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総裁候補と積極財政論 −麻生候補と石破候補の政策案ー[2008年09月16日(Tue)]
最有力の麻生自民総裁候補は積極財政論者に分類される。石破候補も類似点がある。米国巨大証券会社が続けて倒産、買収される中、景気対策は極めて緊要な課題であろう。

 「公共事業と副産物 ー本来の機能ー」
 公共事業に縁の深い私も、外目には単純に積極財政論者と思われようが、社会資本整備という公共事業本来の役目と、財政支出による景気刺激・雇用促進等は、並行して現れても、元来は別の話。その整理が無い内に、財政支出の効果の面のみマスコミが取り上げるため、議論が一面的で浅くなる。
 公共工事はあくまで事業の必要性の上に行われる。タイのバンコクの渋滞対策として、都市鉄道や道路の整備、バスを速く走らせる工夫が必要になる。これは、ビジネスやエネルギーの効率向上をもたらす。経済成長中のタイでは、景気刺激が最優先ではなく、事業効果が余計わかりやすいが、日本も基本は同じ。公共事業は必要ないと言っても、都市の老朽施設の改善は必要。東京の「通勤地獄」は先進国とは思えぬ状況で、これが地方の公共事業への都市民の反発の一因だ。東海道筋の交通の効率や環境の改善にはリニアや貨物新幹線が望まれるが、そんな議論はマスコミではあまり聞かれない。無駄、無駄、の議論ばかり。この状況でのマインドの冷え込み?緩和には、事業が必要。要は、どこに何を作るかだ。

 「大学教育やマスコミの問題点」
 マスコミ記者、テレビの発言者等の見識不足は、結局、大学教育等の問題を反映している。近代経済学(非マルクス、数理系の経済学)は、おおよそ「マクロ経済学」と「ミクロ経済学」に分かれる。前者は国の経済全体を見るもの、後者は物品やサービスの市場ごとに分析する。マクロ経済学は、第二次大戦前の世界恐慌を乗り切るためケインズらから出た、ともいえる。ケインズ流の、政府による経済への大きな関与は、特に米国などでは革新的だった。日本と違い、政府の市場への介入を極端に嫌う、市場経済尊重の米国だ(加筆時点では保険会社が救済されたが、例外的)。ケインズ革命以来、公共事業等の政策で需要創出で不況を乗り切る考え方が、マクロ経済学の中心の一つだった。その為、大学でも、マクロ経済学的な財政支出の効果等は大きく扱う。経済学部ではマクロ経済学の基礎理論は必修で、この話は所属全学生に教えられる。米国の大恐慌時の大型公共(開発)事業の記述は高校教科書にもあったと記憶する。だが、個々の工事の内容、必要性等には、あまり触れられない。国情の違いにも。そんな分析はミクロ経済学の基礎理論の中心課題ではなく、必修講義にも入らないだろう。法学部出ではそんな問題点さえ分からないかも。この点は1950年代に米国で指摘されたのだが。結果、「公共事業 イコール 景気対策・雇用対策」との公共工事の「副産物」ばかりに触れるマスコミ関係者が多くなり、国民の見識レベルも低くなる。日本には日本向けの経済学教育も必要だ。もっとも、この問題には、「公務員の問題」を「公務の問題」と同一視する傾向も影響する。公務は社会で最も重要なのだが。
 例えば、日本の国土は山がちで河川の傾斜がきつく、狭い平野の大半は河川が洪水時に運んだ土砂の上に成り立つ。欧米では、一般に、平らな岩盤の上に平野があり、日本とは国土構造が異なる。日本では、河川の氾濫域が多くを占める平野に水田や富や人が集中し、洪水被害は深刻だった為、治水工事が重要となる。これは、義務教育の中学までの社会科で習うはずだが、身につかない者が多い。
 中・朝等をはるかに抑え、大学進学率がこれほど高まっても、こんな面での国民の社会的見識のレベルは、中学以下か。早くから大学教育が大衆化した米国では、高等専門教育(大学教育)は、少人数教育が可能な大学院からと割り切る。学部卒は高等教育を受けた内に入らない。日本の社会科学系では院は学者向けのままだが。この問題は、大人数手抜き教育が指摘されてきた日本の大学、特に文系の社会科学系(経済、政治、法律等)では深刻。日本向けではない内容の手抜き教育しか受けない記者が、そのままの見識で記事を書き、世論を作るとは。「高等教育超大国」米国とは違うという言い訳は通用しない。日本は世界有数の経済大国だ。「早期就学」や「飛び級」を使えば、無理なく、ライス長官のように15歳で大学に入れる。大学院卒でも今の学部卒と変わらぬ歳となろう。
 
 「麻生候補の早期就学論」
 教育問題といえば、麻生候補は前の総裁選で、「小学校2年早期入学」を打ち出した。タイでは早期入学が可能だ。日本で研修したタイの知人には子供が二人おり、一人は小学校1年早期入学、一人は2年だ。中進国のタイでも、後進国でも先進国でも、海外ではこれが普通で、画一的に入学年齢を縛る日本の学校教育システムが、異常に硬直的と言える。
 戦後日本では、占領米軍の乱暴な政策、左翼思想の流行、悪平等や手抜き主義の横行等のためか、結果の平等のみ重視する、画一的、硬直的な、役所仕事丸出しの教育システムが数十年続いた。大半の者がそれを当然と考える日本の状況が異常なのだ。公共事業の「談合」が強く批判されるが、毎年毎年、数十年間、全児童に同じ入学年齢を強制し続けるとは「大変な談合体質」。自由主義国とは思えない。
 帰国後、ある地方自治体の新任知事に、そのような内容を含めて書き送った。日銀出身で、公共事業や農業の関係議員が大半を占める地方政界では基盤が薄すかろうと思った為もあったが、地方の首長では教育システムの改革は無理。そして、後の総裁選で、麻生候補がこんな提案をしたのだ。ただの「秋葉原オタク」とは違うと思った。実現を願うが、今回はまだ私には「早期就学」案は聞こえない。偶然か?
  
 「石破候補の背景」
 麻生候補と同じく?、公共事業推進派に分類されるのが石破候補。地方選出の為に事業を求めると分析されるが、他にも背景があろう。親(故二朗氏)が事務系の建設事務次官(第4代)OBの代議士で、自治大臣も経験した。戦前最大最強と言われた内務省の解体後、その土木部門を中心に建設省が成立(独立)して間もない頃で、内務省入省組か。同じ内務省系で事務系の中心の旧自治省の大臣になったのは、適任だろう。
 河川系土木技師関係者なら、もっと私に情報が来ただろう。例えば、汚職で逮捕された国土交通省北海道局の元有力局長は当然技師だった。事業に直接関わらない事務屋では、大きな贈賄の対象には。後任は、親族の研究室の出身の河川土木技師とか。
 旧建設省では、次官級の「建設技監」(技師長)が実質社長といえた。事務次官は事務系と技術系の交代。悪く言えばどちらでも務まる、外向けの会長的存在だったのか。分かり易く極端に言えば、事務系の事務次官は、社長(技監)や最有力の上級副社長(河川局長や道路局長)を経ずに会長になるような所があった。戦前なら、内務省事務官僚は官僚の頂点だったが、軍隊も警察(内務省・事務系)も抑えられた戦後日本は正に「土建国家」。本丸は建設省の土木技師の部門、土建屋出の田中角栄らも台頭。だが、石場候補自身は二世だし、建設業界の自民離れも進む中、改革上「しがらみが薄い」と評価できるかも。橋本元首相がそうだった。正に「土木派閥」だった旧竹下派・経世会では、厚生関係の元首相は必ずしも主流といえなかったが、公共事業官庁を含む中央省庁合体には、そんな首相の方が好都合だったようだ。事務系事務次官は技師ではない。実権者の技師も、河川、道路、公園等の個別分野の専門家で、建設省全体、公共事業全体の専門家はいなかった。そこで、国土交通省という「公共事業総省」を作り、公共事業全体の企画・調整を技師にやらせる「総合技術企画的部門」を設けるのが、私の意見。それが官庁再々編でも主内容たるべきだったのに、果たせぬ内に、国土交通省には観光庁が新設される。治安上も、中国等からの偽装観光客の犯罪者など一人も増やせないのに。
 事務系の関係者なら、各分野に直接の関わりがない分、当距離。しかも公共事業関係者。そこが重要だ。私なら、そんな候補に、今まで自前の資金用意を求められ、国の公共事業予算上冷遇されてきた鉄道分野への投資増など期待したい。「鉄道オタク」?でもあると聞くから。東京では通勤鉄道、太平洋ベルト地帯はリニアや貨物新幹線、地方は整備新幹線か。もっとも、そんな力技には、民主党党首的剛腕が必要か。
 土建国家日本の政治で最も影響力ある公共事業政策分野は技師が主導する。事務官は事務員、細かな事業内容の決定までは関われないシステム。だが、マスコミではあまり語られないどころか、話が逆になる。国の最重要点での「情報偽装」。罪は極めて重い。私も以前なら、事務系建設官僚の求人上、不利な情報は強調しなかっただろうが、今は状況も時代も変わった。外部向け説明用の新官職の設置が検討され、事務屋は霞が関最大の国土交通省の事務官との看板も得た。「天の前ではウソはダメ」。この単純な原則で河口堰問題の折は死ぬ程助けられたのだ。ここだけ都合良く「罰当たりに」拒否すれば、天罰を受けるだけ。小役人とマスコミ屋の腐れ癒着の産物ともいえる御都合主義のウソはもう許されない。この問題も、大学教育の手抜きや、マスコミの記者教育、第一に、真実を伝える意志の薄い日本のマスコミ、それを真に受ける日本人の見識の問題点が反映している。

 「副産物」
 話を元に戻す。公共事業とその「副産物」とは、「高血圧治療薬」と、「リアップ」や「バイアグラ」の関係に似ている。高血圧の治療法として「血圧降下剤」の研究をする内、末梢(まっしょう)血管を膨張させ血液を呼び込み、血圧を下げる薬が出来た。それを男性器に作用させれば「ED(勃起不全)治療薬」、頭皮に使えば毛根部の血行を良くする「育毛剤」となる。それはそれで大変良い。成長期や青春期の栄養不足や強い精神的圧迫の連続等で、私は両方使いたい状況。低血圧の為、血圧降下剤は飲みにくく、保険もきかないが。
 高血圧治療の学会で、バイアグラやリアップの話ばかりすれば完全に場違いだが、日本の公共事業に関する議論は、そのような感じだ。
 ところで、厚生労働大臣(後援会経由)にも書き送ったが、私の場合は「ED」が気になる場面さえ、若い頃は全くなかった。こんな、大臣への「相談」も、無駄だったが。
 最近、「PTSD」が理解されるようになったが、以前は、不眠症と昼間の眠気、読み書きの不自由など、単なる「サボりグセ」に見られた。夜間不眠は「睡眠相(すいみんそう)障害」と理解したのも最近。読み書きが不自由だった私が今、文章を書けるのはワープロのおかげ。人の顔が分からないのは目が悪い為だけでなく、「相貌失認(そうぼうしつにん)症」だったと知ったのも最近。そんな話を自身や社会が理解した時は、人生では完全に手遅れ。
 自分が凶悪な虐待の被害者と理解するのが遅すぎた。「お前が悪いからしかられる」「全てお前のせい」「お前は悪い人間」と虐待を正当化されたり、虐待犯が偉大とか洗脳される事が多い虐待被害者には、虐待の事実を説明し「君が悪いのではない」と理解させるケアーが必要不可欠。加害者が同居し続けたり、虐待が終わっても虐待時の精神状況が固定してしまうので。背中にナイフが刺さっている事に気づかせねばならないのだが。「お前は何をやってもダメ」「お前が成功したら許さない」「お前の人生は価値がない」と思い込まされた私に、そんなケアーはなかった。朝鮮社会より良くても、日本も大変遅れている。
 新しい与党の総裁、総理は、そんな心の問題を理解しないと、許されない、前任者のように。そして何より、私が求める資料・証拠を出せないと。何度も期待し裏切られた。もう我慢できない。こちらが必要なものを出さずに私の意見のみ借用するのは、終わり。青色発光ダイオード発明者ではないが、これではスレイブ(奴隷)だ。中・朝(南北)よりマシでも、日本社会にも、まともな良識はあるのだろうか?

 
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