祖父のグリーン車好き ー外人観光客に近い戦前型日本人の思考ー[2024年06月28日(Fri)]
外人観光客への価格設定では日本人は昔の鉄道の3等級制を思い出せと書いたが、そんな考えに慣れた者としてバカ外人でなく日本人の例を挙げるのが説得力があろう。我が家の自称祖父は普通車でないグリーン車に乗る事が多かった。三等級制時代では二等車。単に役人で形やミエにウルサかったのか、東大卒でない地方の農事試験場の場長や場長代理(国の園芸試験場の支場時代)という微妙な立場が外聞に敏感にさせたのかとも思った。が、「一二等専用の豪華特急富士号に乗って来たというと旅館の待遇が違った」と祖父から聞いた話からも分かるように、戦前は階層や階級の分離こそ当然で地位・階層が高い者はソレなりの体裁を整え世間もソレそれなりの敬意をうのが当然だったのだ。この「移動(旅行)時の階層や階級の分離」は単に二等車という車両に留まらず、列車全体を一二等車のみで占める特別列車、列車まるごとの階層分離もあったくらいだから。一二等専用特急「富士」と三等専用特急「桜」は列車そのもの等級分離だ。長距離優等列車は急行が基本で特急自体がホンの少数の高嶺の花、一般人には鉄道旅行だけでも珍しい経験で多くの者が普通列車(鈍行)に乗った時代に。
●追記 ー列車ごと等級分離だった戦前の特別急行ー
昔の鉄道省(現JR)の初期の特急は一二等専用が「富士」号でヘッドマークやテールマークは一等車の色の白と二等車の色の青が基本のデザイン、三等専用特急の「桜」号は三等車の色の赤が基本のマークのデザインだった話は既述と思う。後に富士にも三等車、桜にも2等車が連結されたが、特急自体が特権階級のモノと考えられる時代だった。
・・・・・追記終わり
祖父が特別ではなく戦前は多くの者が階層や階級を当然としたとも言えようが、自称祖父が海軍の関係者という推測から考えると更に外国を意識した別の解釈も出てくる。外国人の等級意識的価格概念を考えるには更に良かろう。有色人種の日本人は上の等級には入らないのが白人の常識だったわけだが。
日本のならず海軍の将校(正式な幹部教育を受けた者)は外国艦船や海外の港で外国の役人や海軍将校等に接し(一般人や陸軍軍人等に比べ)外交官的な役を果たす場合が多い国際的な立場だからと、科学技術的理系教育や外国語教育のみならず、軍艦では兵士が純日本風の軍隊メシなのに士官(将校・幹部)は西洋流フルコース、船を降りた普段の生活でも外聞やら西洋的な料理や社交への慣れを重視させたと。海軍は将校に「外で食事するなら街で最高の店に入れ(ソレだけの給与は与えている)」と。「スマートな海軍将校と泥臭い陸軍軍人」「国際派の海軍と国粋主義の陸軍」「海軍はカネモチで物資豊富でぜいたく」とかのイメージも出来た。若者、受験生にも女にも海軍将校は憧れのマトで「進学するなら白線か短剣」「嫁入りするなら海軍将校」。白線とは超エリート校だった帝国大学に繋がる旧制高校(現在の大学教養課程に相当)の制帽の印、短剣とは海軍幹部学校(海軍兵学校)の生徒の印だ。もっとも、後に反英米の気運が高まると「海軍は英国かぶれの裏切り者」ともなり、「何が何でも白線、短剣」が戦時中は「捨てよ、白線、短剣の夢」の標語に変わった。有名なアニメ「火垂るの墓」でも空襲開始後の日本で海軍将校の遺児の主人公達が嫉み等々から冷たくされる描写が出てくるが。日本に押し寄せる外国人はマダそんな世界にいるのを忘れるな。
軍の最高級幹部(将軍や提督)やら高級軍事官僚(参謀や防衛官庁幹部)、その候補者ともなると、階級制の名残を引く欧米各国では(帝政ロシアでなくとも)社交界や宮廷で必要な教養や見識の教育が求められ、軍の士官学校の更に上の最高幹部養成所の軍の大学(既述の工部省工部大学校のようなもの)では戦術や戦略より宮廷活動上の素養が大事だったか。確かにソコまで行くと幾ら過剰観光の日本でも一般人には関係ないと感じようが、既に世の中は居酒屋の店員まで基本的な外国語や国際感覚や国際的教養程度は無いと困る「昔の海軍将校にヤヤ近づく状況」になったのをコノ種の話で理解すべきだな、いくら政治愚鈍な日本人でも。
自称祖父は各種の情報から私の実父かとの推測のみでなく、最初から単なる農学技師ではなく戦前は海軍関係者ではとか、タイのような日本の同盟国から日本に交流で派遣された王族が海軍の武官となって連合艦隊の旗艦・戦艦「武蔵」(大和級2番艦)に短期間でも乗ったのではとか、想像を走らせることも出来る。それで海軍関係の書物のみ祖父の書斎にあったり、海軍流の外聞重視や戦前ではぜいたくな威張った風習が板に付いていたのではと。そう考えると祖父のグリーン車好きも単なるミエではないかも知れない。一応は海軍系右翼の私が旧称船舶振興会の本財団のブログに書くテーマとしては良いし、第一にコノような話は外国人と接する機会が多い者への教訓でもある。過剰観光の今はモウ、全ての商店、特に飲食店が昔の海軍並みの状況に置かれると思え。その対策も自覚もないのが無能か売国の政治屋に抑えられる売国政府である前に、主権者失格のクソ日本人だがな!
●追記 ー列車ごと等級分離だった戦前の特別急行ー
昔の鉄道省(現JR)の初期の特急は一二等専用が「富士」号でヘッドマークやテールマークは一等車の色の白と二等車の色の青が基本のデザイン、三等専用特急の「桜」号は三等車の色の赤が基本のマークのデザインだった話は既述と思う。後に富士にも三等車、桜にも2等車が連結されたが、特急自体が特権階級のモノと考えられる時代だった。
・・・・・追記終わり
祖父が特別ではなく戦前は多くの者が階層や階級を当然としたとも言えようが、自称祖父が海軍の関係者という推測から考えると更に外国を意識した別の解釈も出てくる。外国人の等級意識的価格概念を考えるには更に良かろう。有色人種の日本人は上の等級には入らないのが白人の常識だったわけだが。
日本のならず海軍の将校(正式な幹部教育を受けた者)は外国艦船や海外の港で外国の役人や海軍将校等に接し(一般人や陸軍軍人等に比べ)外交官的な役を果たす場合が多い国際的な立場だからと、科学技術的理系教育や外国語教育のみならず、軍艦では兵士が純日本風の軍隊メシなのに士官(将校・幹部)は西洋流フルコース、船を降りた普段の生活でも外聞やら西洋的な料理や社交への慣れを重視させたと。海軍は将校に「外で食事するなら街で最高の店に入れ(ソレだけの給与は与えている)」と。「スマートな海軍将校と泥臭い陸軍軍人」「国際派の海軍と国粋主義の陸軍」「海軍はカネモチで物資豊富でぜいたく」とかのイメージも出来た。若者、受験生にも女にも海軍将校は憧れのマトで「進学するなら白線か短剣」「嫁入りするなら海軍将校」。白線とは超エリート校だった帝国大学に繋がる旧制高校(現在の大学教養課程に相当)の制帽の印、短剣とは海軍幹部学校(海軍兵学校)の生徒の印だ。もっとも、後に反英米の気運が高まると「海軍は英国かぶれの裏切り者」ともなり、「何が何でも白線、短剣」が戦時中は「捨てよ、白線、短剣の夢」の標語に変わった。有名なアニメ「火垂るの墓」でも空襲開始後の日本で海軍将校の遺児の主人公達が嫉み等々から冷たくされる描写が出てくるが。日本に押し寄せる外国人はマダそんな世界にいるのを忘れるな。
軍の最高級幹部(将軍や提督)やら高級軍事官僚(参謀や防衛官庁幹部)、その候補者ともなると、階級制の名残を引く欧米各国では(帝政ロシアでなくとも)社交界や宮廷で必要な教養や見識の教育が求められ、軍の士官学校の更に上の最高幹部養成所の軍の大学(既述の工部省工部大学校のようなもの)では戦術や戦略より宮廷活動上の素養が大事だったか。確かにソコまで行くと幾ら過剰観光の日本でも一般人には関係ないと感じようが、既に世の中は居酒屋の店員まで基本的な外国語や国際感覚や国際的教養程度は無いと困る「昔の海軍将校にヤヤ近づく状況」になったのをコノ種の話で理解すべきだな、いくら政治愚鈍な日本人でも。
自称祖父は各種の情報から私の実父かとの推測のみでなく、最初から単なる農学技師ではなく戦前は海軍関係者ではとか、タイのような日本の同盟国から日本に交流で派遣された王族が海軍の武官となって連合艦隊の旗艦・戦艦「武蔵」(大和級2番艦)に短期間でも乗ったのではとか、想像を走らせることも出来る。それで海軍関係の書物のみ祖父の書斎にあったり、海軍流の外聞重視や戦前ではぜいたくな威張った風習が板に付いていたのではと。そう考えると祖父のグリーン車好きも単なるミエではないかも知れない。一応は海軍系右翼の私が旧称船舶振興会の本財団のブログに書くテーマとしては良いし、第一にコノような話は外国人と接する機会が多い者への教訓でもある。過剰観光の今はモウ、全ての商店、特に飲食店が昔の海軍並みの状況に置かれると思え。その対策も自覚もないのが無能か売国の政治屋に抑えられる売国政府である前に、主権者失格のクソ日本人だがな!




