標だ。そして、来年の夏までには「10000か所」だ。
 今の所は発電力が小さい太陽光発電。メガソーラー1000か所で小型火力発電所一個分、3000か所で大型火力発電所一個分とか、メガソーラー1000個所で原子炉一つを上回るが複数の原子炉を持つ原発一つには遠く及ばないとか、考えた方が良い。だから数が必要なのだ。
 無責任な原発反対論者などは、原発を過度に悪者視し、やはり悪者視していた自衛隊の救援も遅らせたのだ。そんな自分の責任・罪にけじめをつける為にも、協力・尽力せよ。「原発嫌いのエコエネルギー好き」なのだろう? 管首相などは、その仲間ではなかったのか?
 上記のような事情を考慮すれば、設置候補地はいくらでもあるはず。決して過大な目標ではない。「先導的な1000か所」や「夏までの3000か所」は理想から言えば控えめな目標だ。首都圏の電力需給の長期間のひっ迫、東京大停電の危険があるのだ。本当なら、国家的非常事態の最優先課題の一つとして「この夏までに突貫作業で10000か所」だぞ。
 民主党の「政治主導」なんぞ多くの場合は「ウソ看板」だったが、管もやめる前に、一つくらい功績を残したらどうだ? 管の無能は日本人の政治無能の反映・象徴とは言え・・・。
首都圏電力需給ひっ迫 −節約をー[2011年03月21日(Mon)]
首都圏の電力需要がひっ迫し、節電が求められている。私も鳩山首相(当時)の温暖効果ガス大幅削減の国際公約化の後、散々省エネ策を提案したつもりだが、こんな形で電気節約策が注目されるとは・・・。

 「電気炊飯器オフピーク使用」
 当座の冬の電気節約には、前記の電気暖房の節約、私鉄電車の間引き運転等を続けるしか無かろうが、「電気炊飯器のオフピーク使用」の話も出てきた。夕方の電力需要のピーク時間帯を外して米を炊けば、需給逼迫を緩和するのだ。効率改善が進む電気エアコンより電気炊飯器の節電の方がむしろ重要だったとは。主婦でない事もあり、気がつかなかった。しばらくは、電気炊飯器のオフピーク使用やガス炊飯(鍋を含む)を奨励してもらおうか・・・。 

 「夏季の冷房節約対策を今から」
 もう3月も下旬だ。やがて暖かくなって電気暖房の電気需要は減る。夕方の電力需給ひっ迫は緩和されるだろう、もう少しで。火力発電所等の復旧で電力供給量もやがて戻ってくる。西日本の60HZゾーンからの電力供給増加等、時間が経てば対策も増えてくる可能性もある。その間も私鉄電車の間引きは続く可能性もあるが・・・。
 その後で最も厳しいのは、やはり、夏の冷房ピーク期。私が冷却ファン付きの上着(空調服)の話などをしたのは、この、夏の節電対策としてだ。

 これらの節電策について、あす以降、もう少しまとめておきたいと思う。
安全保障会議一度も開かず −安全保障会議の意味ー[2011年03月19日(Sat)]
国家的な緊急事態に関する首相の重要な諮問機関である「安全保障会議」が、大地震後も一度も開かれていないそうだ。いくら政治主導、でも。「脱官僚」といって、巨大災害に際し、首相が防災関係の官僚を一堂に集めての打ち合わせもしないとは・・・。

 「不向きな警察車両の出動」
 このような話が一般のテレビニュースでも流れたのは、「なぜ、原発の放水に、プロの消防の放水車(高所放水用の特殊仕様車を含む)でなく、デモ隊鎮圧用の警察の機動隊の放水車が行ったのか」という話の中でだ。管首相が警察幹部に怒鳴り散らして「何か一つ答えを出せ」とか迫った結果だそうだ。
 しかし、道路や広場などの地上にいるデモ・群衆に放水するのが目的の機動隊車両では、消防車から見れば低い角度にしか放水できないそうだ。そのような役目だから、しかたない。それを、高い所にある燃料貯蔵プールを狙って上に向けて放水させようとしても、水が届かない。単に危ない所に出向かせただけのパフォーマンスに終わった。しかも、このような失敗では、失望でなく失笑を買う。危険を冒す運転手は立つ瀬もないし・・・。

 「安全保障会議の意味」
 安全保障会議なら、関係官庁の幹部は一堂にそろい、防災関係の装備に詳しい課長クラスも出てくるそうだ。被災地に出動する装備の打ち合わせ等も、ほとんどそこでできるだろう。
 この会議が開催され、機能していれば・・・。全く不向きの機動隊放水車が出ていって、全く功績を残さずに引き返す、そんな「お粗末」はなかったはず。
 似た事を何度も書いてきたが、また繰り返す。いったい、この国の政府はどうなっているのだ。

 「首相の気持ちとは?」
 管はそれなりに一生懸命やっているのだろう。私も過去の虐待、というより、幼児期から中学期に至る虐待(毒物殺人未遂という凶悪犯罪と思しき事態)を見殺しにされており、それに警察が関わる可能性が高い訳だから、警察に怒鳴る気持ちもわからなくはない。
 しかし、ここで怒鳴って水の届かぬデモ隊用放水車を原発に出してどうするのか。私の代わりに復讐で見せしめにしてくれたのか?

 「安保会議の開催を ー 縦割り弊害緩和策 ー 」
 とりあえず安全保障会議を。やらないよりはマシ、遅きに失したが。そして、誰かほかの者が管の代理で政府の災害対策をまとめてくれ。
 安全保障会議は省庁のカベを超えて関係幹部官僚の全てが集まる。縦割りの弊害を緩和するもので、副首相兼(初の)「国家戦略室担当」だった管は、意味もわかっているはずなのに。

 「課長級出席の重要性 − 役所の構造 ー 」
 ・真の実力者との会談の機会
 具体的な装備品の機能等については、専門家(技師)の課長等でないと分からない場合もある。そこが「(専門の)課長クラスも出席」の意味なのだ。
 このブログでも何度も述べたように、役所では、局長は政治家等外部対応の事務官、実際の指揮命令は専門の技師の次長や課長、といったすみ分け・使い分けが多く行われる。一つの局の中でいくつもの系統の専門家が各課の課長をやっていると、全体を代表する技師がいない。そんな場合は、局長はそつなく頭を下げるのが得意な事務屋に、となる。法学部や経済学部卒等の事務官は「行政営業職」的傾向も強い。営業の事務屋に細かい機械等の専門知識は無理。以前にも、技術系の次長が社長で、事務系の局長は外部対応の会長とでも考えた方が良い、とか書いたことがあるが。事務系の会長も事務手続き等の話なら任せられるが。
 ・昔の農政当局の例
 戦前の小作農民地位向上政策で支配階級?の地主層と緊張関係にあり、治水当局等と違って農学部卒の技師の行政職への進出もやや遅れた農水省(農林省)等では、そんな人事の傾向が強かった。専門知識を持った技師が本当の親分で、役所内での実質的な権威も権力も、技術系の課長や次長が、上司の局長より上だったりする。一朝一夕には養成できぬ技師の幹部(課長等)を外部の攻撃から守る為、局長はほとんど事務系、といった歴史?もあった。しかし、そんな農水省でさえ、近年は局長や長官を技師と事務屋の交代制にする場合が増えたが。
 ・公共事業官庁の例
 対して、土木技師が極めて強い部局(河川局や道路局等)は技師の城で、土木技師がトップに座る。公共土木事業の領域は役人の立場が強い、政治家に対しても。局長の外部営業?もあまり必要ないのか。戦前の国内統治の柱の内務省の中でも特に重視された領域だったし、警察もいつもお隣だし・・・。しかし、そのような領域でも、戦前は内務省土木局長は事務官、技師のトップで全国組織の親分は「土木技監(ぎかん)」とのすみ分け・使い分けだった。戦後も、成田関係の過激派のテロの標的にもなる航空局では空港部長等は事務官だった。
 ・為政者は役所の実態に即した知識を
 そんな事情もあって、各領域の実質的なトップで親分の専門の技師等の課長まで出てくる安全保障会議は意味がある。事務系の局長だけの時にはできない指示、聞けない話も直接できる。「他に貯蔵プールへの放水に使える機材はないのか?」といった・・・。為政者なら、そんな話は、安全保障会議の以前の話では? 管はそれを理解していたのか。理系出身の管だから、当然に理解していると思ったのは、私の希望的観測だったのか・・・。
東京大停電回避[2011年03月17日(Thu)]
東京大停電が回避されたそうだ。今日(17日)は気温が低く、暖房用に電力需要が増えたとされる。この問題では、最初に、「電力を食う電気暖房でなく石油ストーブ等を使うべき」とか書いた。が、その後、長期的な復興対策に関して、「電気暖房節約はやらないよりマシだが、電力供給量を増やさねば」とかも書いた。しかし、これはあくまで長期的な展望の中での話で、現実の世の中では、まだまだ震災当初の混乱が終わっていないのだ。

 
 「合理的デスノート」
 それにしても、何か書くとその通りになる事態が続いている。やはりこのブログは「デスノート」か? それでは、他のかんぱんブログ利用者もみな同じ状態なのか? まさかね。合理的に予測できる危険がそれだけあるのだ、人間が鈍感、無能、無責任で避けられないだけで・・・。

 「電気暖房の節約を」
 とにかく、電気を暖房に使わない事。石油やガスのストーブの使用や、昼に温められた室内の温度の保持、等々に努める事だ。

 「鉄道の大きな電気使用量」
 通勤通学では鉄道輸送の比重の大きい東京で、鉄道の間引き運転はきつい。だが、これは仕方ない。鉄道車両(電車)のモーターは大きい。100キロワットなど小さい方。ワットではない、キロワットだ。それが各車軸ごとにつくから、電動車の場合一両4個、一編成で16個とか24個になる。JR東日本の新世代電車のモーターは表示は95キロワットだが、これは新型交流モーター用の表示で、従来の(直流モーター用の)表示?では190キロワット相当とか聞いて驚いた記憶がある、さすが新型高速回転モーターだ、と。回生ブレーキ時にはこのモーターで発電して電気を電線に戻すので効率は良いが、加速時に使う電気も小さくない訳だ。JRは自前の発電所を持っているのだが・・・。
 やはり民鉄の間引き運転は必要らしい。特に、国鉄分割民営化・JR化の前からの民間鉄道会社(民鉄・私鉄)の場合、JRのような自前の電力は少ないから。
 仕方ない。突き放して言おう。この際、東京の会社はなるべきオフィスワークを延期し、勤め人に有給休暇でもとらせたら。

 「懲りないテレビ局」
 心配、懸念と言えば、フジテレビの韓国ドラマだ。来週火曜日から性懲りもなく放送再開とか。いい加減にしてほしい。この非常時に。しかも、その放送中に大地震という、いわば極めて厳しい「天の御警告」を受けたのに、何も反省なしとは・・・。

 
 私もそろそろ疲れてきた。昨夜は私としては早く切り上げた。いくら生活時間帯がずれたとはいえ、連日徹夜では。速報性が必要な時で、すぐに新文章に切り替えるから、推敲(すいこう)時間は少ない。が、民主党政権発足後の各種提言文?に近い量の文章を5〜6日で書いてしまったのだ。官房副長官等に人事の交代があったようだが、私も少し休みたい。
政治が混乱を拡大 −首相は静かにしろー[2011年03月15日(Tue)]
政治が混乱を大きくしていると報じられる。首相の幼稚なパフォーマンスが記者会見を遅らせ、対応を遅らせ、無用な不安をばらまき、パニックを大きくすると。電力会社を怒鳴るだけで逆に対応に支障が出る、と。
 私も「航空機から視察して格好をつけるより、東京でテレビでも見て情報を集め、ハイレベルの判断や命令を出したら」とか書いたし。
 結論を先に言おう。「首相は静かにせよ」「ウロちょろするな」。

 「首相への批判」 
 管という政治家には昔から批判があった。「幼稚ですぐ人に当たりちらすイラ管」「実務能力を欠く中身の無い空き缶(管)」「パフォーマンスばかりの目立ちたがり屋」「管は富士山。遠目には良いが近くで見れば岩やゴミだらけ」。私が日本人の中でも最も嫌う世代の特徴をよくあらわしている。団塊世代、全共闘世代的な、幼稚、軽薄、独善、傲慢、暴力的、左翼的な非常識や反社会性・・・。
 「管が自分の言葉にこだわり、記者会見が遅れる」とは何事だ。話半分としても、今は非常時。首相会見に求められるのは幼稚な言葉の修飾でなく、スピードと正確な情報、それによる不安の鎮静化等だろう。なのに、実態は逆のようだ。
 ・不要な社会不安
 自分の言葉にこだわって役人的な控えめな言葉を変えたようだが、状況の鎮静化には逆効果。甚大な被害とはいえ、東北の太平洋沿岸部という「農・漁村地域」が主。日本の主要な大都市部や産業の中心地は無傷に近い事を何らかの形で説明して不安を抑えるべきだったのに、「戦後日本の最大の危機」とかわめくから、逆に不安を煽ってしまった。
 ・計画停電の混乱拡大
 「輪番計画停電」の話も、管の首相会見の遅れにより正式な発表も遅れ、結果、鉄道会社を含め対策が遅れたそうだ。「ボクが発表する」か? 以前に舛添厚生労働大臣が「(大事なことは)ボクが発表する」とかいって幼稚にはしゃいだとか非難されたが、あの世代特有の幼稚な自己中心性のようだ。そんな世代を利用したり媚びたりしたもっと悪い奴が我が家にもいる。日本人全体がそれに乗っていたのだから、日本人全体の責任だろうが・・・。
 ・買占め、株価暴落
 内閣総理大臣の発表の遅れや発言の稚拙さが、昨今の買い占め行為の背景の一つだろう。株価暴落もだ。その原因の一つが原発問題で、それを政治の無能が拡大した疑いがある。
 情けない、というより、危険だ。すぐやめさせろ。そんな首相しか選べない政治無能の日本人の自業自得とはいえ。

 「危機管理能力の問題」
 ・パフォーマンスと感情の先行
 「戦後最大の危機に立ち向かうカッコいい首相のボク」か・・・? 
 「管は首相になりたい、目立ちたい、といった私欲のカタマリ。しかし、私欲はあっても私利はない」、だから理解してくれ、とかいう元官房長官の仙石の発言が新聞(全国紙)で紹介された。その通りだろう。それなら、早くおとなしくさせろ。 
 このような場合に私が最も疑問に感じるのは、「冷静さの無さ」「実務能力の低さ」だ。確かに役所や電力会社は信用できない。不都合は隠し、相手が利用価値の低い政治家と判断すれば無視も同然。しかし、そんな信用できない相手を怒鳴っても。「身内主義」「事なかれ主義」や「縦割りの弊害」で事故を大きくし、説明不足的状況に陥る原発関係者をいくら怒鳴っても、状況は改善しないばかりか、ますます萎縮したり隠ぺいに走りかねない。
 ・人間は必ず失敗するもの
 日本が世界最高の原発技術や最優秀の技術者を有するといっても、人間は必ずしくじるものだし、日本の状況では最初から自衛隊を原発に呼ぶのは技術屋だけでは難しかった。そこで政治の必要性が出てくるのだ。
 ・統合対策本部の設置の遅れ
 私が直前に、首相、防衛相、経済産業相等を「そろいもそろって無能か」と批判した。一致団結して政治主導をしなければならないからだ。それを具体化する形の「統合対策本部」の設置だが、あまりに遅かった、ないよりましだが。これも形だけのパフォーマンスでないとよいが。これを地震直後、最初に非常用電源の問題、冷却の問題が伝えられた時に、実行しておくべきだった。
 ・まさかへの対応の遅れ
 事故時に信用できない奴らの言い訳に、まともに相手などするな。電力会社側が「緊急用電力の不足する福島第一原発に発電車を向かわせた」と言っても、到着の状況はしばらく曖昧だった。そんな時、そんな会社の勤め人の対応なんぞとは別に、「人間はしくじるものだ」「東電もしくじる」と考え、すぐに自衛隊の発電セットの緊急空輸でもするべきだった。「君ら(東電)は発電車(電源車)を送るそうだが、万が一に備えて自衛隊のものも多めに空輸しておくよ。もしもそちらのが足りなければ使ってくれ」、とでも言って、信用ならない東電の言い訳なんぞに振り回されずに、どんどん対策を打てばよかったのだ。それに反抗する者がいれば、そんな時こそ怒鳴ればよかったのだ。
 「必ずしくじるものである人間の社会での緊急時の対応」とは、そんなもの。信用できない相手の言い訳に真剣に対応してはいけない。ましてや、相手の言い訳を言い訳にして無為無策を決め込むなんぞ許されない。怒鳴っているヒマなんぞないのだ。

 もう一度、大河ドラマになぞらえておこうか。
家康 「たかが停止後の冷却とか甘く見るな。大事故を起こすかもしれんぞ」
秀忠 「まさか」
家康 「まさか、まさかの積み重ねが大事故というものだ!」
 
 もう一度言う。「まさかまさかの積み重ねが大災害というものだ!」 
計画停電 −首都圏大規模輪番(ローテーション)停電ー[2011年03月14日(Mon)]
首都圏で大規模な輪番(ローテーション)の「計画停電」が始まる。人工呼吸器などの医療機器や信号の停止が人間の安全を脅かす事が心配されている。大災害のためとはいえ、何の準備も周知徹底もない状態での本番突入だから。さらに、発電量の減少の中に人災的側面があるとすれば・・・。何とも困った話だ。

 「農村の村社会でなら」
 水田農業(米作り)の世界では、このようなローテーションは、水田で大量に水を使う場合に出てくる話。普段、普通に植えられた稲を栽培しているだけの時は、蒸発や土への浸透による水の減少分だけ水田に水を補えばよい。
 だが、「代かき」時は違う。耕した後のでこぼこになった田んぼの土に水を入れてかきまわし、ぐちゃぐちゃ・ドロドロにして平らにし(均平にし)、田植え(稲の苗の移植)ができるようにする。この「代かき(しろかき)」という作業時には多くの水を使う。全農家が一斉に代かきをすると水が足りなくなる。地域的な大規模な水田改良(農業土木工事)の時の用水使用計画書等には、水の使用の「代かきローテーション」の話が書いてあるものだ。
 このように、水田農業に関わる農家が年に一度、内容が良く分かっている話で、「水の輪番計画使用」「計画断水?」を行うのならよい。それでもケンカが起こりかねないが、村社会の寄合(よりあい)での話し合いや、他の農家の作業を見ながらの暗黙の調整等も可能なのだ、小さな村という農村社会の中でなら。

 「村ではない巨大都市での停電」
 しかし、今回の首都圏の「計画停電」は全く違う。電気が使われる用途も複雑多岐だし、第一、規模が極めて大きい。大変に関係が密な小さな村社会での話ではない。村全体での水田工事(それによる用水のパイプライン化)という一大イベントの時から分かっていた話でもない。
 停電しても、秩序を重んじる日本人社会では、全体としては大きな混乱はないとは思う。だが、電気で命をつなぐ者は命の危険にさらされ、一部で深刻な混乱や動揺は発生し、政治的な責任は問われるだろう。正直言って、私は知らない。今の内閣の責任を問い、日本人に危機意識を持たせる上では、よい薬かもしれないが。

●「追記」(停電予定日・14日午後)

 「停電は夕方から」
 計画停電は夕方からとなり、それ以前の分は実施されていない。
 今のところ、電力の需給関係がひっ迫していないとの事。だが、夕方に電灯や電気暖房がつくと電力需要が供給を上回る可能性が高いので、夕方からは計画停電が実地されると伝えられる。だが、それも実際の需給状況を見ながらの話で、本当に実施されるか否かは不明だ。節電が上手くゆけば停電もない。商店街の連続する街路灯なども、この際思いきって消す覚悟が必要だろう。それによる節電PR効果もあろうし。街中での最小限の生活への支障が望ましいとも思われる。

 「電気エアコン暖房に注意を」
 地震の直前、巡回販売で灯油を補給しておいてよかった。石油ストーブなら電気を食わない。
 電気暖房は夏の冷房より電気を食う。特に「冷房・暖房兼用電気エアコン」は暖房には使わないようにしている。効率は改善されてきていようが、元々、部屋と室外で熱を交換する機械だ。冬、部屋の外の温度が下がって10度程度になると、そこから熱を拾って室内に運ぶと相当に効率が悪くなる。結局は多くのエネルギーを必要とするようだから。

 停電の話で電力消費量が下がったか、このブログの文章のような批判がきいたか、昼間の停電は免れた。だが、とにかく、一般の日本人の節電が今後の状況を決める。私のように、移動は電車、街中では徒歩かモーター付き自転車、暖房に電気エアコンは使わない、電気暖房を使わざるを得ない場合も小型のハロゲンヒーターを局所的にだけ、といった省エネ型生活を普段から送っている人間には、節電にあまり苦痛もないけれど・・・。

●「追記」(午後14日17時半)

 「計画停電実施」
 14日午後5時、計画停電が実施された。今のところ、静岡等の一部地域だけで、東京区部のような人口密集地帯には及んでいないとはいえ、ついに始まったのだ。
 町の中の信号は無くても、ある程度は人間が自分で判断できる。交通量の多い交差点は警官が交通整理できる。しかし、鉄道の信号や踏切は状況が違う。

 「鉄道の信号」 
 JRは、国鉄の前の戦前の「鉄道省」の時代という大昔、いや、その前から、「鉄道の電化」を進めた。鉄道省の本省には「電気局」もあり、工学部卒(多くは東京帝大)の技術官僚が局長をやっていた。電気関係の技師か、発電所(ダム)等を建設する土木技師だったか。技師の強い役所だったから。そんなJRの水力発電所が不正に河川の水を使ったとして、河川当局に水の使用を止められた話もあったと記憶する。使う方も許可する方も土木技師なのかね。
 そんな歴史もあり、JRは、今となっては小型とはいえ、自前の発電所をいくつも持っている。しかし、信号や踏切の電気は、かなりの部分、一般の電力会社から供給を受けているとの事。しかも、どの踏切がどの電源かといった情報が、会社全体では充分に把握されていなかったらしい。
 ・鉄道信号
 鉄道は一つの信号区間(信号と信号の間)に一列車しか入れないという、徹底した管理を行って安全を守っている。停電で信号がダウンし、バスや路面電車等と同じ状況になれば、原則、運行はあきらめるしかない。
 ・踏切
 停電などで運転ができなくなると、鉄道の踏切は原則遮断の状態になって安全を守ろうとする。これでは、電車が全く走っていない区間でも、街の交通を遮断するだけとなってしまう。警報機が鳴り続ける中、関係者の立会等の中で、遮断機だけ上げるのだろうか。いずれにせよ、困ったことだ。
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