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次官年次報道のウソ[2009年07月27日(Mon)]
国土交通省の新任事務次官の年次に関する報道で、またマスコミはウソ情報をバラまき、訂正する者もいない。技監(技師長・次官級)から昇格した新次官の元道路局長(東大土木工学科出の道路土木技師)と、控えの旧建設省事務系の国土交通審議官(次官級)が「同年次なのは異例」で、ガソリン税暫定税率引き下げや道路特定財源解消を狙う民主党ともめて退任すれば、控えの事務系の審議官に引き継ぐ為、とか報じている。後半はともかく、前半の「同期は異例」とはおかしな話だ。国土交通省では前の人事から、そのような状態だったのに。

 「国土交通省の次官人事の特色」
 官庁合同で誕生した「公共事業総省」とでも言うべき巨大官庁の国土交通省だが、合併前の人事体系の大枠を崩さないという、いかにも役人的な発想で、次官人事は以前からの状況・習慣を温存した。建設省では事務次官は土木技師と事務屋の交代、運輸省は事務系のみという状況・習慣だ。結果、合同前から次官に就いていた@「建設系土木技師」A「建設系事務屋」B「運輸系事務屋」の3グループで次官をまわし、不公平がない?ようにした。
 国土庁や北海道開発庁まで含む「建設省ファミリー」が運輸省を吸収した面もあり、運輸系は建設系の半分の次官獲得率?になっているが、少なくとも上記3グループ間では平等な次官人事だ。この巨大公共事業官庁は実質的には「技師の官庁」に近くても、次官という「社長ではない会長」「外向きの冠婚葬祭要員」の人事は、どの系統でも良いのだろう。実質的な社長は、以前と変わらず「技監」のようだし・・・。
 平等の表現として、上記3グループの次官昇格比率を同じくし、「官庁での真の格付け」を表す「入省年次」でも、各グループの代表者の最年長者の年次も最近は同じにし、その3者で次官と次官級ポスト2の計3つを分ける。

 「官庁人事の特色 −年次による格付けー」
 日本社会で先輩が目上なのは一般的だが、民間の会社では追い抜きもある。だが、徹底した年功序列人事で追い抜きのない官庁のキャリア人事では、最後まで入省年次の高い者が目上、格上。お役所仕事丸出しの硬直的な戦後の日本の学校教育システムでは、国家的に有用な人材でも、どんなに優秀な子供でも、「とび級」が認められないのと同じく。
 省内での各部局の格付けでも似た事が言える。より年次の古いキャリア官僚がヘッドにつく部局・グループの方が格が高く、ヘッド(局長・部長・審議官等)の年次で各部門・部局・人事上のグループの格付けが分かる。ちょうど、海上自衛隊では一般の護衛艦の艦長は昔の中佐(二等海佐)あたりまでだが、現代の電子戦で特に重要な「イージス艦」の艦長は一段上の昔の大佐(一等海佐)とするように。階級の昇進はおおよそ年齢・年次による。制服の役所ではない普通の官庁でも、階級は、すなわち年次・年齢と考えて良いだろう。
 
 「重大なウソ報道」
 農水省に関して以前にも述べた事だが、技師が実権を握る部局でも局長は事務系で、次長等の技師のヘッドより年次が若い人事がある。技術系の次長等が事務系の局長より年次が上だと、次長の方が目上なのだし、その領域では技師が事務屋より格上である事を示す結果ともなろう。
 だが、バカなマスコミはそれを「技師は冷遇されている」「技師は出世が遅い」などとウソの報道をする。役所の人事での入省年次の意味・重要性が全く理解できていないか、ウソをついているかだ。
 外務省の海外公館等では、肩書きは実際より一段上(ウソ)を名乗り、それをローカル・ルールと呼ぶそうだ。応対は少しでも位の高い者の方が良いからだろうが、国内の役所でも実質的には同じ。事務屋の昇進には、実態を上回る外向けの「肩書の水増し」分があり、それを知る組織内部では肩書通りには評価されないだろう。また、それが、真の実力者を隠し守ろうとする役人の古い習慣でもあるのに、マスコミは乗せられたり、ウソの片棒を担いだりだ。
 ウソ報道には別の背景もあるようだ。多くの文系出身記者が、実力者の技師と人脈も知識内容もつながらぬ事実に触れたくない為、「技師は冷や飯食い」というウソを、知りながら流している疑いもある。西洋の政治思想史やケインズ経済学では日本の官庁の中にはつながらないのだ。たとえば、東大法学部は日本最高のエリートコースで出身者はどの官庁でも支配者との話(ウソ)を信じ、大変な思いをして入学したのに、政界との関係での実際の日本官界の実質的最高権力者は土木技師で、連中が強い領域での法学部出の事務官はセンリュウではパシリあつかい的状態とは、目をそむけたい事実なのかも。

 「幹部の年次構成」
 建設省の最大派閥の河川部門の技師の局長「河川局長」や、最大の金持ちの道路部門の技師の局長「道路局長」の年次は、技術系・事務系通し局長中最古参だったし、合併後も同様だ。前回の人事で、上述の代表3者(次官・技監・審議官)は47年入省だが、河川局長と道路局長(両者とも東大土木卒)は49年入省、上記以外の2人の国土交通審議官(49年入省)と同年次で、次官級審議官と同格という事だ。大臣官房長(50年入省)よりも上。財務省で格が高い主計局長や主税局長が官房長より年次が上なのと似る。
 そして、その間の48年入省の幹部として「技術総括審議官」がいる。元港湾局長の港湾土木技師(京大工卒)だ。国土交通技監は実質は旧建設技監だが、このポストは運輸省系技師の代表で実質「運輸技監」、「港湾局長」(港湾土木技師)と「海事局長」(造船技師)の両者から出る。旧運輸系技師の代表として、技術総括審議官は事務次官に次ぐ格付けか。
 技師の城である国鉄の抜けた後の運輸省で人事が安定すると、内務省土木部門から引き抜かれた港湾土木技師は次官に上がりにくく、話があっても立ち消えになっていた。私は「運輸技監」か、それに相当するポストを設けるべきと考えたが、それが、合併前の運輸省の最後の機構改革の後にこの審議官として設置された。日本財団(旧船舶振興会)と縁が深い官職でもあり、付記しておく。

 「3グループ平等人事」
 そんな官庁の人事の中で、国土交通省の上記3グループの形式上の平等を表現しようとするので、前回の人事でも、事務次官と技監、国土交通審議官の1人は同年次だった。グループ分けすると、今回退任の次官は「運輸省系事務屋」の代表、新次官は「建設系土木技師」の代表、控えとされる審議官は「建設系事務屋」の代表だ。それでも、前回から続く形の今回の人事が異例なのか。
 それとも、実力者である土木技師の代表を3人の最後に次官に上げ、周囲がみな目下になった形で次官にするのが国土交通省らしいのに、事務系が後に残され意外だった、という深い読みからなのか。そうならそうと言えばよい、そんな気配は読み取れないが。

 「技師と事務屋は別世界」
 「前回は運輸省出身者が次官で、建設省出身の二人の次官級幹部と同年次なのは合併官庁で致し方ないが、今回は同じ省の同年次の者が次官と審議官になり、異例だった」とか言うかもしれない。事実、「(同じ省で)次官を争った同期の二人なのに、一人が次官になって他方も残るのは異例」といった表現は見られた。
 しかし、事実はどうか、考えてみよう。建設省の技師と事務屋は人事的に全く「別世界」に属し、交わる事はほとんどなかった。各領域で上り詰めた者が順番・交替で次官をやる、いわゆる「タスキがけ人事」だ。いかにも「お役所的」だが、普通は両者が争ったりしない。ポスト競争は同じ領域の中の同期の者同士か。同じ技師でも、道路技師と河川技師はほとんど交わらない。地方整備局長等、両方にまたがる幹部技師ポストも、「該当年次者」から、出身や勤務地域、全地方部局の長の中での河川屋と道路屋のバランス、出身大学(東大工学部出と京大工学部出等々)のバランス等も考慮して決まるようだ。それで候補者はかなり絞り込まれる。個人の評価を考慮するにも、その枠組みの中で。無論、候補に入る所までは生き残らねばならないが。
 幹部ポストはほとんど、技術系か事務系か、どの領域の技師かが決まっている。技術系でも、道路部門は主に道路技師、河川部門も河川系技師や砂防系技師が主。人事交流等はあるが、そこで本当の意思決定に関われるかどうか。大学の研究室の教官を入れ替えたりしないのと同じだ。また、事務員ポストに教授や助教授が就かないのも同じ。左遷ととられる。事務屋は公共工事の意思決定のポスト(工事利権ポスト)には就かない、技師の幹部の代理で応接やご説明等はするが。事務系の人事や予算のセクションでは、技師が決めた技術系の予算や人事を聞いて書類に落とすだけ。これも、大学の教授人事の決定に事務室の人事担当事務員は関与せず、書類を作るだけなのと同じだ。
 このように、事務系と技術系では機能も人事も全く別。同じ役所でも「別の村」に住んでいる。幹部ポストを争うとの表現はおかしい

 「社会的見識の低さ」
 上記のような状況なのに、なぜ異例の人事とか報じるのか。マスコミの無知やウソには呆れる、この種の誤報が積み重なってきただけに。国政の最重要課題を抱える巨大官庁、土建国家日本の本丸とも言える役所の人事さえ、満足に報道・解説できないとは。これだから、戦後最大の改革、「官庁合同」の内容も満足に報道できなかったのだ。それとも、「あの報道は役人のウソをうのみにしただけ。私たちは被害者だ」とかぬかすのか。国政の最重要領域での「情報偽装」の共犯者だ、「ものつくり」を大事にすべき日本の基盤・将来を危うくするウソをついての。
 長年のマスコミや大学教育のテイタラク、「情報偽装」の結果だ。一流と名乗る新聞の記事も、記者の出る東大法学部とか早稲田の政経とかいう大学の教育内容も3流。そして、そんなマスコミからしか情報を得られず、低級な大学教育しか受けられない日本人は、民主主義国家の主権者としては3流だ。
 こんな連中だから、自国をわざわざ悪の赤色帝国の属国にするような事もするのだろう。単に言論文化が低調というより、人に物事を分かり易く説明する、真実を尊重しそれを社会に伝えるという、意欲や能力に欠ける。重要事項は皆が知っている「村社会」だから、言葉の説明の必要がない為か。基礎的教育水準は高くても、その意味では言語能力が低く、国際的影響力の低さにもつながる。以前から指摘しているが、結局は見識や誠実さに欠ける事になる、最重要部分で。中・朝人よりはマシでは言い訳にならぬ。あちらの方が宣伝だけはうまいし。
  
 「日本社会の言論能力の低さ」
 付け加えて言えば、そんな状況だから、連続殺人未遂という凶悪な虐待を見殺しにするのみならず、虐待での洗脳状態から被害者を救いもせず、虐待後もまた、見殺しにしたりするのだろう。「全て自分が悪い」と洗脳された被害者を救うには、「お前が悪いのではない、親が悪いのだ」と事実を教えるのが最善の近道だが、その「説明」が日本人にはできない。私の周囲もそうだった。朝鮮人が混じるなら妨害するだろう、親の虐待を正当化する悪魔の文化だ。だが、日本人も結局、同じになっていた。
 これも、「最重要部分での説明能力の欠如」の例。更に、今になっても虐待の事実を示す証拠すら出さず、被害者の目の前で加害者をのうのうとさせ続けている。ここでも説明がない。こんな状況だから、国家的に有用な者に毒を飲ませ続けて殺そうとさせ、ウジ虫呼ばわりさせてノイローゼにし、何兆円分もの事業を引っ張り出させておいて使い捨てにしたりできるのだ。
 一億総国賊化は言論文化のレベルの低さから。呆れたものだ。愚者は左翼やマスコミだけではなかろう。保守系、愛国者を自称しながら自国の改善に必要な「見たくない資料」は見ない者もいるようだ。悪の中国共産党やその申し子の狂信的愛国世代と同じで。このブログでも、日本の要改善点、特に短所に触れるとアクセス数が減る。同じ理由でないと良いが。あまりに悲惨な話も多く、目をそむけたいのか? いけないのだが。
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